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4-9

 グレイスと直接手合わせするのは初めてだった。

 その提案をした事にレーヴェとヴェルエは驚いた表情を見せなかった。

 多分、グレイスがエルダと同じ立場であれば、アドゥンに言われていただろう、そう感じたからだ。

 エルダはただただ、提案を受けた事に対して、どうなるのかわからないという不安しかなかった。

 グレイス本人と手合わせするという事は、〝聖竜使い〟としてのグレイスではなく、〝魔法使い見習い〟のグレイスと手合わせするという事だ。

 同等であり、同等ではない存在。

 昼食を終えてから、エルダはグレイスと対峙していた。


「私の事は気にしなくていいから、エルダなりに本気でかかってきて」


「……と言われても……。グレイスだって見たでしょ? 俺、あれが今の精一杯だよ?」


「そんなことないと思うよ。だから、私はこの提案をした。エルダ、本気できて。私も、本気でいくから」


「……グレイスの本気って……。俺絶対……」


「弱音吐かないで。……それじゃ、いつまでたってもマーレに行けない」


 その言葉に、エルダははっとした。

 そうだ、自分が今こうしているのは、グレイスの力になるためであり、マーレの子供たちを助けるため、魔女を討伐するためにしている行動なのだ。

 本来の目的をしっかりと思い出したエルダの瞳が、変わった。

 それを見て、グレイスは表情こそ変えなかったものの、エルダの闘争心に火が付いたと確信した。


「……行くよ、エルダ」


「本気で行くよ、グレイス」


 ――俺はグレイスを助けるため、強くなるためにここにいるんだ。


 自分にそう言い聞かせて、風を操る事に集中する。

 午前中にヴェルエと手合わせをして、風を自分に集める事を容易く出来るようになった。

 グレイスはただ動かず、エルダの行動を見る。

 攻撃するには、イメージをする。

 魔女を討伐するのであれば、吹き飛ばす事では意味がないだろう。

 攻撃する、風の刃を作ろう。

 風量が強くなり、やがて風が無数の小さな剣に変化していく。

 グレイスに向けて片手を翳して、それを放つ。

 それを見て、グレイスはその攻撃を跳ね返すように、一瞬にして見えない楯を作り、風の剣を跳ね返す。


「……っ」


「エルダ、ここで悔しがっても意味ないよ。その隙に殺される」


 グレイスは、今でこそ何もしなかった。

 さすがに傷をつけてエルダを帰宅させるのもと思っていたからだ。

 それに、今の言葉はアドゥンにも言われた事のある言葉だ。

 弱みを見せればその隙に殺される。

 そう言ったグレイスの瞳は、本気だった。

 エルダが見た事のない、グレイスの瞳は、本当に戦う人間のものだった。


 ――実技ではなく、これは戦闘だ。


 そう確信したエルダの表情も、それなりに変わった。

 それを確認したグレイスは、エルダの次の攻撃を待つ。

 再びエルダの周囲に風が集まり、同じく風の剣が現れる。

 けれど、先ほどより大きくなっている。

 それをグレイスめがけて放つ。

 グレイスはそれを再びなぎ払う。

 その瞬間、すぐの出来事だった。

 グレイスはエルダの目の前に、いた。

 その手には何も持たれてはいない、はずだった。

 いつの間に出て来たのか、硬いナイフのようなものが手に持たれていて、エルダの喉元を狙っていた。


「――」


 ひゅう、と喉がなる。

 ただ、そのままグレイスは動かない。

 やがてナイフを降ろし、エルダに言った。


「瞬発力。あと、同じような攻撃じゃ駄目」


「……」


 エルダは黙っていた、というより呆然としていた。

 グレイスはそのまま言った。


「でも、使い方としては、悪くないと思う」


 グレイスの瞳は、いつもの瞳に戻っていた。

 エルダは少し脱力したように、そのままその場にへたり込んだ。

 そして、そのまま何も言えなかった。

 自分に足りないものは瞬発力。

 そして、同じような使い方しか出来ない魔法。

 エルダ自身、次の課題が出来た。

 それだけは、はっきりと理解した。


「大丈夫? エルダくん」


「……え、あ、うん、平気」


 レーヴェに声をかけられて、エルダがそう答えると、レーヴェがエルダの手を取って立ち上がらせてくれる。


「グレイスが言った事は、本当の事。僕も見ていて感じるけれど、エルダくんの魔法は一辺倒過ぎる。今はグレイスは何も攻撃しなかったけれど、攻撃されて避けられるように瞬発力も要求される。そのあたりも検討材料だね」


「……悔しい」


 ぽつり、エルダが言った。


「俺、悔しい。まだまだ未熟すぎて、悔しい」


「その気持ちは大切だよ」


 不意にグレイスがエルダに言った。


「その気持ちはエルダを必ず強くする。……うん、この言葉はお父さんの請け売りだけど。だけど、エルダがそう思うなら、きっとエルダの魔法もエルダの気持ちに応えてくれるよ。操るという意識じゃなくて、最初は風と友達になる感覚かな。一方的に扱っても上手くはいかないと思うから、まずは早く慣れる事。手数はそれからでいいから」


「……でも、それじゃあ間に合わないじゃん」


「だから、こうやって特訓してるんだよ、エルダ。エルダの気持ちが焦っているのもわかるし、私だって焦りはあるけど、一緒に戦ってくれるっていうエルダをしっかりと戦えるようにするのが、今の私の目的なんだから」


 そう言って、グレイスは空を見た。

 まだ夕刻は迫っていない。


「エルダ、もう一度やる?」


 その提案に、エルダは答えた。


「……時間いっぱいまで、戦わせて」


 エルダの瞳は、しっかりとした瞳をしていた。


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