2 次の問いに対して適切な語彙を書け ⑴~⑵
⑴ 人間の本性は善であろうとする
①
探偵社から車で15分くらいのところにある、地区の中でも大きな総合病院、唐竜総合病院。
ここには、哲翁探偵事務所専属の先生と個室があるんです! 零思さんは、その先生に足の弾丸を抜いてもらって、その個室にいます。零思さんと私のほかには、希孔納さんだけ。この後、心子さんが来るはずなんですけど・・・。
そう思っていたら、個室の扉が開き白衣姿の男の子が入ってきた。
「おじさん、今度は何やらかしたの?」
入りながら、あきれた口調で男の子は言った。
「何でもないよ、逸仁。てか、お前『また』ってどういうことだよ!」
零思さんはベットの上にいてもいつも通りです。
入ってきた男の子は、よく見ると医師の格好をしていた。学之くんだ。
学之逸仁くんは、22歳で総合病院の凄腕医師と呼ばれるすごいお医者さんなんです! そして、さっき零思さんを『おじさん』と呼んだのは訳があって、実は零思さんの身内なんです! なので、この学之くんは探偵事務所専属の医師なんです。ただ、学之くんには少しコンプレックスがあるみたいで・・・私が間違えたように、知っている人でも一瞬間違えてしまうほど、童顔なんです! 背の小ささも相まってさらに・・・
何回もお世話になっているのに、いまだに間違えてしまいます。
「学之くん、ごめんなさいこんな時に」
「いいんですよ、智恵理さん。これが僕の仕事ですから」
そう言うと、学之くんは白衣のポケットから袋を取り出した。中には鈍く銀に光る細長いものが入っていた。
「右足腿に2発、右足脹脛に3発、右足首に1発、左足首に1発、合計7発。これでもやらかしてないって言えるの?」
零思さんは「ふふっ」といいながら目をそらす。
「え! な、七発!?」
「あれ、智恵理さん見てなかったんですか?」
「慌てていたので・・・」
学之くんは零思さんに袋ごと弾を手渡すと、一週間の入院を告げて病室を出た。
学之くんと入れ違いで二人の人が入ってきた。
「おいおい、何やってんだよお前は」
「大丈夫ですか?」
入ってきたのは心子さんと天咲だった。
高原心子さんは、私たちの探偵社と同じ事件を扱っている大規模探偵社の社長さんです。零思さんとは昔からの親友だそうで、今でもたまにこっちの探偵社に遊びに来てくれたりしています。
徳中天咲は、心子さんの側近(秘書のような役職らしいですが、ちょっと違うみたいです。)をしている私の高校時代からの親友です。スポーツ系女子のせいか、この探偵社が似合っています。
天咲も私と同じように大学へ進学後、探偵社に入ったようです。なんか、不思議な感じです。
「まったく、どいつもこいつも俺のことを気にしちゃくれない・・・天咲ちゃん、君だけだよ~気にしてくれるのは~」
「あれ、零思さん智恵は気にしてくれないんですか?」
「あぁ・・・気にした?」
「しましたよ!」
救急車を手配したのも今まで付き添っていたのも私だったというのに、ホントにもう、この人ったら・・・。
そんなことを話していると
「そうだ心子、アレのことだが・・・」
「アレ・・・あぁ、あのUSBか、どうしてる?」
「今絶賛解析中だ。本体は俺の事務所にあるから」
「そっか。・・・にしても何があったんだよ、襲撃か?」
「そんなとこかな?」
「そんなわけないでしょ!」
私がそういうと、少し「フッ」っと笑って黙ってしまいました。
と、その時。
「データの解析が終了いたしました。『雛菊』への転送も、先ほど完了いたしました。心子さん、天咲さん、お見舞いありがとうございます。」
「おう、桜。ありがとな。まぁ、お見舞いくらいどうってことはないよ」
