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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、節句、夢現
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2月13日

 春はまだ遠い。落ち込む気温に負けじと、足を炬燵に突っ込んだら、正面の少女にガツンとあたった。「悪い」と謝ると、彼女は無表情のまま俺を見つめた。

「暇です暇です暇です暇です暇です」

 さながら壊れたロボットのようだった。


「わかったわかった。ミカンでも食え。ほれ」

「食べ飽きましたわ。見てください、お手手もまっ黄色いです」

 両手を開いて俺につき出す。たしかに手のひらはいつもより黄色に染まってみてる。

 とはいえ、実家から送られてきた一人では到底食べきれない量に困っているのだ。

「遠慮はするな。もう一個食え、ほれ」

「だから(むきむき)もう(ばかり)食べ飽きた(ぱくり、もぐもぐ、ごくり)と言ってるではないですか」

「十分堪能してんじゃねぇか」

「ふぅ。炬燵にミカンの依存性は抜群ですね。これを敵国に送り込めば無血で勝利を納められそうです」

 阿片よりはよっぽど平和だが、物憂げにため息をつくような事案ではない。

「暇ならテレビでも見る?」

 リモコンを指揮棒のようにふるいながらサキに差し出すが、受け取ってもらえなかった。

「なんか面白い話をしてください」

「でたよ、むちゃぶり。俺がユーモア溢れる人間にみえるのか?」

「ワタクシはマクラさんが滑稽な人間だって知ってます!」

 言い方気を付けろ。

「さあ、何か面白いお話を!」

「……みかん一個分に含まれるビタミンシーはみかん一個分だぜ!」

「はい!」

「……」

「それで!?」

「いや、もうなんかいいわ。なんもないなら寝れば?」

 精一杯のユーモアがスルーされて微妙に傷ついたので、夢の世界を案内する。

「いーやーでーすー、まだ眠くありません。目がギンギンです。そうだゲームしましょう、ゲーム」

「なんの?」

「それを考えてくださいよ」

「しりとりとか?」

「保母さんにならった遊びを言えって言ったわけではありませんわ」

「失礼なやつだな。シンプルにして深淵なゲームだぞ。しりとりってのは」

「たしかに、言われてみればそうかもしれませんね。よろしい。しりとりで決着をつけることにしましよう」

 まあ、暇なのは同じだ。

 年末の代休消化で、退屈を味わっていたところ、制服を着こんだサキが訪問してきたのはつい一時間ほど前。今日は登校日だったらしい。あと一ヶ月ほどで卒業なのに律儀なものだ。 

 何をしに来たのかわからなかったが、サキは「まあまあ」と謎の言葉を発しながら、いそいそと炬燵に足を突っ込み、みかんに指を突っ込んで剥き始め、今に至る。

「マクラさんからどうぞ。余裕ある者は常に先行を譲るのですわ」

「りんご」

「ゴールコ(gˈəʊlkὰ)」

「コロンビア」

「アンナチダンス(ˈænnazidάːns)」

「スキー」

「キャンフラ(kˈænflά)」

「まて、なんださっきから。不思議な言葉使うのやめろ」

「ゴールコはだんだんと発展していく、という意味で、アンナチダンスは魔界魚で、キンフラはキノコの名前ですわ」

「……しりとりはやめよう。終わりが見えないし、母国語だされたら勝ち目無いし」

「えー、まだやりましょうよ。ワタクシ楽しくなってきました。お互いコミュニケーションをはかるのに言葉を知るのは重要な手段です。その点、しりとりは非常に合理的な遊戯と言えますね」

「いや、そもそもにして覚える気ないし」

「ワタクシは日本語を、マクラさんは魔界語覚える。これぞ美しき歩み寄り」

「まてまて魔界のやつら最初から日本語喋ってたじゃねぇか」

「言葉が違ったら大変だから、わざわざ合わせてあげていたのですよ」

「そ、それは、ありがとうってところかな」

 英語とかじゃなくて日本語に合わせてくれているあたり、魔界の住人はいいやつらだ。

「そもそも魔界語自体が、こちらの世界でいう古語みたいなものですからね。話せるのは昔から住んでるお年寄りくらいのものです」

「消滅危機言語かよ」

「けっこう便利なんですけどね。魔族が使うと魔力を帯びた言葉になる場合がありますし」

「なんだそれ。『いとおかし』が魔法になるのかよ。『まじ』の活用ならなりそうだけどさ」

 まじから、まじく・まじかり、まじ、まじき・まじかる、まじけれ!

「古くからある言葉は様々な人に洗練され、それ自体が、霊力を帯びるようになるのです。言霊というものです。魔力がない者も魔界語を習得すれば、ある程度の魔法を発動させることができるようになるんですよ」

