表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア前、夏、過去にて
54/79

続 飛んでいる矢は止まっていた 5

 冷房がきいた保健室は寒く、それだけで風邪になりそうだと何となく思った。

 薄暗い廊下に立つシキミハラヨイナは、敷居を跨ぐことなく、青い瞳で俺と友利を睨み付けた。

「もう、怒ったんよ。ヨイナが頑張っとる時に保健室でイチャイチャするなんて許せんのよ」

 いちゃついていないと弁明する気は起きなかった。ただならぬ気配を感じたからだ。

「なんで、出てきてるの……閉じ込めたはずじゃ……」

「普通に出られたんよ」

「くっ、なんてこと……」

 悔しがる友利には悪いが、お前の油断が招いたことだと思う。

「ヨイナは怒り心頭なんよ」

「だからどうした」

「魔王の娘をぶち殺すことに決めたんよ!」

「させるわけねぇだろ、ボケが」

「スキルさえなければ勇者は未来に帰れなくなるんよ」

「そりゃそうかもしれんが……」

「殺されたくなければヨイナに協力するんよ!」

「呆れてものも言えない……」

 ため息は出た。

「できもしないことを前提条件で出すんじゃねぇよ。俺がおめおめ見逃すわけねぇだろ」

 慢心しているわけではない。

 相手の実力は未知数。気配なく現れる能力は相当厄介だ。

 正直勝てるかはわからないが、虚勢で負けるわけにはいかなかった。

「なめないでほしいんよ。これでも輪廻転生を司る天使なんよ」

「なめてない。あきれてるだけだよ」

「悪しき魂、根元たる刃、暗き淵より出でて、汝の名を刻め……」

「なに急に、こわっ……」

 暑さでとっち狂ったか。片鱗はあったが……。

「盟約のもと、シキミハラの名において命じる」

 熱中症対策には水分補給と塩分だ。ドアの横に貼られたポスターにそう書かれていた。

「マクラっ、そいつ、召喚しようとしてる!」

「え?」

「出でよっ!」


 ヨイナの手が白く光る。

 我が目を疑うが、なにもない空中に雲の巣みたいなヒビが入り、パラパラと穴が開いた。

「くっ」

 ヨイナの放つ光が強さを増した。目がくらみ、瞼を閉じた一瞬で、ボーリング玉ほどの黒い塊が、当然のように現れた。

 ド派手なアクションに比べたら酷く間の抜けたシーンだったが、ポーンと落ちてきたそれはたしかに厄介な代物だった。

 穴が閉じる。

「なんだ、と」

 爆弾玉。

 文化祭の時にミヤが使った、自爆の威力が半端ない物質系モンスターだ。

 両手を皿のようにしてソレを受け止めると不敵な笑みをヨイナは浮かべた。

「おい、さっさと戻せ。そもそもお前だって危ないだろうが」

「心配ご無用なんよ。爆発するまえに逃げればええんよ」

「逃がすわけねぇだろ。死ねばもろともだ。一人では死なねぇ。なにがなんでも道連れにしてやる」

「とんでもない発言やけど、これは次元爆弾、死ぬことはないんよ」

 奴のスキル、他人任せとかいったか?