個室の中のスピーカーから聞こえたオペレーターのような女性の声に対して、心子さんが言った。
この個室は、事務所専用の個室なのでこの部屋全体が紅桜と通信がおこなわれているのです。なので、先ほどスピーカーから聞こえた声の主は紅桜なのです。私たちは親しみを込めて『桜さん』と呼んでいます。それにしても桜さんはすごいです。パソコンなのに私たちの声もわかってしまうんですから。
ほんと、誰かと電話で話をしているかのようです。
桜さんが言っていた『雛菊』とは、桜さんの後継機になるパソコンです。心子さんの事務所に設置されていて、基本は桜さんと同じ作業をしているようです。それと、桜さんとも通信の連携を行っているらしく、たまに情報交換したりしてるとのことです。
こちらは零思さんが作ったらしいです。零思さん曰く、「紅桜とかなり違う」らしいのですが・・・違いは、声が男性である他はよく分かりません。
「天咲ちゃん、希孔納、智恵ちゃん、ちょっと席外してもらってもいいかな?」
「? ・・・わかりました」
私たち三人は個室から出て待合室で待つことにした。
②
暫く、天咲曰く女子トークが続いた。
内容としてはほとんどが探偵社周りの謎や噂についてだった。これを女子トークと言うのだろうか・・・。
零思さんの戦闘服が何故ロングコートなのか、とか、雛菊と紅桜は恋人を参考に作った、とか、零思さんや心子さんは元々秘密結社や裏組織の人間だった、といった確かめようのないものばかりの話だった。
そんな会話を続けていると、個室の扉から心子さんが出てきた。
少し、表情が曇っていた。然し、その理由はすぐに分かった。
私たちを見つけ、近寄ると・・・
「零思の希望で、次の戦闘はこっちで持つことになった。それと、智恵理さんと希孔納ちゃんはそれまで、うちの方に来てほしいんだけど・・・大丈夫?」
「・・・へ?」
零思さんはまた無理難題を言ったようだ。心子さんは零思さんから、解析したデータに記載されている敵幹部の戦闘を頼まれ、さらに私の保護も頼まれたのだ。戦闘はともかくとして、私を『保護』とは、どういうことか。訳が分からず、私も表情が曇った。しかし、いつものように何か考えがあるのだろうと、いろいろ言いたい気持ちを抑え、心子さんの探偵社に行くことにした。
③
「いつ来ても、すっごい大きいなぁ~・・・」
零思さんが入院している予定の一週間分の荷物を持って心子さんの事務所まで来た。
心子さんも哲翁探偵事務所と同じように、インテルガトスとの戦闘も請け負っているちょっと変わった探偵社の所長さんなのですが・・・何と言っても規模が違いすぎます。働いてる探偵の方もも数百人で、多すぎるため部署が分かれているようなのです。また、私たちの事務所が少し大きめのビル一つに対して心子さんの事務所、『空五倍子探偵事務所』は高層ビル。1階が受付で2階が個室の応接室になっており、基本的にここで依頼者と探偵が会うようです。その上の3~5・7階が探偵の方たちの事務所になっており、基本探偵のみなさんはここで待機しているようです。その上は探偵のみなさんの寮になっていて、天咲や心子さんを含めた全員がそこで生活しているようです。
正に哲翁探偵事務所超DX版です。
ビルの中に入り、エレベーターで10階まで上がる。
病院で話し合い、階の空いている部屋を貸してもらえることになったのだ。天咲の部屋の隣だった。
「やっぱ大きいなぁ・・・こういう所、私の事務所にないからうらやましい」
「智恵のとこのほうが落ち着くよ。こういうとこなんか忙しなくて逆にそっちのほうが羨ましいよ・・・それに、零思さんと二人っきりだしね」
天咲がからかいながら言ってきた。
