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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア前、夏、過去にて
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続 飛んでいる矢は止まっていた 4


 冷房が止まっているため、締め切られた空気に汗が滲んだ。

 長居をしたら気持ちが悪くなりそうだ。

 俺は額にできた汗の玉を手首で拭い、熱気をはらんだ吐息をはいた。

 不思議な女だ。

 友利や紗季と同じように異世界からの来訪者なのだろう。

 奴が名乗るシキミハラも日本の名字に聞こえるが、本名は別にあるに違いない。

「未来が変わる……?」

 と、少女は言った。

 加えてノースライトを救ってほしい、と。

「意味がわからないな」

 最近はこれが口癖になっている気がする。

「そもそも魔王を倒したんだからどっちみちノースライトも救われただろ。アレは魔界と人間界の争いだったんだぞ」

「元はいがみ合っていた国同士、一時的に手を組んだだけに過ぎないんよ」

 悲しげな瞳でうつむいた。

「知らねぇよ。政治的手腕で適当に頑張れよ」

「マクラがサウレフト皇国の勇者として活動したぶん、国力に差が出てしまったんよ。先の大戦で疲弊したノースライトにいまのサウレフト皇国の対応は無理なんよ」

「しーりーませーんー」

「だから分岐点でマクラにはノースライト側の勇者として召喚されてほしいんよ。そうすれば世界経済はノースライトに向かってくれる。ヨイナはノースライトの天使やから国力が強くならないと消滅してしまうんよ」

 切実な願いなのは間違いなかったが、割りを食うのは俺だけというのが、どうにも気にくわない。

「お断りだな。いまだって俺が過去に来ただけでだいぶ歴史が変わってしまった。なんでもない行動が未来を変えてしまう可能性があるんだ。下手したら魔王を倒せなくなるかもしれない。バタフライエフェクトって知ってるか?」

 ニューヨークの蝶の羽ばたきが香港で嵐を巻き起こす、とかいうカオス理論だ。俺は映画で学んだよ。

「それなら大丈夫なんよ」

「大丈夫じゃねぇだろ」

 特にお前の頭がな。

「人生には分岐点と呼ばれるものが存在してるんよ。ターニングポイント、確定ポイントと言い替えれば分かりやすいやも」

「?」

 わからないことはどんな言葉にしようとわからない。

「確定ポイントに至らなければどんな過程を描こうと元の時間軸が狂うことはないんよ」

「なんだそれ?」

「次のポイントはマクラが異世界に転移する時になるから、それまでなら、多少のパラドックスはなかったことになるんよ。ささいな行動は元の時間の波に飲まれる、といえばわかる?」

「例えばいま俺がお前の顔面を形が変わるくらい殴り続けても、未来に戻ればなかったことになるってことか?」

「そ、そういうわけやよ。どでかい変化じゃない限りは適用されるはずなんよ」

 青ざめながらヨイナは続けた。

「つまり、言い換えれば、ノースライトに転移さえしてもらえば、すべての世界線はそれに沿って推移するんよ」

「よく、わからないんだが……」

 あと少しで訪れる分岐点まではなにをしようと歴史は変わらないということで、

「逆に言えば、分岐点に達した時に積み上げた歴史に沿って未来が替わるということか?」

「その通りやね。時の遡及性は想像以上に強大なんよ。だいたい次元を超越したヨイナならまだしもマクラが記憶を取り戻すなんて通常ならばありえないんよ。想定外なんよ。さすが勇者ってところやね」

 いまはほんと思い出せて良かったと思うわ。

「つまり、分岐点に至る前に未来に帰らなければ、歴史が変わるってことか? それなら早く俺を未来に帰してくれ。取り返しがつかなくなる前に」

「ノースライトに転移してくれたあとならいくらでも帰すんよ! 別にまた世界を救ってくれなくても、一旦ノースライトに行きさえすれば、元の時間軸の意識を持つマクラがテキトーに勇者をしてくれるんよ」

