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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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魔王少女は傷つかない 3

 どん、と大きな音がして、砂塵が上がる。

 彼女が落ちた先は人気のない校舎の裏だった。誰かが置き忘れたプランターに雑草が繁っている。

 クッション代わりに風魔法を発動させたが、なんとかギリギリで間に合ったらしい。少女は気を失ってるが、命に別状は無さそうだ。

「くっそ……」

 ノーモーションで中級魔法を使ったので、体が痺れてしょうがない。

 ぴりぴりとうまく動かない体を引きずって、裏庭に倒れたままのミヤを起こしに行った。

 不謹慎かもしれないが、抉れた黒い地面に横たわるミヤはとても絵になった。

 銀色の髪が地面に広がり、美しい色合いを作り出している。

「おい、起きろ」

 寝息は聞こえるが、返事はない。

「どこに爆弾をしかけた」

 というか爆弾ってなんだ。プラスチック爆弾とか、そういうのか?

 ミヤは起きない。どんなに声をかけても、先程の衝撃が凄かったのだろう、目を覚ますことはなかった。


 仕方無いのでおんぶしてパンフレットに書いてある保健室を目指して歩き出す。

 たくさんの好奇な視線を浴びながら、俺は思考を巡らせた。

 爆弾。

 実に嫌な響きだ。


 ミヤことミヤストムは、こちらの世界では宮藤美夜(ミヤフジミヤ)と名乗っているらしい。

 保健の先生に教えてもらった。

 二年四組の生徒で、一学期からずっと登校拒否らしく、原因はイジメ。半分以上引きこもりのような生活をしていたから、サキの魔力探査にもひっかからなかったのだろう。

 俺にはどうでもいいことだ。

 ベッドでスヤスヤ寝息をたてる少女は、苦悩や悲しみとは無縁の世界にいるみたいで言葉では言い表せられないくらい健全だった。

「さて」

 とるべき選択肢。

「帰りてぇ……」

 出店で腹を満たし、ウチに帰るのが第一希望だが、やはり無視はできない。

「しかたないよな……」

 文化祭での俺のイベントは宝探しに変更されたわけだ。


 サキに協力をお願いしたかったが、見廻り中の彼女の行方はわからない。

 爆弾を探しつつ、サキと出会えればベストだろう。

 ひとまずパンフレットをめくり、ミヤの言葉を反芻する。

『ホールと教室』

 あの状況で嘘はつかないだろう。

 一番分かりやすい、地下一階の多目的ホールに向かうことにした。


 イベント表には、軽音部のライブが十一時に予定されていた。

 左手に止められた腕時計を見ると開始まであと三十分もない。

 ライブが開始してしまったら人混みで見つけるのが難しくなる。


 ホールに到着した。観音開きの扉を開き、広い室内に目を光らせる。

 舞台ではバンドメンバーが最後の調整に移っていた。大音響のドラムとギターが俺の鼓膜を刺激する。

「ちょっと、そこ! いまは立ち入り禁止ですよ!」

 運営の腕章を着けた警備員が俺の腕をつかんだ。

「ライブは十一時からなんでお待ちください」

 早速めんどくさいのがエンカウントしてきたな。

「先生に呼ばれて来たんだけど」

「はい?」

「あれ、聞いてない? サプライズだったんだっけ。まあいいや。俺も関係者だから、じゃ」

 軽く手をあげて壇上に向かう。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 再び腕を捕まれた。まあ、そこまで甘くない。

