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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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根こそぎ劣情ファンタジア 3

 シンクの下に収納しておいた聖剣トモリを取りだし、蛍光灯に透かしてみた。

「あ、やべ、刃こぼれしてるよ」

 固いカボチャを両断した時についたものだ。女神の祝福が届かないこちらの世界には、自動修繕機能は働かないらしい。

 とはいえ切れ味は未だに抜群。

 濡らしたような光沢に、美しい刃紋。包丁代わりに使用したことを反省しよう。

 俺は再び鞘に納め、布袋にいれ肩紐を背負った。


 ミヤとサキ、そして奪われた本を取り戻すため、本気を出すことにした。


 久しぶりの感覚だ。

 死闘の日々が甦る。

 聖剣トモリを手にしてから、俺は一度として負けることはなかった。

 あの魔王にさえ。


 装備を整えたはいいが目的地がはっきりしない。

 テレポートの消費魔力は並大抵のモノではないので、そう長い距離は飛べないはずだ。

 さて。

 スマホの地図アブリを起動させ、自分チの住所を入力した。

 せいぜい半径三百メートルといったところか。

 この圏内で人気がなく、障害物もない拓けた空間は、

「桜観神社」

 予想が合ってるかはわからないが、探しにいく価値はある。

 原付に股がり、ヘルメットを被る。

 目的地までせいぜい二分。その間にあいつが移動していないことを祈ろう。



 神社といってもそこまで広くない。

 エンジンを切って外観を観察する。特に変わったところはない。

 鳥居の横に原付を移動させスタンドをたてた。息を潜め、ゆっくりかつ慎重に敷地内に足を踏み入れる。

 玉砂利が敷き詰められた境内に石畳の道が延びる。道の終わりには本殿があり、その前には賽銭箱が置いてあった。

 何もない開けた空間に、冬の風が凪いだ。

 テリヤムがテレポーテーションしてきたとしても、すでにかなり時間が経過している。影も形もみえない敵を追跡することは不可能に近い。

「いないか」

 もう諦めるしかないのだろうか。

 途方にくれた俺はなにもやることがないので、ぼんやりと灰色の空を見上げて、彼女たちの今後を憂いた。


「ねえ」

 舌足らずな声が聞こえた。

 振り向くと、錆で茶色くなったガードレールに一人の少女が腰かけていた。小学生くらいの小さな女の子だ。

 その声が、自分に向けられたものだと思わなかったので、特に反応もせず、帰宅の準備がてら、ポケットにいれておいた原付の鍵を取り出した。

「無視しないでよ」

 どきつい口調で声かけられる。生育しきっていない容姿とは対照的な猛禽類を思わせる鋭い瞳をしていた。

「なんだ?」

 どうやら俺に声をかけているらしい。

「コソコソなにしてるの?」

「関係ないだろ。家に帰って宿題でもやってろ」

「誰かを探してるのかしら?」

「だとしたら、なんだというんだ?」

「アタシも探している人がいたの。たった今見つけたけど」

 なんだこのガキ。

「子供の癖に要領をえないやつだな。もっとはっきり自分の言いたいことを言えよ」

「そうね」

 長いまばたきを一度してから、少女は平然とした無表情で続けた。 

「単刀直入に聞くわ。テリヤム・メドクーラってわかる?」

 てりやむ……、文字がグルグル頭を廻る。

 吸血鬼。

「……お前、何者だ?」

 パーマ混じりの長い黒髪、赤いニット帽、くっきりとした二重瞼に、プックリとした厚い唇。身長は俺の胸に届かない……小学校低学年くらいの女の子だ。

「テケリ・リ。テケリ・リ」

「は?」

「アタシは不動院由奈(ふどういんゆな)よ」

「テリヤムとはどういう関係だ」

「敵」

「……」

 言い切られた。

「それじゃあ俺とおんなじだな」

 彼女は短く相槌をうつと、ガードレールからお尻をうかし、人差し指を顎につけた。

「したらば、協力関係を結びましょう」

 見た目とは裏腹なサバサバとした口調の少女だった。

「お前と組んで俺になんのメリットがある?」

