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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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魔王少女は傷つかない 4

 校内に響く陽気な音楽に呼び込みの声が合いの手のように入れられ、今の俺の心のように混沌を極め始めていた。

「困ってるみたいだな」

「はっ!」

 踊り場の逆光に包まれるリーゼント。

 途方にくれる俺たちに声をかけてきたのは、いつぞやのマンドラゴラだった。

 カッコつけて壁にもたれ掛かっているが、腕にアヒルのバルーンアートがついているのでひどく滑稽だった。

「やれやれ。魔王のピンチはほっとけないぜ」

 きつく火炎魔法を当てすぎたらしい。キャラ崩壊を起こしている。前に会ったときは魔王を裏切り人間側につこうとした卑劣なやつだったはずだ。

「祐一郎さんは、なぜここに?」

「インターネットオークションで文化祭入場券を一万円で落札したんだぜ。現役女子高生のメイド喫茶に行くためにな」

「え……」

 サキはドン引いている。

「ふふふ、事情を説明してもらおうか」

「え、ええ! 校舎に爆弾がしかけられて……」

 リーゼントの瞳がキラリと光る。

「オーケーだぜ。いまので強欲のスキル、情報収集が発動できた」

 いくら強欲だからって女子高の文化祭に行くために頑張りすぎだろ。

「お前らの悩みの種は保健室にあるそうだぜ。それがなにかは知らないがな」

「そ、そうですか」

「あとは健闘を祈るぜ」

 そう言い残すと祐一郎は二年四組の『メイド喫茶』に入店していった。

「お帰りなさいませー、ご主人さまー」

「うひょおおおおおおおー!」

 祐一郎の雄叫びが響いた。あいつのキャラが掴めん。



 再び保健室に戻ってきた。文化祭の最中だと言うのに、保健室の周辺はゆったりとした時間が流れていて、五感を刺激するのは、鼻腔を撫でる消毒薬の匂いだけだった。

 爆弾の設置場所について、世界を嫌いにさせた場所、とミヤは屋上で言っていた。

 なんとなく予想がついていた。

「ミヤか」

 保健室の扉を開け、清潔感溢れる白の空間に眼を細めて呟く。

「あいつが爆弾か」



「またマクラか」

 一番奥のベッドの上、虚ろな瞳で空を見るミヤはぼんやりと囁くように呟いた。保健室の先生は居らず、他に利用者もいないので、保健室は俺とサキとミヤの三人だけだった。

「二つは処理させてもらった」

「そう。かわいそうに」

「最後の一個は」

「最期は特別」

 濁った瞳に光が宿る。

「嫉妬は隣の世界をも羨み、次元消失の波を発生させる。それが最期の爆弾。赤の王が目覚めて世界は終わる」

 不穏な発言に、脳の芯が冷えていく思いがする。

「それはどこにある?」

「ここ」

 ミヤは自分の胸を指差した。

「僕の心臓が、爆弾」


 言葉をなくす俺を尻目に、ミヤはやおらベッドから起き出ると、よろけながらも立ち上がった。

「僕の心臓が止まったとき」

 胸をつかみながら、俺を睨み付ける。

「爆発が起こる」

「どうすれば止められる?」

「僕に聞かないでくれ」

 薄く開いた窓がカーテンを揺らすと、彼女の長い髪もキラキラと輝いた。

「僕はただ静かに留学を終え、魔界に帰りたいだけ」

「帰ればいいだろ。平和に過ごして、そのまま」

「マクラは知らないの?」

「え?」

「魔界は壊滅した」

「……」

 昔、といっても二年ほど前か。

 俺がまだ勇者をやっていたとき、

「勇者によって、魔族は弾圧され、駆逐された」

 モンスターを片っ端から倒して倒して倒しまくった。

 いや、表現をオブラートに包むのはやめよう。

 殺して、壊して、奪って、刺して、

 切って、刻んで、燃やして、潰す、……いってみれば、それは虐殺。

 人間界には平和が訪れた。

「僕には帰る場所なんてどこにもない」

 魔界がどうなったかは、知らない。

「居場所がない」

「……」

「行きたい場所なんてない」

「……」

「教えてよ。マクラ、僕は」

「……」

「僕はどこに行けばいいの?」

 答えられるはずがなかった。



「ワタクシの元に来なさい」

 かける言葉が見つからず、暗闇に沈む俺の横で、柔らかな宣言にも似た声が響いた。

「ワタクシがあなたを迎え入れます」

 サキだった。

 くっきりとした二重瞼が、堂々と銀色の瞳を見据える。

「キミは……、生徒会長……?」

 ミヤの瞳が細くなる。

「そうだ、たしか青村紗季。僕とは住む世界の違う人間。何をしに来た? 冷やかしなら北極に行って!」

「ワタクシとあなたは同じ世界を生きています」

「つまらない冗談」

「あなたをスカウトしに来ました」

「スカウト? なんの話をしているの?」

「言葉通りの意味ですわ」

「返事はノーだよ。だって僕は野球はできないし、サッカーも嫌い。頭は悪いし、顔も良くない。秀でたところなんて無いし、他人に協力したくもない。それが僕だから。嫌だよ嫌だ。生徒会にも入らない。これ以上、傷つきたくない」

