続 世界の終わりによろしく 9
室内はランプの灯りで照らされている。影を揺らめかせて金髪の少女が浅くため息をついた。
「なんで、お前がここに……?」
「家にいたら悪いん?」
「お邪魔してまーす……」
「ゴーレムが困ってたから助けてあげたんよ。この辺りは夜になると猛獣がでるから危ないんよ」
ご機嫌ななめなシキミハラヨイナは、ふてくされたように頬を膨らませた。
「目が覚めたんなら早々にお帰りいただきたいんよ。いまからストレッチするんやから」
「OLみたいやつだな」
「あたたかいミルクを飲んで、 二十分ほどのストレッチで体をほぐしてから床につくとほとんど朝まで熟睡なんよ。だから余計なトラブルは持ち込んでほしくないんよ」
殺人鬼みたいな習慣をもつ女だ。
「そうしたいのは山々だが……。イカタの搭に行かないといけないんだ。ここは地図上でいうと、どこらへんなんだ?」
「話はゴーレムから聞いたんよ。その事なんやけど……」
羽織っていたフードを脱いでハンガーにかけた。下に灰色のシャツを着ていた。
「勝手に人のプライバシーを漁らないでほしいんよ」
「……人?」
「搭はヨイナの所有物なんよ」
理解不能な発言が頭を跳び跳ねる。
冷静に考えればそんなことはあり得ない。
「そんなわけあるか、塔は神代の遺跡で、どんな金持ちでも買い取りは不可能だぞ」
「機械仕掛けの神」
ベッド端のミヤがポツリと呟いた。
ちらりと横を見る。
「機械仕掛けの神」
ぞわぁと総毛立つ。
二十歳迎えるとRPGとか冷めた目線でみちゃうよね。
「シキミハラ・ヨイナの二つ名。神代から生きているのならば、あの搭の持ち主だとしても、おかしくはない」
デウスエキスマキナはごちゃごちゃになった舞台を無理矢理終わらせるべく現れる神だ。ヨイナには似合わない二つ名。
「それが事実だとしたら、こいつ何歳だよ」
俺の質問に、
「秘密は女を美しくさせるんよ」
とヨイナは笑った。
単純に殺意がわいた。
「仮にそうだとしてもお前はノースライトの天使だろ。ここらサウレフト領だぞ」
「もともとサウレフトに暮らしてたんやけど、魔王にノースライトに追いたてられた悲しい過去があるんよ」
「いやいや、あの搭は預言書にも載ってるくらい古いもので」
「大地と契約をしてノースライトの守護天使になる前の話なんよ」
「それにしたっておかしいだろ!」
ポケットからキチンイの預言書の写本を取り出し、掲げて見せる。
「むっ、なんなんよ、それ。きったない紙」
「預言書の写しだ。天空都市に納められていた」
「……どっかで見たことあるデザイ、あー!!」
「な、なんだ、突然大声だすなよ」
「な、な、な、なんでここにそれがあるんよ! えっえ」
突然あわてふためくヨイナは俺の手から紙を奪うと、親のかたきのように、くしゃくしゃに丸めた。
「あっ、なにしてんだこのバカ!」
「う、うるさいんよ!」
口に放り込んで飲み込む。
「あー! 貴重なページを」
「な、なにが、貴重なんよ。人の日記を勝手に覗き見して!」
「は?」
日記?
