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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、節句、夢現
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続 世界の終わりによろしく 2


 春の日差しは暖かい。風には花の香りがまじり、なんでもないのに楽しい気持ちになってくる。

「さて、腹もふくれたし、真剣に世界の終わりについて考えるか」

 欲を言えばラーメンを食べたかったが、これ以上は望むまい。

 しばらく歩くと建物が少なくなり、植物が生い茂る道に出た。ハンミョウに似た昆虫がピョンピョンと跳び跳ねている。

「異次元を繋ぐ落とし穴が発生しやすくなっていて、このまま放置すると片方がもう片方に飲み込まれてしまう、というわけだろ?」

「うん」

「そういうのに詳しそうな知り合いが何人かいるからそいつらを当たってみよう」

「なんて人?」

「昔一緒に旅をした賢者とかノースライトの天使とか。あとテリヤムとかが詳しいんじゃないのか? 転移魔法使ってるし」

「知ってる人がテリヤムしかいない。はじめての人とは会話ができる気配がしない。どうすればいい」

「コミュ障治せよ……」

「無理なものは無理。できないことはできない。しかたない。テリヤムはどこにいるの?」

「ああ、あいつなら今朝まで一緒だった。たぶん隣町のサウレフトにいると思う」

「遠いの?」

「歩いて三十分くらいかな」

「歩きたくない。めんどくさい。おんぶして」

「嫌だよ。歩けよ」

 誰のせいでこんなことになっていると思っているだろうか。元はといえばミヤがバカスカゲートを開けるからだ。

「はぁ。ワープでも出来れば楽なのに」

 浅くため息をつく。

 ビーサンにスクミズという真夏を象徴したような格好の癖に活発さとは無縁な発言だ。

「テリヤムみたいに空間転移が使えたらな……」

「そんなうまい話があるわけないだろ。現実を見ろ」

「よんだかい?」

「うおっ!?」

 いつの間にかテリヤムが俺たちの背後に立っていた。


 黒くてサラサラな髪に、男の俺でさえ鳥肌がたつ色香を放ち、紳士服に身を包んだ男が立っていた。吸血鬼の亜人族、テリヤム・メドクーラである。

「お前、……メリエーヌに頼まれて俺を探しに来たのか?」

「ちがうちがう。君たちの三角関係は昼ドラを見ているみたいで非常に面白かったけど、さすがにあんな激しいケンカを見せられてその舞台に上がろうだなんて思わないよ」

「いっておくがサキとのことを認めてくれない限り俺は屋敷には戻らないぞ」

「めんどくさいから三人で仲良くすればいいじゃん。ベッドで黙らせちゃえばいいんだよ。僕もカメラくらいなら回すからさ」

 笑えない冗談に呆れてため息が出た。

 姫騎士こと第三皇女メリエーヌ・クジルの口利きで王との謁見にこぎ着けたはいいが、俺とサキとの恋愛関係を知るやいなや、彼女の態度は豹変した。

 相手がモンスターであろうと差別をしない広い心の持ち主だったはずなのに、ちょっと男女のお付き合いをしていると告げただけで激昂し、手がつけられなくなったのだ。

 まともに話ができる状態ではなかったので、飛び出すように屋敷を逃げ、空腹ゆえに釣りをしていたのが、先刻である。テリヤムは一部始終を見ていたのでてっきりメリエーヌの使いかと思ったが違ったらしい。

「君は女の子の扱いが下手くそだね。見てて哀れだったよ」

「ありのままを告げただけだろ」

「伝え方を学ぶべきだね。やれやれハーレムエンドには程遠い。空しい空しい」

 テリヤムは笑いを押し殺すように肩を震わせ、続けた。

「女の子とのつきあい方、僕が教えてあげようか?」

「うるせぇな。それじゃあ、なにしに来たんだよ、お前は」

「ミヤストム嬢を探してたんだよ。魔王の命令でね」

 ニタリと口角をあげ、ゆっくりと歩き始める。

「まさかマクラくんも一緒だとは思わなかったが」

 ぴたりと足を止め、ミヤに手をさしのべるテリヤム。

 ミヤは戸惑ったようにその手を見た。

「ぼ、僕に手を出すとマクラが容赦しない。それ以上近づかないでほしい。君は僕の半径一メートルには近づけない約束のはず」

「約束は破るためにある」

 ミヤはテリヤムのことが苦手なのだ。

「それに今回は魔王の命令で動いてるんだ。けっして邪な気持ちはないよ。近く門戸開放のスキルが必要になるらしい。話を聞く限り、事は急を要する」

 俺には一切視線をよこさずテリヤムはスラスラと答えた。奴の眼球にはミヤの胸しか写っていない。

「あんまり見ないでほしい。さすがに恥ずかしい」

 太陽は真上にある。春の日差しだ。昼間は色欲を抑えられず著しくエロくなるテリヤムだが、相も変わらずフルスロットルである。

「事は急を要する、というのはどういう意味だ?」

「……」

「テリヤム?」

「あっ、ごめん、なんだって?」

 いつまでミヤの胸を見てるんだ、こいつ。

「お前が来た理由だ。わざわざな」

「ああ、簡単だよ。魔界は先の大戦で敗北した。戦争賠償に魔王城の受け渡しと一部領土がサウレフトとノースライトに割譲される。それが講和条約の条件だからね。だが上手くカムフラージュしても二国の本当の目的はお見通しさ。やつらの本当の目的は城なんかじゃない、異世界を繋ぐゲート。その先の莫大な資源こそ最大目的なんだ。魔界が発展したのだって魔王城の庭園にあるゲートのお陰によるところは大きいし。これを人間界に渡すのはかなりリスクが高い。いま現在ゲートは半開きの状態にあり、ある程度魔力に心得があるものなら簡単に向こうの世界に行けてしまう。そこでミヤストム嬢の種族スキル門戸閉鎖でこれを完全に閉じてしまいたいんだ。そうすれば世界は完全に分断され空間転移(スマビト)でも転移は不可能になる。浅ましい人間どもの表向きの目的を逆手にとり、異次元とのゲートを閉じた状態で渡す、これが僕ら魔族の思惑だよ。条約へのサインは2日後、魔王城の謁見の間で行われる。僕とミヤストム嬢はその前に城に行き、ゲートを閉じる、簡単だろ?」

