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4-10

 日が暮れるまで、エルダはグレイスに特訓を付き合ってもらっていた。

 レーヴェとヴェルエは、ただそれを見ていたわけでもなく、エルダに的確なアドバイスをしながら、グレイスとの訓練を見守っていた。

 終わる頃には、エルダもコツを掴んだようで、さすがにグレイスと同等までにはいかないものの、それらしく風を操れるようになっていた。

 グレイスも最初は様子を見ていたが、攻撃しながら訓練も必要だと判断し、エルダの風魔法の成長を感じていた。

 実際、エルダは飲み込みが早いのだ。

 学院の実技授業でも、習えば大体の魔法は把握するし、何よりエルダの運動神経のよさも相まって、すんなりと魔法を扱う事が出来る。

 確かに苦手な魔法もあるが、実技が好きなエルダは何に対しても意欲的だ。

 それはグレイスも知っている。


「疲れたでしょ? はい」


「……ん、あ、ありがと」


 グレイスは家から飲み物を持ってきて、エルダに渡す。

 長時間魔法を使っていれば、疲れるのも当たり前の話だ。

 現にグレイスも疲れている。

 ただ、そんな素振りを見せないのがグレイスであって、至って涼しい顔をしている。


「はい、レーヴェとヴェルエの分。エルダのお母さんの試作も一緒に」


「うお、サンキュ! 今回はチョコかー」


「ありがとう。美味しそうだね、頂きます」


 今日は、エルダの母親が差し入れにとお菓子を持たせていたのだ。

 試作品だというチョコレートを冷やしておいたので、ひんやりと冷たい。

 ビターチョコにナッツがごろごろと入ったチョコバー。

 ミルクチョコにビターチョコの欠片を練り込んだプレート型のチョコレート。

 クッキー生地にビターチョコとミルクチョコを混ぜたものを乗せて飾ったチョコレートのクッキー。

 試作は一つ目のチョコバーらしい。


「あー、俺これ好きだわ。チョコクッキーとプレートチョコは定番だったじゃん? チョコバーは新しい切り口かも」


「そうだね。食感もいいし、チョコレートもミルクチョコで作っても美味しいかもね」


「母さんに言っとく。的確なアドバイスありがと」


 エルダはそう言いながら、プレートチョコをつまむ。

 疲れを癒すような、幸せそうな顔をしていた。


「ねぇ、グレイス」


「うん?」


 チョコクッキーを食べていたグレイスに、エルダが問いかける。


「俺、戦力になる?」


 不意に問いかけられた言葉に、グレイスは微笑んで言った。


「うん。大丈夫。きっと実戦に強いタイプだから、エルダは。だから、大丈夫だよ。自信持って」


 不意にエルダは、グレイスが微笑んだ表情を見たのは何年ぶりだろうか、と思った。

 幼い頃でもあまり笑ったところを見せなかったが、アドゥンを亡くしてからは暗い表情が多かった。

 そのグレイスが、微笑んだのだ。

 驚いた、と同時に、エルダの鼓動が跳ねた。

 そんな動揺を隠すように、エルダは聞く。


「グレイス。マーレにはいつ頃行くつもりなの?」


 その問いかけに、少し思案したような表情を浮かべて、言った。


「……来週の、休み」


「え、来週……?」


「うん。今日、エルダと手合わせして、充分だと思ったからだよ。それに、やっぱり私はどこか焦ってる。マーレの子供たちの事、心配だし」


 来週、マーレに行くという事項は、レーヴェとヴェルエには既に伝えてあった。

 エルダがどのくらい魔法が扱えるようになったかで、変更するとは言っていたが、グレイスはその事項を曲げなかった。


「……不安?」


「いきなりすぎて、うん、不安」


「うん、だよね」


 グレイスは不意に遠くを眺めながら、言った。


「実を言うと、私も不安なんだ」


 ぽつり、発せられた言葉。


「どうして?」


「わからない。……不安な理由がわからないから、不安」


 グレイスは、ずっと考えて悩んでいたのだ。

 自分に使命が果たせるのか不安だという事を。


「ほら、私、〝聖竜使い〟になってから、初めてこんな大役をするわけだから。……確かに、レーヴェとヴェルエが言うように、こんな事例は初めてだよ? 今までにないから、余計に不安なのかも、しれない」


 弱気なグレイスの表情を見たのは、エルダにとって決して初めてではなかった。

 グレイスの重圧も知っていたし、これまでだって見てきた。

 ただ、今回の事例はあまりにも異例だ。

 緊張と不安、グレイスはその重圧に押しつぶされそうになるのを必死で堪えていた。


「……私、本当にマーレの子供たちを、助けられるのかな……」


 呟いた言葉は、あまりにも弱々しかった。

 そんなグレイスの手を取って、エルダはグレイスを真っ直ぐ見つめて言った。


「大丈夫だよ。グレイスならきっとやれるし、俺だって、レーヴェもヴェルエもいるんだから、きっと大丈夫だよ。自信持って」


「……エルダ……」


 その言葉に驚いたような表情をして、グレイスはエルダを見た。

 グレイスはふと笑みを浮かべて、エルダに言った。


「エルダの言葉は、なんだか魔法みたい。……乗り越えられそうって、勇気をくれる」


「きっと乗り越えられるよ。グレイスならきっと大丈夫」


 その言葉を聞いて、グレイスは三人に言った。


「……皆を助けて、魔女も倒そう」


「よく言ったなグレイス! 俺らも気合い入るってもんだよ!」


「そうだね。僕もヴェルエも、グレイスを守る義務があるし、グレイスの言う事は絶対だからね」


「グレイス。頑張ろう」


「うん」


 ヴェルエとレーヴェ、そしてエルダはグレイスにそう言った。

 三人がいるから心強い。

 グレイスは心の中でしっかりと感じていた。

 同時に、自分が乗り越えなければいけない試練だと改めて思った。


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