続 それはさながら罪人のようで 4
「お前……どうしてここに……」
いや、わかっている。
グィンがいたのだ。
アリスもこっちに来ているのだろう。
「私だけではありません」
「え」
彼女の声を合図に幾人かが建物の物陰から現れる。
亜空間に閉じ込められた一瞬で取り囲んだらしい。
「まっさか魔王の娘と手を組んでるとはねぇー」
武道家。ウェリシュ・ナルセルトラがエアコンの室外機に腰かけ、いたずらっ子めいた瞳で俺を眺めている。
「バカップルってやつ?」
「断じて違う」
ウェルシュは俺の返事をうけてケラケラと心底楽しそうに笑った。
「ならさっ、なんでアタシたちがあの女を殺そうとするのを止めるのさ?」
「俺の前でもう誰も死んでほしくないからだ」
「……アタシにはよくわかんないなぁ」
ウェルシュは室外機から腰を浮かすとファイティングポーズをとった。
「分かるのはマクラが変わってないってことくらい」
そう言った彼女の瞳は笑っていた。惜別が込められた笑みだった。
「いまなら、まだギリギリ間に合うわ」
ウェルシュの横にアリスが立った。
「マクラ、私たちに協力して」
「そいつは出来ない相談だな。何度も言ってるが日本は法治国家だ。それに少年法はもう守ってくれない」
「違うの、ばかっ! わたしが、わたしが、ただ一緒にいたいだけなんだから! ばかっ!」
何回バカって言えば気が済むんだよ、このバカ。
魔法使い。アリス・ルーペンスが空間遮断魔法の残滓を漂わせながら叫んだ。
「もうっ、この、ばかっ!」
エルフの特徴の長い耳が真っ赤だ。
「へっ、まだ、信じられないぜ。マクラが魔族につくなんて」
元盗賊。ヘンキ・モールドが茂みの影からひょっこりと現れる。
「お前まで来てたのか……」
「クックッ、退屈しのぎにはもってこいだろ」
黒い髪の優男。誰よりも素早い動きかで裏社会を生き抜いた処世術で俺たちをアシストしてくれた旅の仲間だ。
「貴様の業は私が浄化する。それが銀の弾丸の運命なのだから」
誰だお前。
知らないやつが混じっていたが、一緒に旅をしたかつての仲間が俺の裏切りを咎めるために目の前に立っている。ポチとフロー以外、全員だ。
実家の庭先で同窓会が開かれるなんて思いもしなかった。
「勇者様。お分かりですね」
ルゥナがいつもの微笑みを浮かべながら口を開いた。賢者と称えられる少女の穏やかな視線が俺の深奥をジクジクと刺す。
「いくら勇者様といえど私たちを相手に勝てるはずがありません。魔王の娘ともども投降してください」
「断る。やってみなくちゃわからないだろ」
「ふふっ、そう答えると思っていました」
「妹とサキはどこにいった?」
賢者はにんまりと微笑むと指先を俺に突きつけた。
「突風!」
風がゴングを鳴らした。
後ろに飛び退いて賢者の魔法をかわす。ああ! わかっていた。
「風!」
追撃をなんとか上半身をのけ反らせかわしたところで、
「うらぁっ!」
武道家の膝が飛びかかってきた。
「くっ」
土魔法で肘より先を強化し、そらして防ぐ。
「おらおらおらおら、どうしたのさ、マクラ。なまってんじゃない?」
「このっ、暴力バカがっ!」
真空飛び膝蹴りを弾いたところで攻撃は止まない。武道家の拳のラッシュをなんとかガードして受ける。
「倍速!」
「サンキュウ! アリス!」
たださえ素早い武道家の攻撃が魔法使いの補助でより一層強力さを増す。一手一手が金槌を降り下ろしたような打撃力だ。
「くっ」
このままでは硬質化した両手がいかれてしまう。いや、その前に、
だめだ……。心が折れてしまいそうだ。
寝食を共にしたかつての仲間たちが俺を敵だと責め立てる。
涙が出そうだ。これではまるで罪人ではないか。
「ほらほらマクラ! そんなナヨナヨしたガードじゃなにも守れないよ!」
ウェルシュの暑い瞳が俺を写している。
「そう、だよな」
サキの笑顔が激しい攻撃の隙間に見えた気がした。
仕方ない。
やられるかもしれないのなら、試してみるか……。
