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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア前、夏、過去にて
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続 飛んでいる矢は止まっていた 2


 教室から全員いなくなるのを見計らって、隣の席に声をかけた。

 公然の面前で女子と会話なんて噂されるのが怖くてできないシャイボーイを許してくれ。

「なあ、おい、用ってなんだ?」

 部活のあとは河川敷のゴミ拾いしながら帰るのが日課なのだ。

 正直言えば忙しいが、元より友利の願いを断る気など、さらさら無かった。

「ありがと。残ってくれ」

 端的にお礼を告げると友利はノートをパタンと閉じて、鞄にしまった。

「そうだ、ちょっとカーテン開けてくれる? すこし暗くて」

「ああ」

 窓辺に寄ってカーテンをスライドさせる。

 目が眩むくらいいい天気だ。

 振り向くと、正面に友利が立っていた。

「なんだよ。おい、ビックリさせるなよ」

「驚かせたのなら、ごめん」

「いや、素直に謝られても……それで。用ってのは」

「話がしたかったの」

「話? なんの」

 バカじゃない。ここまでくれば彼女が好意を伝えようとしていることくらい気付く。さて、本来なら多忙と断るとこなんだが、そろそろカノジョくらい作っておいたほうがいいかなぁ、と思い始めたところだし、タイミング的に、まったく運がいいやつだぜ。

「たぶん、馬鹿げたことだと思うかもしれないけど」

 友利は真っ直ぐに俺を見つめた。普段の昼行灯みたいな感じじゃない。

 喉に「いいよ」を装填する。


「私……もうすぐ死ぬんだよね」


「え?」

 締め切られた教室。滞留する空気。耳奥で騒ぐ蝉時雨。

 一瞬、彼女がなにを言っているのかわからなかった。


 数分前まで日常を過ごしていたはずなのに、友利の言葉は静かに俺の心を揺さぶった。

「あ、……え?」

 なにも言えずに言葉が震えた。喉が震えた。喉が乾いた。水を飲みたい。なんでもいいから、渇きを潤したい。

「私がいなくなったらマクラは泣いてくれる?」

 泣く?

