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グレイスが来た。
魔女にそう言われたノインは、やっと希望が出来たと同時に、皆の役に立てたと心の中で思った。
きっとグレイスなら、魔女を倒してくれるはずだと信じているからだ。
――やっと皆、助かるんだ……!
そう考えると、胸が躍った。
それと同時に、魔女の言葉があまりに冷たく聞こえて、身震いする。
続けて発せられた魔女の言葉に、子供たち全員の表情が凍りつく。
「あなたたちは〝助からない〟。必ず〝救われない〟」
どうして?
子供たちが全員思った疑問だった。
グレイスが来たのに、自分たちは助からない、その理由が全くわからなかった。
その思考を察したのか、魔女は子供たちに告げた。
「今からあなたたちは〝聖竜使い〟さんの絶望の駒になるのよ」
場が、どよめく。
グレイスの絶望の駒になる。
その言葉の意味が全くわからない。
「そんな事を唐突に言われたら、理解が出来ないわね。じゃあ、教えてあげましょう」
魔女は薄気味悪く笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「元々、あなたたちを生かしたのは、〝聖竜使い〟さんへ絶望を与えるための駒だった。今まであなたたちにお風呂も食事も与えていたのも、この時を待っていただけ。大人なら何かを察して警戒をするけれど、純粋な子供なあなたたちなら、一度優しくすればそれをすんなりと受け入れる。案の定、私が与えた食事だって、警戒心を持たずに食べるようになった。けれど、それがあなたたちの落ち度だったの。三食与えていた食事は、徐々にあなたたちを蝕む毒だったのよ。――そう、これでわかったでしょう? あなたたちは、もうすぐ死んでしまうの。〝聖竜使い〟さんがあなたたちを救いに来た希望の代わりに。――だから無駄な事をしなければよかったのよ、ノインくん。〝聖竜使い〟さんに助けを求めて、自分たちを救ってもらおうなんて願わなければ、皆死ななかったのにね」
魔女が告げた言葉に、ノインの背筋がぞわりと震えた。
魔女は全て知っていた、ノインがグレイスに助けを求めにルーネスタ王国へ自分の魔法で行った事を。
あの時、何も知らないように咎めなかった魔女は、全て知っていた。
――皆が死ぬのは、僕のせい?
ノインの思考を支配し始める、罪悪感の種。
皆を助けようとして行った自らの行為が、逆に皆を殺してしまう結果になるなんて、思ってもいなかった。
「そんなことない!」
不意に声を荒げたのは、子供たちのうちの一人、ノーヴェだった。
「ノインは無駄な事をしてない! 俺らを助けるためにやったんだ! それに、現に〝聖竜使い〟は俺たちを助けに来てくれた。だから、俺たちが死ぬ事はないし、魔女であるあんたが〝聖竜使い〟に殺されるんだ!」
「そうよ! やっぱりあなたは〝悪い魔女〟だったんだわ! あたしたちが死ぬ事はないもの! ノインだって殺させない! あたしたちも絶対に死なない!」
ドリーも声を荒げながら、魔女に言った。
彼らも死ぬのは怖いはずだ。
けれど、グレイスが来てくれた事によって、ほんの少しの希望を持っているのも事実。
ノインが行った行動を咎める子供たちは誰もいない。
「――威勢のいいお馬鹿さんたち」
魔女の赤い瞳がぎらりと光る。
そして、子供たちをその瞳が射抜く。
子供たちは決してそれを恐れることなかった。
その目に一切の怯えはなかった。
今、ここで魔女に怯えた表情を一瞬でも見せてしまえば、自分たちの負けだと、子供たちは思っていたからだ。
「皆は、殺させない」
不意に、子供たちの背後から、凛とした声が聞こえた。
子供たちは一斉にその声の主を振り返り、そして、魔女は目を細めながら、その声の主をしっかりと視認した。
そこには、〝聖竜使い〟グレイスと魔法使い見習いであるエルダ、そして人間の姿のままのレーヴェとヴェルエがいた。
そして、魔女は不敵な笑みを浮かべながら、そしてどこか、懐かしそうな表情を浮かべながら、彼女の名を告げた。
「待っていたわ。十三代目聖竜使いグレイス・マルスモーデン」
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