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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、節句、夢現
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続 世界の終わりによろしく 7


 色んな事から逃げてきた俺は結論を出すのが苦手だ。避けて通るべき事柄も、時間制限があるとなると難問に変わる。

 乾燥した空気に、喉が渇いた。

 木目調のテーブルに手のひらを押し付け、勢いのまま立ち上がる。

 トオヤマさんの沈んだ瞳が試すように俺を見ていた。


 少し考えて、

 結論を出す。

「聖剣は譲れません」

 間違った選択肢なのは火を見るよりも明らかだ。だが、俺はこれを選ばざるを得なかった。

「賢い判断とは言えないな。銅像はいらないのか。世界を見捨てるのか?」

「もちろん欲しいです。だけど、あのスライムには恩義があるんです。それを蔑ろにしてまで手にいれるべきではないと判断しました」

 見栄っ張りだってわかってる。

 誰がどう考えても合理的じゃない。

 それでも、それでも、俺は。

 強く握りすぎて、こぶしが傷んだ。

「聖剣が高く売れる算段は? もしスライムの買取り金額より下回ったらどうするつもりだ」

「どうにかできます。やります。やってみせます」

 ブラック企業のキャッチコピーみたいな言葉が口をついたが、単純にテリヤムとカルックスと組んで大暴れすればいいだけだ。

 そう。

 そうだ。気楽に、気楽に考えよう。

「手段は別を探します。切羽詰まってもう本当にどうしようもなくなったら、……その時は助けてください」

 固まったみたいにうまく動かない間接を無理矢理稼働させ、歩みを進める。敷かれた絨毯が柔らかく足が縺れそうになった。トオヤマさんの視線を横切って、ドアノブに手をかける。

「待て」

 呼び止められる。首だけを向けるとトオヤマさんは心底可笑しそうに笑みを浮かべながらポケットから二つ折りにされた紙を取り出し、俺に差し出した。

「ドラゴンから参加者を助けてくれたお礼をまだ渡していないだろ。これを君にあげよう。役立てばいいのだが」

「これは……?」

 受け取り手のひらに置いてためつすがめつして見るが、コーヒーを溢して茶色に染まった紙みたいだ……羊皮紙ってやつか。地図記号のような図形と読めない文字が綴られている。

「キチンイの預言書の未解読ページの写本だ」

「いや、えっと」

 正直こんな汚い紙いらない。あとで紙飛行機にして明日に飛ばそう。

「中身はほとんど解読されていないが、そのページには静女の銅像の製作者の情報が綴られているらしい」

「静女の銅像の製作者? それって」

「ロストテクノロジー。こちらの言葉で言うなれば神代の秘宝、それを作り上げたのだから、そいつは神と呼ぶに相応しいだろう」

「神……」

 魔法が発展した世界においても解明出来ない聖遺物(マジックアイテム)は多数ある。

 神代の遺跡には想像絶するトラップが多々あるものだが、静女の銅像に似たアイテムが手に入る可能性は充分にある。製作者の情報というのは、よく分からないが。

「これに、書かれているんですね」

 くるくると読む方向を回転させて、なんとか文字と記号を読み取ろうとするが上手くいかなかった。

「実は一部は解読されている」

「え、マジですか」

「中心の記号は北のオアオ樹海にあるイカタ塔を示しているらしい。だが、塔の入り口は協力な魔物が守護しており、近付くのでさえ至難の技だ。運良く掻い潜っても、解錠には合言葉が必要らしく、未だに内部に潜入できたものはいない。合言葉はおそらくそのページに記載されているのだが、未解読でな」

「塔、ですか。昔、噂で聞いたことはあります。結局足を運ぶことはなかったけど……」

「未攻略ダンジョンとして報償金がかけられている。クリアすればそれなりの報償金が貰えるはずだ。静女の銅像についてなにかわかるかもしれない。もし有益な情報が手に入ったのなら、銅像を譲るのもやぶさかではない」

「……そうですね。わさわざありがとうございます」

「聖剣は私が競り落とすが……キミといい交渉が出来ずに残念だよ。次会う時までに有意義な話し合いができることを祈っているよ」

 涼しい顔に見送られ、扉を閉める。


 立っていた男に声をかけて、オークション会場に帰還した。

 外は夜だ。少し冷える。

 おかげ熱くなりかけた脳が冷やされ思考がまとまってきた。

 銅像を作り出した人物。ミヤは静女の銅像はゴーレムの力を引き出してくれる、と言っていたが、搭に行けば銅像と同等以上の代物が手に入る可能性がある。

 なんにせよ、塔に向かおう。オアオ樹海なら馬車を手配すれば一時間もしないでつくはずだ。

 次の目的地を脳内でまとめながら、会場に入ろうとしたら、ちょうどオークションが終了したところで、日常に戻ろうとする人の波で溢れていた。

 出入り口でミヤたちが出てくるのを待つことにする。


「あ、マクラ」

 途切れ途切れになった人混みに紛れ、ミヤとテリヤムが現れた。横にはユナもいた。

「聖剣、高値で売れたんだな」

「うん。ユナを買ってもお釣りがでた。余ったお金でみんなで焼き肉に行こうって話してたところ」

 いや、余った金は俺に返せよ、と思ったが、仏頂面のユナが気になった。

「迷惑かけたわね」

 刺々しい口調でぶっきらぼうにお礼を言う。いつものユナだった。

「なんでそんな不機嫌そうなんだよ。喜べよ。再び自由を手にいれたんだぜ?」

「私の価値が剣より下と判断されたのが腹立たしいの」

「まあ、価値は人それぞれだろ。今回はたまたま聖剣の方が高値だっただけだ」

 慰めにも似た声かけにユナは一度鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「そもそもあいつら卑怯よ。転移酔いのときに捕縛するなんて」

