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それが初めて人間の姿で現れたレーヴェとヴェルエに出会った日。
それからお互い仲良くなって、エルダは母親のお菓子を持ってグレイスの家に行く事が多かった。
エルダは一人っ子だったので、二人がお兄さんに見えたのだろう。
エルダの相手は大抵ヴェルエの仕事だった。
どうやら、二人の波長が合ったらしい。
一方のレーヴェはグレイスの相手をよくしていた。
本を読むグレイスはおとなしく、確かに活発な女の子ではあったが、やはり後継ぎと言うのを意識しているのか、あまりそうは見えない、というのがレーヴェの印象だった。
その瞳は真剣で、恐らく、父親の背中を見ているが故の事なのだろうと思っていた。
「グレイス。母さんのケーキ。今日は苺ケーキだぞ」
この日はエルダの母親が試作にと焼いたケーキを持ってきてくれた。
苺がふんだんに使われた、生クリームのタルトケーキ。
タルトの中には甘さが控えめのカスタードクリーム、苺と生クリームがあしらわれたホールケーキだった。
「美味しそうじゃないか。いつも悪いね、エルダくん」
「や、母さんが試食してくれって。いつも的確な感想くれるからって」
「そうかい? じゃあ、頂こうか。切ってこよう。レーヴェもヴェルエも頂きなさい」
「おお、マジか! ラッキー!」
「ありがとうね、エルダくん」
「ありがとう、エルダ」
「へへ。やっぱ美味しく食べてもらえるのも嬉しいじゃん。母さんもいっつも喜んでくれるし」
自慢げにエルダが微笑んで言う。
やがて、キッチンからダイニングテーブルに切り揃えられた苺ケーキが置かれる。
「ほうら、美味しそうだ。頂こう」
全員が座席について、いただきますをする。
カスタードクリームもくどくなく、生クリームも甘さ控えめで、苺の酸味がアクセントになっている、全体的にさっぱりとしているケーキ。
「……うめぇ、何個でもいけるわ、俺」
「うん。あっさりしていて、とても美味しいね。タルト生地もしっかりしている」
「苺の酸味もいいね。甘すぎず、酸っぱすぎず」
ヴェルエとアドゥン、レーヴェが各々感想を述べながら食べる。
アドゥンの隣に座っていたグレイスはなぜか真剣にケーキを食べていた。
何か感想を、と求められると考えてしまうのだ。
「美味しい? グレイス」
エルダが問いかける。
急な問いかけに手を止める。
「うん。美味しい。エルダのお母さんのお菓子、全部美味しくて……」
「そう言ってもらえるだけで母さんは喜ぶよ」
「そうだね。グレイス、別に必ずしっかりとした感想を述べなくてはいけないわけではないんだ。「美味しい」という言葉は、エルダ君のお母さんへの最高の褒め言葉だよ」
それを聞いて、グレイスはこれが感想になったのだとほっとした表情で、再びケーキを食べ始める。
さくっとしたタルト生地、甘すぎず重たくないカスタードクリーム、手をいくらでも進めたくなるような甘さを抑えた生クリームと、その相性がぴったりの苺。
口のなかで全てが広がって、幸せな気分になっていく。
「美味しい」
もう一度、そう言うと、嬉しそうにエルダが笑った。
隣にいたアドゥンも、優しく微笑んだ。
それを見ながら、レーヴェもヴェルエも微笑ましくなった。
グレイスは、今はまだ、気を張って自分が後継ぎだと思いすぎなければいいのだ。
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