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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、春、未来にて
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続 それはさながら罪人のようで 2


 金色の髪を兜で多い、兵士としては小柄ながらも数々の武功とルックスで女性ファンが多い、いけすかないやつ。

 そいつが、背後の窓からデーモンを突き刺したのだ。

「思っていたよりも、美人なんだな。よっこいしょ」

「な、なんてことを……あなたは……」

「グィンドリン・マクマフィン。覚えてくれなくて結構、あんたとは敵になる」

 蒸発したデーモンの体から抜け落ち、床に転がったらクレイモアを拾い上げ、肩に背負って辺りを見渡す。

 俺たちは誰も動けなかった。

 突然の展開に脳がついていかないのだ。

 どうやらデーモンはつけられていたらしい。サキの位置を特定するため、泳がされたのだ。

 グィンの視線が俺で止まった。

「……やはりか」

「久しぶりだな」

「女史二人の話から予想はついていたが、信じたくはなかった」

 旧友との再会のはずなのに、剣を構えたままだ。

「賢者殿の予想通りらしい。まさかお前ほどの男が魔王に懐柔されるとは。……にわかには信じがたい話だったが、ふっ、この状況、疑いようもあるまい」

「待て、グィン、説明しろ」

「現実は受け入れるしかあるまい。魔王に娘がいた。それだけのこと」

 グィンの着込んだ鎧や足甲には重量を軽くする呪文が刻まれており、布のように身軽な動きが取れる。敵に回れば厄介だ。

「……」

 敵?

 俺は、グィンを敵と認識したのか?