「な・・・なに言ってんの! ふ、二人っきりじゃないし・・・そうですよね? 希孔納さん?」
「ふにゃ? ・・・そう言われれば、私が事務所にいないときは二人っきりにゃのか。私もいない時間のほうが長くなってるから最近は二人っきりにゃね」
希孔納さんも少し笑いながら私に視線を飛ばしてくる。
「ふ・・・二人して! もう!」
そんな話をしているとエレベーターが止まり、扉が開いた。
ビルの中とは思えない、まるでマンションにいるかのような階だった。
天咲の案内で、借りる部屋へ移動する。一応、お世話になるので、荷物をおいたら一度所長室へとあいさつに行く。
「結構いい部屋にゃ」
「ほんとにこの部屋いいの?」
「いいんだよ、住む人いなかったら宝の持ち腐れだもの。とりあえず、どうする?」
「まず、挨拶に行かなきゃだね」
私たちは、荷物を部屋に置くとそのまま部屋を出た。
またエレベーターへ乗り込み、所長室のある7階へと移動する。心子さんのオフィスの部屋だ。
それにしても、零思さんと心子さんは同じ立場(所長)なのに、全然格が違う気がします。心子さんの探偵社の支店長が零思さんみたいな。
7階所長室。私の事務所にない重厚そうな扉。その扉をノックし入る。
「失礼します。智恵理さんをお連れしました」
天咲が先行して入る。するとそこにはすでに先客がいた。
「分かった、これで通しておこう。・・・お、来ましたか」
「所長、新しい探偵でも雇ったんですか?」
発言や身なりから推測するに、ここの探偵さんでしょうか。
「ああ、違うよ、例の保護対象の」
「あ! 哲翁さんのところの!」
そう言うと、私の前まで来て、
「どうも、いつも哲翁さんにはお世話になっております」
と、挨拶をするとそのまま所長室を出ていった。
「あの人も私たちお同じで、インテルガトス対応の探偵さんなの」
天咲がそう紹介してくれた。
「さて、智恵理さん、この事務所については知っていると思うけど端末に関しては主オペレーションが菊になるので、それだけ。後の細かいことなんかは天咲から聞いてください」
そう心子さんが言ったとき、
「所長、まもなく対策会議の時間です。智恵理さん、希孔納さんもどうぞご出席ください」
と、男性の声が。
おそらく雛菊でしょう。私たちは愛称で『菊』と呼んでいます。
「え、私もですか?」
「ふにゃ、私もかにゃ?」
私たちは声をそろえて言った。
④
空五倍子探偵事務所4階大会議室。私たちがそこに行くと、すでにたくさんの探偵の方がいた。
私たち4人が前に出るとざわめきは一瞬止まったが、また少しするとざわめきだした。聞こえてきたざわめきは私たちのことを言っているようだった。
「注目!」
天咲の一声で全員の目線が私たちに向かう。
「これより、対インテルガトス幹部作戦会議を開始します。それにあたり、まずは、今回作戦に参加してくれます哲翁探偵事務所の智恵理さんと希孔納さんを紹介します」
天咲がいきなり私に振ってきた。
「か、考藤智恵理です、よろしくお願いします」
「哲翁希孔納にゃ、よろしくにゃ」
普通に挨拶をしたが、その直後今までの発言に関して何か引っかかるものがあった。そんな私をよそに、天咲は続ける。
「それでは、雛菊、お願い」
「かしこまりました。今回みなさんにお集まりいただいたのは、ご存知の通りインテルガトス第伍幹部『ニヤメム』を確保するためです」
「え、私も参加するの!?」
小声で天咲に聞く。
「当たり前でしょ、そのために二人に来てもらったんだから」
「あたしの潜入捜査も役に立ったにゃ」
雛菊の説明は続く。
