続 世界の終わりによろしく 6
さまざまな考えが脳裏によぎる。
聞き間違いかと思ったが、聴力検査で引っ掛かった経験はない。
「壊す? また妙なことを言いますね。テロでもするつもりですか?」
背中に冷や汗をかいていた。
唾を飲み込んで喉を潤すが、なんだか上手くいかなかった。
「あれを見てくれ」
トオヤマさんは俺が入ってきた扉を指差した。薄クリーム色の壁に視線を這わし、扉の横にある台に置かれた銅像を捉えた。
「……っ」
まさか。
思わず立ち上がってしまう。
「君が遺跡から持ち帰ったお宝だ。静女の銅像というらしい」
数ヶ月前に手にいれ、手離した銅像。
「……ちょうど、探してたんですよ。買い戻したくて」
「話を最後まで聞いてくれ」
トオヤマさんは苦笑し、ソファーの背もたれに浅く腰かけた。作法としてはNGだが、なんだか様になっていた。
「はじめは珍しいものが流れてきたと思ってコレクションに加えたんだが、どうもあの銅像は我々の力では推し量ることができない、……いわゆる聖遺物らしい」
女性を模した茶色いの銅像で、お宝というよりは、くすんだ骨董品の割合の方が高い。
「門番の心得を持つものが使えば、異界への扉を自由自在に開閉することができる、らしい。ゲートキーパーがなんなのか、いまいちわからないが、おそらく次元間転移を会得した魔術師のことを指すのだろう」
「……ノーリスクで日本に帰ることができる、ってことですね」
「くっくくく」
俺の発言を心底面白がるようにトオヤマさんは喉をならした。
「まあ、間違っていない。帰ろうと思えば帰れるわけだ。だが、私は銅像をそんなことのために使おうとは思わないよ」
「と、いいますと?」
「さっき言ったように、異次元空間を繋ぐ術式なら完成されている。国が長い年月をかけて研究してきた成果だ。時間と人数はかかるが、人一人を転移させることくらいは問題なくやれる」
「なら、銅像は不要ですね」
「ところがそうではない。無理やり何回も異界への扉を開閉したせいで、次元に歪みが起こってるんだ。このまま放置を続ければ、片方に片方の世界がなだれ込む。ダムに小さな穴が穿つと、そこから水が流れ出ようとして、とてつもない圧力となって崩壊を導くようにね。銅像はそれを防ぐこともできるし、逆に崩壊を誘発させることもできる」
ミヤから聞いたことと一致する。同じ日に同じ内容を別の他人から聞くなんて、ずいぶんとできた偶然だ。
「それで、世界を滅ぼす、と。……でも、まさか、冗談ですよね。滅んでしまったら、全てがパァですよ?」
「冗談か。どう思う? 君は本気でそう尋ねているのか?」
深く光のない暗い瞳が俺を見つめる。
なにも言えない。本気かどうかもわからない。
いままで会ってきた人の中で、彼は一番腹の底が読めない人物だ。
「自暴自棄……というやつですか?」
喉が震えた。
もし、仮にそうだとしたら……いまここで決着をつけた方がいいのかもしれない。
「くくっ。なるほど。そういう考え方もあるな」
「なにを……考えているんですか?」
「この銅像はとてつもない軍事力を秘めている、ということだよ。世界を滅ぼすほどのパワーがね」
「悪用されたら大惨事、ですね」
睨み付けるが、どうにもトオヤマさんの攻撃力が下がった気配はない。
「そうだ。大惨事さ。くくっ、もちろんそんな大それたことは考えないよ。冗談、冗談さ」
頬を歪ませてトオヤマさんは微笑んだ。ソファーからおしりを浮かし、扉まで歩くと銅像を鷲掴みにした。
「せっかく金持ちになったんだ。それを犠牲にしてまで世界に復讐しようだなんて思わない。ただ」
顔だけを俺に向けて続けた。
「お金は寂しがり屋で、私は欲張りなんだ。こいつを使ってさらに金儲けがしたい」
「金儲け、ですか。どうやって」
「君に私と国とのパイプ役になってほしい。どこの馬の骨とも知れぬ私が行っても門前払いだからな」
なにも言えず言い淀む俺に畳み掛けるようにトオヤマさんは続けた。
「君の人脈は貴重だ。もちろん報酬は出す。金も女も好きなだけ要求すればいい」
「べつにそんなものは求めていません。たださっきからあなたが言っているようにゲートをしっかりと閉じないと世界がヤバいんだと最近知りました」
「……ほう」
「銅像を使って異世界への扉を閉めようと考えています。そうすれば歪みも矯正され、異世界同士は隔絶される。そのための準備をいま進めている最中です」
「それは私としても、国としてもつまらない結末だな」
呆れるような間延びする語調でトオヤマさんは続けた。
「いいかい、サワムラくん、サウレフトとノースライト連合軍は魔界じゃあきたらず向こうの世界まで侵出するつもりだぞ」
「……なっ」
思慮外からの言葉に固まってしまった。
「ど、どういうことですか!?」
「連中はバカだから勝てると思っているんだ。安心しろ、私たちの故郷に負けはない。だが、うまく立ち回れば戦争は金になる」
