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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア前、夏、過去にて
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続 飛んでいる矢は止まっていた 10

 炎天下。汗と一緒に大切ななにかがこぼれ落ちていく。

「ぐっ」

「……」

 なんで、こんなことに。

 ふわりと髪の匂いが鼻先で弾けた。

 触れあうほどの間合いでミヤは俺を突き刺した。


「あああああ!」

 ヨイナが声を上げた。発狂に近かった。

「ミヤストム! ストップ! リセット!」

 その言葉を受けてミヤはガクンと身体を震わせた。ピタリと動きを静止し、ゆっくりと目を閉じた。

 一言も話さないし、意識などもとより無さそうだった。


「まじで、いってぇ……」

 ずるり、とカッターが抜かれる。内蔵に達しているらしい。赤黒い血液が地面に滴った。暑さと一緒にとろけてしまいそうだった。

「ゴーレムに魔王の娘を殺すように命令していたことを忘れてたんよ」

「このくそやろう……ミヤは、大丈夫か?」

「いまリセットコードを入力したから次に目を覚ましたときは元の人格に戻ってるはずなんよ」

 幼い小さな手に握られたカッターからボタボタと俺の血が垂れている。

「それなら、まだ……」

 よかった、のか?

 いや、まずいだろ。

 この傷、わりかし、致命傷だぞ。震える手で傷口をおさえ、少しでも出血を和らげようとするが焼け石に水だ。

 刺されたのは下腹部なのに首筋が異様に冷えた。全身の血液がお腹に集まっているような気がする。

 視界が虫に食われたみたいに端からみるみる黒くなった。

 ふらつく。天と地がぐにゃりと曲がり 、三半規管が麻痺したみたいに方向感覚が狂う。身体を水平に保とうとするが、うまくいかず転けてしまった。

「マクラさんっ!!!」

 サキの声が聞こえた。ぼやける視界に小さな顔が飛び込んできた。

「そんな、なんで、ワタクシの身代わりに……」

「お前、俺の名前……」

 なんで知ってるの?

「わかりません、わかりませんが、ふと頭に浮かんだのです。ああ! 死なないでください、どうか、どうか……」

「死にたくねぇ……」

 俺は初めて自分の本当の声を言葉に出した気がした。

「ああ、お願いです。生きて、生きてください。わたくしを守ってくれるのではなかったのですか!」

 仰向けに倒れた俺を覗きこむように彼女は叫び、傷口を強く両手で押さえ込んだ。

「そうしたいのは、やまやまなんだけど……」

 視界がぼやけてきた。貧血だ。

 あ、これまじでヤバイやつだ。

 いままで三度死にかけたことあるけど、それに近い感じがする。

「こ、ここでマクラが死んでしもうたら、全部の歴史が狂うんよ!」

 ヨイナが沈鬱な叫び声をあげた。

 そう思うんなら自重しとけよ、と突っ込みたくて言葉がでなかった。喉はただ必死に呼吸をするだけの器官に成り果てた。

「未来へ帰れば、この傷はなくなるのですか!?」

 手で涙を拭ったらしい、頬に俺の血がついていた。綺麗な顔が台無しだった。

「う、うむ。因果が確定するまえに帰還すればマクラが死ぬことはないんやけど……」

「未来へ帰してあげてください! いますぐに!」

「無理、不可能、できないんよ。例えるならば拳銃はあっても銃弾がない状態。魔力がなければ時操作はできないんよ」

「銃弾ならあります!」

 血は止まりそうもない。意識が飛びそうだった。友利もこんな感じだったのだろうか。

「魔力か足りないのでしょう!? ワタクシの右目を使ってください」

 右目。

 眼帯をいつもつけていた。

「幼い頃より貯めてきた魔力が貯蓄されています。砕けば一度くらい膨大な魔力を補うことができますわ」

「そ、そんなことしたら目を失うことになるんやよ」

「魔眼は最後の切り札です。いま使わなければいつ使うのですか!」

「わ、わかったんよ。視力がなくなるやもしれんが、ヨイナのことは恨まないでほしいんよ」

 眼帯……、あれは。ものもらいじゃなかったのか。

「いくんよ!」

 無秩序の天使の気合いの声だけが俺の耳奥に残った。

 夏の熱気が冷めていく。意識が飛んだ。真っ暗闇だ。感覚が無くなって浮遊感に囚われる。

 セミの声が遠くなり、ただ静寂が鼓膜をついた。

 転換。




「……」

 体が跳ねるように震えた。

 ジャーキングだ。ストレスを脳が感じたらしい。

「つぅ」

 体を少し動かすと骨が軋んだ。

 下腹部に手をあててみるが、痛みはなかった。

「いたっ……」

 代わりに後頭部が傷んだ。

 たんこぶができているらしい。手をあてると包帯が巻かれていた。誰かが看病してくれたらしい。

 それにしても薄暗い。ここはどこだ?