 彼女は一瞬無言になると、黒い瞳で俺をねぶるように見た。

「暴食のスキル・嗅覚強化でメドクーラを追跡することができるわ」

 右手をスッ差し出される。

 スキル、ね。

「ただし、いまのアタシにはアイツを倒すことができない。だから代わりに倒してほしいの。どう? 美しい利害関係の一致じゃない?」

「お前、モンスターか?」

「粘体属、スライムっていえばわかるかしら」

「腑に落ちないな」

 突然狙ったかのように現れた少女。それだけで怪しさ満点だ。

 背中に背負った聖剣に意識を集中させる。いつでも取り出せるようにしなければ。

「ただの一般人になんの協力をもとめる?」

 こいつは俺の力を見抜いている。

「誤魔化さなくていいわ」

 少女は冬の曇り空を割るような爽やかな笑顔を俺に向けた。

「沢村マクラさん。あなたが勇者だって、アタシは知ってるの」


 スライムと不動院由奈は言った。

 不定形モンスターの代表格だ。打撃力は一才ないが、顔に貼り付いての窒息攻撃は驚異であり、切っても再生を繰り返す厄介な相手だ。

「勇者?」

 見た目は普通の女の子で、どことなく最近ドラマに引っ張りだこな子役に似てる。

「お前はなにを言ってるんだ? 俺はハローワークに通うのが日課の、しがない派遣社員だぞ」

「とぼけても無駄よ」

 赤い舌がちらりと唇の隙間からのぞく。

「あなたが背中に背負ってるの聖剣でしょ? アタシたちの同胞が何人も切られた。認めなさい、勇者だって」

「ああ、そうだよ。やりました。俺がやりましたよ。これで満足かよ」

「逆切れやめてもらえないかしら。別に責めてるわけじゃないし」

 由奈は半目のまま、髪をかきあげた。

「仕方なかったんじゃないの? 知らないけど」

 見た目の小学生のくせに、動作はやけにセクシーだ。

「まあ、こちらの世界で会えてよかったわ。勇者なら、戦力として申し分ないもの」

「……よく俺が勇者だと分かったな。スライム属は物知りなんだな」

「一体が知り得た情報が他のスライムに伝播するようになってるの。種族スキル、情報伝播よ」

 少女は俺の股間を指さし、鼻で笑った。

「あなたが草原で全裸の戦闘を行ったことも知ってる」

「……忘れろ」

 俺が勇者として呼び出された時、丁度風呂上がりだったので、しかたがないのだ。

「それで。俺の正体を知って、お前は協力を求めるのか? 多くの仲間のカタキじゃないのか?」

「アタシ勇者は嫌いだけど、吸血鬼はもっと嫌いなの」

 少女は短く嘆息した。

「ねえ。そろそろ疲れちゃったから、もし協力しないのなら、早めに言ってくれないかしら」

 空に差し出されたままの右手をプラプラさせ、不動院由奈は下唇を尖らせた。

「いいぜ」

 その手をとる。

「協力しよう」

 スライムと仲間になった。

 ひんやりとした右手。幼い見た目の少女は本当にモンスターなのだろうか。


「決まりね、それじゃあ、急ぎましょ。日が沈む前に決着をつけなければならないわ」

 ニコリと微笑むと、由奈はテケテケと走り、俺の愛車に勢い良く股がった。

 晴れやかな笑顔。子供がよく見せるワクワク顔だ。

「おい、なにしてんだ? 降りろよ。危ないだろ。五十CCだぞ。二人乗りは禁止されてる」

「一刻を争うわ。早くしなさい。間に合わなくなっても知らないわよ」

「捕まったらどうする」

「あなたの免許が傷つくだけよ。テリヤムはナイトウォーカーだから、夜になったら勝ち目が薄くなる」

「チッ」

 ヘルメットをかぶせる。

「おめぇは後ろだ」

「嫌よ。風が感じられないじゃない」

「黙れ」

 偉そうに鎮座する由奈を抱き上げ、後ろ側に移動させる。

「テケリ・リぃっ!」

 謎の文句を無視して、前側に座る。やっぱり変な感じだ。バランスの取り方が分からないし、法律で禁止されてる行為をするのは得策ではない。

「しっかり捕まれ。二人乗りはしたことないから、落ちて死んでも知らないからな」

「スライムだから死なないわ。ナビはアタシがするから、指示通りに進んでね」

 小さな手が俺の腰に回される。

「了解」

 何でこんなガキの言うことを聞かないといけないのだろう。

 サキとミヤを後で殴ろうと心に決め、バンドルを握り、アクセルをふかす。



 指示通り進み、たどり着いたのは豪邸だった。

