3-12
家に帰宅すると、いつものように夕食と入浴を済ませ、課題も終わらせたグレイスは、借りてきた本に目を通す。
レーヴェとヴェルエも人間の姿で現れていて、本に目を通すグレイスを観察しながら、他の本もぱらぱらと目を通していく。
グレイスが借りてきた本は、過去新聞から魔術書、マーレに関係するものがあるのかどうかわからない過去新聞のスクラップは三冊、それと同じくして内容がばらばらの魔術書も三冊。
グレイスがただ読みたかっただけなのか、この件に関係するものなのか、その意図は読み取れない二人。
本好きのグレイスなので、勉強の為なら何冊でも借りてしまう癖も相まっているのだろう。
返却は一週間後、と決められている。
ただ、二人にはこの六冊は一週間でグレイスは読み切れると踏んでいた。
読み始めると、夜更かししてでも読むし、どこに行っても持ち歩くからだ。
「なぁ、グレイス。魔術書とか意味あんの? ……って、聞いてないよな」
ヴェルエがグレイスに問いかけようと、グレイスを見ると、大図書館で読んでいた一冊目の新聞のスクラップ本を真剣に読んでいた。
ヴェルエの問いかけに返答することなく読むグレイスを見て、諦めたヴェルエは手にしていた魔術書をぱらぱらとめくっていく。
そこには〝転移魔法〟の項目が書かれたものがあった。
どうやらこの本は、それに対して詳しく書かれたものであって、グレイスは必要としていたものを借りた、というのを理解するヴェルエ。
正直二人からすれば、グレイスが借りた本の内容は全くわからない。
ただ、グレイスが無駄な本を借りる事は少ない。
魔術書の中には、グレイスが読みたかった本もあるのかもしれないが、なるべく的確に今回の件に結びつくようなもの、もしくは役に立ちそうなものが多い。
「マーレってさ、砂丘が有名な国だよな?」
「うん、そうだね」
ヴェルエの問いかけに、本の世界にいるグレイスが生返事を返す。
「あんのかな、なんか、新聞に載るような事件って」
「それを探してる。多分小さい記事にはなるだろうけど」
「それで、グレイスはそこに行く気なの?」
「行く気」
「それは、下見? それとも、グレイスが引っかかってる〝魔女〟に会うため?」
ヴェルエの何気ない問いかけ。
それに対して、少し無言で本を読みながら、答えた。
「……子供たちを助けるため。この回答じゃ駄目?」
「いや、駄目、じゃないけど」
「グレイス。この件、きっと何かあるんだよ? わかって、言ってる?」
今まで黙っていたレーヴェが口を開く。
「何があるかは僕らにもまだわからないけど、嫌な予感がするんだ。グレイスが引っかかってる〝魔女〟に関しても」
「じゃあ、あの子が言っていた事が嘘かもしれないって言うの?」
「そういうわけじゃない。ノインくんは多分、真実を言って僕らに助けを求めて来た。ただ、子供たちが巻き込まれている理由は〝魔女〟の中での計画なんじゃないか、って」
「……どういうこと?」
少し怪訝そうな表情を浮かべながら、グレイスは顔を上げる。
「子供たちの身の危険か、それとも、グレイスを殺すために作られている筋書きかもしれない。……まぁ、正直なところ、はっきりとは断言できないよ。そんな気がするんだ。過去にこんな例はないから」
気をつけろ。
レーヴェはそう言いたいのだ。
けれど、グレイスは言った。
「何のためにお父さんの後を継いだのか。〝聖竜使い〟がどうして人の助けを拒まないのか。――それだけ、〝聖竜使い〟が偉大なんでしょう? 私は別に、生半可な気持ちで引き受けてない。自分の立場が、きっちりわかってるからだよ。どんな危険でも、私はそれに向き合わなきゃいけない。今、私に出来るのはそれぐらいだから」
その言葉を聞いて、不思議と二人はグレイスが成長しているのを感じた。
〝聖竜使い〟という責務感。
「グレイスってさ」
「何?」
「マスターそっくり」
「それは、お父さんの子供だから」
「だけど、それだけじゃなくて、しっかりわかってんじゃん。それぐらいの覚悟があるなら、俺らも本気になんないとな」
ぐしゃぐしゃとヴェルエがグレイスの頭を撫でる。
「ちょっと……、やめてってば……。髪の毛ぐちゃぐちゃになる」
「グレイスって、ほんと可愛いな、こういうことされるときは」
「……うるさいな。ひっこめるよ?」
「……こういうとこもマスターに似たんだな、グレイス」
苦笑いしながら、ヴェルエは手を離すと、もう、とグレイスは髪の毛を手で直す。
「明日も学校だからもう寝るよ」
気づけば時計は夜十時を指していた。
本を閉じたグレイスは、そう言って、寝室へ向かった。
それを合図に、二人は石の中へと戻って行った。
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