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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア前、夏、過去にて
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続 飛んでいる矢は止まっていた 7


 蜂の巣をつついたみたいに沢山の生徒が一気に廊下に雪崩れ出る。数分前の静寂が嘘みたいな喧騒に包まれた。

 まずいことになった。

 俺とテリヤムは男で、ここは女子校だ。一応スーツを羽織り教育実習生を装ってはいるが目立つことこの上ない。

 遠巻きに視線を感じる。

 こそこそと噂されているのがわかった。

 テリヤムは微笑みながら、一団に手を振った。

「きゃー!」

 黄色い悲鳴が起こり、廊下がざわつく。アイドルに相手にされて喜んでいる女子高生みたいな感じだ。イケメン死ねよ。

「目立つことすんな」

「せっかくだから楽しまなきゃ」

 頭を抱えながら廊下に集まった生徒一人一人の顔を確認していく。

 誰も彼も顔面偏差値が高い。金持ちの子女は美人が多くて羨ましいが、そこに望む顔はいなかった。

 教室の中にいるのだろうか。

 補講とはいえ、平常授業を行っているようで、休みじゃない限りは学校に来ていると思うのだが。

「あなたたち何してるの?」

 声をかけられた。

「はい?」

 おばさんだった。

 なぜ女子校におばさんが、と一瞬考えたが、手に出席簿を持っていたので、すぐに教師だと気付いた。

「本日教育実習でお世話になっております。沢村と申します」

「教育実習? おかしいわね。来てるのは全員女子のはずだけど」

 テリヤム……。

 横目で睨み付ける。

 涼しい顔で俺の怒りを受け流しながら、テリヤムが口を開いた。

「おそらく申請に不備があったものと考えられます。僕らだけすこし遅れて来る手はずになっていたので」

「あらそう。あなたはなんの教科を担当してるの?」

「保健です」

「え、保健?」

「はい。本日は六時間目に三組にて思春期の性の目覚めについて講義させていただく予定になってます。予習もばっちりです!」

 まじでこいつ……。

「あらそう。頑張りなさいね」

 女教師は淡白に告げるとスタスタと歩いていった。

 テリヤムがウィンクしながら親指をたてて来たのでケツに思いっきりローキックを食らわせてやった。


 ここでサキを見つけるのは難しいかもしれない。

 おとなしく校門前をはるほうが得策か? とはいえ、ヨイナの出方が分からない限り現状が一番なのは確かだが。

「女教師って響きだけはエロいけど実際のところあんなもんだよね」

 しょうもない雑談を吹っ掛けてきたテリヤムにガウロウセンドロップを食らわせる。

 再びチャイムが響いた。六時間目の始まりだった。廊下に集まった女子高生の集団は名残惜しそうにそれぞれの教室に戻っていく。テリヤムが涼しい顔で手を振ると、再び可愛らしい悲鳴が起こった。

「それで? わざわざ侵入してまで女子校に来たんだ。どうする? とりあえずトイレ行く?」

「行かねーわ。死ね」

 テリヤムの軽口にいらいらしながら言葉を吐き捨てる。


「あのっ!」

 一人の女生徒に声をかけられた。手にリコーダーを持っている。どうやら移動教室らしい。

「ぼ、暴力はお止めください! こちら淑女を育てるのが目的の伝統校です。大学生のはっちゃけた雰囲気を持ち込むのは遠慮願います。お、お下劣な言葉遣いとですわ」

 短い髪に、澄んだ双眸。

「あ」

 青村紗季だった。


「……」

 無言になってしまう。

 サキだ。いくぶんも幼いがたしかに彼女だ。

 CGで処理したんじゃないかと思うほどきめ細かい肌をしている。頬はほのかに赤みがかって、男性に声をかけることに緊張しているようだ。

 良かった。まだヨイナは来ていないみたいだ。

「あ、あの……」

「ん?」

 無言が堪えられなかったのだろう、サキは薄く握りこぶしを作り、すこし前屈みになった。

「ワタクシの顔に何かついてますでしょうか?」

 上目遣いに俺を見てくる。

「いや、違うんだ、無事で良かった」

 胸が波打つ。

「はい?」

「まだ天使は来てないな?」

「え?」

「やっと会えたな。さっさと俺を未来へ返してくれ」

「お、お話が見えません。どういう意味ですか?」

「……そうか。まだ俺のこと知らないのか」

「え」

 サキの表情が強ばった。

「いいか、俺はお前の力で過去に戻された未来人で……」

「せ……」

「ん?」

「先生ぇー!!! 新手の変態が出ましたー!!!」

「ち、ちがう!」

 しまった。焦りすぎた。

 大声でわめくサキに背中を向け、駆け出す。ここで取り押さえられたら色々と厄介だ。

「いやぁ、僕も、あれはないと思うよ」

 テリヤムにすら酷評された。ほんとのことを言っただけなのに。


 階段の踊り場までダッシュで逃げ、誰にもつけられていないのを確認してからへたりこんだ。

「つかれた」

 なんにもしてないのに徒労感が足を重くさせる。

 ひんやりとした床が俺の体温を奪っていく。

「ああいう告白は気色悪いね」

「告白じゃねぇわ。黙ってろ」

「パラレルワールドだと二人は運命の相手なのかい?」

「茶化すな」

 テリヤムは手で口元を隠しながら笑いを押し殺している。

「それじゃあ僕は更衣室に行くからあとは自由行動ということで」

 ズリズリと壁にもたれながら立ち上がる。

「……さすがに見逃せないな」

「じゃあ一緒に行く?」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ。お前、更衣室に行ってなにするつもりだ?」

「ナニって……」

 鼻血を垂らした。

「……ふふっ」

「ど変態め」

「当初の目的は撮影だったけど、スーツを着て行く勇気はないし、スクール水着を盗むだけにとどまるよ」

「妥協案でもなんでもないからな」

 いくらサキを守るためとはいえ、こんな奴に協力をあおったのは間違いだった。

 てか水着盗むってそれ新聞記事になるレベルだから……、ん、水着?

「いや、更衣室に水着はないだろ」

「んんー? だってプールの授業があるんだよ?」

「着て泳いでるじゃん。盗めないだろ」

「なっ、盲点っ!」

 下着なら盗めるだろうけど。

「下着はもう充分あるからいらないんだよなぁ……」

 こいつと思考が被ったのがショックだ。つかなんで、もってんの……。

「ブルセラショップだよ」

 思考を読むな。

「まあいいや。校内徘徊して帰ろうっと。女子校の空気を堪能するのも一興だよね。背徳感がたまらないよ。ぞくぞくしてきた」

 テリヤムは身震いしてから歩き始めた。

 下りの階段に一歩足をかけてこちらを振り向く。

「キミはこれからどうするの?」

「そうだな。もう少しここにいるとするか」

「そう。じゃあ縁があったらまたね」

 片手をすいっとあげた。なんでもない動作もこいつがやると画になった。

「あ、スーツどうしたら」

「あげるよ。キミと運命の人の劇的な再会を祈ってるよ」

 普通にしてればイケメンなのに残念なやつだ。

 踊り場の陽だまりを離れて吸血鬼は去っていった。

 さて。




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