 言葉にミスはない。

 正しく金持ちの家だ。

 門があり、芝生の庭があり、でかくて白い家がある。

「鬼頭照夜。テリヤム・メドクーラのこちらの世界の名前よ」

 ユナは名残惜しそうに原付から降りると、鬼頭邸に中指をたてた。

「正義を執行しましょう」

 言ってる意味はわからなかったが、アイツに対して並々ならぬ怒りを感じているのは理解できた。

 ハラワタ煮えくり返っているのは俺も同じだ。

 本を取り戻す。初めての給料で買った思い出の品なのだ。

 原付を電信柱の影に停め、高くそびえる塀を見上げる。

 夕暮れが迫っていた。

 遠くの空は茜色に染まり、延びる影が館を覆い尽くす。裸の街路樹は朱に染まり、まるで血濡れたナイフのようだった。

(ゼカ)!」

 靴底に発動させた風とともに跳躍し、塀の上に着地する。

 門から玄関扉まではおよそ三十メートル。冷たい風が頬を撫でた。

「……犬か?」

 普通の人なら見逃してしまうだろう。空間が黒く歪んで見える。強い魔力の塊が獣の形をとって、庭をウロウロしている。

黒妖犬(ヘルハウンド)。テリヤムのやつ魔獣召喚にも手を出してるみたいね」

 隙間から見たらしい、下にいるユナから頭が痛くなるモンスター名を教えられる。数ヵ月でハタチを迎える俺には色々とキツいネーミングだ。

「持っとけ」

「あっ、ちょっと!」

 聖剣トモリの布袋をユナに投げて渡し、俺は鞘を抜いて、柄を握った。

 行くか。

 着地と同時に風魔法を発動させれば、約三メートルほどの落下も足を傷つけることなく行える。

 芝生の地面に着地した俺は落下の勢いのままヘルハウンドを切りつけた。

「ガゥ!」

 短い断末魔を残し一瞬で真っ二つになる犬。熱した鉄に水滴を垂らしたときのように蒸発し、この世から消え失せた。

「ふーん……」

 鉄柵の門を挟んだ向こうでユナが呟いた。

「ヘルハウンドは地獄の猛犬とも呼ばれる召喚獣……それを一刀両断だなんて、やはり勇者は伊達ではないということかしら」

「誉めてもなんも出ないぞ 」

「なんにせよ動物愛護団体が見たら怒るわね」

「……少し離れてろ」

 (イタカ)で強化した蹴りで門を破壊する。ガシャンと短い破壊音のあとで、門がゆっくりと両開きになった。

「器物損壊ね」

 せっかく開けてやったのに、かけられた言葉は労いではなく、罪状の告発だった。

「黙れ」

「とりあえず行きましょうか。今日の日の入りは十六時三十八分。時間がないわ」

 ユナは小さな足を動かして歩き、玄関のでかいドアの前に立った。

解錠(ヒゴラマケ)!」

 カチャリと音がして施錠されたドアが開いた。

 えー、それ使えるなら、俺が門を蹴破る意味なかったじゃん。

「なぁ、その呪文、最近流行ってんの?」

「ん?」

「まあ、いいや。進もうぜ」

 靴抜きで靴を脱ぐことなく、土足のまま上がる。お返しだ。


 白いホコリが積もる床は、踏む度にギシギシと軋み嫌な音をたてた。カビ臭い臭いが鼻をつく。外見は新しかったが、どうやら結構築年数経っているらしい。

 薄暗い廊下が延びている。窓は全て目張りされ、日光が入らないようにされていた。

「やつはどこにいる?」

 人の気配は一切ない。

「非常に言いづらいんだけど……」

「なんだ?」

「やつの生活臭いが激しすぎて特定が難しいわ」

「肝心なときに役にたたないな」

 ポカポカと小さな握りこぶしで背中を何度も殴られる。

「そ、そうか。仕方ない。しらみ潰しに探していくか」

 少女は唇を不機嫌そうに尖らせ続けた。

「予想だけど、たぶん地下ね。陰気なやつは大抵地下室にいるものだもの。急がないと魔王とゴーレムの精気が吸われてしまうわ。そうなったら手がつけられない」

「精気……それが吸われるとどうなるんだ?」

「お肌のハリが悪くなって、目の下にクマができるわ」

「帰ってもいいか?」

「最悪の場合、死に至る」

「……俺はあいつに奪われた物を取り戻すことだけに専念する」

 そんな寝不足みたいな症状に、労力を割きたくない。

 早足で移動を開始する。

 漂う気配は陰気に包まれ、俺とユナの行き先をボンヤリと滲ませていた。



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