「なんでだろうな」

「はてさて、魅了チャームにやられたのか?」

「悪いが目は覚めてるよ。それにもう、俺は勇者じゃない」

 意識を集中し、魔力を血流とともに全身に巡らせる。

「なぜ災いの元凶の娘の味方をする?」

「親とか娘とか関係ねぇだろうが」

「言っても分からないのであれば力付くだ。まずはお前を倒し、真意を訊き明かす」

「真意ねぇ……」

 そんなもんねぇよ。

 右手が震えた。

「……火炎イツア・イゴス!」

 手のひらから打ち出した火の中級魔法。熱が凝縮し弾ける。

「ははっ、間髪いれないところもお前らしい!」

 事も無げにグィンは剣の腹でそれを受けた。グィンの持つクレイモアには打消しの呪文が刻まれており、弱い魔法は剣に弾かれてしまう。

 まったく、ほんとうに厄介。

 彼の胸にかけられたネックレスを狙ったのだが、骨が折れそうだ。

「お前が敵になって悲しいが、同時に伝説の勇者と戦えることに喜びを感じているぞ!」

 まっすぐ俺に突っ込んできた。グィンは踏み込みと同時に剣を突いてくる。

「くっ」

 どうにか横にかわす。

 まずい、武器がない。

 俺にできるのは精一杯避けるか、遠くから魔法をあてるかくらいた。

ゼカ!」

 足裏を風を纏わせて後方にジャンプする。

 使用人室とはいえけっこう広い。距離をとることに成功したが、打開策は浮かばない。

「落ち着け、グィン。話し合おう!」

「先手をうったのはお前だ。交渉の余地はない!」

「王の命令か?」

「答える義理はない!」

 再び特攻してくるグィンの一撃をかわす。仕方ないな。

「姫騎士は隠し事しない人が好きって言ってたぞ!」

「そうだ! 王の命令だ!」

 どうでもいいけど、グィンは姫騎士のことが好きなんだよ。内緒だよ。

「どうやってこっちに来た!?」

「賢者殿と魔術師殿の魔法だ。こちらの世界で行方不明のフローレンス・メリタ女史の発明と組み合わせてな」

 クレイモアを悠々とこちらに向け、グィンは俺を睨みをきかせた。胸にはいつかのペンダントがされている。

 小型魔力供給装置、だっけか。

 あれがあるだけで空気中の微細な魔力分子を凝縮し、弱体化を塞ぐことができるらしい。

 フローレンス。事情を知る仲間の発明品だ。

「マクラ、フローレンス女史はどこにいる?」

 タンスがグィンの一撃で半壊になる。

「フロー、だと。あいつ。帰ってないのか?」

「殺したのか!?」

「殺してねぇわ! 秋葉原に行くっていってたぞ」

 つか、行方不明になってることも知らなかったし。

 あいつと最後にあったのは五日前だ。

「ふっ、下手な嘘だな」

 グィンは剣を地面に突き立てた。

「本当にマクラが操られていないのなら、仕方ない。命令通り殺すだけだ」

 どうやらここからが本番らしい。

 ウォーミングアップでずいぶんとやらかしてくれた。室内は裂傷痕でボロボロだ。戦闘スイッチを入れられる前に、どうにかしなければ。

「殺すとか簡単に言ってんじゃねぇよ。死んだらそれっきりなんだぞ」

「大戦を体験した者の言葉とは思えんな。人は遅かれ早かれ死ぬもんだ。事故だろうが殺されようが」

「こっちはな、ニッポンはなっ」

「ぬっ」

「法治国家なんだよっ!」

 右手に水、

「なっ、まさか、マクラそれは」

 左手に炎、

「最終奥義っ!」

 それを、同時にぶつけるっ!


水蒸気イナエリア・ヤモ!!!」


 水蒸気が煙幕として作用する。魔力無効の刀身に打ち消せるはずもない白い霧。

「ぐっ、これは!」

 視界が塞がれて焦っているだろう。やたらめったら険を振り回しているのが、風切音でよくわかる。

「くそっ、卑怯だぞ! マクラ!」

「昔からだろうが」

 煙幕を張る敵はけっこういた。

 その際の対処法は簡単だ。風魔法で吹き飛ばすか、じっとその場に伏せて気配を殺すか、あとはいまグィンがやってるように見えないなりに攻撃を続けるか。

 振り回される刃をかわし、彼を攻撃するのは難しいだろう。

 俺でも無理だ。

 でもできるヤツがこの場にいる。

「よくもタンスをバラバラにしてくれたわね」

 ユナだ。スライム族の彼女に物理攻撃は一切きかない。

「なっ」

 なんなく白いモヤに包まれるグィンに接近したユナは彼の首にかけられたペンダントを奪い、俺に投げてよこした。

「きさま、まさか」

「内輪揉めならお外でやってくれる? 見苦しいわ」

 煙が晴れる。

 ペンダントを手にした俺は緑色に輝く宝石を指先でつまんで掲げた。

 ユナはなおも続けられるグィンの攻撃を涼しい顔で受けながら俺のそばに歩いてきた。

 半透明になって見える。

 ユナはスライム族だ。強い炎か魔法以外の攻撃を無効化することができる、らしい。

 それはそうと服がいい感じで破れている。胸の谷間の二匹のスライムも元気一杯だ。よくやったグィン。

「見すぎよ……」

「はっ」

「さっさと送り返して。迷惑なの」

 宝石を砕くと空間転移魔法が働き、装備者向こうの世界に帰るように出来ている。

「グィン」

「くっ、俺としたことが……」

 グィンはその場で立て膝をついた。こいつがないと向こうの世界の住人は薄すぎる自然エネルギーに弱体化してしまうらしい。

「ところで、向こうでの俺の立場はどうなってんの?」

「ふっ、人の評価など一切気にしないお前が、珍しいな。どういう風の吹き回しだ」

「仲間たちは俺を裏切り者と思っているのか、気になってな。お前みたいに」

「……いや、誰よりも正義感が強く、弱いものを見捨てないサワムラマクラのことだ。なにか考えがあってのことだろう、とみんなお前を信じているよ。勇者一行の絆は本物らしいな」