「ゴーレム体である第漆幹部、第陸幹部はすでに哲翁さんと智恵理さんが破壊してあります。そこのデータを解析した結果、岩手県に潜伏していることが判明しました。そこで、今回は精鋭を集めた捕獲作戦を実行します。尚、本作戦は捕獲を目的としております、ご注意ください。ではまず、心子所長、天咲さん、智恵理さん、希孔納さんが本作戦に参加します・・・」
そのあとは、複数人の名前が挙がった後、明日作戦を開始すると言われ会議は終了した。
「なんで私たちまで作戦に出ることになってんの」
「そうにゃ、保護対象じゃなかったのかにゃ?」
会議の後、私と希孔納さん二人は天咲に詰め寄った。
「ま、まぁ今回は幹部との対決なわけだし、経験者ほしいし、それに、これは零思さんから言われたことだし」
ほんとに、あの人は何を考えているのか、まったくもってわかりません。
「にしても、智恵はすごいよね。幹部と戦いに大阪まで行って・・・」
「え!? お、大阪!?」
「え、違ったっけ。ねぇ、菊?」
「はい、確かに前回の幹部との戦闘は大阪の団地内にて行われております。おそらく智恵理さんには伝えられてないのではないかと・・・」
絶句です。もう何も言えません。実際に声が出ませんでした。
「じゃ、じゃあ部屋の番号は・・・」
「あの幹部の法則として、同数値を使うためそこから場所の特定がされたのかと思われます」
「えっと・・・つまり?」
「全国どこでも団地の三番棟402の人を襲っていたということです」
「何も伝えないなんて、零思さんらしいね」
天咲が笑いながら声をかけてくる。私はもう、ため息しか出なくなってしまっていた。
⑵ 険を見てよく止まるは知なるかな
①
翌日、作戦のため空五倍子探偵事務所の車に乗り込み精鋭部隊は岩手県へ向かっていた。4人乗りの車の運転は心子さん。私と希孔納さんは後部座席に座り助手席の天咲と話をしている。
「最近、戦闘多くない?」
話の内容はいつのまにか私の愚痴になっていた。
「これから増えていくような気がするにゃ」
「確かに、もう幹部と戦闘してるってことは残っているのは幹部だけってことなのかな・・・?」
「えー!あんな感じの奴らしか相手にしないなんて・・・」
心子さんの顔が苦笑いを浮かべていた。おそらくあたっているのだろう。
「しかも、私なんてあの戦闘にいただけで実際に倒したのは零思さんだよ。なんで私なのか・・・」
「まぁ、あいつはあいつなりに考えがあるわけだし・・・」
心子さんの顔は、どことなく遠い目をしているようだった。運転しているからというよりは、何かを懐かしむような、悲しみがこみ上げてくるような、虚ろというような、そんな感じの目だった。
「とにかく、動けない零思の代わりと思えば、ね?」
「まあ、そうですけど・・・」
私は、この話題についてもう何も触れないようにと心に決めた。
②
岩手県北部。少しひんやりとした風が、到着した私たちを一番に出迎えた。その直後、私たちの目の前には武装した人たちと車両、そして見覚えのある顔があった。
「よぉ、全員いるな」
「結弦さん、本日の作戦、よろしくお願いしますね」
心子さんが真っ先に挨拶に行く。
安田結弦さんは警視庁と警察庁の間にまたがる特別部署、『インテルガトス公安庁』の一人です。元々警視庁公安部にいたらしいですが、詳しいことはよく分かりません。
インテルガトス公安庁には結弦さんたちのほかに、『戦闘員』や『特戦警機隊』といわれる人たち、『特別戦闘専門警察機動隊』が各都道府県にいて、その人たちは出動時に防護服と戦闘用の銃などを持って行くそうです。この戦闘用具は、零思さんたちが作ったものだと聞いたことがありますが、心子さんが何か作っているところは見たことがありません。一体誰と作成したのでしょうか、謎は多いです。
