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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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根こそぎ劣情ファンタジア 2

 初冬の冷えた風が室内に流れ込んでいた。まだ昼過ぎだと言うのに全身が寒気に襲われる。

「やあ」

 痩身の男がサッシに足をかけていた。寒気がするくらい整った顔立ちの男だった。

「君とは初めましてだね。信じなくても構わないけど、僕はテリヤム、吸血鬼だよ」

 白い肌にサラサラの黒髪、爽やかなイケメンだ。

「何しに来た?」

 嫌な予感が胸を打つ。どす黒い気配。獣が潜んでいる、そんな気がする。

「うーん、正直に言ってもいいけど、引かれるからな」

「いいから言ってみろ」

「おっぱいだよ」

「……どういう意味だ?」

 ミヤとテリヤム、二人の間の壁になるよう俺は静かに体をずらした。

「ニフチェリカ・マーメルト嬢をさらったはいいけど、足りないものは足りないんだ。君も男なら分かるだろ?」

「いいや、わからないな。お前が何を言っているのか」

「それは残念だ。分かり合えると思ったんだけど」

 テリヤムは天使のような微笑みを浮かべ、窓を乗り越えると、畳の上に土足で着地した。

 散らばったガラスの破片が霜柱のようにパリパリと音をたてる。

「この部屋は狭すぎる。ミヤストム・ノルウェジアン嬢には不釣り合いだ」

 細く鋭い視線が小動物のように縮こまるミヤにぶつけられた。

「こないで!」

「怯えなくてもいいじゃないか。さっきは思わず火炎(イツア・イゴス)を放ったけど、正当防衛ということで許してくれよ」

「す、すごく痛かったから許せない」

「君にはニフチェリカ嬢にはない柔らかいモノが備わっているんだ。それをこのまま枯れさせるのは惜しい」

 ゆっくりと一歩前に出るテリヤムに、一歩後ずさるミヤ。

「僕の家へおいでよ」

「い、いやだ」

「残念だ。でも気にしなくていいよ。愛は惜しみなく奪うものだから」

 優男のまとった雰囲気が一変する。

 飄々とした奴だが、実力は侮れない。

 こいつは俺に気付かれることなく、背後の窓を割り中に入ってきたのだ。

「おい」

「なんだい? 見ての通り取り込み中だよ」

「帰れボケ」

「手厳しいね」

 テリヤムはスンと鼻を鳴らした。

「家主は君かい?」

「ああ。そんでもって、お前がナチュラルに割った窓の処遇について思案してるところだ。賠償請求を後で送るから住所だけ教えろ」

「それは悪いことしたね。こちらの文化にはまだ慣れていないんだ。窓を割って入ってはいけないなんて初めて知ったよ」

 テリヤムは肩をすくめて背後の窓枠を指差した。

「元に戻せば許されるかな?」

「ああ、そうだな」

「話が早くて助かるよ」

 テリヤムは大きく息を吸い込むと、右手を宙に掲げた。

復旧(レドモ)!」

「なっ……」

 巻き戻しが如く、散らばった破片がみるみる浮き上がり、パズルを埋めるように窓になっていく。

「少しだけ時間魔法に覚えがあってね。さあ、これで元通りだ」

 彼の言う通り、きっちりとはまる窓ガラスがそこにはあった。

「やるじゃん」

「どういたしまして」

 こいつ使えるな。

「あと入り口のチェーンを直したら許してやろう」

「チェーン?」

 顎でドアを差す。

「あの鎖のことかい?」

「そうだ」

 テリヤムは無表情のまま玄関に向かうと、猫の尻尾のように垂れ下がるチェーンを軽く手に取り、再び「復旧(レドモ)」と唱えた。

 手品のように一瞬で戻るチェーン。軽く感動。