「そういえばお前どうやってこっちに戻って来たんだ。ゲートは開かないんじゃなかったの?」

「来るときにミヤに次元転移爆弾を貰っておいたのよ。お風呂場で爆発させれば簡単」

「……人の実家の風呂場破壊すんなよ……」

「調整してあるから大丈夫よ。浴槽にヒビが入ったくらいかしら」

「壊してんじゃねぇか……」

「あなたの妹の許可ももらったわよ」

「頼むから妹を巻き込まないてくれ……」

「こっちに来たがってたけどさすがに止めたわ」

 当たり前だ。

 ふと、今回次元の歪みが大きくなったのは、ユナの帰還によるゲート開放が要因にあげられるのではないか、と思ったが、遅かれ早かれぶち当たる問題なのでとやかく言うのは野暮というものだろうか。

「ところでさ」

 テリヤムが割ってはいるように言った。

「僕らがユナオルマ嬢を買い取ったということは、僕のことはご主人様と呼んでもらわないと困るよね」

「きも」

 ユナは辛辣に返して物憂げなため息をついた。


 夕飯時を迎え、昼のおにぎりが胃で完全消化されだしたころ、

「そうそう銅像なんだけど、持ち主の情報を仕入れたよ」

 場所を移し、市内のレストランでご飯を食べながら今後の作戦会議を進めることになった。

 相変わらずマズイご飯だ。サキの料理が恋しい。

 テリヤムは懐からメモ帳を取り出し、そこに綴られた情報を読み上げた。

「落札主はカジノオーナーのトオヤマキンシロウ」

 知ってた。

「異世界人でその身一つで成り上がった金持ちだ」

 知ってた。

「裏社会のフィクサーとしても有名でかなりの切れ者らしい」

「知ってた」

「……なんで?」

「実はさっき本人と会ってきた」

 ゴムみたいなステーキに一度口をつけてから、数分前の出来事を話す。

 説明は下手だが、全てを伝えるのに時間はかからなかった。

「というわけで俺はこれからイカタの塔に行って銅像の仕組みを探ろうと思う」

 一連の説明が終わった。

 トオヤマさんから受け取ったキチンイの預言書の写本の一ページを渡す。学生がよくやるように、みんなチラリと目を通し、それを回し読みする。

「問題はそこが未解読ページだということだ。塔に銅像の情報があるのは間違いなさそうだが、内部に入るのに苦労しそうなんだよな」

「どこで?」

 ユナがちらりと目線をあげて俺を見た。

「話聞いてたか? そこのページ一切解読されてないんだって。合言葉も不明だし、製作者の正体も……」

解錠(ヒゴラマケ)よ」

 退屈そうにユナは紙をぺらりと机の上に置いた。

「……なんだって? つうか、またその呪文かよ」

「魔界語の合言葉よ。古い文字だけど、魔族なら学校で習うし、みんな読める。塔の扉は解錠(ヒゴラマケ)と唱えれば開くはず」

「へぇ、そーなんだぁ」

「僕は読めなかったよ」

「……ちゃんと勉強してればね」

 読めない二名に呆れ顔のユナから写本のページを返してもらう。

「助かったぜ。これで懸念はなくなった。よし、飯食べ終わったらすぐに塔に向かおう」

「まどろっこしくない?」

 テリヤムが吐き捨てるように言った。

「銅像があれば万事解決なんだよ。それなら持ち主であるトオヤマから奪えばいいだろ」

「そうかもしれないが……」

 強行策は嫌いじゃないし、倫理観がぶっ壊れているのならそれもありかもしれないが、どうにも、

「うまくいく気がしないんだよ」

「どういうことだい?」

「話してみるとわかると思うんだが、どうもあの人は老獪というか狡猾というか、ともかく一筋縄ではいきそうにない」

「君が言うのなら、相当に手強いのは間違いないみたいだね。だけど、カルックスが味方につけば負けはないだろうし、今夜は満月だ。無限の魔力を手に入れられる。闇に乗じて静女の銅像を盗む、容易い作業だろう」

 テリヤムの言い分は正しい。にもかかわらず、胸の奥に突っかかる違和感。

「どうだろうか……」

「歯切れが悪いね。それなら多数決をしようじゃないか。わざわざ低い可能性を求めてダンジョン探索に乗り出すか、夜にちょろっと忍び込んで銅像を盗むか」

 テリヤムが号令し、手が上がる。

 ユナとテリヤムは襲撃派のようだった。

「過激な連中だな」

 マグカップの底と受け皿がカチンと音をたてた。

「人間め、私が受けた辱しめを十分の一でも味わせてやるわ」

 ユナは個人的な恨みからみたいだが、ミヤはどうだろう、と目線をやる。

「僕はどっちでもいい」

「中立が一票でも多数決では僕らに分がある」

 テリヤムが勝ち誇ったように言う。

「それじゃ準備をしよう。聞き込みして警備の手薄なところを調べたりするんだ。狙うのは夜明け前がいい。夜が一番濃く、眠りが一番深い」

「詳しいわね」

「そりゃ、いろんなところに忍び……いいじゃないかそんなこと」

 じと目のユナがテリヤムを睥睨する。

 流れは完璧に窃盗団で纏まっているようだが、まともな倫理観を持つ日本人には抵抗のある選択肢だ。

「待ってくれ。夜更けを狙うのなら、まだ大分時間があるだろ。それにカルックスとも合流しなきゃいけないだろうし」

 カルックスは人目を避け、荒野をしばらく行った先の渓谷に身を隠しているらしい。

「だから?」

「……別行動をとろう。俺は塔を調べてくる」



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