結弦さんの後ろに数人の銃を持った戦闘員の方たちがいた。今回の作戦は、空五倍子探偵事務所とインテルガトス公安庁の合同作戦だった。
「位置はすでに特定してある。そっちの準備は大丈夫か?」
「もちろん、結弦さんこそ大丈夫ですか? またですよ・・・」
「なに、いつものことだろう」
私は、一瞬引っかかるところがあったが、気のせいだと思った。
「では、そろそろ向かうか。全員乗れ!」
結弦さんの号令で後ろにいた戦闘員たちが一斉に車に乗り込む。結弦さんが助手席に向かうと、私たちも車に乗り込み現場に向かう。光速道を使ったとはいえ、ここまでの移動の疲労感はある。そんな私を尻目に、車は戦闘へと私たちを連れて行く。
③
着いたのは、少し町から離れた廃ビルだった。もう何年も放置されているのか、蔦が生い茂り全体は少し傾いていた。周りは木の温かいぬくもりが感じられたのに対し、このビルだけがひっそりと悲しい雰囲気を出していた。しかし、中に入ると、今でもまだ使えると言わんばかりに壁や天井は外見ほど汚くはなっておらず、このビルが建てられた理由であろう会社の書類や棚、机などが乱雑に置かれていた。壁にかかっている白板には業務連絡や予定などが消えずに残っており、今まさに仕事をしている現場をそのまま切り取ったかのような感覚だった。
ここで私は違和感を覚えた。
「あれ、ここって誰もいないような・・・」
「そうにゃね、いつもは人がいるのに・・・」
「確かにそうね。ねぇ所長、どうして誰もいない廃ビルなんかに」
今までは、インテルガトスに寄生されている人のいる部屋の扉に装置をくっつけ、周波数なるものを合わせることにより対象の精神空間、いわば脳内に入り込みそこでインテルガトスを倒すということをしていたのですが・・・このビルには、誰か人がいそうな気配もないです。
「えっと、それなんだけどね、幹部は基本他人の精神空間内にはいないんだよ」
「へ?」
「にゃ?」
「え?」
私たち三人は思わず一斉に素っ頓狂な声を出してしまった。
「確か・・・なんだっけ・・・あー! 奴らのことはよく分からん! 菊!説明頼む!」
結弦さんも当たり前のように知っているようですが、詳しいことはわからないみたいです。
「はい。敵幹部たちは普段、戦闘や寄生を行わず、ゴーレムの生成を行っております。そのゴーレムが寄生を行い、我々と戦闘をしておりました。現在把握できているのは、第壱から第伍幹部までが実体で、第陸と第漆幹部がゴーレムであるということのみです」
「つまり、今回は今までのように実行型ではなくその元種を作っている指揮型だってことね」
うまく天咲がまとめてくれた。
「・・・何言ってたがよくわからんが、つまりそう言うことだ。今後はこんな戦闘がおそらく4回程続くからな。ほとんど零思にまかせっきりになると思うが・・・」
そんな話をしているうちに、一つの扉の前で全員の足が止まった。ついに到着したようだ。その扉には、『階段』の文字がうっすらと残っていた。
「ここだな。装置を」
心子さんがそう言うと、戦闘員の一人が零思さんの使っていたものと同じ大きさの装置を手渡した。渡された装置を、心子さんは徐に階段の扉に取り付けた。
「チューニングは・・・あー、やっぱ零思じゃないとわかんないな。菊、頼む」
「ただいま紅桜と通信を行ったところ、経由して零思さんのマニュアル操作が可能と判断しましたが、いかがいたしましょう。因みにではありますが、零思さん自身もこの方法を推奨しております」
「あ、できるのか?」
「え、零思さんと通信できるんですか!?」
私にとっては、チューニングよりも現在の零思さんの容体のほうが気になって仕方がありません。いろいろ言いたいこともありますし。
「では、頼もうかな。零思!」
