続 世界の終わりによろしく 3
ホコリと湿気の臭いが鼻孔をくすぐった。少し薄暗い店内で、カウンターを挟んで初老の男性とにらみ合う。
「そのお品物でしたら、三ヶ月ほど前に売れました」
俺の質問に対し、店員はめんどくさそうに返事をした。
「そうか……弱ったな」
これ見よがしに長く息を吐くが、反応に変わりはなかった。
俺の問いかけに納得のいく答えは返ってこない。
店内は広い。品物は絵やらツボやらで俺の興味をそそる物は一切なかったが、落ち着いた雰囲気は好きだった。
「どんな人が買っていきました?」
「わかりかねます」
サキと一緒にお宝を売りに来たときはとても優しい目をしていたのに、今じゃ年相応の深いシワを眉間に寄せて、不機嫌さを前面にアピールしている。
「……国指定未攻略ダンジョンの秘宝ともなると、それなりの高い値で売ってたんでしょ? そんなレアリティ高いものを手に入れる好事家、名前くらい知ってるはずですよね」
「対応したのはワタクシではないので、……申し訳ありません」
「じゃあ、その担当した店員を連れてきてください。こっちも切羽詰まってるんだ」
「出来かねます。ワタクシどもの商売は信用で成り立っているのです。易々と個人情報を売り渡すお店というレッテルがついてしまえばそれまでなのです」
しばらく無言で見つめあう。口は固そうだ。
「そうですか。お邪魔しました」
口を割らせる方法はいくらでも浮かんだが、さすがに一般市民に対しては不道徳な対処法だったので、あきらめて一旦店の外にでる。
「どーだった?」
ミヤがソフトクリームをペロペロとなめながら訊いてきた。美味しそうだ。
「アイスなんてどこで手にいれた?」
「テリヤムが買ってくれた。話してみると、わりといいやつ」
「その程度で懐柔されんなよ」
テリヤムはじっとミヤを見ている。
「女の子がアイスを舐めてるのを見るのが好きなんだ」と尋ねても無いのに教えてくれた。
「それで銅像はあったの?」
「残念なことに売れてしまったあとだった。持ち主は不明だ」
テリヤムは無視してミヤに返事をする。
「どうやら追跡は終わりらしい」
俺のため息に被せるようにカラスが鳴いた。
「いや、甘いよ。マクラくん。このお店、オークションにも出品してる」
テリヤムは店の外壁に貼られたポスターを指差した。
内容はペットの猫が逃げ出したので情報を求める、というものだった。
「文字が読めなくなったの……?」
気の毒に。色欲に侵食されて、脳までお花畑になってしまったらしい。憐憫の視線を送る俺にテリヤムは呆れたように肩をすくめた。
「さっき君が言ってだろう。静女の銅像は秘宝だと。通常そのレベルのお宝が流れた場合、国に一報いれなければならない。にも関わらず売れたというなら、それは間違いなく闇市だ」
「なんて……?」
ブラックマジシャン?
「このポスター、連絡先で書かれてる住所、カジノ会館だ」
「どういう意味だ?」
「一度父親に連れられて行ったことがある。この街では裏競売が満月の夜に行われると」
テリヤムはニタリと笑った。
「今日は満月だ」
「しかし、競売に行ってどうするんだ。売れてしまったものは、どうしようもないだろ」
「えてしてそういう裏世界の競売というのは自らの資本力の高さをアピールする場所でもあるんだ」
「だから、なんだよ」
「さっきの発言を忘れたのかい? 秘宝を手に入れるほどの人物、有名じゃないはずがない。中に潜入し、噂を仕入れるだけでいい。あとはそいつの屋敷に侵入するか頼み込むかして静女の銅像を手に入れる」
「いい考えだな」
ひさひざにタンスを漁るスキルのお披露目というわけか。腕がなる。
「と、考えてたんだけど、冷静になってみると、問題が一つだけあった」
「なんだ?」
「僕らには後ろ楯がないんだ」
ミヤが溶けてきたアイスに小さな唸り声をあげた。手がクリームでベトベトになっている。
アスファルトの上に白い滴が垂れて水溜まりを作っていた。
「後ろ楯?」
「裏競売に参加するには膨大な資金力かコネクションがいる。情報を集めるためには参加は必須だ」
「お前、一度参加したことがあるんだろ? 無いのかよ、コネクション」
「あるはずないよ。人間のふりして参加したんだし、父親の魅了でタブらかした資産家の女と一緒だったんだ。どっちも死んだよ」
「他に手はないのかよ」
「出品者として参加するか、潜り込むくらいしかないが、どちらも現実的じゃない。下手を打つとテロを警戒されて開催すら危ぶまれる」
「なんだ、出品すりゃいいんだろ? 貴重なお宝を」
「そうだけど……今日の夜までにどっかのダンジョンをクリアしてお宝を手に入れるなんてまず不可能だ」
「お宝ならここにある」
背中に背負っていた物を掲げる。
「ボロい釣竿……?」
「間違えた、こっちだ」
それは無の女神より祝福された伝説の聖遺物、聖剣トモリだった。
ポスターに書かれていた場所に行き、立っていた黒服に裏競売のことを持ちかけたら、思った以上に事は簡単に進んだ。
日が暮れるまでには、出品の手続きは全て終わり、出品者として広い会場の一席につく。
席がぽつぽつと埋まり始めた。
地下だというのに息苦しさは一切ない。息遣いや衣擦れの音が重なりあって広い会場に響いている。
通常飛び入りの出品は認められないが、モノがモノだけに容認されるのは容易かった。聖剣は本日のメインで、後半に出品されるらしい。いくらになるか、いまから楽しみだ。
地下は音楽ホールのようになっており、順々に下がるよう椅子が並べられていた。一番下には舞台があり、壁にはスクリーンが下がっていた。舞台上の小さな机の上に出品物を設置し、それを拡大して投影するための設備らしい。
「非合法のわりには人が多いな」
俺の呟きに「人混みは嫌い」とミヤがぼそりと呟いた。
「あ、始まるみたいだよ」
テリヤムが壇上を指差す。証明が落とされ会場が少し薄暗くなる。
舞台上に立った全身黒ずくめの男が大声を張り上げた。コードネームはお酒の名前に違いない。
「皆さま、大変長らくお待たせいたしました。それでは、開始いたします!」
司会役のスタートの掛け声と同時に割れんばかりの拍手が起こった。
俺たちの目的はオークションではないが、次々と品物が展開されるので、情報収集を行うような雰囲気ではなかった。
一品目はツボだった。
二品目もツボだった。
三品目と四品目に至ってはやっぱりツボだった。
観客はツボを見る度熱狂し、歓声を上げる。
クレイジーか。
熱狂冷めやらぬまま、ついに、競売は違法なものへと変化する。実況役の男がアナウンスすると同時に、拘束具を着た少女が舞台に上がった。わが目を疑う。会場中の視線が彼女に集まった。
「さあ! 皆さまご覧ください! 見た目は幼く非力見えるが、この少女、上級モンスターとして魔王に使えるスライム族の少女だ!」
歓声が轟く。
口笛を吹くやつなんかもいて、熱狂がピークに達したのを感じた。
「バカなっ」
テリヤムが舌打ち混じりこぼした。
壇上に立ち、拘束具で身動き取れずもがく少女は、ユナだった。




