3-2
それはある日の昼下がり。
まだアドゥンが生きていた頃の話である。
グレイスもエルダも幼い頃、グレイスの家でたまたま遊んでいた時だった。
アドゥンは〝聖竜使い〟としては威厳があったが、グレイスの前では子煩悩だった。
子供に女の子を授かったというのが嬉しかったそうだ。
確かに、家系としては〝聖竜使い〟は男性が続いていたし、子供は男の子の方がよかったのかもしれないが、これもまた新しい家系の形だと、後継ぎはグレイスだと決まっていたのだ。
「やぁ、いらっしゃい」
アドゥンが自室から出て来た時に、グレイスとエルダは不思議そうに背後の二人の男性を視認した。
「お父さん、このお兄さんたち、だあれ?」
この頃は好奇心も旺盛だったし、子供ながら二人はやはり背後の二人に興味を示す。
青い髪、優しそうな表情の男性と、赤い髪、切れ長の瞳が特徴的な男性。
二人に見覚えはないし、誰だかさっぱりわからないという表情で二人はアドゥンを見る。
すると、アドゥンは、悪戯っぽく笑み、二人に言った。
「この二人はね、レーヴェとヴェルエだよ」
「え?」
「おじさんの竜の?」
「そうだよ。二人は人間の姿になれるんだ。グレイスとエルダ君は二人と遊びたいかい?」
「おい、ちょっと待て。俺はガキと遊ぶ趣味はねえぞ」
「ヴェルエ、口は慎んだ方がいいと思うよ。誰だと思ってるの、この方を」
アドゥンの提案にヴェルエが口を挟む。
それをたしなめるような口調で言うレーヴェ。
「遊びたい!」
真っ先にそう言ったのはエルダだった。
けれど、一方のグレイスは先ほどのヴェルエの口調が恐ろしかったのか、びくびくと震えていた。
グレイスは決して人見知りする方ではないが、人間になった二人に会うのも初めてだし、どう対応していいかわからなかったのだ。
「グレイスは?」
「……」
「ほら、ヴェルエ。グレイスが泣いてるよ」
「泣いてねーだろ! まだ泣いてねーだろ!」
「泣いてなくても、少なくとも怯えてる」
「……っ、ああもう! これだからガキは……」
「こらヴェルエ。うちの娘に手を出したら、ただじゃおかんぞ」
「ほら、マスターが言ってる」
「……」
「グレイス。怖そうに見えても、二人は怖くない。それに、これからお前も慣れなければいけない。お父さんが言いたい事はわかるね」
声なく頷くグレイス。
理解はしている。
アドゥンはグレイスを後継ぎにすると決めているのを知っているからだ。
ちら、とレーヴェとヴェルエを見て、それからアドゥンを見る。
「私も、遊ぶ」
グレイスがそう言ったのに優しく笑んだアドゥンは、レーヴェとヴェルエに言った。
「じゃあ、頼むよ」
「ちょっと待て、マスター。俺らほったらかし!?」
「これも修行のうちさ、ヴェルエ」
「マスター意味わっかんねー! これが修行にな……」
「ヴェルエ。私に楯突いたら今後一切その姿で外に出れないと思え」
低い声でアドゥンが言うと、怯んだように表情を引きつらせ、ヴェルエは諦めたように反論をやめた。
アドゥンは自室に戻り、レーヴェとヴェルエはお互いどうしようかと考えているようだった。
「何をして遊んでいたの?」
とりあえずそれを聞こうと、レーヴェは優しい声音で二人に問いかける。
すると、エルダが答える。
「俺はグレイスとトランプして遊ぼうと思ってたんだけど……」
つまらなさそうな表情をして、エルダが次の言葉を口にした。
「グレイス、ずっと本読んでんの。つっまんないの」
グレイスの手には、分厚い本が抱えられていた。
それは、アドゥンの書斎から借りた魔法術の方法等が書かれた魔術書だった。
レーヴェもヴェルエも、それに見覚えがあった。
グレイスはよくそれを愛読している。
愛読、というよりは勉強、と言った方が正しいのかもしれない。
それに対して仕方ないのは、もちろん二人は承知だ。
「しゃーねーな。おい、ガキ、名前は?」
「え? エルダだけど」
「よし、エルダ。俺が遊んでやる。本読んでるグレイスに相手してもらうのは難しいからな」
そう言って、ヴェルエはエルダと一緒にトランプに興じることにした。
「レーヴェは?」
「僕? グレイスと一緒に読んでるよ、魔術書」
「じゃ、ま、これでお互い相手が出来たってわけか。マスターもこれで文句ねぇだろ」
そう言って、お互い、幼い二人の相手に興じることにする。
一時間後、様子を見に来たアドゥンは、仲良くしているのを見て、満足げに微笑んだ。
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