 って、

「なんの……冗談だ」

「生きてることがめんどくさくなっちゃって……」

「友利……これって、いや」

 既視感。

 既視感。

 既視感。

「なんなんだ、これは……」

 既視感。

 既視感。

 既視感。

 夢で見たぞ。いや、まて夢じゃない、これは記憶だ。

 フラッシュバック。

 もう少しで、もう少しで、この心のモヤモヤが晴れそうだ。

 めまいがした。

 立っていられなくなって、よろけてしまった。

 バンと斎藤の机に手をつく。

「……ま、まくら?」

 窓の向こうの青空には入道雲が伸び、アブラゼミの鳴き声が響いていた。

「マクラ、ひょっとしてキミ……」

 友利の目が一瞬揺らいだ。

「気づいてるの?」

「え?」

「私のこと、それから世界のこと」

「世界?」

「さっき……(イツア)を、使ったよね」

「お前、なんで」

 なんで、その呪文を……。


「仕方ない、ね……」

 友利はうつむいた。

 世界は広いんだし、一人くらい俺みたいなやつがいたって構わない、と思っていたけど、友利にしてみたらそれは甘い考えらしい。

「マクラ、やっぱりあなたがそうなんだね」

 彼女はスカートのポケットからゴツい工作用のカッターを取り出した。

「な、なにを」

「……」

 無言でカッターの刃が出される。

 放課後、二人きりの教室。おもちゃみたいなカチカチという音が響いた。

 告白されるかと思ったら命を狙われた。

「ちょ、ちょっと待てよ」

 テスト休み中で校舎に人気は無い。助けを呼んでも誰も来そうもない。なにより女の子に襲われて悲鳴をあげるなんて一抹のプライドが許さなかった。

 打開策を練るため、辺りに視線をやってみる。

 テレビ、教卓、黒板、机に椅子……。

 位置が悪い。出入り口は彼女の後ろで、俺の背後に迫るのは窓だ。

 加えてここは四階。逃げ場はない。

「友利、冗談だろ?」

「冗談で人は殺さない」

 さっきもうすぐ死ぬとか言っておいて、どの口が……。

「ちょ、ちょっと、おち、わっ!」

 後退りしていたら、鈴木の椅子に躓いて尻餅ついてしまった。……鈴木、今度あったら殴る。

「許してくれとは言わない」

 友利は悲しそうに表情を歪ませた。意味がわからない。

「だから、せめて、あなたは私の中で生きて」

 血の気が引いた。彼女の言葉の熱気は本物だったからだ。

「さようなら」

 友利は逆手で持ったカッターを思いっきり振りかざし、

「あっ」

 俺が倒した鈴木の椅子に脚をとられて、

「ぎゃ」

 転んだ。ナイス、鈴木。

「あ」

 その拍子にカッターを落とし、上から倒れこむ。時間にして約一秒の流れ。

「……っ」

「え……」

「……」

 びくりと大きく痙攣したあと、身動き一つ無くなった。

 まさか……、

「と、友利?」

 事切れた?

「う、嘘だろ……」

 じんわりと血溜まりが広がっていく。

 恐る恐る立ち上がって、友利の首筋に手を当てた。脈が止まっていた。

「し、死んでる……」



 き、救急車を呼ばなくては! 神様、俺じゃなくて全部鈴木が悪いんです!