「うぉー、すげぇ」

「お安いご用さ」

「お前なかなかいい奴だな。お礼にバナナをやろう」

「バナナを貰うなら可愛い女の子からがいいな。いや、可愛い女の子がバナナを食べてるところが見たいな。あ、それならバナナと一緒にミヤストム嬢を貰えないかな?」

「さすがに俺では判断できないな。所有者は自分自身だから」

 ちらりとミヤに目をやる。

「やだ」

「だそうだ。本人が断っている以上、強制することはできない。バナナやるからさっさと帰りな」

 大量に買いすぎたのだ。腐る前に処理しなければなるまい。

「ふぅ。やれやれ」

 彼は目を細め俺を指差した。

「見たところ君はなかなかの実力者のようだね」

「どうだろうな」

「となると幾つか確かめなくちゃならないことが出てくる」

「なんだ?」

「君は僕より強いか、だよ」

「強かったらどうするんだ?」

「戦略を練らないとね。ひとまずは勝つまで続けるよ。僕は負けず嫌いなんだ」

「暇人め」

(イツア)!」

「うおっ!」

 放たれる火炎魔法を咄嗟に避ける。

「あぶねぇじゃねぇか!」

「魔法に驚かないとなると君もあちらの世界の住人かな」

「あっ、ま、窓ォッ!」

 せっかく戻った窓が割れていた。


 テリヤムは額に指をあて、キザったらしく言葉を続けた。

「君はミヤストム嬢をさらうのを妨害するだろ?」

 静かにうつ向くミヤを庇うように、テリヤムの正面に立つ。

「さあな」

「これは困ったな。殺したいや」

 殺気をぶつけ合う。不安そうなミヤがキョロキョロと視線を泳がせていた。

「……」

「……」

 無言でにらみ合う緊迫した空気。

 戸惑うミヤが薄く唇を開き、

「くちゅん」

 そのクシャミが合図となった。互いが同時に動き出す。こんなダサいゴングは嫌だったが、火蓋は既にきって落とされた。

火炎(イツア・イゴス)!」

 火球を放たれる。

水流(タメツ・イゴス)!」

 空中で消化する。部屋で小火が起こるより、飛び散った水の処理の方がよっぽどいい。

「はははっ、やっぱりタダ者じゃなかったか!」

 哄笑とともにテリヤは背後にジャンプすると、壁を蹴り、反動をつけて飛びかかってきた。

 水蒸気切り裂いて、ナイフのような爪が俺の首筋に正確に伸びる。

「ッ!」

 頭を横にしてよける。

 テリヤはすかさず眼球に狙いを変え爪を突き立てたが、咄嗟に体勢を低くして辛くもそれをかわす。

「おりゃ!」

 軸足を凪ぎ払うため、水平蹴りを繰り出す。これで相手が転べばそのまま取り押さえて終わりだったが、テリヤは器用にもその場で横転し、俺の攻撃の勢いを殺した。

 体制を低くしたままの俺の顔面に膝蹴りが飛んでくる。

(イタカ)!」

 肉体強化呪文を唱え、テリヤの攻撃を真正面から受ける。

「!」

 文字通り身体を石のように固くする呪文だ。反動で倒れかけたテリヤの伸びる肘を捕まえた。

「終わりだ」

 勝負は大抵一瞬だ。

 土魔法は自らの反射神経・運動能力を極限までに高める肉体強化呪文であり、狭いアパートの一室など、限られた空間での戦闘では大いに役に立つ。

「くっ」

 必死に振りほどこうと足掻いていたが、(イタカ)を唱えた俺の力に敵うはずがなかった。

「信じられない……。僕のスピードを見切るなんて……」

「力の差が理解できないほどバカじゃないようだな」

「ぐぅ……つぅ!」

 握力を強め、彼の右腕を強く握る。

 苦悶にテリヤは顔をしかめた。

「サキを解放しなきゃこのまま右腕をちぎるぞ」

「そういえば……名前をまだ聞いてなかったね」

「質問にだけ答えてろ。サキを解放するのか、イエスかハイで答えろ」

 怒気を持ってテリヤムを睨み付けると同時だった。

 ピンポーン!