悪人、には感じられない。純粋に彼はお金を求めているのだろう。
「銅像を使えば門を好きなタイミングで好きな場所に展開することが出来る。戦略が上手く行けば引き分けくらいには持っていけるだろう。わかるかい、つまりこの銅像は金のなる木なんだよ」
「そんなことしたら、たくさんの死人がでます」
「自分以外はどうでもいいだろう。いざとなれば私たちは向こうの世界で落ち着くこともできる」
「それに銅像の使い方を間違えれば、世界規模の崩壊がおこりうるんですよ?」
「キミは世界を救いたいのか?」
「……そんな大それた事は考えてないです。ただ最悪は回避できればいいな、と」
言葉を受けて、トオヤマさんは目を細め、しばらく俺を見ていたが、浅く息をついた。
目尻にシワを寄せ、ゆっくりと口を開いた。
「いいだろう」
銅像を軽く掲げる。
「それは君が元々手にいれていたものだ」
「頂けるんですか?」
「もちろん見返りはいただきたい。私だってこれを手にいれるために金を出している。君が出品した聖剣。あれと交換だ」
「え、本当ですか。もちろ……」
首を縦に振ろうとして、途中で気付いた。
「あ、いや、それは難しいかもしれません」
「聖剣に関しては私の部下が競り落とすことになっている。見掛けの数字だけで確実に私が手にいれる算段だ。金額の譲渡をなしにしてくれればそれでいい。会場の連中には悪いがね」
景品掲示法違反な気がするが、法律なんて知ったことではない。問題は別にある。
「いえ、その、聖剣が売れたお金で一つの品物を買いとる予定でして」
「なにをだ?」
「スライムです」
「……ああ、あれか」
トオヤマさん肩をすくめた。
「出品したのは私だ。存外真面目な男だと思っていたが、なかなか変わった趣向をしているな」
ロリコン認定されてしまったが、それよりも確認しなければならないことがある。
「……どうやって捕まえたんですか?」
ユナがそう易々と捕まると思えないし、なによりあいつは日本で楽しくフランクフルトを食っていたはずだ。
「たまたまだ。かつての私がそうだったように、次元の狭間に飲み込まれた日本人の保護を行っていてね。国に捕まるとろくでもないからな。草原で捕まえたのがたまたまアレだっただけだ。転移したばかりで気を失っていたので簡単に捕らえることができたよ」
「スライムを助けにドラゴンが来ていましたが」
「ああ、あれも捕まえられたらいいんだが」
なんだこの人、ポケモントレーナーかな。
「……ともかくスライムを自由にすることがドラゴンと交わした約束なんです。もし破れば甚大なる被害が想像されます」
「そうか。そういえばそうだったな」
「なので、聖剣が売れないと困るんです。もしくはスライムを譲っていただかないと」
「そちらの事情だ」
冷たく言い放たれた。
「勝手に条件をつけてモノを寄越せなど、そんな甘い話があると思うな」
きつい口調だった。
「そういえば、勇者には他人の家に入り、タンスを漁っても許される免罪符が与えられると聞いたが、まだ持っているのか?」
「いえ、返却しました」
「それならば尚更だ」
「で、ですが、ドラゴンと対峙して取り決めを作らなければ死傷者が出てもおかしくなかった」
「可能性の話をしても栓がない。勘違いをするな。手段を選ばなければどうとでもなる。これでも修羅場は潜ってきた、キミほどじゃないがね」
鼻で大きく息を吸い、トオヤマさんは指を二本たてた。
「キミにはいま選択肢が二つある。この銅像を手にいれるために聖剣を私に譲るか、スライムを手にいれるために銅像を諦めるか」
「……」
「二つに一つ。他はない。どうする?」
「どうするって」
どうするって、
どうするって、どうしたらいい。
ユナを見捨てれば、聖剣と交換に銅像が手に入って、世界を救える。
銅像を見捨てれば、聖剣が売れ、そのお金でユナは救えるが、世界は救えない。
選ばなくても答えは出てる。
どっちの優先事項が高いかなんて火を見るよりも明らかだ。
明らかだが、オレはどっちを選べばいいのか、悩んでいる。
「殺してでも……」
全身に力を込める。
「殺してでも奪い取ります」
とりあえず両方を狙う。
「エゴだな。やけっぱちはうまくはいかない。君が結論を出さず一歩でもそこを動けばこの銅像は破壊する。そこまで頑丈なものではなさそうだ。壁に叩きつけれは壊れるだろう」
誰も得しない未来の可能性を提示され、気合いが萎縮してしまった。
「落ち着いて話をさせてください……」
「私は落ち着いてるよ。どっちにするのか、早くしてくれないか」
「あなただって世界が終わったら困るんじゃないんですか?」
「困らない。私のように異世界で暮らしてきたものは、どちらに転ぼうと順応できるそうだ。どっちでもいいんだよ。お金さえ稼げれば」
末法思想極まれり。
どうすれば、
どうすればいい。




