咲いて香って落花流水 2
袋をぶら下げて自宅に戻る。アパートの前にユナがいた。
「なにしてんだ」
大きなリュックサックを背負い、小学生姿で、人の原付に勝手に腰かけて休んでいた。
「パーティーをするらしいじゃない。除け者なんて酷いわ。早く始めましょうよ」
ぴょん、と可愛らしく原付から降りるとにっこりと微笑んだ。
「しないよ。そんなの」
「嘘おっしゃい」
ポケットからケータイを取り出し、画面を俺に提示する。クーポンかなにかかと思ったらメール画面だった。
「いまからマクラさんチで山菜パーリィーを行います。よかったらお越し下さい」
文面を抑揚もなく読み上げられる。差出人の欄を見ると、ニフチェリカと記載されていた。
「勝手に人んちをパーティー会場にすんなよ」
横のサキを睨み付ける。
「楽しいことはみんなで共有したらもっと楽しくなるんですよ!」
「美味しいものは見逃せないしね」
ユナのお腹が鳴った。ちょいちょい暴食出してくるのやめてほしい。
「てれっれってれてて、てれっれっれれてて」
サキが三分間クッキングを口ずさみながら台所に立つ。
手伝いを申し出たら「調理アシスタントはユナさんだけで大丈夫です」と断られてしまった。
料理が出てくるのを待てば良いのだから楽な仕事である。
「それでは、マクラさんはこちらの下処理をお願いしますね」
「牧野?」
「つくしです」
あぐらをかいていたら、新聞紙と一緒に先ほど採取したツクシの袋を渡された。
「なにすんの?」
「袴をとるのです」
「はかま?」
「節ごとにある傘の部分です。ここを取っていってください」
こういう細かい作業は好きだ。
工場で鍛えられた手先の器用さで言われるがまま作業を進めていく。
「それではフキノトウの調理に移ります!」
「はい、先生」
台所ではユナとサキのショートコントが始まっていた。
「まず流水でしっかりと泥を洗い流します。そのあと皮を向いて黒い部分が無くなるようにしましょう」
「先生、洗い終わったものはここに置いておけばいいんですか」
「キッチンペーパーで水気をきってボウルに入れてください。上から天ぷら粉を振りかけます」
俺んちの台所に天ぷら粉なんてなかったはずだ。首を伸ばして見てみると、粉が入った袋をユナがリュックサックから取り出すところだった。
わざわざ持ってきたらしい。
「天ぷら粉と水で衣を作り、フキノトウに衣をつけたら、揚げます」
「つ、ついに揚げるのね。上手くできるかしら、怖いわ」
「最初は誰でも素人です。さぁ、カラッとあげてください!」
「い、いくわよ!」
ユナの乾坤一擲の気合いの声のあと、ドジュゥウウウと気持ちの良い音が響いた。
首を伸ばして見てみると家にはない中華鍋に、家にはない油が注がれていた。
そこまでやるなら、俺んちじゃなくても良くない?