 次元爆弾はミヤが心臓に埋め込んでいたやつだ。近くにいるのだろうか。

「……」

 今は目の前の敵に集中だ。

「そんなん俺にぶつけて倒せると思ってんの? おめでたいやつだな」

「倒せなくても足止めできればええんよ、それに次元爆弾の転移先はノースライト」

 半月状に唇をつり上げて歪な笑みを浮かべた。

「どちらにせよ勝ちは確定なんよ」

「は?」

「ほい、ぱす」

「なっ」

 投げられた爆弾玉を、反射で思わず受け止めてしまう。

「ばーかばーかー」

 ヨイナはそれだけ俺に告げると背中を見せて走り去っていった。健脚だ。

「に、逃げやがった!」

「マクラ、あいつニフチェリカをやるつもりだよ!」

「くそ、させねぇぞ!」

 追いかけようと前屈みになった瞬間手元でカチリと音がした。

 恐る恐る視線を落とすとヨイナに渡された爆弾玉のスイッチが入っていた。ご丁寧なことにデジタル表記で時計が組み込まれている。残り……、

 残り三十秒。

「あの、くそ女!」

 一人で走ればヨイナは取り押さえることができるかもしれないが、間違いなく爆弾は爆発してしまうだろう。

「マクラ、どうすんの? 遠くにぶん投げる」

「いや、ダメだ。この大きさ、間違いなく俺たちも巻き込まれる」

 かつて実家の風呂で爆発した爆弾はもう一回り小さかった。にも関わらずあれだけの規模の爆発を起こしたのだ。

 死なないにしても、もし爆発したら、居残っている沢山の生徒巻きこんでしまう。

 しかたない。

(タメ)……っ!?」

 いつかと同じように氷結魔法で機能停止させようと魔力を込めたところで手の痺れを感じ、爆弾を落としてしまった。

「くっ」

「どうしたの……?」

「どういうことだ、魔法が……」

 魔力は有り余っている。体力も全盛期だ。経験値も充分。

 なのに、なぜか、魔法が唱えられない。発現の途中で弾けてしまった。

「回路がうまく開通してないんだ……」

「どういうことだ」

「魔法は使えば使うほどゴムが伸びるように扱いやすくなるの。少量の初級魔法ならまだしも、多くの魔力を必要とする上級呪文は相当使いなれていないと扱えない」

 合点がいったが、それでは爆弾が止められない。

「くっそ……」

 万事休す。

 二度と繰り返したくないと誓った冒険譚がまた始まってしまうのか。

 まあ、いい。今度は開き直って世界の覇者でも目指してみるか。

 刻々とカウントダウンはゼロに向かっていく。


「……マクラ。下がって」

 友利だった。

 上履きのかかと踏んでいるので、ペタペタと間の抜けた足音で近付いてくる。

 爆弾玉をうろんな瞳で拾い上げた。

「……もう諦めようぜ。今度はノースライト編が始まるだけだからよ」

「きみ、ニフチェリカを知ってるのね?」

「ああ、まあ、一応」

 お付き合いさせていただいています。とは言えなかった。言えるわけがない。お義姉さんなんて呼びたくないからだ。

「ふざけた天使からあの子を守って」

 真剣な眼差しをしていた。

「これはお願い」

「あいつの目的は俺をノースライトに送ることだから、達成さえしてくれればニフチェリカを狙う意味もなくなって諦めてくれるだろ」

 と、信じたいが、そこまで頭回るのだろうか、あいつ。

「ダメ。そんな確実性のない話はできない。それに、キミは未来に帰りたいんでしょ?」

「そうだけど」

「じゃあ、あの子を守ってから帰って」

「どうやって……」

「めんどくさいけど、仕方ないよね」

 友利は薄く微笑んだ。

 夏の陽光に照らされて、その笑顔はなぜだか儚く見えた。薄いピンク色の唇が薄く動く。

空間遮断(モコー・キーヒ)

「ばっ!」

 手のひらに包み込まれ、爆弾が靄に包み込まれていく。靄が小さくなるにつれ、爆弾もその体積を縮小させた。

 友利の鼻から血が垂れた。顔をしわくちゃに歪めながら魔法を具現化させている。

 俺と同じだ。

 彼女は死ぬ度に肉体の成長値をリセットさせている。呪文は覚えていても、使用には適さない、負荷が半端ないのだ。

 なんで、こいつが、そんなことしなければならないのだ、我慢してでも魔法を発現すべきは俺だったんじゃないのか。

「ばかっ、やめろ!」

 一度ならまだしも二度も続けて上級魔法を使えば、身体的負担は計り知れない。

 黒い霧に包まれて爆弾は消滅したが、代わりに友利が前のめりに倒れこんだ。

「なにやってんだ! 死にたいのか!」

 慌てて駆け寄り抱き起こす。体温がほとんどなかった。

「死なないよ……私、アンデッドだもん……」

「そういうこと言ってんじゃねぇよ……」

 なんでいつもこんな感じになるんだ。

 ずっと前、ファストフード店で友利は高位魔術を打ち込まれない限りは死なないと言っていたが、魔力切れの場合はどうなのだろう。

「一時的に……消えるだけだから……霊力が、たまれば、生き返るよ、心配しないで」

「本当だろうな。絶対に死ぬなよ」

「……こっちの自然魔力薄いから、すぐは無理かな。何年か、かかるかも……」

「何年……」

 本来の時間で友利は二年間、自らの死をごまかし、墓場で暮らしていた。

 疑問に思ってはいたのだ。

 二年もの間、誰にもばれずに、偽りの死を演出することができるのか、と。

 まさか、本当に死んでたんじゃ。

「友利……」

 考えたって仕方がない。

 目の前で消えかかる少女の手を握る方が大切だ。

「マクラ……ねぇ……未来でも」

 言葉も消える。友利はまるではじめか ら居無かったかのように消え失せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