 警備員Aが目で仲間を呼ぶと、奥で設営をやっていた別の警備員Bがやって来て、俺を軽く取り囲んだ。

「あの申し訳ないのですが、一般の方の可能性がありますので、身分を明らかにできるものをご提示いただけませんか?」

 深夜に職質を受けてる気分になる。周りからの好奇な視線がトラウマになりそうだ。

「ありません」

「え、免許とか」

「とってません」

「学生証は?」

「学生じゃないです」

「保険証……」

「あれ、俺入ってたっけ?」

 疑惑の視線が哀れみに変わる。

「えっーと」

「もういいかな。準備で忙しいんだ」

「あ、なんのイベントですか?」

「んん?」

「なんのイベントで来られたんですか?」

「それはほら、あれだよ」

 なんかこの人グイグイくるな。

 まあ当然といえば当然か。

 セイジョは昔からお嬢様学校として有名で、お金持ちの子女が多く通っている。それに可愛い子が多く、変態からも人気があった。来客が多くある文化祭に警備が力を入るのは当然だろう。

「えーとマジックショー、かな」

「来客者カードはお持ちですか?」

「ないよ。忘れた」

「申し訳ありませんがお引き取りください。イベントは十一時からです」

 くそ。完全に不審者だと思われている。どうにか、せねば。

 辺りに視線を這わせて見ても、ろくなもんがない。しかたない。

「カードはないが、マジシャンである証拠を見せよう」

「え?」

(イツア)!」

 ボッと小さな音をたて、指先に小さな炎が灯った。

 警備員Aは目を丸くして、それを見つめている。

「舞台に大がかりな仕掛けを準備しないといけないんだ。いまマジックの種を仕込まないと失敗してしまう」

「え、えーと」

 俺と会話をしていた警備員Aは横の上司とおぼしき別の警備員Bをチラリと見た。

「どうぞ……」

 頷きあった彼らの隙間を抜け、舞台に向かう。あれ以上指先で魔法を使い続けたら、火傷してしまうところだった。


 壇上に続く小さな階段を登りきり、とりあえず端から端まで歩いてみる。

 舞台上は思った以上に暑い。冷房を入れるべきだ。

 チューニングをする生徒の訝しむ視線を無視し、頭上のライトを見上げた。

 太陽がごとく眩しさに目を細めるが、隙間に挟まる異物を見つけた。

「ああ、なるほどね……」

 向こうの世界で冒険をした者なら、一発でわかるだろう。

 スポットライトの隙間にあったのは、刺激を与えると爆発する物質系モンスターだった。

「めんどくせぇな」

 爆弾玉と呼ばれ、わりとメジャーな機械系モンスターだ。

 かくいう俺も爆発に巻き込まれて死にかけたことがある。その時は賢者に助けられたが、いまは頼るべき仲間は近くにいない。

 俺がやるしかないのだ。

(ゼカ)!」

 風魔法を足の裏に発動し、スポットライトに向かって高く跳躍する。通常ではありえない身体能力も魔法を使えば叶えることができるのだ。爆弾玉を掴み、今度はゆっくり壇上に戻る。手のひらのそれを優しく包みこんだ。

 なんとか爆発を免れたので、速やかに止めをささねばなるまい。


大氷結(タメツ・イゴス・ノモ)!」


 目の前の爆弾玉が一気に凍りつき、やがてひび割れ、粉微塵になって消えた。

 水魔法の最上位呪文だ。ものすごく疲れるが、爆弾玉は一気に凍りつかせて破壊するしかない。

「ふぅ」

 とりあえず一つ。息をつき、次の段取りを考える。

「すごーい!」

「え?」

 一部始終見られていたらしい。

 リハーサル中とはいえ舞台の上での行動は当然目立つ。

 キラキラとホールの空気に流れていく幾つもの氷の結晶を視界の端にとらえ、

「以上」

 万雷の拍手の中、頭を下げて、早々にその場をあとにする。



 ホールの閉塞感から解放された俺は、二年四組を目指して走っていた。

 ミヤフジミヤのクラスだ。

  廊下ですれ違うのは浮かれた高校生たちで、今の俺には眩しすぎる存在だ。クッキーの歩き売りに心引かれながらも、たどり着いた二年四組の教室前で、荒れた呼吸を整えながら現状を軽く整理する。

