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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、節句、夢現
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続 世界の終わりによろしく 4


 不動院由奈。

 スライムの少女で、本名をユナオルマ・ショゴデゴスという。

 ちょっとした知り合いだ。

 そんな彼女が白い拘束具に身を縛られ、壇上に上がっている。

「それでは、1000ゴールドからになります」

 お金の単位はよくわからないが、感覚的には高いものらしい。値段を発表した瞬間、会場がどよめいた。

「それでは、スタートです!」

「1500!」

 それでもなお手が上がる。

 凄まじい光景だ。人身売買が容認されているなんて。いや、あいつはスライムか。

「1700!」

 壇上のユナは悔しそうに眉間にシワを寄せた。

「10000!」

 桁違いのコールをしたのはでっぷりと太ったアブラギッシュな男だった。絵に描いたような悪徳商人面をしている。髭なんてカールしてる。それはもう見事なカイゼル髭だ。初めて見た。

 会場が静まり返る。どうやら決まりらしい。

「10000! 他には?」

「20000!」

 近く張りのある声が響いた。

 視線がした方に目線をやる。

「あ」

 ミヤだった。


「23000!」

 商人が負けじと声を張り上げるが、会場の空気はミヤに向けられていた。

 さっきまで船を漕ぐようにうたた寝していたのに、いまじゃ会場の熱気に引っ張られるように、凛として立っている。銀色の髪が稲穂のように揺れていた。頬は薔薇色に紅潮している。

「ミヤ、やめろ。座れ」

 小さな声で彼女の耳元で囁く。

「ユナがなぜあんな舞台に立っているのかはわからないが、今の俺たちにはお金がない。仮に落札できたとしても、支払うことができないんじゃどうしようもないだろ」

「いや、逆だよ。マクラくん。お金なら聖剣が売れれば手に入る」

 テリヤムが俺を流し目で見る。

「今ここでユナオルマ嬢を落札しておくほうが得策だ」

「いや、しかし、仮に聖剣が高値で売れなかったら」

「逃げればいいさ」

「む」

 少し考える。

「確かに」

 こいつ、天才か。


「30000」

 会場を流れる空気もミヤの味方らしい、声が上がった瞬間歓声が飛び交った。俺にはわからないが、小肥りの商人がグッと苦虫を噛み潰したような顔をしているので、ミヤの吊り上げた額が想定外だったことは間違いないらしい。

 なにせこっちは青天井だ。上限はない。無敵である。

「30000、30000! 他にいませんか!?」

 どよめきは収まらない。司会の男は十数秒会場を見渡したが、手が上がることはなかった。

 それにしてもそんなにスライムが欲しいのだろうか。洗濯のりとホウ砂で作ってあげるのに。

「七十二番! 落札です!」

 競売が終わったらしい。拍手が起こる。

 ライブ会場みたいだった。司会の男が謎の空中ドリブルをする度に一堂が手をあげる。そのまま地名でも叫んで一曲目に入りそうな勢いだった。

 なんて不思議な光景だろうか。これだけ騒いでるのに警察とか来ない辺り、この競売はもしかしたら合法なのかもしれない。

「さあ、次のお品物です!」

 売買成立した商品はオークション終了後に引き渡しが行われる。ユナには悪いが今しばらく大人しくしておいてもらおう。静かに息をつき、椅子に座り直す。

 まさか、ユナが、

 と、思考を回転させようとしたときだった。

 どごん、と爆発でも起こったような破壊音が会場に響き渡った。

 顔をあげ、音がした方を見上げる。

 会場中の視線が一ヶ所に集中する。

 扉がひしゃげて床に転がっていた。

 誰かが開錠方法を間違えたのか、と思ったがどうやら違うらしい。

 かつて扉があった場所に大男が立っていた。警備員が必死にそいつを止めようと押さえているが、まったく意に介さず男はずんと前進を始めた。

「止まれ、止まらんかー!」

 警備員は四人がかりだ。にも関わらず男を制止させることができない。

「うるさい」

 男が低い声で怒鳴り、自分にまとわりついていた警備員の襟を掴んでポンと投げた。ぽい捨てするような感覚だ。四人が悲鳴をあげて会場の端に飛ばされるのに時間はかからなかった。

 会場に集まる金持ち連中はパフォーマンスかなにかと勘違いしているのか、誰一人声をあげずにぽかんと眺めている。

 だが、俺たちは大男が演技などではなく真剣に殴り込みに来たということを知っていた。

「助けに来たぞ! ユナオルマ・ショゴデゴス!!」

 怒気をはらんだ大声をあげ、カルックス・モートレードは大きな一歩を刻んだ。


 俺の住む町に留学生としてやって来たドラゴン族の若者だ。普段は一九〇センチほどのガタイのいい人間の姿をしているが、憤怒に身を任せることで、黒い鱗を持つドラゴンに変身する。

