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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、春、未来にて
43/79

3月14日

 今日は卒業式だ。


 といっても俺のものではない。知り合いの女子高生の最後の登校日である。

 中退した俺が行く意味はないが、式のあと焼き肉をおごる約束をしたので、仕方なし貯金を下ろし(残高二千円)、高級店の予約をとり、久しぶりにスーツ着て、肌寒い早春の風が吹く町へ繰り出した。


 澄んだ青空が広がる。

 良い天気だ。世界がピンクに色付いて見える。

 少しくらい曇ってるほうが気持ちいいのに、と春の陽気に目が眩んだ。

 浮かれた週末の空気に吐き気がする。

 卒業式には持ってこいの天気だ。

 ちなみに俺の高校は三月一日が卒業式だったが、彼女は十四日と随分と中途半端な日付で卒業をむかえるらしい。

 どうでもいいけど。

「……ハァ」

 なんでため息が出たんだろう。

 喜ばしいことのはずなのに。

「卒業式か……」

 できることならば、俺も卒業したかった、ということだろうか。本音なんて、わからない。

 でも、後輩のクラスメートにダブりのサワムラさんと呼ばれるのは嫌だし、進学校だったので、道を踏み外した生徒に対するアタリがけっこう厳しかったのだ。

 二年のインターバルをはさんで勘当も解除されたが、現状に変化はない。

 変わったことといえば妹がたまに遊びに来ることくらいで、未来は未知数のままだった。

「にぃ!」

 妹。

 あいつだけは、家を出るときも必死で反対してくれたっけ。

「マク兄ぃ!」

「ん?」

 噂をすれば影がさすというかなんというか、思考の中心人物になっていた妹のザクロが、歩道の真ん中で肩を上下させ立っていた。遊びに来たところだったらしい。

「あぁ、悪い、ちょっと用事があって外でてくる。今日帰り遅いから部屋入ってていいぞ」

「ち、ちがくて!」

 ザクロは半ば叫ぶような声で続けた。

「大変なの!」

「ん、なにが?」

「あのね……相談があるの」

 モジモジと言いづらそうに彼女は続けた。

「相談? いいぜ。気負わず話せ」

「えっとね、カメハメハが出せるようになったの」

「は?」

 春だ。

 暖かくなって頭がおかしな人が増える時期だ。

 まさか、妹とは。


「……なんか食べてくか? 食パンくらいしかないけど」

 左手に止めた腕時計で時間を確認したところ、お昼前だった。きっと腹が減って気が立っているのだろう。

「お腹は満ちてるよ。それよりカメハメハが手から出たんだよ。摩訶不思議アドベンチャーが始まっちゃうのかな?」

 たしかに頭は空っぽだと思うが。

「お前、何歳になったんだっけ?」

「今年で17、イッツアセブンティーン!」

「四月から高二だろ。あっという間に受験生なんだから、バカなこといってる場合じゃないだろ」

「でも出たの。信じてよ!」

 妹の目は純粋さに輝いていた。

「……じゃあ、いまここでやってみろよ」

「いいよ!」

 なんて気持ちの良い返事。頭がくらくらした。予想外だ。

「正気か?」

「いくよ!」

 小さな額に人差し指と中指をあてる。

「んー!」

「まて、それはマカンコウサッ……」

「カメハメハー!」

 ノコギリを弾いたような音をたてて、ザクロの指からビームが出た。

「なっ!?」

 ビーム?