「ウェリシュ……!」
「な、なによ!」
「ここからが本番だ」
ガードを解き、頬をギリギリ掠めたウェリシュの攻撃に合わせ、
「え?」
カウンターの要領でふっくらとした柔らかい頬に右ストレートを叩き込んだ。
「ぐぇ!」
およそ女の子らしからぬ声をあげ、ウェリシュは吹き飛ぶ。どしんと壁に当たって崩れ落ちた。
「な、なんてスピード……マクラ、あんた……」
「岩窟王……」
ギシギシと体が悲鳴をあげている。土の最大呪文。
「ただの土魔法のはずない、どういうこと!?」
「どうやら俺にも素質はあったらしい」
「え?」
「妹から食らった雷呪文。あれのお陰でコツが分かったんだ」
雷と土の複合呪文。
「土竜」
土で肉体的に強化すると同時に雷呪文で反射速度を極限まで高める。
おそらくこれが俺の奥義になるだろう。
「こいよ」
俺の体力もそろそろ限界だ。
ともかく短期決戦しかあるまい。
「お前ら全員相手してやるよ」
「うぉりゃ!」
俺の挑発を冷静に受けたのは元盗賊のヘンキ・モールドだった。
いつもシニカルな笑みを浮かべる彼は仲間内で一番の戦略家だ。
現に俺に一切近づくことなく投げナイフで攻撃してきた。賢い選択肢だ。剣を装備していないので、普段なら避けるしかない斬撃系の攻撃だが、今は違う。腹部目掛けて飛んできたナイフは肌に触れることなく地面に落下した。
全身を雷で覆っているのだ。投擲くらい意識せずとも落とせる。
「ちっ、やはり直接喉元を、かっ切るしか……」
ヘンキが舌打ちをすると同時に彼の背後に立つ。
「なっ」
自分でも驚くようなスピードだ。
「なんて、はやっ……」
なるほど、これは便利だ。
帯電状態のまま軽くヘンキに触れただけで、彼は悲鳴も挙げずに失神した。人間スタンガンと名付けよう。
見よう見まね、付け焼き刃の雷と土の複合魔法だが、これは思った以上の切り札になりそうだ。興奮してきた。ん、鼻血が出てきたぞ。あー、やっぱこれやんないほうがいいや。めっちゃ疲れる。
「鈍足!」
「!?」
「柔軟!」
「なっ、おい」
「白痴!」
「ほげぇ……」
はっ、一瞬意識が飛んでしまっていた。
何事か、と複数の呪文が聞こえてきたほうに視線をやると、錫杖をこちらに向けたアリスが弱体化の補助呪文をやたらめったら俺にかけてきていた。
まずっ、
「睡眠!」
「……ぁ」
まずい、猛烈に眠くなってきた。加えて寒気と痺れと倦怠感がやばい。まるで貫徹を二日続けた時みたいだ。それはもはや人間ではない。
「っつうう、くそっがぁ!」
自分自身を雷で刺激する。
気分は最悪だが、いくらかマシになった。
「あっ、……」
移動の際に発生した風が彼女の金髪を巻き上げる。青い瞳が俺をとらえる前に肩にそっと手をやった。
「さすがだよ。お前は」
補助魔法をこれ以上かけられる前にアリスを気絶させる。
とろんと目を閉じて膝から崩れ落ちるアリスを支え、ゆっくり地面に下ろす。
「細るべき速度……っ! 流石は勇者といったところか……」
人んちの屋根の上で、立て膝ついた男がボソボソと呟いている。拗らせすぎてて、なんも言えねぇが、敵なのは明らかだ。
「誰だお前」
「ふっ」
鼻で笑って男は立ち上がった。
「我が暗号名は暗殺者……」
「ん? ああ!」
どこかで聞いた文句に、ぼんやりしていた五日前の記憶が浮き上がる。
こいつ、前にサキの家に来た奴だ。一瞬すぎて印象薄かったけど、思い出した。
サングラスに黒いコート。金髪だ。相も変わらず胸にフローのネックレスを付けている。
「お前か……人の妹に魅了をかけたのは……」
ザクロの証言通りの人物だ。
「ふっ、きっかけを作ったに過ぎない。魔王殺しは妹君の嫉妬によるものだ」
「黙れカスが」
グッと足に力を込めて男のところまで飛ぼうとした時だった。
「彼は銃士スピアーノ。王直属の三剣士の一人です」
ルゥナだった。素知らぬ顔だ。
「俺の知らない最後の一人と言うことか」
重騎士グィンドリンと姫騎士メリエーヌとは面識があったが、スピアーノと会うのは初めてだった。