「ツクシの袴採り終わったぞ」
与えられた仕事が終わったので、上司に声をかける。
「お疲れ様です。マクラさんに処理してもらったツクシは灰汁抜きなどしておくんで、別の日に食べましょうか」
手が泥で汚れてしまったので、流しで洗う。天ぷらの良い匂いが漂っていた。
「今日は食べないの? 灰汁抜きが終わったのが準備してあるとかないのかしら?」
あるわけねぇだろ。
ユナの残念そうな問いかけにサキは胸を張って答えた。
「こんなこともあろうかと二日前に準備できています」
あるんかい。
冷蔵庫を開け、タッパーを取り出すサキ。俺んちの冷蔵庫は完璧に魔王の所有物だ。それなら今日採らなくてもよかったのではないだろうか。
「さぁ、できました。ユナアンドサキの春の足音近づく山菜スペシャルです!」
食卓に並ぶ幾多の料理。白ご飯にお味噌汁、ツクシのお浸しに、フキノトウと謎の草の天ぷら。
「……なんの草を揚げやがった。天ぷらにしたら何でも食えると思うなよ」
「タラノメですよ。二日前にツクシの下準備と一緒に用意しておきました」
まあ、いい。味噌汁とご飯だけでも充分に食べられる。
全員で手を合わせ「いただきます」と声を揃える。
いきなり天ぷらに行く勇気は無かったのでひとまず安全が保証された味噌汁の椀を持ち上げる。
味噌汁の具は油揚げと謎の草だった。
緑色。
「……おい、味噌汁に入ってる草は……」
「タンポポですよ」
「正気か?」
ワカメとかほうれん草入れようよ。
「まあまあ騙されたと思って食べてみてください」
「むぅ」
箸で具を持ち上げている状態なので、逃げることはできない。口に含んで咀嚼する。
「……」
「いかがですか?」
「にがぁ……」
騙された。
「あーたしかに少し苦いですね。筋も少し残ってしまっています」
「そうかしら。けっこう美味しいと思うけど」
ユナのバカ舌はあてにならない。
食えなくはないが、美味しくはない。
「難しいですね。タンポポも苦味が強いんでやっぱり天ぷらにすべきだったかもしれません」
「人を実験台にすんな」
しかしこうなるとフキノトウとツクシも期待薄だ。
フキノトウを天ツユに付けて、箸で持ち上げる。適度な重量感だ。口を開ける。目を閉じる。道端に生えていたフキノトウが思い出によみがえる。緊張の一瞬である。賢者はいない。毒抜きの魔法を使えるやつは誰もいない。噛む。
「!?」
苦味はある。苦味はあるが、上手い。
「なんだこれ」
飲み込んでから、サキを見る。
「うまい。たまげたな」
「でしょう?」
お料理上手は伊達じゃない。
仄かな苦味が天ぷらの油っぽさを調和している。
どや顔のサキも今日は許せる。
「もう少ししたらイタドリやヨモギを採りに行きましょう」
こいつ、俺より日本人みたいだな。
「どれ、私もひとつ」
ユナが平然とフキノトウの天ぷらをとろうとしたので、手のひらで制す。
「なによ」
「これは俺のものだ。お前はインスタントラーメンでも食べてろ」
「殴るわよ?」
冗談を真顔で返された。
「こうして三人で食卓を囲んでいると、親子みたいですね」
サキの吹っ掛けた雑談に、ユナと俺の箸が同時に止まった。
自分と同い年の子供なんて嫌だ。
「私がママでマクラさんがパパでユナさんが娘ちゃんです」
無言に戸惑いながら、サキが頼んでもない解説を行った。
「一つ聞きたいのだけど」
ちらりと視線をあげてユナはサキを見た。
「貴方達、付き合ってるのよね?」
「そうですよ。もうすぐ二ヶ月、来週の火曜日で付き合って七週目記念日を迎えます。あと四十八時間三十二分五十秒後です」
重すぎる。
「そ。いまが一番楽しい時期ってやつね」
「かもしれませんね」
「子供を作る気はあるの?」
「もちろんです」
「ぶっ!」
お味噌汁を吹き出してしまった。
「ごっほごほ!」
気管に入り、咳き込む俺を心配そうに「大丈夫ですか?」と声をかけてくるサキ。
こいつらはストレート過ぎる。古き良き日本の婉曲表現を学んでほしい。
「わりと真面目な話よ。その子が跡目になるわけだから。側近として貴方達の意向を把握しておかないとね。マクラにも言っておくけど、国の命運が左右される大事な話よ。無責任な気持ちだけはやめてよね」
「当然です。真剣でなければ付き合いませんわ」
「人間と魔族のハーフ、ね。……できるのかしら」
「コウノトリさんにしっかりお願いしなければなりませんね……」
「え?」
「なんですか?」
しばらく無言で見つめあっていたが、冗談を言っている雰囲気ではないと悟ったのだろう。ユナはちらりと俺を見て一人ごちた。
「こちらの世界の保健は随分と遅れているみたいね」
「いや、そいつが天然なだけだ」
天ぷら料理は美味しかった。
二人を玄関から見送り、扉を閉めて、一抹の寂しさを感じる。
残された台所のキッチン用品を眺めて俺はため息をついた。
「後片付け忘れてるよ……」
天ぷらの油ってどうやって処理するんだろうか。