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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、節句、夢現
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続 世界の終わりによろしく 8


 化石燃料がないので、馬車で樹海を目指してひた走る。車軸が擦れる音が定期的に響く悲鳴のようにも聞こえた。荒れた道を通り、おしりが痛みに悲鳴をあげ始めたころ、馬車は森の入り口に到着した。

「お客さん、塔へ行くのかい? 悪いことは言わねぇ、やめておきな。塔にはとてつもなく強い魔物がいて、生きて帰ってきたやつはいねぇ」

 運転手のテンプレートな忠告にお礼を言って、聞き流し、町の武器屋で買った剣を携えて馬車を降りる。馬車には一時頃にまた入り口につけるようにお願いしておいた。深夜は割り増し料金なのでお財布に大ダメージだ。ユナを買ったお釣りもこれでなくなってしまった。再び一文無しである。

「でっかいねぇ」

 ミヤが森にから生えるように伸びる塔を見て呟いた。

 高い塔だ。青々とした樹木の先に天まで伸びる塔が闇にシルエットを浮かばせていた。

「誰がなんのためにつくったんだろ」

 思いもよらず我を通すことになったが、選択肢は多くしておいた方がいいに決まっている。

 テリヤムも「それなら仕方ないね。リミットは午前2時だ。広場に集合で」と納得してくれた。

 広大な樹海の中心に塔はある。遠くから見ると絨毯に突き刺さる鉄パイプのようだ。

 今夜は満月でしかも二つも月があるので、暗くはない。

「それじゃあ、行こう。西へまっすぐ行けば塔に着く」

「わかった。でも暗いのは苦手。道に迷うから」

「それなら心配するな。塔までの道のりは、いままで攻略を試みた冒険者たちによって開拓されている。わざと道を外れない限り迷うことはない」

 ミヤもついてきてくれた。戦力としては換算できないが、気持ちは楽になった。


 ランプを持って進む。

 コケやツルが足元に伸び、歩きづらくてしかたなかったが、道にはなっているので、迷うことは無さそうだった。青々とした葉が空を覆いつくし、生命力溢れる太い幹は植物の力強さに充ちていた。