 長口上を噛むことなくスラスラと続けたテリヤムの視線はぶれることなくミヤのバストだ。

 普段無表情のミヤでさえあまりにも胸を見られ過ぎて戸惑っている。

「ちょっと早口でよくわからなかったんだが」

「……」

「テリヤム?」

「あ、ああ、ごめん。ようはミヤストム嬢がゲートを閉じられるようにアシストするのが僕の仕事だよ」

 ようやく顔をあげて俺に微笑みかける。殺意がわいた。

「まあなんでもいい。ちょうどその事で困っていたところだ」

 他に頼るべき相手もいないので、岬で聞いた次元の歪みの話をテリヤムに相談する。

「なるほど。それならちょうどいいんじゃないかな。今回で完全に扉を閉めてしまえばあちらの世界とこちらの世界が繋がることはなくなるし、次元の歪みもすぐに元に戻るはずだよ」

「本当だろうな」

「前にシキミハラヨイナが言ってただろう。時空間の歪みは元鞘に収まりさえすれば、元の歴史に沿って動いていく、と。ただ、塞がりかけた傷口というのは開きやすいから、二度と開かない覚悟というのは必要だけどね」

「間違いないな?」

「おそらく、たぶん、きっと」

「あてにならないな」

「専門じゃないから憶測だけど、なんにせよ全ては門戸閉鎖スキルの熟練度によるよ」

 信用ならないやつだ。

 ちらりとミヤの方を見る。

「できそうか?」

「無理」

「……すこしは頑張ろうとする気概をみせろよ」

「違う。気持ちだけではどうしようもない。道具がたりない」

「道具?」

「閉めるのには『静女の銅像』がいる。僕も詳しくないけどゴーレムマスターが作製した銅像らしく、僕らの力を引き出してくれるらしい」

「どこにあるんだ」

「ダンジョンにあるらしいけど、自律思考型機械モンスターが相当数稼働していて並大抵のことじゃ近づくこともできない。機械族は互い互いにメンテナンスを繰り返し、性能を常にアップさせてきた」

「場所を言え、場所を」

「ザメツブルグの真東、五分くらいのところ」

「むっ……ん?」

「バラドリ遺跡といえば魔族の間でかなり有名」

「……」

 聞き覚えのある名前に少し考えて思い出した。

 4ヶ月くらい前に攻略したな。


「バラドリ遺跡か」

 テリヤムは顎に手をあて、浅く息をはいた。

「あそこなら魔界も近いし、一回の空間転移(スマビト)で済むな。……問題はあのダンジョンを三人でクリア出来るか、という点のみだ」

「がんばる」

「そうだね。さ、僕の体に触れて。ミヤちゃんは抱きついてくれ」

「いやだ」

「抱きついてくれないと転移はできない」

「……」

 ミヤは小さく唸ってから渋々とテリヤムに抱きついた。擬音をつけるならムニっとした感じだ。

「もう死んでもいい」

 テリヤムは鼻血を垂らしながら呟いた。

「まて」

「ん?」

「目的地が違う。バラドリ遺跡は数日前に俺が攻略し、中の秘宝は売りさばいた。静女の銅像とやらが欲しいなら当たるのはザメツブルグの古美術商だ。……もっとも、まだ商品があれば、の話だが」

 あれから四か月経っている。運が良ければまだ店頭に残っているはずだろう。

「まさか、冗談だろ? 先代魔王でさえ手をこまねいていたんだぞ」

「こんな時に冗談言うかよ」

「……なんてことだ。難攻不落のダンジョンが攻略され、あまつさえ中の宝は売りさばかれているだなんて」

「お金がなければ質屋にいくしかないだろ」

  テリヤムは小さく頷くと、「僕の指先に触れてくれ」と人差し指を一本たてて、俺に向けた。同じように人差し指を合わせる。指先が光ることはなかった。

「なんだ? これでトモダチってことか?」

「違うよ。複数人の空間転移(スマビト)は僕の体に触れていないとできないんだ。さっ、飛ぶよ」

 テリヤムにベッタリと抱きつくミヤを見る。

「……ミヤが抱きつく意味はある?」

「そりゃ僕が興奮するだけさ」

 テリヤムはにこやかに笑い、魔力を全身に巡らせた。

 それにともなって目映い光が彼を包み込む。あまりの眩しさに、たまらず目を閉じてしまった。


 次に目を開けたとき、眼前に広がるのは荒野だった。

 土と岩と赤土、ザメツブルグの近くのアタメス荒野らしい。

 チカチカする視界を治すため目頭を軽く押さえる。

「さ、行こうか。古美術商に」

 移動を開始する。恋人繋ぎをしようとしたテリヤムの右手がミヤによって弾かれていた。

 荒野を吹く風は冷たい。

 砂ぼこりが目に入り、涙が出てしまった。



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