「えぇ。実力は本物です。油断なきよう……」
いつもの調子だ。謙虚で清楚で、なにを考えているのかわからないけど、賢者と呼ばれる通り、彼女はなんでも知っていた。
「おかしな話だ。今はお前も敵なんじゃないのか?」
俺の軽口を湖畔のような笑みで応える。
「えぇ。敵です。だからスピアーノ氏と勇者様の戦いを見て対策を練っているところです」
「たぶん見ても無駄だと思うよ」
「え?」
爪先から地面を離れて、まっすぐ俺を見下していた男の側に近づく。着地をミスって屋根に穴が開いてしまったがご愛嬌だ。
「一瞬だからな」
「なっ……っ!?」
相も変わらずバカなやつだ。グィンもそうだが、なんで魔力供給装置という弱点をこれ見よがしに胸から下げるのだろう。
容易く奪い、宝石を砕く。
「なんだとぉぅっ!?」
「帰れ」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
雄叫びとともに、キンっ、と金属を打ち鳴らしたような音を響かせ、男は異世界に帰っていった。あとには空間転移発生後の緑の魔力分子が空中を漂うだけだった。
「ふぅ」
一息ついて背筋を伸ばす。
屋根から町を一望できた。
ところ狭しと家がひしめく町。
やはり、生まれ故郷は落ち着く。
風が吹く。春の甘い匂いに鉄の香りが混じっている。あふれでる鼻血を右手で押さえ、赤く染まった手のひらをグッと握りしめる。
まだ持つ。
嫌な思い出ばかりだけど、それは自分の人生においてもおなじことだった。
「はーい! 帰りましたよ!」
「ん?」
ルゥナがパンパンと手を叩いていた。
あと一人、あいつさえどうにかすれば、とりあえずの危機は去るのだが、なんだか様子がおかしい。
「ぐぇ、疲れた、もうほんとに……」
白い光を放ちながら、武道家ウェルシュが起き上がる。あの光、どうやら賢者ルゥナが回復魔法をかけたらしい。
やれやれ順番はルゥナからにしないとな。
俺が屋根上から、猛禽類さながら、ルゥナを狙っていた時だった。
「まあ、落ち着けよ、マクラ」
ヘンキだった。
後頭部をポリポリかきながら寝起きみたいな視線を俺に寄越す。
「めんどくせぇことになったのは違いねぇけどよ」
なんだ?
さっきまでの殺伐とした雰囲気がいまは部活のあとみたいなのんびりとした空気に変わっている。
「どういうことだ」
「俺たちも見張られてたんだよ。王に直接逆らうわけにはいかないからな」
「見張り?」
「勇者が魔王についたという事実。対抗できるのは三剣士か仲間だった俺らくらいのもんだろ。だけど勇者の仲間はマクラに寝返るかもしれないから、見張りとして三剣士がついてたんだ。お前にホの字の姫騎士を除いてな」
「なるほどな。あのバカどもにフローのネックレスを目立つ位置に付けるようにしたのもお前らか。なんか変だとは思ったんだ」
「マクラがあいつらを早々に帰してくれて助かったよ。これで内緒話ができるな」
「それでもお前らがサキとザクロをどこかにやってる限り敵認定してるからな」
俺が宣言すると同時に畳み一畳くらいの黒い靄が空中に浮かんだ。空間遮断魔法だ。中からサキとザクロが落ちてきた。
「ぐぇっ。なにこれ、ほんといい加減にしてよね。ありえない」
「ううぅ、光が眩しすぎて気持ち悪いですわ。闇を、闇をください」
元気そうでなにより。
魔法を解いてくれたアリスを見ると至極つまらなそうにブスっとしていた。
「私たちがマクラを裏切るはずないじゃん。ばか」
なんて返事すればいいのか、俺はわからなくて、とりあえず苦笑いを浮かべておいた。
屋根からジャンプして降りる。
「ぐえ」
着地に失敗してこけた。
「……」
みんなの視線が痛い。
身体を包ませていた魔法を解除する。
全身がビリビリしてうまく動かない。
どうやら限界を迎えたらしい。
「く……」
しばらく伏せたままの状態で、俺は目頭を熱くするなにかが、通りすぎるのをジッとまった。
震えを抑えて起き上がる。