心子さんがそう言うと、
「はいはい、聞こえてる聞こえてる」
1日ぶりに聞いたいつもの声。零思さんだ。
「零思さん! 容体は・・・大丈夫そうですね。って言うか、なんで私たちまで戦闘に参加してるんですか!」
「んえ? ・・・あー、まぁ、経験?」
「経験って・・・」
「まぁ、愚痴は帰ってきてからゆっくり聞こう。それより、今はチューニングだな」
そう言ったすぐあと、装置のつまみが勝手に動き出した。
「零思、感覚大丈夫か?」
「だめだ、勘でいくしかない」
「勘って・・・ていうか、零思さん勘多くありません?」
「仕方ない。零思は奴らの気配を感覚で感じ取れるが、今はこの場にいない。だから、な」
結弦さんがそうフォローしたが、ここで私は気になった一言があった。
「え? 気配を感じ取る?」
「零思が敵の場所を正確に知れるのは、本人が察知できているかららしい。詳しいことはよく知らないけどな」
「ほ、本当ですか!? 零思さん!」
私は思わず遠隔操作中の病室にいるであろう零思さんに向かって叫んだ。
「・・・え? あ、ああ。そう言えば前回の答え、言ってなかったな。レーダーもそうだけど、俺はどちらかというと感覚で奴らの場所を判断してる。だから場所を正確に聴かなくともわかったんだよ」
こんな状況でそんなことを言われても、困ります。ほんとに。どう反応したらよいのでしょう。
私は何も言わなかった。
④
零思さんが遠隔操作を初めて暫く、ようやく装置から電子音が聞こえた。
「何とか成功したか。後については、俺は何もできないが、『薬』だけはしっかり準備しとくように。今回は今までよりも格段に強い。回復がものを言うようになる」
「『薬』って?」
私は小さく天咲に聞く。
「さあ、私もわかんない」
「もしかしたら、回復って言ってたし、『細胞活性薬』かもしれないにゃ」
希孔納さんは、知っているようだった。
『細胞活性薬』とは、アカシックレコードから手に入れた製造法で作る薬で、その名の通り細胞を活性化させ、代謝や分裂を加速させることができるのです。それを医療に使うと、怪我や一部の病気をすぐに完治させることができるのです。ただし、濃度によって効果に違いがあり、濃度が濃ければ濃いほど治りが早いのですがその分体力を消耗し、最悪の場合死ぬこともあるようです。そのため、基本医師しか扱うことのできない薬なのですが、何分戦闘の多い我々なので、学之君経由で原液をもらっているのです。一応受け取り手は零思さんです。たまに怪我をすると、患部に何万倍にも薄めた活性薬を注射しているのを何回か見たことがあります。
しかし、今回の戦い、それほどのものを持ち出すほどになるとは・・・先が不安です。
「誰も・・・死なないようにな」
「・・・あぁ」
零思さんの弱々しく放った一言に、心子さんが力強く答えると、扉を開いた。
⑤
扉の先は、はるか奈落へ繋がっているかのように深い闇へと続いている下り階段だった。
「希孔納ちゃん、この先は君の察知能力が必要だから・・・よろしくね」
心子さんがそう言うと、結弦さんの号令とともに戦闘員3人が先導して階段を下りていった。後に続いて、心子さん、私と希孔納さんと天咲の三人、結弦さん、最後尾には台車に荷物を載せた隊員二人と護衛三人が続いた。
階段を降りきると、少し幅のある大きめの一本道になっていた。相変わらず自分たちの周囲は薄暗く、そのほかは闇に包まれていた。
ふと、希孔納さんを見ると、いつも帽子で隠してある耳を出してあちこちに向けながら警戒をしていた。
こんな時に思うのもどうかと自分でも思いますが、かわいいです、希孔納さん。やっぱり猫はこういうものなのでしょうか。