 閃光と気の固まりのようなものが俺の横をすり抜けていく。

「……」

 言葉を失う。

 ザクロから放たれたビームは街路樹に当たって幹に穴を開けて消滅した。

 シュウ……とむなしい煙が上がる。

「ねっ!」

 満面の笑みで同意を求められる。

「あ、あぁ」

「すごいでしょ?」

 ニコニコと目を細める妹の肩に手を乗せる。

「あ、あぁ、えーと……とりあえず逃げるぞ」

「ええ!?」

 手を無理矢理とり走り出す。市の所有物を傷つけといてなにどや顔してんだ、我が妹よ。



「いいか、結論から言うぞ。お前のそれは特別な力でもなんでもない」

 正座をして向かい合う。

 一旦、家に戻ることにした。サキの卒業式が終わるまでまだ大分時間があるし、ザクロにはしっかり言っておかないといけないだろう。

「えー、カメハメハがでるんだよ! すごいじゃんかぁ」

「根本的なところを直しておくが、アレはカメハメハではない」

「じゃ、なにさ?」

「ビームだ」

「なんにせよ、すごいよね! 指からビームが出るんだもん! ほめてほめて!」

「いいか、指からビーム出る人なんて世の中にはゴマンといる。普通なことだ」

「えー、嘘ぉ」

「おにいちゃんの知り合いには三人いるぞ」

「またまたぁ!」

「近所の山下さんなんて目からビーム出してたぞ」

「す、すごすぎる!」」

「この話はもうおしまいだ。それと、その力は二度と使うなよ。危ないからな」

「むぅ。マク兄が言うならしょうがないなぁ」

 不貞腐れながらも、ザクロは素直に頷いた。いつまでも純粋でいてくれ。


 さて。

 ザクロが放ったビーム、稚拙だが魔力分子の反応を感じた。

 元勇者だからわかることがある。

 アレは失われた第五魔法。

 リビ

 勇者の中の勇者、キングオブブレイバー(笑)のみが扱えるという伝承に登場する選民魔法だ。

「……」

 ちなみに俺は使えない。

 勇者時代の苦い思い出がよみがえる。



 天空都市バラエリオの祭壇に供えられた聖遺物、キチンイの予言書に記載された一節。

『その者、雷を纏いて、闇の王を打ち砕く。人の世は千年の平和に守られるであろう』


「え、マクラ、雷魔法なんて使えないじゃん」

 武道家が半笑いで俺を見る。

「べ、べつに、雷魔法使えなくても、ま、マクラは強いからいいんじゃない?」

 魔法使いが顔を赤くしながら、慰めてくれた。

「そ、そうですよ。伝説の勇者じゃなくても魔王は倒せます。きっと」

 賢者の『こいつ、まじかぁー』という視線を静かに受け止め俺は密かに落ち込んだ。


 世間的には選ばれし勇者ということになっている。

 だが、つまるところ、俺はただの異世界人に過ぎなかった。四大精霊の加護をうけ、聖剣が抜けた時心底ホッとした、ただの人だ。

 魔王エルキングを倒しても伝説の勇者は現れなかった。

 所在不明のまま、物語はエンドロールを迎え、勇者という肩書きのまま元の世界に戻ってきたのだ。

 だが、

 まさか、


「あ、マク兄、クッキー作ったんだ、食べる?」

 我が妹、沢村さわむら柘榴ざくろが伝説の勇者だったとは!