 たしかアイツは机に仕掛けたと言っていた。

 今度は場所もはっきりしているし、戸惑うこともないだろう。

 問題はどの机かは分からないということと、二年四組が喫茶店をやっていることだ。

「しかもメイド喫茶か」

 爆弾を止めるためには仕方無い。

 早速入店受付を行おうとした俺の背後から、

「うわっあ……」

 サキの声がかけられた。


 眼帯のつけられていない左目が冷たいものに変わる。

「女子高のメイド喫茶前で大の大人が呼吸を荒らげている……これはもはや事案ですわ」

「黙れ。こっちにも事情があるんだ」

 ここでサキに会えたのはラッキーだ。

 人手があれば爆弾探しも捗るというもの。そもそも魔族の尻拭いは魔族でやってもらいたい。 

「あなたに依頼したのは魔族探し、誰も文化祭を堪能してくださいなんてお願いしてません」

「しかたないだろ。必要なんだよ」

「ドン引きですわ。よりにもよってメイド喫茶って。ここのクラスの出し物は最後までもめました。あくまで健全さをアピールしていますので、お触りはノーでお願いします」

「触らねぇし。なんか勘違いしてるからな」

「やれやれマクラさんも劣情にかられる普通の男だったというわけですね。いえいえ、ワタクシのことはお気になさらないでどうぞご自由に、萌え萌えキュンキュンしてくださって結構です。……男の子ですもんね」