 乾燥した室内にチャイムの音が響く。

 こんなときに誰だろうか。まったく空気が読めない来訪者だ。

「出なくていいのかい?」

 余裕綽々といった目付きでテリヤムは俺を見ている。

「どうせ訪問販売か宗教勧誘だ。この場においてお前以上の優先事項はない」

「ふふ。本当にそうなのかな」

「どういう意味だ」

「例えば隕石が町に降り注いだとしても、君はこの手を離さないのかな」

「何があろうとお前を野放しにはできない。サキを解放しないのなら、お前の右手を握りつぶすだけだ」

 状況は完璧に俺優位なのにコイツの落ち着いた雰囲気はなんなんだ。勝っているはずなのに、不利な気持ちにさせられる。


「沢村ァ!? いるやろー? ワイやけど!」


 ドア前で発せられた大声と執拗に鳴らされるドアチャイムに冷や汗がどっと吹き出した。どうやら一階に住んでる大家のババアのようだ。

「……チッ!」

 舌打ちをかましテリヤムの手を離す。優先事項は更新されるものだ。



「ガンガンガンガンやかましいわボケぇ、何騒いどんの、あんた。そんで、あんた窓割ったやろ! 下で見とったで!」

「いや、割ってないです。ほんとです。ちょっと騒ぎすぎちゃったのは事実ですけど、窓を割るなんてそんなこと」

「だったら、見せてみぃ!」

 クルクルパーマのエセ関西弁ババアの唾が飛ぶ。

 くそ、店子には立場がない。マズイ非常にマズイ。ちょっと家賃を滞納したくらいで不機嫌になりやがって。

「ええから、はよどきぃ! ワイが見ればはっきりするやろ」

「いや、ちょっと友達来てるんで、部屋も散らかってるし、ほんとマジ割ってないんで勘弁してください」

「嘘ついとったら追い出すで、ワレぇ!」

 くそぅ、調子に乗りやがって。

「上がるで!」

 ほんとに関西圏出身なのか、疑いたくなる方言をかましながら、大家のババアは俺の制止を振り切って部屋に上がった。


「どうもお世話になってます」

「あらァ!」

 ババアに続いて俺も部屋に戻る。

 出迎えたのは爽やかな笑顔を携えたテリヤムだった。

「はじめまして、沢村クンの友達のテリヤといいます。こっちは妹のミヤ子」

 気のせいかキラキラとしたオーラが見える。

「まぁまぁまぁ、かっこいいアンちゃんやないのぉー」

「恐れ入ります。沢村クンとちょっと騒ぎ過ぎてしまって……ご迷惑おかけしました」

「イヤイヤ、ええんやでー。若い証拠やー」

 恰幅のいいババアが今まで見たことないくらいデレデレと体をよじらせている。

「窓も割れてへんしオバサンの勘違いやったみたいやなぁー、いやぁー、沢村ぁ疑ってすまんなァ」

「え」

 先ほど火球で割れたはずの窓はすっかり元通りになっていた。どうやらテリヤムが隙を見て魔法で直したらしい。

「ほんじゃ、オバサンはここらで失礼するわぁー、テリヤくん、汚いとこやけど、寛いでてってなぁー」

 ババアは若い女みたいに声を張り上げ、ハニカむテリヤムに背中を向けた。

 すれ違い様ババアが俺の耳元で囁いた。

「家賃未払い分はよ払えや」

「もうすぐ給料日なんで、必ず……」

「払わんかったらしばきたおすぞ」

 ババアが家から出ていった。玄関ドアが閉じると同時に、俺は急いで台所の調味料棚にある塩をつかんで靴抜きに撒いた。

「ふぅ」

 一仕事終えて居間に戻ると、眠りに落ちるミヤを支えるテリヤムが立っていた。

「おい」

 ミヤのやつ、やけに大人しいと思ったら、サキと同じように睡眠魔法(ルムネ)にかけられたらしい。

「ん、なにかな。今から空間転移(スマビト)するから忙しいんだけど」

「窓直してくれたお礼を言おうかと思ったが、そもそも割ったのお前だから止めた。ミヤを離せ」

「ボインを前に退くことは出来ない!」

「どうでもいいことを力強く宣言してんじゃねぇよ。さっさと離さないと殴るぞ」

「こればっかりは譲れないね。出会ったときに見逃したのが今日の僕の最大の落ち度だ」

 テリヤムの体が青白い光を放ち、激しい明滅が起こり始める。テレポーテーションまで会得しているらしい。だが、この距離なら、

 上体を前に傾け、飛び掛かる準備を調える。

「ついでにこれ貰ってくね」

「え?」

「ベッドの下が使えないから、本棚の裏ってのは考えたね」

 スタンバイしていた筋肉がテリヤムが右手に掲げるピンク色の本を視界に捕らえ、強ばってしまう。

「あああ、俺のッ!」

「『脱いだらスゴい現役女子大生たち!こんなにエロ過ぎて大丈夫?』ふむ」

「返せッ、バカ!」

「実に楽しみだ。それじゃあね」

 テリヤムは眩いばかりの光を放つと、一瞬で煙のように消えていた。

「くそがぁ!!」

 俺の怒鳴り声が誰もいない室内にこだました。


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