 枕に預けた頭を動かし、左右を確認する。

 物の輪郭はぼんやりとして、よくわからない。少なくとも自宅では無さそうだ。

 体にまとわりつくのは心地よい感触の毛布。

 安全地帯にいるのは間違いなさそうだが。

 ゆっくりベッドから降り、窓辺に向かって歩く。カーテンを透過して薄い月明かりが漏れていた。素足で歩く床が冷たかった。

 一気にカーテンを開け放つ。

 夜の向こうに青白い月が二つ浮かんでいた。



 どうやら俺は異世界にいるらしい。

 いまさっきまで感じていたリアルな光景は全部夢だったのだろうか。

 着ているシャツをたくしあげ、ミヤに刺された部位を見た。

 キズはなかった。

 夢オチで済ませたいところだが、どうにも変な気分だ。ため息を吐き、希薄な存在感を確かなものにする。二度寝して、目覚めてから今後のことを考えよう。

 問題の先送りを決め込んだ俺は、とりあえず再びベッドに戻ることにした。

 毛布をめくり、息を飲んだ。

 机に顔を埋めるようにベッドに誰かが寝ていた。

「……」

 黒い髪。

「おい」

 テリヤムだった。

 普通こういうときはサキかトモリだろ。


「んー」

 振動で目を覚ましたらしい、間延びするような声をあげ、テリヤムが顔をあげた。

「ああ、マクラくんか。頭大丈夫かい?」

「なんで寝起きのやつに煽られなきゃなんないだ?」

「ちがうちがう。傷は大丈夫か、と、聞いたんだ」

「傷?」

 後頭部の謎のたんこぶのことか?

「……まあ、いいや。おはよう。元気そうでなによりだよ」

 寝起きの定まらぬ視線が俺を捉える。

「まだ夜みたいだけどな。いくつか質問していいか?」

「構わないよ」

 テリヤムが返事をすると同時に壁掛け燭台に火が灯った。便利な照明だ。

「何なりと、心行くまで聞いてくれ」

 頼りない灯りに照らされてテリヤムはにこりと笑った。

「ありがとう。じゃあ、まずここはどこだ」

「サウレフト領の外れ、姫騎士メリエーヌ・クジルちゃんの別宅、だそうだよ」

「メリエーヌ……? なんでそんなところに」

 メリエーヌは第三皇女で異世界の友人だ。

「転移時にキミは頭打って気絶したんだ。メリエーヌちゃんに言ったら無償で部屋を貸してくれたよ」

「頭を打った……。俺がこっちに来てから何日がたってる?」

「二日だよ」

 またお風呂場で頭を打ったのか。今度からヘルメット被って風呂に入ることにしようかな。

「君が寝ている間にトモリちゃんとニフチェリカ嬢は合流を果たし、ノースライトの客将シキミハラとサウレフト大公とのアポイントを取り付けた。面談は明日の朝を予定している」

「とんとん拍子ということか」

 俺がいなくても話は進む。

 テリヤムの口ぶりから察するに、実家の風呂場でルゥナたちとドンパチやったのは現実らしい。

「それにしてもシキミハラか……」

 後頭部に手をやると包帯が巻かれていた。

「あれは夢だったのか?」

「もちろん違う」

 テリヤムがニタリと笑うと、風もないのに蝋燭の炎が揺らいだ。


「キミは実際に過去に行ってシキミハラを止めてきたんだ。それは確かさ」

「なんでお前がその事知ってるんだ」

「吸血鬼は時間と空間を支配するって言わなかったっけ。まあさすがに直接的な時間操作能力は覚えてないけど、融通を効かせることができるよ」

「スク水盗もうとしたのは現在のお前か」

「それどころか命を助けてあげたのも僕だ。警備員のフリをして、キミが未来に帰ったあと復旧(レドモ)で傷をふさいであげたんだ」

「そういえば疑問に思っていたんだ。未来に帰ったあと本来の俺の意識はどうなるんだ?」

「元の時間軸通りに動くそうだよ。未来人が全員いなくなれば、過去のみんなは異分子のことは忘れて、地続きに生きていくらしい」

「ヨイナに聞いたのか?」

「僕はSF小説が好きだから、パラレルワールドとかパラドックスとか気になるとすぐ聞いちゃうんだ。それによるとある程度は隣の世界と干渉し合うらしいから、過去にいったことで、未来に微妙な変化は起きたかもしれないってさ。本当に些細なことだろうけど」

 つじつま合わせはこいつの仕事だったらしい。影の功労者といったところか。

「まあ、いいや。なんか知らんが助かったな」

「お礼なら僕じゃなくてトモリちゃんに言ってくれ」

「……なんで?」

「シキミハラヨイナの存在にいち早く気づいたのは彼女だ。頭を打った君に回復魔法が効かないという小さなヒントでね」

 後頭部に手を当てるとじくりと傷んだ。

「ルゥナちゃんと協力して僕を助っ人として送り出す策を練ったのもトモリちゃんさ」

「ふん。めんどくさがりやが、珍しく仕事したな」

 テリヤムは苦笑いを浮かべて立ち上がった。

「他に聞きたいことあるかい?」

「いや、特にない」

 煩悩から解放されてるテリヤムは話しやすくて助かる。

「それじゃあ、僕は自分の部屋に戻るよ。読みかけの本があるんだ」

「ああ。看病ありがとうな」

「ふっ、寝る前に一言アドバイスしてあげるけど、ここを出て隣は女子部屋だ。夜這いをするなら早い方がいい」

「しねーよ」

「みんな心配してたからね。ところで君の知り合いはかわいい子が多いね。今度紹介してよ」

 テリヤムがドアノブに触れると同時に蝋燭の火が消え、室内にパラフィンの匂いが立ち込める。

「それじゃあ、おやすみなさい。いい夢を」


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