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1.孤独な聖竜使い

 辛い記憶ほど、簡単には消えてはくれない。


『お前は、私より立派な聖竜使いになりなさい。いつまでも、お前の事を見守っているよ』


 そう言い残して、男――アドゥン・マルスモーデンが絶命した。

 ただ眼前の光景に、呆然と立ち尽くすしかなかった、一人の少女。

 右手に握られた、アドゥンの形見。

 それを握りしめて、忌々しく女性は少女を見て、少女にこう告げた。


『聖竜使いなど目障り。だからいつか殺してあげよう。だから、苦しむといい。聖竜使いに産まれた貴女と、父親が殺されたこの光景を、その目に、脳裏に、全てに焼きつけるといいわ。――十三代目聖竜使いグレイス・マルスモーデン』


 そう言い残して立ち去った女性の背中を見つめながら、少女――グレイスは絶望のあまり、仄暗い色を湛えた感情が消えうせた瞳で、呟くように言った。


『どうして――』


 そこで、目が覚めた。

 この夢を見る時は、必ずと言っていいほど、この場面で目が覚める。

 その後の言葉を聞くことなく、必ずだ。


≪おはよう、グレイス≫


 胸元につけたエメラルドグリーンの雫の形をした石に、竜をモチーフにした幾何学模様の印が刻まれているそれは、聖竜使いが代々引き継ぎ持つ聖なる石。

〝聖竜の(ドラゴ・ストーン)〟と呼ばれるそれには、その中に二匹の竜が眠っている。

 一匹は青いうろこを持つ守護竜・レーヴェ、もう一匹は赤いうろこを持つ攻撃竜・ヴェルエ。

 今グレイスに語りかけたのはレーヴェである。

 レーヴェは口調が穏やかで、一方のヴェルエは口調が快活で荒い。

 この二匹は主であるグレイスに忠実で、グレイスが目の前で父親であるアドゥンを亡くしたのも知っている。

 何よりグレイスを守ったのは、この二匹だったのだから。


「……おはよう、レーヴェ」


 ベッドから降りて、力のない声で、石の中にいる聖竜に挨拶をする。

 家では口頭で、外では心の中で会話が出来る。

 元々、グレイスはそういう事が出来るのだ。

 聖竜使いとして、不便は一切ない。


≪よく眠れた?≫


「……どうだろう。いつも通り、かな」


≪グレイス、さてはまたいつもの夢見たろ? うなされてんの丸わかりだぜ?≫


「……うなされてた? ヴェルエ」


≪うなされてたっつの。ん、まぁ、気にするなとは一概に言えないけど、無理だけはすんなよ≫


 口調は悪くとも、ヴェルエもレーヴェと同じくグレイスの事を心配している。

 それを聞きながら、顔を洗って、パジャマから制服に着替える。

 ポップアップ式のトースターに食パンを一枚セットして、一人で使うには広い、ファミリータイプのダイニングテーブルの上には、瓶に詰められた苺ジャムを置いておく。

 ケトルでお湯を沸かして、インスタントの珈琲を飲むために、カップも用意している。

 お湯が沸くと同時にポップアップトースターからトーストが飛び出て、トーストをお皿に、カップに珈琲を注いで、トーストの上に苺ジャムを乗せていく。

 グレイスの朝の流れといえば、いつもこんな感じで始まる。


「いただきます」


 一人でもきちんと食事の前の挨拶は忘れない。

 グレイスの両親は、礼儀作法に関しては厳しかった。

 それが、聖竜使いであるが故、ではなく、一般常識だと言って。

 たった一人で食べる食事は静かで、なおかつ早く済む。

 心の片隅では味気ないと思っても、もう慣れてしまった。


「ごちそうさまでした」


 トーストを食べ、珈琲を飲み干して、挨拶をしてから、片づけを始める。

 歯を磨いて、身支度を整えて、家を出る前に玄関の前にある遺影――たった一つの家族写真を見る。

 両親と、幼い頃のグレイスの写真。

 父親が一枚ぐらい家族写真をと、この家の前で撮ったものである。

 薄紫の長い髪、白い肌に映える黒の瞳は、幼さと無邪気さを浮かばせながら、微笑む両親と共に楽しそうに微笑んでいる。

 この頃が、幸せだったのかもしれない。

 心の中でグレイスは思いながら、写真立てに向けて「いってきます」と挨拶をして、家を出る。

 戸締りも忘れずに。


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