「ど、どういうことだ」
「どーもこーもないんよ。ヨイナが聞きたいんよ。これは昔つけてた日記なんよ!」
「なんて書いてあるんだ?」
「孤独な星が夜空に輝き、一人じゃないよと、私を照……って、そんなことはどうでもいいんよ! なんなんよ!」
顔が真っ赤だ。
「要約すると、こうか? お前が昔つけてたポエム帳が……」
「日記!」
「……日記が長い年月を経ていつの間にか預言書と呼ばれるようになったと」
「イグザクトリーなんよ」
頭頂部にチョップする。
「いたっ、なにするんよ!」
「なんとなく腹立った。バカも休み休み言え、なんでポエム帳にイカタ搭のことが記載されてるんだ」
「忘れないように友達から教えてもらった入館パスワードをメモしてただけなんよ」
「友達?」
「別に話してもいいけど、その態度が気に食わないよ。偉くもないのに偉そうにしてるやつは大っ嫌いなんよ。人に教えを乞うときは頭を垂れて懇願するもんなんよ。それが流儀ぃぃぃぃ」
「……」
「人殺しの目……やめて……」
渋々といった風にヨイナは語りだした。
「世界が「七大美徳」を冠する天使によって治められていた頃の話なんよ。忠実のエルキングが堕天したことによって、秩序が一気に乱れたんよ」
どこが忠実なんだよ……。
「最近の話か?」
「マクラがエルキングを倒す前、天神族という優秀な一族がまだ地上にいた頃の話なんよ」
勇者として魔王の弱点を探り回った時に少しだけ調べたことがあったが、その時代の文献は古く、解読はできなかった。
「エルキングが両隣の国を滅ぼし、世界は魔界、サウレフト、ノースライトに三分割されたんよ。何でこの形になったかというと、三国を吸収し大国となった魔界を統治するエルキングに対抗するため、ひとまず博愛のナルエと希望のヨイナが手を組むことにしたんよ。これぞまさしく天下三分の計!」
違くね?
「のはずやったんやけど、エルキングの強襲にノースライトのヨイナが敗れ、サウレフトのナルエのとこに避難したんよ。結局ナルエが自らを犠牲にしてエルキングを封印することに成功したんが、今から千年くらい前のはなしなんよ」
長くて聞く気もしなかった。
「そんなんどうでもいいが、結局あの搭はなんなんだよ」
「イカタの搭はもともとはナルエの工房なんよ。聖剣なんかもナルエが制作したもんなんよ。ナルエは武器やからくり作りが得意やったから、最上階で一生懸命ゴーレムやらを生み出してエルキングに対抗してたんよ。そんな日々の果てについにナルエとヨイナはエルキングと相対し引き分けに持ち込んだんよ。まさか封印が解けるとは思わなかったけど、マクラが蹴りをつけてくれて助かったんよ」
「よくわかんないけど、搭はゴーレムを作ってたやつの家ってことで間違いないな?」
「家……そういう言い方をするのならば、ヨイナとナルエのシェアハウスという方が正しいんよ。ナルエはエレメントを封じ込めるのが得意で世界に散らばるマジックアイテムのほとんどが彼女が作ったものなんよ」
「搭が工房だったってことはわかった。ということはゴーレムの力を高めるアイテムがまだ残されているとみて間違いないな?」
「静女の銅像のことを言ってるん? まぁ、あの程度ならたくさんあると思うんよ。銅像かどうかはわからんやも」
「ミヤ」
ベッドに腰掛けたまま眠りこけていたミヤに声をかける。
「搭に行くぞ」
「んー。オーケー。いついく?」
「今からだ」
「んー。オーケー」
寝ぼけてるな。
俺は毛布をはね除け、外出の準備を進めた。
「世話になったな。今度改めてお礼に来るわ」
「いやいやいや人の話聞いてたん? あれはヨイナのもんやから。なにしれっと強盗宣言してるんよ!」
「世界に危機に個人の意見は関係ないだろ。違うか?」
睨み付ける攻撃。ヨイナには効果はばつぐんだ。
「静女の銅像がないと世界が崩壊するんだ。わかるだろ」
「むむむ……まあ、いいんよ。ノースライトの損耗の可能性は捨て置けんし、許可するんよ。だけど、塔に入るのは不可能なんよ」
「なんでだ。矛盾してるだろ。解錠呪文なら知ってるぞ」
「セキュリティがおるんよ」
「どういう意味だ?」