「断ってんだろうが!」

「だからやってもらわないと困るんよ!」

 ヨイナは端正な顔を歪めて、唾を飛ばさんばかりの勢いで大声をあげた。

「どうにもならないからお願いしてるんやよ! これでもいろいろ頑張ったんよ! わざわざ人のふりしてサウレフト皇国に招かれたりして! でももう無理なんよ!」

「お前ならできるよ! もっと頑張れよ!」

「賢者に感づかれてしまったんよ!」

「だから、どーした! ルゥナなんて関係ない! もっと熱くなれよ!」

「なんか、知らないけどルゥナ・シュゥィニーはヨイナのことを毛嫌いしてるんよ、なんもしてないのに!」

 たしかルゥナはノースライトの出身だ。ヨイナのことを知っていてもおかしくない。

「だからって、全部俺に頼るんじゃねよ! 勇者はもう引退しました! 早く家に帰してください!」

「だからそれは無理なんよ。そもそもヨイナには時間操作の力なんてないし、魔力も足りないんよ!」

「はぁー、意味わからん。それならどうやって俺を過去に飛ばしたんだよ!」

「ルゥナの魔力で魔王の娘の種族スキルを発動させたんよ!」

 魔王、は、青村紗希だ。え?

「なんでそいつの名前がいま出てくるんだ?」

 太陽が雲に飲まれ、教室が少し暗くなる。

「つまり天神族の時間操作のスキルをルゥナの魔力で代替発動したんよ。それがヨイナのスキル、他人任せ」

「……誇れるようなこと一切言ってないからな」

 ドヤ顔されても困る。

「そもそもお前嘘つくなよ。紗希のスキルはお料理上手と魔力探査の二つだけだぞ」

「潜在スキルなんよ。魔族の王こと天神族のスキルがそんな雑魚なわけないんよ。バカなん?」

「常々そう思ってたわ。あと俺はバカじゃないから」

 しかし時間操作のスキルか。

 そんな便利なものを持ってたんだ、あいつ。

「……」

 宝くじっ!

「そうと分かれば貴様は用無しだ」

 ビシッとヨイナを指差して宣言してやる。よくも巻き込んでくれたものだ。

「な、なんなんよ。その言い種は……」

「縁があったらまた会おう」

 直ぐに踵をかえして、紗希に会いに行こう。ここは羽路高校だから、紗希のいる晴輪女子学園まで電車で六駅だ。いや、まてよ、この時間だと、あいつ、家か?

 俺の目的を察したらしく、無理やり腰にまとわりつかれる。

「そうはさせないんよ!」

「おらっ!」

 足蹴。

「ぐげぇ!」

「女だからって手を挙げないと思ったら大間違いだ」

「ううっ、酷い勇者なんよ」

「じゃあな!」

 金色夜叉な気分を味わってから教室を飛び出る。昇降口についた瞬間、友利のことを思い出した。

 いちおう挨拶だけしておくか。


「人質をとるんよ!」

 保健室に向かう廊下の途中、ヨイナに会った。

「うるせぇ!」

「ふげぇ」

 ドロップキック 。この秩序のない天使に。


 保健室についた。

 養護教諭は校内巡視に出ているらしい。水質調査とか空気調査とか、テスト休みで生徒いないのに随分と忙しそうだ。

 消毒薬の匂いにノスタルジーを感じながら、白いカーテンを静かに開け、

「友利……」

 スヤスヤ寝息をたてる少女の寝顔を眺める。

 清潔さに溢れていた。願わくばこのまま道を踏み外すことなく生きていてほしい。

 ささいな人種問題なんて十七歳には関係ないはずなのだから。

「俺は帰るから、少しは真面目に生きろよ」

「……」

「ん?」

 寝息が収まっている。

 そっと近付いて、脇をつつく。

「うひっ」

 我慢できなかった笑い声。

「起きてんなら返事しろよ」

「声かけられて目が覚めたの!」

 がばり、と毛布をはねのけて起きた。

「まあ、いいや。聞いてたのならちょうどいい。未来に帰る算段がついたからお別れだ」

「え、どうやって帰るの? 冷凍睡眠?」

 上半身を起き上がらせて、友利は目を丸くして俺を見た。

「そんな夏への扉的な手段は使わん。紗希のスキルを使うんだ」

「紗希……ニフチェリカ?」

「ああ、そういや妹だったな」

「そうだけど……あの子にそんな力あるの?」

「よく知らんが天神族の種族スキルなんだと」

「聞いたことないけど……」

 ガラリと扉が開く音がした。先生が戻って来たのか、と顔をあげたが、敷居に立っていたのはヨイナだった。




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