 パニクる脳が携帯をポケットから取り出すよう命令を下すと同時に、先程から感じていた既視感の正体に気がついた。

「……っ」

 靄が晴れた。

 点と点が線で繋がる。

 あ。

 あー、もう。

 かつて消えた面影が、確かなものとして横たわっていた。

 なんだってんだ、これ。

 出しかけた携帯を再びポケットにしまい、確信を持って血溜まりに沈む少女を見下ろす。

「おい、死んだフリやめろ」


 家森友利は確かに死んでいた。

 カッターが心臓に突き刺さったのだ。死なないわけがない。

 普通の人間ならば……。

「おい」

 返事はない。ただのシカバネのようだ。

 とりあえず爪先で死体の脇腹をつつく。

「うひっ」

 弾けるような笑い声が響いた。

「……」

「起きろ」

「……」

 無音。

 もう一度脇腹をつつく。

「うひっ」

「さっさと起きろよ。狸寝入りだってばれてんぞ」

「……」

 むくり、と彼女は体を起き上がらせ、渋々と立ち上がると惚けるように頭をポリポリと掻いた。

「あーあ」

 床に溜まった血がビデオテープの巻き戻しのように傷口に戻っていく。肉の壁に押し戻され刺さったカッターがプツリと落ちた。

 初めて友利が蘇生するところを見たが、あまり気持ちのよいものじゃない。

「シャツが血みどろだよ」

 半袖の制服が胸元から滴った血液で真っ赤に染まっていた。

「なんでわかったの?」

「思い出しただけだ」

「思い出す……?」

 頭が痛い。さっきから鈍痛がつづいている。

「ここはなんだ? 幻術か?」

「……きみ……」

「そもそも俺の前で死んだフリしてどうするつもりだったんだ?」

 友利は眉をひそめた。よっぽど死んだフリを見抜かれたのが悔しいのだろう。

「殺人容疑で、少し少年院に入ってて貰おうと思っただけよ」

「無理だろ。この歳だと一発刑務所だよ」

「……?」

「ところでゲートは開いたのか? てかフローレンスに保護されてんじゃなかったのか?」

「フローレンス? ちょっとまって、キミ、ほんとうにマクラ、なの?」

 友利はまぶたをしばばたかせて俺を指差した。

「今さらなにを言ってんだ?」

「……」

「それにしても趣味が悪いな。どこのどいつが仕掛けた術だ?」

「君は……誰?」

 友利のクリクリとした瞳が猜疑心で歪む。

「マクラだよ。沢村マクラ」

「嘘だ。目が、さっきと違う」

「は? なに言ってるの?」

「嘘つかないで。マクラの目はそんな濁ってない。誰なの!?」

「失礼極まり無い奴だな」

 友利は警戒心を隠すことなく俺を睨み付けた。

「……ちょっと、自己紹介してみて。キミが本当にマクラだと言うなら、彼の個人情報を」

「沢村マクラ、二十歳、無職。趣味昼寝」

「は?」

「あれ、言ってなかったっけ。派遣の契約更新しなかったんだよ。ちょっと、勉強したくて」

「え、いやいや、そういうことじゃなくて、……え?」

 なんか噛み合ってないな。



 衝撃的事実、という言葉がお似合いの事態が俺に訪れた。

 俺の眼前に広がる景色はたしかに高校二年のときの教室だ。

 ここは、

 この世界は、

「過去?」

 そんな馬鹿な。

 ひとまず俺の現状と目の前の友利の現状を擦り合わせて至った結論がソレだった。

「いやまて夢だろ?」

 目の前の友利の柔らかな頬をつねる。

「なにすんじゃあー!」

「うげ」

 蹴られた。うむ。この痛みは本物。

「し、しかし、過去だと……よりにもよって高二の……」

「きみから見たらそうなるみたいね」

 友利は普段見せないクールな瞳で俺の言葉を受け止めた。

「どーなってんの?」

「話を聞く限り空間転移魔法が失敗したってのが一番可能性高そう」

 友利はため息をついた。

「でも、本当に……きみが、勇者なんだね……」

「もういいよ。そういう反応は」

「それで今はニート……」

「ニートじゃねぇよ。ニートってのは就職も勉強する意思もない奴のことをいうんだ。そもそもお前はホームレスだろうが」

「え……。うそ」

「あっやべ、口すべった」

「一体未来で何が起こるの……」

 友利は顔を青くして項垂れたが、それよりも解決すべき問題が山積みだ。

「まあいい。百歩譲ってここが三年前だとして、どうすれば元の世界に戻れるんだ?」

「戻りたいの?」

「そりゃそうだろ」

「悲惨な未来しかないのに?」

 高校生の友利の瞳は残酷だった。


「話を聞く限りろくでもない未来みたいだね」

 机に腰掛け、イタズラっ子のような瞳で俺を見た。石鹸の匂いがした。

 たしかに、あの頃の彼女だ。

「言ってくれるな……」

 隣の席で無邪気に笑っていた頃の友利。

 冷房の稼働音が耳の奥で騒ぐ。

「道を踏み外した原因は火を見るよりも明らかね」

「まあ、それはな」

「いまなら取り返しがつく。違う?」

「悪いけどここが過去だって本気で信じてるわけじゃないから」

 俺だってばかじゃない。

 時間を操る敵はいなかったが、幻覚を見せる敵ならいた。

 どちらの可能性が高いかなんて比べるまでもない。

「それでも、試してみる価値はあるんじゃないの?」

「なにが?」

「勇者がこのまま父様……魔王を殺さなければ」

 友利は顔をあげて、澄んだ瞳で俺を見つめた。

「向こうの世界は魔族に支配されるかもしれないけど、こっちの世界のキミは幸福に生きられるかもしれない」

 ああ、そうか。

 彼女は勇者を異世界転移させないためにこちらに派遣されているのだった。

「逆に強くてニューゲームが出来るかもしれないぜ」

「強く……?」

「まあ、なんにせよ、ごめんだけどな」

「え……」

「過去はやり直さない。歴史を変えずに未来へ帰る」

 もう遅いかもしれないが。

 俺は自らの手のひらを見た。

 魔法が使えた。

 もちろん威力は格段に落ちていたが、本来の能力値で魔法が使えてしまったのだ。

 歴史は少し狂ってしまった。

「なんで……取り返しのつかない出来事をやり直せるんだよ……?」

「変えられないから過去って言うんだ」

 後悔ならたくさんある。あの時ああすればよかったと考えればきりがない。

 それでも、

「自分のしてきたことに責任をとらないで、俺だけがやり直すなんてフェアじゃないだろ。全部あっていまの俺だからそれを無くすわけにはいかない」

 なんとなくサキならそう言うだろうなと思った。



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