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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア前、夏、過去にて
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続 飛んでいる矢は止まっていた 8


 灼熱の太陽がアスファルトを照らす。夢遊病者に似た不透明な存在感を繋ぎ止めながら、壁に持たれてぼんやりと道路を眺めていた。

「お釣はいらないんよ」

「ちょうど頂戴いたします」

 西門にタクシーが止まり金髪の少女が降車した。混濁した意識が明確な輪郭を取り戻す。

 初夏の爽やかな風を全身で受け、ヨイナは眩しさに目を細めた。

「よしっ、頑張れヨイナ、踏ん張れヨイナ。かわいいヨイナ、よしっ!」

 謎の呪文を唱えて頬をパンと両手で叩き少女は歩き始めた。

「まて」

 呼び止める。

 目が合う。みるみる真っ赤になった。

「き、聞いてたん?」

「いや、まあ」

「……」

「遅かったじゃねぇか」

 恥ずかしがるなら独り言やめろ。

「道が渋滞してたんよ。それにしても、まだこっちにいるってことはヨイナの要求を拒否するいうことやね?」

「はじめから断ってるだろうが。さっさと俺を未来へ返せ。痛い目見ないうちにな」

 ヨイナは小さく息をつき、青い瞳で俺を写した。

「是非もないんよ」

 ばさりとフードを後ろにし、舌なめずりをする。

「悪しき魂、根源たる刃、暗い縁より出でて……」

「黙れ!」

「ぎゃぼー!」

 無秩序な天使にドロップキック。

「ひ、ひどいんよ。詠唱させてくれないなんて」

 植え込みに倒れ込み、上半身を起き上がらせながら、ヨイナは文句を言った。

「さっきは呆気にとられて召喚を許したが今度はそうは行かない」

 目の前に立つ。

「全力で潰す」


 怒りは収まらない。

 友利のことを考えれば一方的暴力でけじめをつけたいところだが、さすがに無抵抗の相手を殴るわけにもいかない。

「立てよ。天使とやらの耐久力を試してやるぜ」

 だが、一度戦場に立てば男も女も関係ない。

 俺からの挑戦状にヨイナは口角を上げた。

「さすが、勇者なんよ。でもヨイナを舐めないでほしいんよ」

 頭についた葉っぱを手で払い落とす。

「ヨイナがここに来るのが遅れたのはゴーレムを手に入れるためなんよ」

 ゴーレムって、え?


 思考がヨイナの言葉で分断されると同時に俺は真横に吹き飛んだ。


 何者かにタックルを食らったらしい。

 気づいたのは地面に押さえつけられてからだった。

「ぐっ、なんだ」

 視界のはしに銀色の髪が流れるのを捉えた。ぐっ、ふくらはぎに柔らかい感触。

「ミヤストム・ノルウェッジアン。しばらく、そのまま勇者を押さえつけておくんよ」

「み、みや?」

 俺にまとわりついていたのは幼い少女だった。

 なんで、こいつが。

「ミヤ、くそっ、離せ!」

 セーラー服を着たミヤが腰にギュッと抱きつき離れない。さながら親猿の背中にしがみつく子猿のようだ。

「無駄なんよ。無意識モードに変換しとるからマスター以外の命令は聞かないんよ」

「マスター? テメーがか?」

「そうやよ。ヨイナが戻ってくるまで勇者の動きを封じておくんよ」

 ヨイナはにっこりと微笑み校門に入っていった。

 くそっ、なんでミヤが俺の邪魔をするんだ。

 力は強くないが、どうあがいても振りほどけそうにない。

 柔らかい感触が常に足にまとわりつく。動こうと思えば動けるがこの状態でヨイナと戦うことなんて不可能だろう。

「入館証をお持ちでない方をお入れすることはできません」

「な。なんでなんよ!」

 警備員にヨイナが止められているうちになんとかしなければ。

「ミヤ!」

 呼びかけるが反応はない。

 考えろ。どうすればいいのかを。

 ずいぶん前に似たような光景を見たことがあるぞ。あれはたしか。

「反魂……」

 どのみちやってみるしかない。

(ゼカ)っ!」

 呪文でミヤのシャツを背中から引き裂く。

「!」

 ヨイナが目を丸くした。

「公然レイプなんよっ!」

 しねぇよ!

