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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、節句、夢現
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続 世界の終わりによろしく 12


 海底神殿の聖剣を引き抜いた時から俺は周りから正式に勇者と呼ばれるようになった。

 そんなどうでもいいことをふと思い出した。


 剣は想像したよりもあっさり抜けた。力を込めすぎていたので、反動でひっくり返り、背後に刺さった抜き身の剣で背中を切りそうになった。

「あっぶねー!」

 間一髪に心臓がドキドキと跳び跳ねている。


 しょうもない予言を残したヨイナのいたずらっ子めいた瞳を思いだした。

 下手したら死んでた。あの予言はそういうことなのだろうか。

 一人慌てる俺に、たくさんの視線が矢のように降り注いでいた。

 誰も声をかけてくれないので滑ったみたいな空気になっている。

「ふっ」

 できるだけクールな表情を浮かべて立ち上がる。


「……何事も無さそうだね」

 トオヤマさんがぼそりと呟いた。

「残念そうな言い方ですね」

「いやいや、無事で良かったよ。さぁ、その剣をスピアーノに渡してくれ」

「先にユナを解放してください」

 数秒のにらみあいの後、トオヤマさんは顎をくいっと動かしユナの手錠を部下にはずさせた。

 再び自由を取り戻した幼女は小走りで俺の側に駆け寄った。

「さあ、マクラ、これで憂うものは無くなったわ。虐殺(ジェノサイド)しておしまい」

「バカなこと言ってんじゃねぇよ」

 人質から解放されて直ぐに犯人に復讐を誓う図太さは尊敬に値するが、事を荒らげるのは得策ではない。俺はスピアーノに引き抜いたばかりの次元剣を手渡した。

「確かに頂戴した」

 スピアーノはニヒルな笑みを浮かべて剣を受けとると、そのままトオヤマさんの元に歩いて行った。

 なんかこいつどっかで見たことあるな。

「ほう。たしかに見事な。国を統べるというのも納得できるな」

 トオヤマさんは次元剣の柄を握り一振りした。ぶぉん、と風切り音がする。

「高く売れそうだ。我々の目的は達成したのでこれで失礼する」

 トオヤマさんは目を細めて俺にぺこりとお辞儀した。

「やはりキミと知り合いになれてよかったよ。サワムラくん。また有意義な取引をしようじゃないか」

「一方的に搾取されただけな気がするんですが……」

「くくく、気のせいだよ。それではまた会おう」

 踵を返し、嵐は去っていった。

 自動扉のように塔の門扉が閉ざされる。

 あとには静寂のみが残された。

 完敗だ。

 結局俺はなにも手にいれることが出来なかった。無駄に苦労をしただけではないか。

「はぁぁぁぁぁ」

 長いため息をついてしゃがみこむ。

 もう最悪だ。どうすればいい……。

「マクラ、諦めるのはまだ早いわ」

 ユナが俺の肩に手をやった。

「どの口が……」

「酷い言いぐさね。言っておくけど私は同じミスは二度もしないわ」

「してんじゃん。反省しろよ。子供が夜中に出歩くんじゃあない」

「わざとよ」

「は?」

「捕まったのはわざと」

 顔をあげると至近距離にユナの顔があった。大きな瞳に潤いを持った唇が揺れる。

「トオヤマと一緒にいた人たち、三騎士のスピアーノもそうだけど、周りもそうそうたるメンバーよ。辣腕のケッチャム、破壊者ニフラ、人の時を思うマルサ、ダブリの平山さん……。あれらを私兵として雇える財力には感服するわ」

「その二つ名を容認してる平山さんの胆力がすごいわ」

 たしかにただならぬ気配を持つやつらだとは思ったが。

「彼らとカルックスたちが街中で戦えば火の海は避けられない。だから私が無抵抗なふりして捕まったの」

 ユナは勝ち誇ったように鼻をならした。

「意味がわからないんだが」

 外国人のオーバーリアクションのように、肩をすくめられた。

 腹立つ女だ。

 俺が反応に困って頭を掻いたとき、ゆるりと冷たい風が吹いた。前髪が浮き上がる。暗幕のような扉の先に長身の細身の男が立っていた。

「やぁ。そこから先は僕が説明しよう」

 テリヤムだ。

 昼間もそうだが、気配無く現れるが得意な奴だ。


「勇敢なる少女に感謝を」

 豊かな笑みを称えながら、テリヤムはなにかを掲げた。

 茶色い物体。

 塔の明かりに照らされたそれは、静女の銅像に間違いなかった。

「どういうことだよ」

「トオヤマの家は警備は尋常じゃない。とても一個人がもてる軍事力とは思えないほどだ。それを手薄にするためにユナオルマ嬢にはオトリになってもらったというわけさ。ユナオルマ嬢が勇者が塔に言っていると漏らせば当然トオヤマも塔に行く。相対するのが勇者ならば身辺警護を厳重にしてね」

