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学院で習うような基礎から、応用まで。
朝から半日はそのようなスケジュールで動いていた。
昼食を、とグレイスがナガナキドリとポテトサラダのサンドウィッチを作っていた。
アドゥンが生前よく作ってくれたもので、トースターで焼いて食べると美味しいのだ。
グレイスが好きなメニューの一つでもあったし、朝作って焼かずに置いておいたので、簡単に焼いて、配膳していく。
「俺、グレイスの手料理初めて食べる」
「こんなのしか作れなくてごめんね。一人だと、簡単な食事になるから」
そう言ってから、全員でいただきますをして食事を始める。
「エルダ。午後からは実技だよ」
「……え、マジ?」
「うん。……早く叩きこんでもらわないと、マーレの状況が心配だから」
マーレに偵察に行こうか、とノインがやって来た段階で、一度だけレーヴェとヴェルエは一度グレイスに申し出ている。
けれど、グレイスはそれを拒んだ。
二人にはグレイスが拒んだ理由は定かではないが、グレイスなりの考えがあると感じ、それ以上は何も言わなかった。
「グレイス。マスターの料理、レシピなしでよく作ったな」
「レシピ? あったよ。見たけど、分量が案外適当だったから、大体で作ったけど」
「え、マスター、レシピ残してたんだ?」
「うん。お父さん、なんとなく、私が一人立ちするのに、作ってたんだと思うよ? 予想でしかないけど」
「グレイスのおじさん、そんな事考えてたんだな」
「だろうな。そりゃ、可愛い可愛い一人娘だもんよ。マスターはグレイスを大切にしてたもんな。『どこの馬の骨かわからん奴にはうちの娘はやらん!』ってよく言ってたの覚えてるわ」
ヴェルエが思い起こすように言う。
確かに、とグレイスもそんな事があった気がしたと思い出す。
「お父さん、色々厳しい人だったけど、優しかったよ。……本当は、私を後継ぎにするの、不安だったみたい。でも、私一人っ子だから。お父さん自身が教えられる事は全部教えてくれたよ。だから、私に二人を託してくれたんだと思う」
グレイスは懐かしむような表情で言った。
「私、お父さんがいた頃、よくお父さんと一緒にいた記憶があるよ。家で本を読むだけじゃなくて、普通に買い物に行ってたし、遠目から見てたんだ、フィーリア魔法学院。お父さんも昔は学院生でね。講義の時間には厳しい先生がいたんだって。それがね、実はレナード先生だったの」
「え? マジ?」
「うん。お父さん、やっぱり大雑把だったみたいで、エルダみたいによくチョーク攻撃を受けてたみたい」
「意外だな。おじさん、しっかりしてそうなのに」
「うん。私も聞いてちょっとびっくりしちゃった。それでね、私もお父さんみたいにフィーリア魔法学院に入りたい、って言ったら、『グレイスがやりたいようにしなさい』って。応援してくれる、って、言ってた」
グレイスはいつもとは違った表情で、エルダに話す。
その表情は、幼い頃の純粋だったグレイスの表情。
柔らかな笑み、いつものグレイスからは想像できない会話。
ただ、エルダは知っている。
これが本来のグレイスであり、本当は普通の女の子なのだと。
「でも」
ふと、グレイスの表情が陰りに染まる。
「どうしてだろうね。……お父さんといた記憶はあるのに、〝お母さん〟といた記憶が、あんまりない」
そういえば、とエルダも思った。
エルダがグレイスの家に遊びに来た時も、グレイスの母親には一度も会った事がなかった。
だから、エルダはグレイスの母親の姿を全くと言っていいほど知らないのだ。
一方のグレイスも、自分の母親と一緒にいた記憶がない。
確かに〝いた〟のはわかる。
なのに〝いた〟気がしないのだ。
写真立てに映る女性、それは母親に間違いない。
なのに、母親の記憶だけがなぜか消されてしまったかのように、写真立てでの母親の姿しか記憶がない。
幾度か記憶を手繰り寄せてみたものの、やはり記憶には辿りつけないままだった。
「……ごちそうさま」
先ほどからの声のトーンとは少し下がった調子でグレイスが告げ、頭を切り替えたようにエルダに言った。
「少し休憩してから、午後の実技、始めようか」
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