「ふーん。サキはなんか使えるの?」

「ワタクシですか? 使えないこともないですが……」

「ちょっとやってみ」

「そうですねぇ。例えば『タギスイク』などどうでしょう」

「む、なんだ? どんな効果があんだ、その言葉には?」

「たくさんあったミカンが気付いたら皮だけになってる不思議な呪文です」

「おめぇが食っただけだろ。太るぞ」

「ふーとりーませーん! なんでそういうこというんですかね、デリカシーがありませんわ。モテませんよ!」

「どっちがデリカシーないんだよ」

 大きく一つため息をつく。

 時計を見ると二時過ぎだ。用事もないけどブラブラ外でも散歩しようかな、とぼんやりと思う。

 こいつはどうしようか。

「ってかほんと、急になにしに来たの? 今日」

 俺の質問にサキは少しだけ緊張したように顎を引いた。

「今日はマクラさんの誕生日ではないですか。お祝いに伺わせていただきました」

 カレンダーに目線を動かす。

「むっ、あ、ほんとだ。すっかり忘れてたわ」

 この歳になると、誕生日を意識することがなくなる。これが大人になるってことだろうか。

「だからワタクシ、プレゼントを持ってきたのですよ。鞄にあるんでちょっと待ってください」

「わざわざ家に来て祝ってくれるのは嬉しいんだけど、炬燵でみかん食い始めたのはなんで?」

 鞄をいじっていた手を一時止め、恥ずかしそうに俺を見た。

「お祝いの言葉を述べるタイミングを逃したのですわ。はい、これ」

 小さな箱を俺に差し出す。

「開けてください」

 言われた通りに箱の中身を確認する。茶色いカップケーキだった。

「チョコレートケーキです。家庭科で作ったんですよ」

「ああ、どうも」

「食べないのですか?」

「いや、食べるけど、あんまりお腹へってなくて……」

 甘いもの苦手なんだよね。

「そうですか……」

 とはいえ、目の前で露骨に落ち込まれると良心が痛む。

「……よし。食うか!」

 暖まった体を寒気にさらし、立ち上がってフォークを取ってくる。

「本当ですか! ぜひご堪能ください」

 サキはニコニコとバースデーソングを歌い始めた。俺はこのとき魔王の弱点が音痴ということを知った。

「ディアー、マクラさーん! ハッピバースディトゥーユー!」

「どうも」

「淡白ですね。記念日ですよ。もっと喜んでください」

「死へと近付いているというネガティブな考えしかわかなくてな……」

「え、えーと」

「そ、それはそうと本当に美味しいそうだな」

 ケーキ屋のショーウィンドウに並んでいる商品となんら遜色がない。

「ふっふっふ、お料理上手のスキル発動しましたからね」

 でたよ。

「いただきまーす」

 スルーして一口。

「……いかがですか?」

「む。うまいぞ、普通に。なんだこれ、食いやすい」

「ふふふ、甘いの苦手とおっしゃってましたから、糖分を抑えたのです。どんなもんですかー」

「うむうむ、うまいな」

「そうでしょう。そうでしょう」

「うま、まじで……うま」

「……」

「天才かよ……うま」

 もうそれしか言えない。

 小さいケーキがさらにどんどん小さくなっていく。

 どうして食べれば無くなってしまうのだろう、俺はずっと食べていたいだけなのに。

「まくらさん」

「ん、なんだ?」

 夢中になっている俺をサキが声をかけた。

「ワタクシにも食べさせてください」

「どういうことだよ……」

「味見はしたんですが、あまりにも美味しそうにお食べになるので、ワタクシも食べたくなってしまいましたわ。一口、一口でよいので」

 上目遣いでお願いされる。ちょうどちぎれていた欠片をフォークでさして彼女の口元に捧げる。

「はい、あーん」

「あーん」

「!?」

 艶やかな唇を開いて、フォークに刺さったケーキを口でとる。

 もぐもぐゴクリ、とケーキを飲み込み、口元を押さえてサキは頷いた。

「んっ。ふむ、もう少し甘さを控えることができそうですね。あれ、どうしたんですか、驚いた顔して」

「いや、冗談のつもりであーんしたら思いの外自然に食べたからびっくりして」

「こ、子供じゃないんだからその程度のことで、て、照れるはずありませんわ」

「今頃赤くなってどうすんだよ」

 気づいてなかっただけか。

「そ、そんなはずっ……。これがスタンダードな肌の色です!」

「急にわたわたすんなよ。こっちまで恥ずかしくなってくるだろ」

「恥ずかしい、ですか……」

 サキはキッと俺を見ると、浅く息を吸った。

「実は本日ワタクシ、勇気をもってまくらさんのお宅にお伺いしているのですよ」

「いや、ちょっと言ってる意味がわからない」

「今日はマクラさんのお誕生日、2月13日です。改めまして、二十歳、おめでとうございます。記念すべき日です」

「ああ、ご丁寧にどうも……」

 頭を下げられ、こっちも慌ててお辞儀し返す。

「はい。それでは明日はなんの日でしょう」

「なんだ藪から棒に。明日、14日? あ、あー」

 突然のクイズに一瞬思考が飛んだが、カレンダーを見ると答えが書いてあった。日付は赤くはならないが、クリスマス同様重要なイベント日だ。

「なるほど、だからチョコレートケーキか。てかクリスマスの時も言ったけど魔王の癖に随分と世俗的なんだな」

「祝い事は分かち合ったほうが楽しいのです。って、話をそらさないでください」

 真剣な眼差しが正面にある。すこし、気圧されてしまう。

「あ、あーと、そうね」

 だけど、少女の威圧感に負けるわけにはいかない。

「改めて言わせてもらいますわ。ワタクシ、青村紗季、ニフチェリカ・マーメルトは沢村マクラさんを……」

「まて」

「え」

「成人式のときにもいったけど、そういうのは男がリードするもんだ」

「な、その……ワタクシは」

 微かに青ざめたサキに吹き出しながら、俺は尋ねた。

「ところで、魔界語で幸せにするって何て言うの?」



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