そのまま、しばらく進んでいくとピタリと希孔納さんの足が止まった。
「前のほう・・・にゃにかいるにゃ」
その一言に、全員が前方に警戒をする。私も、剣を前に向けて警戒する。
「・・・こっちに来たにゃ!」
その次の瞬間、今まで見たことのないような人型のスライムのようなものが、剣を持ってこちらに向かってきた。
先頭にいた隊員の二人が、向かってくる敵に発砲する。
見た目に反してスライムのような体には重い衝撃が走った様で、そのまま数発受けると粉々になって蒸発して消えて行ってしまった。
「もう気づかれてる! 急いで進むぞ!」
心子さんの一言で、全員はすぐに走り出した。
途中、前や横から敵が現れたものの、全員怪我一つすることなく重厚そうな扉の前まで来ることができた。
「この先、なんかいるにゃ」
「零思の予想だと、この先にニヤメムがいるみたいだが・・・どう思います?結弦さん」
「開ける以外に確かめる方法は無いみたいだし、二人の反応から察するに予想は合ってるだろうな。全員、戦闘及び捕獲体制に入れ!」
結弦さんがそう言うと、隊員の人たちが今まで消費してきた弾を補充し、奥から何やら大きな体の隅に小さく捕獲装置と書かれた箱状の物を持ってきた。
「では、これより捕獲作戦実行だ。開けろ!」
結弦さんの号令で戦闘にいる隊員二人が扉を開ける。一体どんな敵がいるのか、作戦は上手くいくのか、ここまで来て混乱する私を尻目に扉は開いてゆく。
⑥
扉の先はまた広い空間だった。しかし、いつもよりは少し狭く、第一印象としては『実験室』というのが正にだった。
そして、その一番奥に目的の奴はいた。
「え・・・来ちゃった・・・?」
「ニヤメムだな。覚悟!」
心子さんがそう言うと、隊員が先陣を切った。私たちも慌ててそれに続く。
「見くびられちゃ、困るねぇ!」
そう言うと、ニヤメムは自分の周囲に液状のものをまき散らしそこに手をかざし何かを唱えた。すると、液の部分から何やら生えだしてきて、見る見るうちに人型となってこちらに向かってきた。
「私は、幹部の中でも最もゴーレム(人形)生成に長けている! 私の素晴らしきミムベーとニヨトッテを破壊しやがって・・・許さんぞ! 零思!」
「残念ながら、零思はここにいない!」
そう言うと、心子さんは手に持っていた、開いた折り畳み式鎖鎌の鎖部分を振り回しながら向かってくる敵に対し横に振った。すると、鎌は円の軌道を描き横一列に並んだ敵をきれいに両断していった。
しかし、それでも大量に敵が向かってくる。私も次々と剣で切っていく。
結弦さんも、隊員の人たちと銃を放ち応戦する。
天咲は、ほかの探偵の人たちと同じ銃やナイフで応戦していた。
「くそ! 銃弾が効かない!」
天咲がそう言うと、
「智恵理さん! そっちの敵斬って!」
と心子さんから指令が。
私は返事を忘れてそっちに向かう。
一瞬しか見れなかったが、確かに銃弾は腕から出ている炎によって溶かされていた。
私はある程度間合いを詰めると、勢いをつけ一気に斬る。そしてその勢いでそのまま少し先で止まる。
敵は斬られた個所から崩れ、そのまま爆発した。私は向かってくる爆炎を剣で防ぐ。
この剣は何やら特殊らしく、様々な攻撃を防げ様々な敵を斬ることができるようなのです。最初のころ、実際に銃弾や火炎放射をこの剣一本で防いでいた零思さんを見て、剣のすごさよりも零思さんのことが心配だったのを今でも覚えています。
私は爆炎を防ぐとすぐに起き上り向かってくる敵の応戦を始める。
すると、不意を突かれ横から敵が攻撃してきた。剣では間に合わず、一瞬頭の中が真っ白になった。すると、横から何かが飛んで出てきた。
「智恵理さんに何手ぇ出そうとしてるにゃ!」