「あ」

「どうした?」

「綺麗なチョウチョ!」

 パタパタと飛び去る蛾を追ってミヤが駆け出す。宝石にも似た青い羽に心惹かれるのは間違いないが、

「ばか! 道をそれるな!」

 開始三分にして、遭難した。



「まさか道に迷うとは」

 ミヤが膝を抱えてふてくされたように呟いた。

「言ってすぐにこれかよ……」

 とりあえず火を起こし、たきぎをしながら、最悪な現状をまとめる。

「だってしょうがない。綺麗な蝶々がいたんだもん」

「あれは蛾だ。夜だからな」

「蛾と蝶には生物分類学上明確な違いはない」

「む、虫博士ぇ……」

 こんなところで雑学を披露されてもなんにも楽しくない。

「なんでもいいから反省しろよ」

「そうか君はそういうやつだったんだな」

「言いたいだけだろ……」

「過去のミスをグチグチ言うのはよくない。僕らの目がなんで前についてるか知ってる? 前を見るためだよ」

 枝が弾けてパチリと音がした。

 静かな夜だ。炎に照らされたミヤが眠そうに大きなあくびをした。

 動き回るのは賢い行いではない。一ヶ所に留まり、じっくりと体力の回復をはかり、明るくなってから散策に出るべきだ。

 だが、このままじゃタイムリミットを迎えてしまう。

「アオア樹海はカデ山の溶岩の上にできた森だから、磁鉄鉱が地面に多くて方位磁石が狂うため脱出が困難と聞いたことがある」

「青木ヶ原樹海とおなじだな」

「でも実際のところ地中に含まれる磁鉄鉱はわずかで方位磁石が狂うほどではないらしい」

 ミヤにしては珍しく饒舌だ。

「つまり地図と方位磁石さえあれば、道に迷うことはない」

「どっちも持ってねぇよ」

「あとはGPS」

「圏外だよ!」

 突っ込みは休憩中なのにも関わらず、無駄に体力をつかう。

「それにしても静かな夜」

「そうだな」

 抱えた膝小僧に頬を押し付け、とろんとした瞳で俺を見る。なんだか妙に艶っぽい。

「リラックスタイム……。甘い紅茶があれば最高……」

 薪の音だけが響いていた。

 炎に照らされた影が長くなって、ゆらゆら揺れている。

「……そろそろ行くぞ」

 実に癒される時間だが、ここでグダグダしている暇はない。

「やみくもに動き回っても道に迷うだけ、と休憩を申し出たのはマクラの方。僕もそう思う。眠たくなってきた」

「あんなデカイ搭が近くにあんだ。風切り音で大体の位置はわかる」

 葉の隙間から漏れる月の動きで大まかな方角も把握できた。

 炎に水魔法(タメツ)をぶっかけ、消化しようとする。

「おっわ」

 加減を間違え大きな水の塊が手のひらから打ち出された。

 ミヤが少しだけ目を見開いた。

「何してるの? さっきの(イツア)の時も魔力暴走を起こしていなかった?」

 術者が加減を間違え、想定よりも大きなエネルギーが消費されることをそういうらしい。

「なんかちょっと体調が悪いのかもしれん」

「それならなおさら休憩すべき」

 消火完了。白い煙が立ち上る。

「大丈夫だ。急がないといけない。体力は回復したろ?」

 塔まで行けば正規ルートにぶち当たるだろう。

 道しるべのない青木ヶ原と違ってこっちは分かりやすくていい。

 夜でも縦に真っ直ぐ伸びるシルエットを見落とすことはない。


 道なき道を行くので無駄に体力をつかう。それに加えて真夜中の行軍は常に緊張感が伴い、いつしかべっとりとした汗を顔中にかいていた。

「あっ」

「蝶なら無視しろ」

 ミヤは嬉々として指差した。

「マンティコアだ」

「!?」

 細く長いミヤの人差し指が示した先にランプを向ける。尻尾がさそりのようになったライオンのような生物がいた。

 赤い毛で顔はどことなく猿に似ていた。一種の合成獣のようだ。

「かわいい」

「えっ? 」

 ミヤの発言に気をとられた瞬間、低いうなり声をあげ、マンティコアは高く飛び上がった。

「うっお!」

 あわててミヤを突飛ばし、振り下ろされた爪先を剣で受け流す。

「こいつが噂の魔物か?」

 思ったよりも素早い。加えて体表を覆う赤黒い毛が固く、武器屋で買った安物の剣じゃ通らない。

「たぶん違う」

「なんで言いきれる!?」

 体勢を立て直すため、後方にジャンプする。

「彼はどこにも属していない。野生魔獣。動きを見ればわかる」

「まあ、たしかに野生っぽいけど……」

 一度大きく切りつけたのが効いたのか、警戒して俺に近付こうとしない。間合いを測りつつ、一撃で俺をノせるポジションを確認している。

「こいつの名前、たしかマンティコアだったな」

「うん。魔界テレビの魔獣奇想天外で見たことある。本物見れるなんて感動」

 マンティコア、こないだ買ったモンスター図鑑に載っていた気がする。たしか、さそりの尻尾から毒針を飛ばすとか……。

 俺が記憶をたどっていた時だ。マンティコアはラッパを鳴らしたような甲高い雄叫びをあげると、尻尾を俺に向け、毛をダーツの矢のように飛ばしてきた。

「あぶねぇ!」

 刃で弾く。攻略本買っておいて良かった。

 間合いをつめるため一歩踏み込むと、猫のような俊敏な動きで後ろに下がった。

「く」

 どうやら遠距離から俺を仕留めるつもりらしい。先ほど切りつけたのが不味かった。間合いは完全に悟られている。

 マンティコアは尻尾を再び俺に向け、毒針を飛ばしてきた。辛くも剣で弾く。

 このまま奴の毛が無くなるまで同じ事を繰り返すのは勘弁だ。

(ゼカ)……」

 魔法で一気にけりをつけて、

「!?」

 剣を触媒に纏わせた(ゼカ)が暴走し、凄まじい威力となって、マンティコアにぶち当たった。

「ゴォォォォォォォォ!」

 雄叫びは断末魔に変わり、マンティコアが吹き飛んでいく。

「くっ」

 魔力が烈風とともに消え失せる。いまの一撃でほとんど全て持っていかれた。

 打ち出した風の塊が木々を凪ぎ払い、森にぽっかりと丸い穴を作り出す。穴からは美しい星空が覗いていた。葉っぱや枝がどしゃ降りの雨のように降ってくる。

「すごい威力……マクラ、いまの大旋風(ゼカ・イゴス・ノモ)じゃなくて(ゼカ)?」

 立っていられなくなって、膝をつく。

「マクラ、大丈夫?」

「迂闊だった」

 マンティコアは吹き飛んだ。死んではいないと思うが、実際のところわからない。

「森だから、か? ここは自然エネルギーが溢れすぎてるんだ。精霊の加護が増長するほどに。だから、魔力暴走がよく起こる」

 精霊の力を借り発動させる俺の魔法は、外部環境によって多少威力が上下する。

 とはいえ、魔力暴走を起こすなんて初めてだ。いままでこんなことは無かった。神代の遺跡が近いからだろうか。

「でも、普段より強い魔法ならラッキーだね」

「そうとは、限らん」

 めまいがして、倒れかかる。手のひらで地面に突っ張って倒れるのをなんとか防ぐ。

「想定を越えた魔力が全身を巡るんだ、耐えられるわけ……」

 力が抜けた。糸が切れるみたいにぷっつりと、目の前が真っ暗になる。

 落ち葉が重なった柔らかい地面に顔から倒れた。



 中学生の頃、自分の限界を悟った。

 どんな分野にだって、俺より得意なやつがいて、結局一番になれる世界なんてこの世には無いんだと惨めな気持ちになった。

 思えばあの頃から、未熟な精神をしていたのだろう。


 目が覚めたとき、ベッドに寝かされていた。寝起きの倦怠感が視界を鈍らせる。見知らぬ天井だ。

「?」

 ふかふかと暖かい布。心地のよい感触に、ただ惰眠を貪りたい気持ちにとらわれたが、意識がそれを許さなかった。

 上半身を起き上がらせて辺りを見渡す。

「?」

 ログハウスか?

 木でできた小屋のようだ。それほど広くはない。

 生活感はあまり無かった。

「おはよう。こんばんは」

 ミヤがいた。ベッド端に腰掛け、眠そうに俺を見ている。

「ここはどこだ」

「ヨイナの別荘」

「よいな……」

 ミヤが顎でくいっと合図する。窓際をフードを被った少女が立っていた。



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