 数ヶ月前、近くの荒野でやりあったが、勝てたのは奇跡に近かった。俺の「もう二度と戦いたくやつリスト」に名前を刻む男である。


「どういうことだ。一体なにが起こっている!?」

「わ、私にもなにがなにやら」

 施設の管理員らしき男に詰め寄る観客。誰の脳内も混乱が渦巻いていた。

「うぉー!」

 カルックスは大声をあげ、メキメキと自らの体を変形させ始めた。

 人間からドラゴンに変わっていく。 相当お怒りらしい。

 ここで会場のお金持ち連中はようやく全体を渦巻く危機を察知したらしく、各々悲鳴をあげ、舞台に殺到した。

 驚異たるカルックスが唯一の出入り口付近で仁王立ちしているので、将棋倒しになる事態は避けられたようだが、モンスターに強襲されるなど露ほどにも思っていなかったのだろう、日常に訪れた死の恐怖に観客の意識は負に染まっていた。

 彼らがパニックに陥っている間にカルックスは変形を終え、ドラゴンの姿で雄叫びを上げた。

 それに怯えるように、会場中から悲鳴が上がる。

「皆さま、皆さま、落ち着いてください!」

 パニックを鎮めようと管理員連中が叫ぶが無駄である。集団ヒステリーを脱するには、あまりにも声が小さすぎる。具体的方策もなしに落ち着けなど愚の骨頂だ。

「落ち着いてください! 本日会場には勇者がいます! 心配しないでください。勇者がいます!」

 え?

「おおっ、勇者が……」

 ざわめきに希望が宿る。

「世界を救った勇者が……!」

 嫌な予感がして、その場から逃げ出したかったが、出入り口ははるか遠くだ。

 一堂の視線が自然と俺に集まってきた。手に汗びっしょりだ。

「お、おぉ!」

 小太りの身なりのおっさんが俺の肩に手をやった。

「助けてくれ、お代はいくらでもだす!」

 それを皮切りに口々に俺への要望がマシンガンのように飛んできた。

「おねがい! まだ死にたくないの!」

「そうだ、あのドラゴンはお前が取りこぼしたモンスターだろ! 責任をとれ!」

「勇者様! たすけて、お願い」

「HEYヨー! ここで参上! 登場!  喧嘩上等! 勇者の勇気、しかと目に焼き付けろ勇姿、オーライ!」

 俺が口を挟む間もなく一気に英雄に仕立てあげられる。他力本願っぷりに冷や汗が吹き出た。

「ちょ、ちょっとまてよ」

「ゆ・う・しゃ! ゆ・う・しゃ!」

「エディバティセイ!」

「く、くそ」

 ライブ会場のような一体感で巻き起こる勇者コールに俺は憂鬱さをアピールするように肩をすくめたが通じなかった。


「ぐおおおおおおお!」

 いつか荒野で聞いた雄叫びが会場を震わせる。ビリビリとした空気に思わず後退りしてしまったら、周りから「冗談だろ」という視線を浴びせられた。

 変形は終わり、巨大化したカルックスが四足歩行でどしんと足音をたて、舞台のユナに向かって前進する。踏み潰された客席が空き缶を潰すみたいな音を立ててぺしゃんこになる。

「しかたない」

 ひとまず、話し合いの準備をしよう。

「こーろーせ! こーろーせー!」

 勇者コールはいつの間にか殺せコールに変わっていた。

「うるせぇー!!!」

 腹の底から怒鳴り付けてやった。

 会場が一瞬にして水を打ったように静まり返る。

「少し黙っとけ」

 不愉快だ。

 急遽、一時的に返してもらった聖剣を手に持ち構える。

 伝わるだろうか。

 壇上の、ユナの横に立ち、威嚇するように聖剣を抜いてカルックスに突きつけた。

「静まりたまえー! 静まりたまえー! なぜそのように荒ぶるのかー!」

「ぐおおおお!!」

「話聞けよ、おい!」

 構わずやってくるカルックスにアピールするため聖剣をユナに突き立てる。

「おいこら、ドラゴン。俺の名前はサワムラマクラ、魔王エルキングを討ち倒しものだ」

 人質をとった、というわけではない。高ぶったカルックスを落ち着かせるには、ある程度のショックが必要だと思ったからだ。ユナもそれがわかっているのか、涼しい瞳で俺を流し見ている。

 カルックスは歩みを止めた。

 脳みそまで獣に変わったわけではないようだ。

 俺の姿を捉えた竜の瞳孔が開いた。

「ここは退け。このスライム族の女は俺が貴様の望みに応えられよう努力する」

 剣を持ち変え、水平に横に掲げる。

「それでも納得が出来ないのなら相手になろう。ここで死ぬのはどちらか、冷静に考えてみろ」

 剣先には人混みに紛れたテリヤムとミヤがいる。これで伝わればいいが。

「……」

 カルックスは無言で俺を眺めていたが、白い鼻息をタバコの煙のように吐き出すと、一度大きな雄叫びを上げて、翼を広げた。

「くっ」

 来るか!?

 迎撃体制を整える。

「オオォォォォ!」

 尻尾を天井すれすれまで降り上げふと、そのまま垂直に地面に叩きつける。物凄い破壊音がした。砂煙にドラゴンの姿が隠れる。

「くっ」

 風圧に目を閉じてしまう。

 一瞬だったが、次に目を開けたとき、カルックスは元の人間形態に戻っていた。素っ裸だった。

「ワンダホー……!」股間を見た観客の一人が呟いた。

「……」

 彼はなにも語らず、壇上の俺たちに背を向けると走り去っていった。

 猥褻物陳列罪で捕まらなければいいのだけど。


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