気づくと、希孔納さんがそう言いながら膝蹴りをしていた。そのまま希孔納さんは両手に持った短剣を敵の頭部に刺し、跳び箱のように前へ着地した。
「あともうちょっとにゃ、気ぃ引き締めるにゃ!」
「はい!」
まるで、零思さんと戦っているようでした。
私たちの奮闘で敵は大幅に減り、ニヤメム自身も疲労が出ているようだった。
少し余裕の出てきた私は心子さんのほうを見る。
すると、ニヤメムまであと少しのところまで来ていた。
「そろそろ終わりだ!」
そう言うと、心子さんは鎌の逆側、重りのついている方をニヤメムめがけて投げる。鎖は、伸ばしていたニヤメムの腕に見事に巻き付いた。
心子さんが一気に鎖を引くと、そのままニヤメムは倒れ、心子さんの近くまで引き寄せられる。
心子さんはそのまま近づき、ニヤメムに何かを取り付けたかとおもうと、ニヤメムは姿を消した。おそらく捕獲装置の中に転送されたのだろう。
捕獲装置は少し特殊な構造のようで、中は機械が詰められており捕獲対象はその装置付属の腕輪状の端末を取り付けると、別空間に転送され、捕獲となるようでした。呼び出す際は装置からこちらに戻せるらしいのですが、心子さん曰く、テレポートの応用だそうです。もう、時代もここまで来ているのですね。
ニヤメムの確保が終わると
「残り、片づけるぞ!」
と、心子さんが言った。
あとは、楽なものだ。数えるほどまでに減った敵をすべて倒すのに、5分とかからなかった。
とりあえず全員その場から離脱し、元の階段の扉まで戻ってくる。
戦闘で疲れてはいたが、周りを見渡してみると数人怪我をしていた。希孔納さんもその一人だった。私は急いで駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「大したことないにゃ。活性薬さえあれば直ぐに治るにゃ」
そう言っていると、隊員の一人が注射器を渡してきた。中には薄く緑色をした液が入っていた。細胞活性薬だ。
注射器の先端を脚と腕の傷口に近づけ、活性薬を塗るようにつける。深くまで傷が入っていないので、針を刺す必要はないようだ。
すると、薬の塗ったところの傷はたちまち元の皮膚へと戻っていき、すぐに完治した。
「はぁ、少し疲れたにゃ」
「お疲れ様です」
私はそう言うと辺りをまた見渡してみた。すでに夜になっており、周りは帰り支度をし始めていた。
「智恵理、そろそろ帰るよ?」
天咲がいつもの元気のいい声で疲れている私を呼ぶ。
「うん、帰ろう」
そう言うと、私は立ち上がり車へと向かう。
今まで戦闘を行っていた廃ビルは、そんなことはなかったかのように来た時と同じ静けさで、夜空の月とともに妖しくそこに建っていた。
⑦
その日は、探偵社に戻るとすぐに眠ってしまった。
それは、私だけではなく希孔納さんや天咲も同じようだった。
そして、次の日の朝。部屋に備え付けのキッチンで三人分の朝ごはんを作り私と希孔納さん、天咲の三人で食べ終わった時には、すでに事は動いていた。
取り調べた結果、すんなりと次の幹部の居場所が聞き出せたらしくすでに手続きらしきことで外はバタバタしていた。
その報告を心子さんから伝えられた後、
「後は何もないはずだから、お二人はゆっくり寛いで行ってください。まあ、零思の退院までですが・・・」
「ということは所長! 私たちは休みなんですね!?」
「天咲、お前は違うぞ」
天咲はともかく、どうやら私たちは少し長めのお休みのようです。
「ほ、ほら、部屋となりだし、ね?」
私が必死にフォローすると、
「うん! そうだよね! 毎晩行っちゃお!」
すぐに元気になった。
曇りが多くなり、じめじめとした陽気になってきた外とは対照的な明るさだった。