 いつのまにか俺の背後に回ったサキが小声で「正義感……?」と呟いた。

「そうか。それだけ聞けて安心した」

「俺だってこの目で見るまでは信じたくなかった。お前が魔族の味方をするなんて。聞かせろ。なんでこんなことになったんだ」

「魔族とか人とか関係ない。これ以上争いを起こしたくないだけだ。なぜ王は魔族との和平を反故したんだ?」

「王の考えは誰にもわからない。兵士は命令に従うだけだ」

「俺も近々そちらに行く。だからこっちの世界には来るなと伝えておけ」

 肉体強化した指先で宝石を砕く。

「伝えておこう」

 緑色の粒子を放ち不適な笑みを浮かべたグィンは向こうの世界に帰還した。

 さて、問題はどうやって帰るか、だ。



 そよ風に前髪が浮き上がった。最後に髪切ったのは何ヵ月前だっただろう。乱雑に伸びた髪が目にかかるので、手櫛で分け目から整える。

 いつかの公園の広場についた。クリスマスの時はイルミネーションで賑わっていた広場だが、四月の夕刻に人気はない。どうでもいいが、市役所も『アフリカと日本の子どもの平和を祈る像』の建立を、何度も破壊されるので、ようやっと諦めたらしい。短く刈られた芝生に転がるのは確かに石膏の破片である。

「たしかここだったな。ゲートがあったのは」

 異世界と現実とを繋ぐゲート。位置的に見てこの辺りだったはずだ。

 魔力をレンズのようにして視力を底上げしてみたが、なんの気配も感じなかった。

「閉じてるわね」

 ユナが後頭部を掻きながらぼやいた。

「もうちょっと早くゲートのこと思い出しておけば、すぐに帰れたの」

 げんこつを食らわせてやろうかと思ったが我慢だ。


 向こうの世界に行く算段を考え直そう。

 ユナとサキと相談し、たどり着いた結論がソレだった。

 ひとます向こうと繋がっている場所に行ってみる。前回と同じだ。作戦でもなんでもない、ただのしらみ潰し。

 正直こんなんで方策が浮かぶとは思えなかった。

「じゃあ次はマクラの家の風呂場ね」

「ん?」

 朗らかな笑顔を浮かべるユナにすっかり忘れていた事象を思い出す。

「え! マクラさんチですか!」

 サキがワントーンあげて嬉しそうに声をあげた。

「……」

 こいつと家族との絡みを頑なに拒否してきた代償かもしれない。

 まさか実家に帰る羽目になるとは思わなかったが、トモリのことを考えると悠長なことも言ってられない。

 トモリ。

 家森友利。

 トラウマだらけの制服をきた彼女の幻影が瞼の縁によみがえる。

 勝手に死ぬな、と言ったのに容易く彼女は裏切った。

「二回も……」

 悔やんでも悔やみきれない。

 もう二度とあんな思いはごめんだと誓ったばかりに……。

「あのさ、マクラって、バカなの?」

「は?」

「もしメメのことを心配してるのだとしたらお門違いよ。生きてるに決まってるじゃない」

 芝生の公園の上でぼんやり考えていたら、ユナがめんどくさそうに教えてくれた。

「メメントは台風のなか水路の確認しにいくのが趣味のなのよ? 定期的に穴や柵にハマる中国の子どもより愚かよ。毎回助けにいく救助隊あたしの気持ちを考えてほしいわ」

「そんなバカな趣味あってたまるか」

「根本的にダメ人間なのよね。死が逃げの言い訳になってるの。メメを殺すのに必要なのは高位の魔術よ。だから玉座には魔法無効マジックバリアを張ってもらっている」

「どういう意味だ」

「鈍いわね。つまり死んだことにして仕事から逃げてるのよ。メメは」

「……さすがにそんなわけ……」

 ありそうだから困る。

 まっ、いいや、真相は本人に聞けばわかることだし。もし仮に事実だとしたら、怠惰の大罪に忠実すぎるだろ。



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