「やめろ、近所の理解あるお姉さんみたいな目をするのは」

「じゃあなんですか? 別になにをしようとあなたの勝手ですが、せめて今は魔族探しに集中していただきたいところです」

「あー、あれ。見つかったよ」

「ふぇ!?」

「今は保健室で寝てる」

「ど、どういう状況なのですか?」

 俺は事情を説明した。なぜ俺がメイド喫茶にいやいや(強調する)いく羽目になったのかを。


「なるほど。合点がいきましたわ」

 説明が終わり、サキは納得したのか小さく頷いた。

「爆弾玉……物質族の使い魔ですね。魔族というより、こちらの世界のロボットに近い存在です」

「それが爆発する前になんとかしなくちゃならない。さすがに目の前で死人が出るのはな」

「同意ですわ。なんとかしましょう」

 サキは力強い瞳のまま、ドアを横にスライドさせた。

「お帰りなさいませー! ごしゅ、ごし……かかかかかか会長!」

 メイド服を着てお決まりの文句を宣おうとした女生徒は最後まで役になりきることが出来ず、アワアワとサキを指差した。

「きゃあー! ようこそいらっしゃいました!」

 嬌声があがる。俺にはコイツが慕われる理由がさっぱりわからん。

「いまお席に案内いたしますね!」

「いえ、簡単な質問があって伺ったのです」

「質問ですか?」

「爆弾玉を見ませんでしたか?」

「ば、爆弾……?」

「机にあるらしいのですが……」

 聞くんかい。

「さ、さぁ、わかりません」

「そうですか。残念です」

 サキは薄く笑みを浮かべ少女に小さくお辞儀をすると、すぐに背後の俺に振り返った。

「知らないそうです」

「そうみたいだな」

 ストレートに目的を聞いたのだから、もう隠すことは何もない。俺はサキより一歩前に出ると、目の前のメイド服の少女に尋ねた。

「ミヤフジミヤの席はどこだ?」

「宮藤さん……」

 少女はばつが悪そうにうつ向くと、唇を真一文に引き結んだ。どうやらこのクラスでミヤの話はタブーらしい。

「死にたくなかったら答えろ」

「ヒッ!」

 少女はオドオドと怯える瞳で俺を見た。

 しまった。今の言い種じゃまるで俺が彼女を脅しているみたいじゃないか。

「あ、誤解すんな。正直に答えてくれなくちゃ爆発に巻き込まれて君も死んでしまうという意味で……」

「じゅ、準備室です!」

 半ば叫ぶように言い捨てるとその場を小走りで去ってしまった。

「あんな死んだ目で迫られたらプロレスラーだってビビりますわ」

 横のサキが呆れたようにため息をついた。



 準備室として利用されている教室は隣にあった。

 今は全員が接客に出張っているらしく、室内には人っ子一人いない。

 机が雑多に並べられていて、ドアを閉めると静けさに支配された。

 久しぶりの教室は、学生時代を思い起こさせたが、いまは感傷に浸っている時間はない。

「たぶん、あの机ですわね」

 彼女が指差したのは、他のものと比較してもヘンテツのないものだった。

「なぜわかる?」

「高慢のスキル、魔力探査ですわ。残滓魔力を捉えました」

「え?」

 サキはいつもつけている眼帯をはずしていた。鳶色の瞳が深く濃くなっていく。

「何かあるとはおもっていたが、魔眼持ちとはな」

 魔眼とは特殊能力を眼に宿す秘術だ。かなり高度な魔術師か、血筋に与えられる能力で、サキのそれは魔力が見えるらしい。

「なにがですか?」

 サキはキョトンとこちらを見た。

「いや、眼帯はずしてるから。お前の右目にそんな力があったとは」

「右目……? 私の魔力探査は気配を察知するものですから、眼は関係ありませんわ。眼帯をはずしたのは蒸れて集中できなかったからです」

「はあ、じゃあなんで眼帯なんてつけてんだよ」

「ものもらいです」

「あ、そ、そう」

 夢もロマンもない魔王だな。


 サキが指差した机の中には確かに爆弾玉が設置されていた。

 取り出すと、気持ち悪いデザインをマザマザと観察できた。

 紫色の毒々しいカラーリングに、所々にあるひび割れが目玉のように見える。

「はあ。なんて美しいデザインなのでしょうか。うっとりですわ」

「まじでか」

「芸術的造形に機能美を備えた禍々しい爆弾。まさに現代アート。家に飾りたいくらいで……」

大氷結(タメツ・イゴス・ノモ)!」

「ああ! なんてこと!」

 手のひらのソレを一気に凍りつけ、塵に変える。

 恐るべき爆弾はこのように処理するしかない。

「ひどいです、マクラさん! ワタクシもっと愛でたかったのに!」

「ほっとくと爆発するんだぞ。早々に片をつけた方がいいに決まってる。しかし……」

「いかがされたのですか?」

 青くなり、よろけた俺をサキが支えた。

「少し疲れた。最大呪文を連発するとさすがにな」

 こちらの世界の魔力分子はひどく薄い。魔力濃度を最上位クラスまで濃縮するのはかなり集中しなければならない。


「しかし、これでひとまずは解決ですわね。あとは保健室にいるミヤストムさんを仲間にすれば……」

 俺を支えながら彼女は朗らかに言った。

「いや、まだだ」

 足に力を込め、再び歩き出す。埃臭い教室をあとにし、ドアを開け、喧騒の支配する廊下に出た。

「ど、どういうことですか」

 サキがもつれる足でついてきた。

「爆弾は三つある。俺が処理したのは二つだけだ」

「え! そんな。あと一つはどこに」

「わからない」

「無責任な!」

「俺じゃねぇわ」

「ど、どうすればいいのですか! あと一つ処理しないと、大惨事ですわ!」

「ああ、そうだな。だが、考えが無いわけではない」

「ほ、ほんとうですか」

 絶望にうちひしがれたサキの顔をパァと明るいものに変わる。

「お前のスキル、魔力探査とやらでさっさと見つけろ」

「え」

 サキの端正な顔が一瞬で強張る。

「む、無理ですわ!」

「は、なんでだよ」

「ワタクシの魔力探査は一定量の魔力を持つものを探査するスキルです! 物質族の使い魔のような微弱魔力は探査できません!」

「じゃあ、さっき使ったのは」

「先程は魔力残滓を測っただけです。一瞬しか居なかったところには発動できませんわ!」

「無理無理ばっかじゃねぇか! お前になにができるんだよ!」

「……い、祈ることはできます」

「目を見て言え……」

「アーメン……」

 仮にも魔王が神に祈るな。



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