「セキュリティが強すぎてヨイナですら数千年も搭に帰れてないんやから!」
本末転倒ではないか。
「前述の通りエルキングの堕天によって国が乱れたんよ。モノ作りが得意なナルエは搭の至るところにトラップを作り、各階にはフロアマスター的な魔物を配置してたんよ。最上階にヨイナとナルエ、つまりはラスボスやね。二人はとっても仲良しだったんよ。そんでまぁ、一階の入館にはレベル1の機械人形を倒さなきゃ入れない予定になってたんやけど、挑戦者が多くていつの間にかヨイナよりも遥かにレベルが高くなってしまったんよ」
「……アホの極みかよ」
「で、あるとき搭から落ちて、まあ、それは何とかなったんやけど、帰ろうとしたらそのオートマトンに止められて事情を説明しても言うこときいてくれなくて閉め出されて、仕方ないから近くに小屋を作ってんすんでるよ」
「頭が痛くなってきた」
つまり、この小屋は避難所というわけか。
ヨイナは懇懇とオートマトンの強さを俺に説明してくれたが、聞く耳をもつわけがない。
無視して外出の準備を整えた俺とミヤは。穏やかな夜風に吹かれながら、搭に向かった。
夜が深くなっている。
魔物もそうだが、夜行性の獣にも気を付けなければならない。四方から狙われているような錯覚に適度な緊張感を持ちながら歩みを進める。
正規ルートに戻り、二十分ほど歩き続け、ようやく搭が見えてきた。
「近くで見るとでっかーい。おっきいー」
ミヤの声が夜の森に響いた。
「しっ、静かに」
「人が歩みよりのために会話してあげようとしたらこの始末。わかった僕は二度と君とは会話しない」
「そういう意味じゃねぇよ」
塔の前に立っていた人影がこちらをねめつけた。
「ばれたじゃねぇか」
「そういうことなら早めに言ってほしい」
塔の前は少し開けていた。地面は砂浜のように白い。
闇に乗じてセキュリティとやらを倒す計画は崩壊した。
「警告。それより先、私有地につき立ち入り禁止」
人形。
人の形をした体長一メートルほどの子供の人形だ。デパートに飾られてるマネキンを思い出す。
構わず一歩踏み出す。
「警告。それより先、私有地につき立ち入り禁止」
同じことを繰り返し注意された。
一歩さがる。
「……」
人形はなにもいわない。
一歩進む。
「警告、それよ」
さがる。
「……」
進む。
「警告」
さがる。
「……」
「ふむふむなるほどこれ以上進むとメッセージを飛ばしてくるわけね」
「僕に任せてほしい」
ミヤが珍しくやる気だ。何をするのだろうと思ったら、腰を落として、反復横跳びを始めた。
「けけい、けけい、けい、けけい、けい、けいこ、けいこく、けいけい」
「……遊ぶなよ」
「はぁはぁ……」
下手くそなDJみたいな真似をし、無駄に体力消耗したミヤはその場で体育座りした。
「僕には手に負えない。あとは任せた」
「お、おおう」
一歩前に進む。
「警告、それより先、私有地につき立ち入り禁止」
大股でもう一歩。
「警告、それより先、命の保証はない」
もう一歩。
「敵対勢力とみなす」
歯車の軋む音がした。
可愛らしい少年のマネキン人形がみるみる異形に変わっていく。腰元胸部指先肩口額目口、ありとあらゆるところから銃口が現れ、そのすべてが俺に向いていた。
ゾッとした。
「……」
マジ勘弁。
「殲滅します」
端的に告げられた最終通告の後、銃弾の雨が降り注いだ。さながら集中豪雨である。対象が一体とは思えないほどの弾幕だ。
距離を保っていたので、横に全力疾走することで、射撃攻撃の導線を避けることに成功したが、息つく暇もない。
弾痕が地面を抉る。砂煙と硝煙が視界を一気に悪くした。
暴走の恐れがあるので魔法が使えない。よって素の体力勝負なのだが、弾切れの気配は一切無かった。
これは、しくった。
想像以上に隙がないし、なにより近づくことが出来ないのだ。反撃に転じることができない。
コンマ数秒でも立ち止まれば、たちまち蜂の巣だろう。絶え間なく響く銃声が深夜の森に響き渡っている。
「よしっ」
逃げよう。
弾丸が木々の皮を弾け飛ばす。森に入り、樹木を盾にすることで、銃撃から逃れることに成功した。追撃を受けることはなかった。