「食べる」

 ザクロからラッピングされたクッキー を受け取って、包装をとき、一枚つかんで口に放り投げる。チョコチップクッキーだった。甘い。

 まあ、いいや。

 こいつが、本当の勇者だったとか、いまはもう、どうでもいいことだ。

 だって魔王はもういない。

 あのくそみたいな伝承を残した昔の偉い人も、まさか間違って召喚された俺が魔王を倒すとは思っても見なかっただろう。ザマァミロだ。

「マク兄、身体、火照ってこない?」

「ん? 体調はすこぶる良好だが」

「おかしいな……やっぱりインターネットで買った媚薬じゃ効果ないのかな」

「……毒体制強いから……」

「え、あっ、いまの独り言聞いてたの!?」

「聞かなかったことにする」

 ときどきコイツの目、怖いんだよな。

「兄ちゃん、出掛けてくるから」

 手作りクッキーも食べ終わり、ウェットティシュで指を吹く。

「どこ行くの? 今日はザクロとツイスターゲームしてくれる約束したのに!」

「してねぇよ。友達の卒業式に行ってくるんだ」

「え、そうなの。だからマク兄スーツなんだ。ビシッ決まっててカッコいいよ!」

「おうよ」

 こいつは俺のことを盲信しすぎている。でも悪い気はしない。

 ザクロは目線をあげて俺を見た。

「ところで、友達って、誰?」

「お前の知らない人」

「ザクロはマク兄のことならなんでも知ってるよ」

「そんなわけあるか」

「友達は家森さんくらいで、家森さんが亡くなられた今、マク兄の友達はゼロだってことも知ってる」

「やめろ。精神的ダメージを俺に与えるな」

「だけど、マク兄が家出してたときのことは知らない」

「その話題はやめよう」

「……」

 ザクロの瞳が俺をジッと見つめる。

「ねぇ、その包装紙の中なに?」

 白く細い指が、俺が持つ箱を指差した。

「ボールペン。卒業祝い」

「ふぅん」

 半目で睨み付けながら、ザクロは鼻の頭を掻いてから続けた。

「……マク兄、実はザクロもけっこうモテるんだよ」

「む?」

 突然なんだ。

 こいつがモテることは知ってた。顔立ちもスタイルも我が妹ながらなかなかいいし、ポニーテールも活発な容姿を引き立てていて似合っていた。

 だからどうした、という話だが。

「昨日、二人にコクられちゃった」

「そうなんだ」

「でも、断ったんだよ」

「ほー」

「マク兄、クッキー、美味しかった?」

「おう」

「そっかそっか! うん」

 コロコロコロコロ山の天気みたいに話が変わるやつだ。


 よくわからない妹と家の前で別れ、サキの卒業式に向かうことにした。


 原付で行こうかとも思ったが、駐車場所がわからないのと、お酒を飲むかもしれないので、やめておいた。

 最近は電車での移動ばかりで費用がかさむ。

 改札を抜け、エスカレーターでホーム階まで上がると、ちょうど電車到着を知らせるチャイムが響き渡った。

 轟音とともにホームに電車が滑り込んでくる。

 ドアがスライドして開いた。暖房がきいた車内は暖かった。


 高校の頃、電車で通学していた。

 そのときの最寄り駅を通りすぎる。

 屋根と屋根の隙間から母校の姿がチラリと見えた。

 駅前は開発され、知っている景色は最早ない。

 季節が移ろう度に、町は姿を変え、ノスタルジックに浸る場すら、時間が残虐に奪い去っていく。

 生きている限り年を取り、死んでも土に還るだけ。

 車窓に忍者を走らせるのにも飽きたので、俺は車内広告に目を写した。

 しょうもない中吊りや痔の薬の紹介のなかに、オープンキャンパスの案内が貼られていた。

 俺も勇者にならなければ大学生二年生を謳歌していたのだろうか。

「……戯れ言だけど」

 未来溢れるザクロや女子大生になるサキが羨ましかった。

 今月は派遣の契約更新月だ。なにも言わなければ自動更新される。


『高等学校卒業程度認定試験と言われるものがあるらしい』


 勤め先の工場の先輩の言葉がフラッシュバックした。ちなみに先輩は寿司と寿司の間をバラン(緑色のギザギザ)で仕切る仕事をしている。

『なんすか、それ。早口言葉ですか?』

『高認のことだ。合格者は大学や短大、専門学校の受験資格を得られる。つまり、高校卒業者と同等の扱いを受けることができるんだ!』

『俺、高校中退だけど、受けられるんすか?』

『大丈夫! 受験資格は十六歳以上とやる気だけだ!』

『忙しくて勉強する暇ないしな……』

『心配するな! 試験は八月と十一月、いまから勉強すれば間に合うぞ!』

『言うても難しいんでしょ?』

『高認の合格率は三割から四割程度、たしかに難しいと感じてしまうかもしれない。しかし科目ごとの難易度は高くなく、精々高一レベルだ。科目数が多いことがネックだが、マクラの場合高二で中退だから、取得単位によっては幾つか免除科目がある! それに、一度合格した科目に関しては次の試験の時に免除科目となるので、受ければ受けるほど有利になる試験なんだ!』

『そんなうまい話があるのかな……』

『注意してほしいのは、あくまで資格だから、最終学歴は変わらない、という点だ。だが受かりさえすれば、センター試験も受験することができるぞ!』

『なんて素晴らしい制度なんだ!』

『さあ、君も!』

『レッツ、高認!』

 文科省の回し者か。



 清輪女子学園の最寄り駅についた。改札を抜けると、暖かな陽光が降り注いだ。

 桜の蕾もほんのりと膨らみ始め、風に漂って良い匂いがした。駅前の喧騒を早足で抜け、校舎を目指す。

 文化祭の時ぶりだが、二回目という油断からか、少しだけ道に迷い、着くまでに時間がかかってしまった。

 坂道になったすずかけの並木道を登り、看板が立てられた校門を潜る。校舎からたくさんの卒業生が出てくるところだった。

 制服の胸に花のワッペンをつけ、手に卒業証書がくるまれた筒を持っている。笑顔の者もいれば、泣きじゃくる者もいる。

 校舎を囲むように植えられた桜は、満開にはほど遠いものの、彼女たちの行く末を穏やかに見守っていた。

 他人の青春だというのに、胸に郷愁が去来した。

 参加できなかった卒業式を空想する。

 俺の横にはトモリがいて、いっしょにくそみたいな三年間だったね、と笑い合う。

 そんな春の隙間の白昼夢。

 ぜんぶ嘘だけど。

 サキはいない。

 答辞を読むと言っていたが、ちゃんと噛まずにできたのだろうか。

 練習に付き合ってやったのだから、結果を聞きたかった。

「マクラさん!」

 ああ、春だ。なんて暖かい日なのだろう。

 澄んだ声が聞こえた。校旗が春風にはためいている。

 ガラス扉を両手で押し開けて、紫がかった艶やかな黒髪をなびかせながら、少女が俺に駆け寄ってきた。

「会長!」

「サキ様!」

「先輩!」

「青村さん!」

「部長!」

「さーちゃん!」

「おねぇさま!」

 様々な呼称に軽く会釈をしながら、彼女は両手に花束と卒業証書をもって駆けてくる。

「ニフチェリカ」

 目尻が赤くなっている。涙をぬぐったあとがある。

 たくさんの思い出がつまった三年間だったのだろう。

 別世界で過ごした彼女の青春が後悔に彩られていないことを祈る。

 仮に慚愧の念があろうと、振り返ったところに道はない。

「そうだな。高認でもうけるか」

 決心した。

 なんとなくだけど、やる気を出してみようと思った。振り返っても意味はないし、世界が変わるなら俺も変わらなくちゃ。

「え、なんですか?」

 肩を上下させ、目の前に立った少女はクリスマスプレゼントを見つけた子供のように微笑んだ。

「なんでもない。なんでもないけどさ」

 独り言に疑問符を浮かべるサキに、バレンタインデーのお返しを差し出しながら告げる。


「卒業おめでとう」






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