「ワタクシは傷つきません。ワタクシの保護下にあるアナタも傷つくことはありませんわ」

「保護下になんて入らない。生徒会なんてめんどくさい。なにをやればいい、僕には出来ることなんて何もない」

「生徒会に、ではありません」

 サキは息をつかせずミヤに近寄ると、呆気にとられる彼女の手を握った。

「魔王軍に入りなさい!」


「魔、王?」

 ミヤの銀色の瞳が大きく見開かれ、俺を見た。

「ああ。そうだ、そいつが魔王の娘、ニフチェコ……だ」

「ニフチェリカですわ!」

 ああ、そういう名前だった。

「本当に?」

 ミヤは震えを押さえられず、焦点の合わない瞳でサキを見た。

「ええ、同胞よ! ワタクシこそが魔王エルキングの娘、高慢の大罪を持つニフチェリカですわ!」

「魔王?」

「はい!」

「嘘だ」

「え?」

 ミヤは再び無表情になると、サキの胸を掴んだ。そのままワシワシと指を動かす。衝撃的な光景だった。

「へ、」

「小さ……」

「ひゃあああああああー!」

 泣き声をあげると、真っ赤になったサキはバックステップで後ろに飛び退いた。

「な、な、なにをするのです!?」

「小さい……」

「二度も言わないでください!」

 ミヤは能面のように表情を崩さず続けた。

「腕も、足も二本しかない。身長も小さい。角も翼も胸もない」

「む、胸は関係ないでしょう!」

「魔王の娘、本当に?」

「だっ、……」

 猜疑心がこもった問いかけにサキは悔しそうにぼやいた。

「だ、第二形態にさえなれば……」

「なら、なって、ここで、第二形態に……」

「……」

 サキは助けを求めるようには俺を見た。

「知るか。自分で何とかしろ」

「つぅー……」

 口をギュッと結んだまま、サキは腕を組み、ジッと床を見て何やら考えをまとめていた。

「てりゃ!」

 小さな雄叫びのあと両手をバッと前につき出す。

 両手の指の第一間接が全て曲がっていた。


「……」

 文化祭が賑わっているからこそ、保健室の静寂が際立つ。

 サキは第二形態などど嘯いたが、十中八九そんなものは存在しない。なぜなら魔王は一切変身などしなかったからだ。

「それだけ?」

 冷たく鋭いミヤの瞳が、顔を真っ赤にするサキを射抜いた。

「も、もちろんまだ最終形態が残っています」

「なってみてよ。完全体に」

「っうー……」

 サキはまたすがるような視線を俺にぶつけてきたが、

「自分で何とかしろ」

 アホの漫才には付き合ってられない。

「てりゃ!」

 小さな雄叫びのあとで、顔を両手で覆い隠した。

「ばぁー!」

「ぷっ」

 頬につけた両手を花のように咲かせ、中央にある顔を見たミヤは吹き出していた。無表情が崩れて笑顔になっている。

 このアマ、変顔しやがったな。

 俺が慌てて隣の少女を見やった時、そこにあるのはいつもの澄まし顔だった。

「どうですか、これが私の最終形態です」

「ズルい、いまのは只の面白い顔」

「ズルいズルくないではありませんわ。ここが戦場だったらミヤストムさんはいま死んでました」

「ちょっと笑ったくらいじゃ、死なないよ」

「死ぬのです」

 サキはゆっくりミヤに近づき、そっと彼女の肩に手を乗せた。優しげな瞳を少女にむける。

「ワタクシの父はよく笑う人でした」

 たしかによく高笑いをしていた。

 魔王城の道が二又に分かれていたとき、遠くから聞こえる笑い声でどっちの道にいくか選んだもんだ。

「きっと勇者は笑った父の油断を刺したに違いありません」

 断じて違う。

「だから相手を笑わせる、これがワタクシの最終形態です」

「……恐ろしい!」

 納得したのかよ。お前らの脳内のほうが恐ろしいわ。

「さぁ、ミヤストムさん。タクシの実力をご理解いただけましたでしょうか?」

「うん」

 迷いのない首肯。やっぱり魔界の住人はみんな頭がアレらしい。

「したらば、仲魔になってください」

「……マクラもいるの?」

「当然です。魔族はすべからく魔王に従属すべきなのです」

 ナチュラルに嘘つくなよ、と突っ込みそうになったが、なんかそういう雰囲気では、なかったので自重した。

「配下はなにをするの?」

「ワタクシの手足となって魔界と魔族を再興するのです」

「どうやって?」

「まずは勇者を血祭りにあげます!」

「すごくいい」

「でしょう?」

 気分が悪くなってきた。

 保健室に頭痛薬あるだろうか?

「この学校。こっちの世界はどうするの?」

「ひとまずは保留です」

「保留?」

「ええ。まずはアチラの世界に帰り、人間どもを支配し魔族を再興したのち、こちらの世界に侵攻するのです」

 恐るべき計画だが、ほとんどの十代が考えるような、机上の空論で終わるだろう。

「なるほど」

「長い道のりです。ですが、天下の道も一歩から。ワタクシ達の旅路は今始まったばかりなのです!」

「僕、は」

 ミヤは静かに言葉を選ぶ。

「僕は、……」

「ミヤストムさんも、一緒にやりましょう」

「僕も一緒にいていいの?」

「もちろんです!」

「……うん」

 無垢な笑みを浮かべたミヤはもしかしたら将来的に俺の敵になるのかもしれないが、いまはこれでいいや、と何となく思ってしまった。

 なぜなら俺の目的はすでにたこ焼きとお好み焼きとアイス天ぷらにすげ変わっていたからだ。


 一週間後、その後の経過をサキから聞いた。

 ミヤがいじめられることは無くなったらしい。理由としては二つある。

 一つはサキの部活に入り、サキの保護下になったから。もう一つは、危険な目をした殺し屋のカレシがいると噂だから。

 ちなみにサキにはヒモでニートのマジシャンのカレシがいると話題になったが、やがて忘れられたらしい。

 やっぱりセイジョの女子はバカばっかりだ。




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