続 世界の終わりによろしく 11
「解錠」
ミヤが手をかざして馴染みの呪文を唱えると、音もなく塔の扉が開かれた。
同時に灯りがつく。白い光に照らされた塔内部の光景に思わず息を飲んだ。
白い石造りの床面には、数えきれないほどたくさんの剣が刺さっていた。
「やっぱり我が家が一番なんよー」
「これが一番ってどんな脳ミソしてんだよ」
旅行帰りみたいなことを呟きながらヨイナは軽く駆け足に塔に入っていった。
戦場よりもずっと剣の数が多い。意図して床に刺しているのは明白だが、オブジェクトとして設置しているのならば家主のセンスを疑う。
例えるならば剣山だ。抜き身のままの剣が逆さに突き刺さっている。歩きスマホなんてしたらスライスされてしまうだろう。
円形で天井が高いが解放感は一切なかった。
「静女の石像は上の階にあるのか?」
中心にまっすぐに伸びる螺旋階段があった。とにもかくにもこんな危険極まりないところ早く離れたかった。
塔の高さから考えるのに頂上に行くのは骨が折れそうだ。
「なにを言うてるん? 目の前にあるやん」
「目の前って……」
光が刀身に乱反射して海原のようになっている。
「次元剣やよ。銅像が女性なら剣は男性なんよ。二性一対。銅像が穴なら剣は鍵。ともに次元をコントロールする力をもつんよ」
「こんな時にポエムなんかお呼びじゃねぇんだよ。どれがその次元剣なんだ?」
ヨイナは少し考える素振りをして、
「覚えてるわけないんよ。なんせ千年も前の話やから」
「はあー?」
「仕方ないんよ。そんなにいうなら一週間前の夕御飯がなんだったか言ってみろって話なんよ!」
「水」
「……」
あわれみの視線を浴びる。
「それにしても、なんだってこんな沢山……」
「ナルエはほんにエルキングが嫌いやったんよ。打ち倒すために沢山の武器を作ってたんよ。懐かしいんよ」
にこりと微笑むと壁の窪みに手をかけた。
「ひとまず部屋の掃除は明日にして、最上階のベッドで眠るとするんよ」
床の一部が円形に盛り上がる。
「ほい」
水溜まりをジャンプするようにピョンと飛び乗ると、床が重力を無視してふわりと浮き上がった。空飛ぶ円盤のようだ。
「なんだ、それ」
「エレベーター」
「あっ、待て! 降りろ!」
「それじゃあ、お休みなさい。夜更かしは美容の敵やよ、みんなもさっさと寝たほうがええんよ。ごきげんよう」
語尾をエコーのように震わせながらヨイナを寄せた円盤が上へ上がっていく。
「おい、話は途中だ、戻ってこい!」
「あーあー聞こえないんよ。もっとおっきい声で」
「戻れ!」
「なにいってんのかさっぱり」
あっという間にヨイナは見えなくなった。
「……どうすりゃいいんだ、これ」
目線を下げれば卒塔婆のように突き刺さる大量の剣。
大小様々で形も千差万別だ。
なんの情報もなしにここからお宝を見つけるなんて不可能に近い。
「ミヤ……わかるか?」
「お魚屋さんは魚に詳しいし、お花屋さんならお花に詳しいけど、僕は武器屋さんじゃないから、わからない」
「お前だけが頼りだ。異次元ゲートをコントロールできそうな剣を探せ」
「やるだけやってみよう」
ミヤが全体を見渡そうと背筋を伸ばした時だった。
風が吹いた。
塔の空気が外に逃げたのだ。
風の先に視線をやると、開いた入り口に何人かの人間が立っていた。
「こんばんは」
そのうち背の高い一人が半歩前に出た。
「トオヤマさん、どうしてここに……」
入り口付近に立っていたのはトオヤマさんと彼の部下とおぼしき数人だった。
「キミの仲間から話を聞いてね」
「仲間?」
目で合図される。トオヤマさんの視線の先にいたのは手錠に繋がれたユナだった。
「……また捕まったんか」
「うるさいわね。ばか」
視線を合わそうとしないあたり気まずさを感じているのだろう。
「テリヤムはどうした?」
「私の事をしきりに暗がりに連れ込もうとするから別行動とったの」
「知らない人に着いていっちゃいけないって学校で習いませんでしたかぁー?」
「拉致られたの!」
危機意識がないやつだ。
「道を歩いてたら野生のスライムがいたから捕まえただけだ」
ユナの流し目をトオヤマさんは半笑いで受けた。
「このおっさんなんなの?