「警察に連絡してほしいんよ!」

 守衛さんが身を乗り出して詰め所から顔を出すが、気にしている暇はない。

 背中に刺青のような文字が刻まれているのを確認する。

 先日購入したモンスター図鑑(税込千七百円)に記載されていた。

 ゴーレムの弱点はヘブライ語で真理を意味するemethという単語のeをとり、死を意味するmethに変える、と。本来なら額にあるらしいが、背中には読めないがそれらしき文字が刻まれていた。

 綺麗な白い肌に不釣り合いな刺青。

 魔術を込めた指先でそこをつつく。文字を変えるとか難しいことは一切なしだ。ゴーレムの魔力の中心が文字なのは間違いないので、刺激を与えてやる、それだけだ。

 やり方があってるかは分からないが、時間の遡及性を信じてかけるしかない。

 死ぬことはないだろう。一時的に他者の魔力が供給され器官がパニック起こすだけだ。

「寝てろ」

 つまようじでリセットボタンを押すような一抹な緊張感を持って、そっと文字を撫でてみた。

「……」

 力無くミヤはその場に崩れた。

 ふにふにと柔らかい唇に手を当てる。

 息はある。寝ているだけだ。

 見よう見まねだがなんとかうまくいったらしい。

 目覚めたとき妙なハイテンションじゃないことを祈ろう。

「待たせたな」

 熟睡するミヤをそっと茂みに横たわせ、立ち上がってヨイナを睨み付ける。



 怒りのボルテージはとっくにマックスを越えている。

 際限を知らず上がり続ける体温はけして夏のせいだけではない。

「う、うう……」

 脂汗を垂らすヨイナ。踏み出した一歩が砂煙をたてた。

 友利を消滅に追いやったこともだが、無関係なミヤを巻き込んだことも許せない。

 じりじりと間合いをつめる。

 射程距離にもうあと数歩というところで、

「ごきげんよう」

 柔らかい声が響いた。


 紫がかった黒髪を夏風になびかせたサキが校門を通りすぎる。手に緑色の旗を持ち生徒会と書かれた腕章をつけている。憶測だが、帰宅する生徒を見送る謎の係なのだろう。

 ヨイナの横を涼しい顔で平然とすり抜ける。

「……」

 タイミングわる……。


「あっー!」

「はい?」

 ターゲットを視認したヨイナが大声をあげる。

「見つけたんよ!」

 ヨイナは手を突きだして捕まえようとしたが、サキが身を引いたのでつかみ損ねてしまった。

「えっ。な、なんですか。い、いきなりやめてください。まだロングホームルームがあるはずですよ! 速やかに教室に戻ってください」

「ヨイナは生徒やないんよ」

「え、じゃあ、どちら様ですか?」

「天使やよ! 迎えにきたんよ、アオヤマサキ!」

「ひぃ、ひょえー!」

 声にならない悲鳴を上げてサキは駆け出した。当たり前だ。いきなりクレイジーなやつに話しかけたら誰だって逃げ出す。

「逃がさないんよ!」

「そっ、そこの方! 変な人が追いかけてくるんです! 助けてください!」

 校門から駆け出し俺に助けを求めるサキ。

「って、さっきの!」

 涙目で急ブレーキを踏んだ。

「これぞまさしく四面楚歌っ!?」

「ちゃうわ。いいから俺の後ろに来い」

「くっ、背に腹は……」

 背後に迫りくるヨイナの鬼気迫る表情に気圧されたらしい、サキは俺の背後に回った。

 よし。これでこいつが人質にとられる心配はない。

「きゃあっ!」

 金切り声を上げてサキは尻餅をついた。横たわるミヤを見つけたらしい。

「や、やはりあなた信頼できませんわ!」

 四つん這いで逃げようとするサキのシャツをつかむ。

「いや、待て。もとはといえばその女が……」

「これ以上この子を傷つけることは許しませんわ!」

 シャツを捕まれながらもミヤに覆い被さり、かばうように抱きしめ、俺を睨み付けた。誤解だが、ミヤのシャツが破れてるのは見てくれ的に悪かった。

「この子に、あなたはなにをしたのですか!?」

「なにもしてねぇわ。話聞けよ」

「あなたがたは一体なんなんですか?」

 震える声でサキは問いた。

「俺はお前をあいつから守りたいだけだ」

「守る?」

「友利と約束したしな」

 俺の言葉にサキは目を見開いた。

「ねぇ、さま……?」

 蝉時雨がいっそう強く響いた。

「そこにいろ」

 とまれかくまれ、迫りくるヨイナをボコボコにしさえすれば全部解決だ。

 深呼吸する。

 陽炎のような熱気を携えヨイナが走って来ていた。



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