「約束してた時間までまだ大分あるだろ」

「悪いけど好機を見逃すほど僕は耄碌していない。おかげで銅像は手にはいったし、ここに長居していてもしかたない。はやく魔王城に行こう。ほら」

 テリヤムは下手投げで銅像をぽいっとこちらに向かって投げた。

「あっ」

 油断していた。

 突然のキャッチボールに応えられるほど、体力が残っていなかった。

 テリヤムから投げられたパスは俺の右手の中指を掠めて地面に落下した。

「あ、ああ!」

 取り損なった銅像は固い地面に当たって砕けた。


 四つほどのパーツになった銅像とテリヤムとを交互に見る。

「……」

 ばらばらだ。

「ああわあー!」

「な、なにしてんだい!」

「こここここっちの台詞だ! 大事な銅像をなに放ってんだよ!」

「それにしたって受け損なうかい? 普通?」

「無駄にカッコつけやがって、手渡しとけばこんなことにはなんなかっただろうが!」

「そ、そんなことより銅像が失われてしまった今、ミヤストム嬢のパワーアップ手段が……」

 地面でバラバラになった銅像にはもはや魔力の欠片も残されていない。破壊の衝撃で外の空気に触れ溶けてしまったのだろう。

「お、お前、ほらあれ使え! 戻るやつ!」

修復(レドモ)? ダメだよ、あれで戻るのは物質だけで魔力物質(エーテル)は戻らない」

 必死に思考を巡らせるが、最悪な現状の打開策は一つしか浮かばなかった。

「仕方ない」

「なにか手があるのかい?」

「銅像が失われた今、これで次元をコントロールできるのはさっきトオヤマさんが持ってた剣だけというわけか」

 おっし。

「強奪、するか」

「僕が言えたことじゃないけど君も大概だよね」

「帰路を狙うぞ。油断してるはずだ」

 袖をまくり気合いをいれる。

 失う物はなにもない。横に刺さっていた剣を抜き、新たな武器を調達する。

「いくぞ。夜明け前には決着をつける」

 一同に声をかける。ここから先、日本ではできない血と暴力が支配するシビアな展開だ。

「あった」

 ユナとテリヤムは俺に賛同してくれたみたいだが、一人黙りこくっていたミヤがぼそりと呟いた。

「なにが?」

「鍵」

 鍵?

 やおら駆け出すと刺さった剣の一本の前で立ち止まり、子供が珍しい虫を見つけたように指差した。

「マクラ、これ」

 ミヤの銀色の髪がふわりと揺れた。

「抜いて」

「それは……いいけど。にしても突拍子のないやつだな」

「はやく」

「……わかったよ」

 ミヤの示す剣の柄に触れる。変哲のない。

 引き抜くため腕に力を加える。

「どっわ」

 最初は固いけど突如軽くなるもんで先程と同じように後ろに思いっきり倒れてしまう。

「ぬおー!」

 背後には床に刺さるむき出しの刃。ちょっと二の腕を切ってしまった。

 ごろごろと床をのたうち回る俺を冷めた目で見るミヤは、労いの言葉をかけるでもなく地面に転がった剣を拾い上げた。重たいのだろう、剣先は地面に触れたままだ。

 ボロボロの剣だった。

 柄はともかく至るところに刃こぼれがあり、切れ味は最悪に違いない。ノコギリのようにギザギザだ。

「そんなオンボロで何すんだよ」

「? 理解不能。マクラが探せって言ったんだよ。だから見つけたのに」

「もしかして、次元剣か? でもトオヤマさん達が持ってたじゃん」

 ミヤが持つ剣とトオヤマさんが持っていた剣、どちらがお宝かと問われれば間違いなく前者だろう。

「僕には理解できない。ヨイナは鍵と言った。それならこの剣で間違いない。だってほら、鍵みたいにギザギザ」

 たしかに刃こぼれが激しく鍵といわれればそのように見える。

「それに次元をコントロールする力は」

 俺が聞くよりも早くミヤが持っていた剣が白い光を放ち消失した。

 あとにはなにも残らない。

「できるよ」

 ミヤは短く言い放つと、強い瞳で俺を見つめた。


「タラララッタッタッター」

 某RPGのレベルアップを口ずさんだテリヤムがにたりと笑った。室内はりつめた空気がたわんだ。

「どうやら本当にパワーアップしたみたいだね」

「テキトー言うなよ。剣も消えちまったし、世界の命運がかかってるんだぞ」

「剣は粒子になってミヤストム嬢に取り込まれたんだよ。それにレベルアップアップも嘘じゃない。バストがワンサイズ上がっている」

 女性陣二人の視線をもろともせずテリヤムは涼しい顔のまま塔の扉を指差した。

「それじゃあ、魔王城を目指そうか。中庭の(ゲート)を閉じるんだ。これで一件落着さ」

「……とりあえず信じるぞミヤ」

 横のミヤをちらりと見ると、立ったまま目を閉じて寝息をたてていた。

「おい」

「寝かせておいてあげなよ。アップデート後はシャットダウンが必要なんだ」

 水飲み鳥のようにかくんと揺れるミヤに慌てて肩を貸す。静かな寝息をたてていた。

 不安になってきた。

 そんな俺の暗雲を払うようにテリヤムが笑った。

「さ、早く塔を出よう」



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