腹立つんだけど」
「ちなみにサワムラくん、彼女は捕まって三分でキミの目的を吐いたぞ」
「聞く耳もたないで。騙そうとしてるわ! 私たちの信頼関係にヒビをいれようだなんて狡いわよ!」
嘘ついているのはユナだな、まあ、どうでもいいが。
「目的もなにも預言者をくれたのはトオヤマさんじゃないですか」
できれば敵に回したくはない。聖剣を取られているのだ。加えて今は魔法が使えない。素の武術だけでこの人数の相手は厳しい。ざっと数えたが彼の後ろには十人ほどの男がいる。
「キミを塔に案内したのは中のお宝を手にいれるためだよ。セキュリティとやらがどうしても邪魔でね。排除してくれて感謝する。塔内部についてはもう解明が済んでいる。どれだけ貴重なロストテクノロジーがあるかもね。あとはいただくだけだが、君に盗られると困るものばかりでね。少し休んでほしいものだが……」
つまりは用無しということだ。酷い話である。
無言の圧を気にしないふりで乗り切ろうとした俺にトオヤマさんは鼻を鳴らした。
「それにしても今日の今日で行動するとは予想外だったよ」
「思い立ったら吉日が座右の銘でして」
「さて、塔のなかに足を踏み入れる現代人は我々が初めてになるわけだが、なにか発見はあったかい?」
「いまんところなにも……」
「正直に話した方がいい。スライムに執心の知り合いが一人いてね。人生を二三回はやり直せる額を出してくれると言っている」
「世の中にはとんだスライムマニアがいるもんですね。俺に言ってくれれば洗濯のりで大量生産すると伝えてください」
「幼すぎるが、整った顔立ちをしている。彼はそこがたまらないのだとらしい」
ジョークをガン無視されて傷つく。俺のメンタルは豆腐なのだ。
そういえばユナはなんで子供の姿なのだろうか。あれじゃあ実力を半分も出せないだろう。大人の姿なら、こんなにピンチを迎えることもないだろうに。
ユナをじっと見ていたら不機嫌そうに視線をそらされた。
「俺になにを望んでるんですか?」
「真実を教えてほしい」
「真実?」
「キチンイの預言書、イカタ塔の記述にこう記されている。《無数の刃、偽りの剣に引き裂かれる者あれば、真実をしり国を支配する者あり》。これはつまり真実を知り、剣を手に入れれば覇者になれるということだろ?」
「……」
キチンイの預言書はヨイナのポエム帳だ。内容なんて無い。
「だが、逆もしかり。偽りを引けば身を引き裂かれるらしい」
「真実なんて、俺にだってわかりませんよ」
「……嘘は言ってなさそうだな」
この千を越えるであろう刃の中に次元をコントロールできる剣があるらしいのだが、まったく不明瞭だ。
「しかたない。スピアーノ」
「天啓とあらば仕方あるまい。我の慧眼を持って決着をつけよう」
トオヤマさんが呼び掛けに応えるかたちで黒い服のサングラスの男が平然と剣の林へ入っていった。なんだこの頭が沸いてるバカは。
「彼は銃士スピアーノ。兵器の扱いに長けた同胞だ。審美眼は信用に足る」
「世の中にはいろんな人がいるんだなぁ」
サングラスかけてるのに鑑定なんてできるのか?
「むっ」
スピアーノは一つの剣の前で立ち止まり、しげしげとそれを眺めた。
脳内に鑑定団の音楽が流れ始める。俺が知っている知識で良ければ提供したいところだが、横山大観は偽物多いことくらいしか知らなかった。
「……これだ」
「見つけたか」
「銀河の輝き。至るところに散りばめられた宝飾は魔力を帯び、悠久を思わせる圧倒的な存在感を放っている。世界を統べるに相応しい一振りといえよう」
「なるほど」
トオヤマは指をくいっと動かし俺に近づくように合図した。
仕方なしにスピアーノが示す剣の前に立つ。
なるほど、確かに豪華な剣だ。
昔、いろいろコレクションしたことあるからわかるが、なかなかの逸品だ。
「抜いてもらおうか」
「……俺が?」
「ほかに誰がいるかな」
低く冷たいトオヤマさんの声に冷や汗が出た。
「いや、欲しいなら自分で抜けばいいじゃん」
「この場でそれを抜くのに相応しい人物は誰だと思う?」
「いやいや、そんなん知りませんよ。みんな違ってみんないいんすよ」
「そうか、それならばしかたない。ユナオルマくん」
トオヤマは歯を見せて笑いながらユナの名前を呼んだ。手錠に引きずられるようにユナが前に出た。
「君にお願いしようかな」
「嫌にきまってるじゃない。下手したら引き裂かれるんでしょ? そんなに自信があるならそこのグラサンがやればいいじゃないの」
「彼は私の大事な仲間なんだ。仲間が犠牲になるかもしれないなんて胸が痛むだろ? 他人なら痛まない。当たり前だろ」
「実に合理的な判断ね。不愉快だわ」
舌を出したユナにトオヤマさんは苦笑いを浮かべた。
しかたない。
ユナの半身はきっとあの家族の元にいるのだろう。
そう思うとしたくもない自己犠牲の精神が再燃してしまうのだ。
「俺がやる。やればいいんでしょ? やらせてください」
「……おや、いいのかい?」
白々しい反応にコメカミの血管が切れそうになった。
「うるせぇな。ただし、何事もなかった場合はそいつを解放しろよ」
「くくく、いいだろう。約束するよ。私は嘘だけはつかないんだ」
「信じますよ」
柄を逆手で握る。
大丈夫だ。しょもない預言はすべてヨイナの戯言。
「マクラ……」
ユナがぼそりと呟いた。殊勝な態度もとれるらしい。生き残ったらご飯をおごってもらおう。
「ふぅ」
浅くを息をはいて、
「ちっ!」
大きく剣を引き抜いた。




