4.非日常
昨日借りた本を一冊片手に、グレイスは学院に登校した。
これは別に珍しい事ではない。
教室でも本を読む事は多い方なのでこれは別に普通である。
授業はちゃんと受けるし、休憩時間に本を読むだけで、周りは何か勉強でもしているのかと思うだろう。
けれど、実際は少し違う。
昨日から過去の新聞のスクラップ本を読んでいるのだが、マーレの事件についての記述が見つからないのだ。
昨夜、一冊目は読み終えた。
そこには関係するものがなかった。
今読んでいるのは二冊目。
けれど、マーレに関する記述が見当たる気配がない。
大人が殺され、子供が囚われ、国が滅びたのに、小さな記事一つすら今のところ見当たらない。
これでは、マーレがどんな状況にあって、ノインを含む子供たちがどんな状況に立たされているのか、全くわからない。
ほんの少しの手がかりでも欲しいところだが、ページをめくっても、何も書かれてはいなかった。
「……弱ったな」
さすがのグレイスも頭を抱えた。
ノインの話が最近の話なのだとしたら、この本には載っていないという考えも出来なくはない。
マーレがいつからその状況にあるのか、グレイスには知る術もない。
「グレイス?」
考え込んでいると、頭上から声が降ってくる。
グレイスが顔を上げると、そこにはエルダがいた。
「どうしたの? ……あ、邪魔した?」
恐らく、グレイスの手元にある本に気付いたのだろう。
勉強の邪魔をしたと思い込んでいるエルダ。
「……邪魔ではないよ。考え事、してただけ」
グレイスが言うと、空いている席の椅子を引いて、グレイスの机に向かって向かい合わせに座る。
「ねぇ、エルダ」
「うん?」
「……マーレ、って、わかる?」
「ああ、うん。砂丘が有名な国だよね。……あー、でも」
記憶を辿るようにエルダは言った。
「確か、あの国、今〝魔女〟が根城にしてるんじゃなかったっけ?」
その言葉を聞いて、グレイスはノインが言っていた事が真実だと理解すると同時に、なぜか背中に寒気が走る。
「……それ、いつからか、わかる?」
「いつから? えーと……」
少し考えて、思い出したようにエルダが言葉を続けた。
「一週間ぐらい前じゃなかったかな。……俺、確か母さんに聞いたんだよな。うちの商品ってさ、ギフトの焼き菓子の商品だけは、贈答用にって他の国で売るのにも作ってるから。それで、マーレで取り扱ってくれてる店のオーナーさんと連絡取れなくなって、母さんが店のお客さんに聞いたらしいんだよ。そしたら、〝魔女〟が根城にしてて、今は人がいない、って」
「人が、いない……」
「……ちょっと待って、グレイス。顔色悪いよ?」
繋がって行く線。
なぜか、気味が悪い。
人がいない。
表面上はそうなっていても、本当はそうじゃない。
「……とりあえずグレイス。どうして俺にそれを聞いたのか、教えてくれない? グレイスが聞くってことは、何かある、ってことでしょ?」
グレイスは目を伏せて、小刻みに震える身体を震えないように堪えるようにする。
「……エルダ。家、来てくれない? そこで、話すから」
「わかった」
今日の放課後は直帰だ。
本はまだ、読み終えていないものがある。
もしエルダが言っていた事が本当なら、次はこの新聞の本ではなく、魔術書だ。
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