続 日常生活を侵食する暗殺者たちの行動 4
階段の上、長い髪を腰まで垂らし、エプロンドレスの女性が立っていた。
「器物損壊に不法侵入。許されることではないわね」
切れ長の目を持つ女だった。どうやら雇われている女中らしい。
大人の女性がメイド服を着ているのだからコスプレにしか見えないはずなのに、カチューシャまでつけた彼女の格好は似合いすぎるくらいに似合っていた。
「いますぐ回れ右して帰るなら許してあげないこともないわよ」
先ほどインターホンで聞いた声とおんなじものだ。敬語ではないので威圧感を感じる。女主人と言われても信じてしまいそうな雰囲気だった。
「出たなぁ、モンスター!」
「いきなり来てどっちがモンスターよ」
女中の呆れ顔に同意せざるを得なかった。
「アリス、お願い!」
「ええ、いまかけるわ! 倍速!」
ふぉん、という音がして、ウェルシュの足に青い光が宿る。他者の神経を活性化させ、身体能力を向上させる補助魔法だ。
「ありがとっ! さぁ、手合わせ願、ぐぇ!」
勇んで飛びかかろうとするウェルシュの襟首を捕まえる。
「なぁにすんのよ! マクラっち!」
「幾つか確認しとこうと思って。お前が殴って気を失ったら魔王について情報収集できなくなるじゃねぇか」
「なるほど!」
扱いやすくて非常に便利な女の子だ。その純粋さを失わないで貰いたい。
「さて、そこの女」
睨み付けるように女中を見上げる。
「なによブサイク」
くそ、腹立つやつだ。
「俺たちが何者かは知っているな」
「ええ、堕落勇者と仲間たちでしょ?」
「目的も知ってるな」
「あの子の暗殺だなんて随分と大それたことを計画したみたいね」
「悪いがアンタにもここで死んでもらう」
「やってみれば? 返り討ちにしてあげる」
空気がピリピリといなないた。
さてと、
「俺の闘志は生半可なことじゃ凍らないぜ。魔王の娘はどこにいる?」
「……アタシを倒せたら教えてあげる」
「そう易々と宝石を砕けると思うなよ」
「……」
ファイティングポーズをとる。
徒手空拳で勝てる相手とは思えなかったが、近接戦闘の達人であるウェルシュが隣にいるので二人がかりなら負けることはないだろう。
「テケリ・リ、テケリ・リ……いいわよ」
冷めた瞳で俺を見下ろす女中。
「相手してあげる」
相変わらず高慢ちきな女だ。
「よし。行け。ウェルシュ」
「オーケー! まずは一対一で手合わせ願う!」
「殺すなよ。情報を引き出すからな」
殺伐とした発言ばかりだったが、現実において騎士道なんてものは存在しておらず、結局は勝ったものの勝ちなのだ。
歴史は勝者によって作られる。
「岩石!」
ウェルシュの戦闘技術はピカイチだ。くわえてアリスの補助魔法をまとわせた彼女に敵はいない。
ただの一種族を除いては。
「おりゃ!」
ウェルシュは勢いよく階段を跳び上がり、
「真空跳び膝蹴り!」
強烈な一撃を女中の顔面に叩き込んだ。
見てて総毛立つような強烈な一撃で、通常ならば入院コースだ。
「な」
「その程度?」
挑発するような笑みを浮かべる女。
「くそぅ!」
短気な性格は変わらないらしい。
顔を赤くしてウェルシュはやたらめったら強烈な攻撃をエプロンドレスに叩き込む。カミソリのような貫き手にドレスが切り裂かれていく。
「む……!」
はだけていく。
「むむ……!」
見えそう。
「下がって、ウェルシュ!」
「!」
ウェルシュはアリスの声で動きを止め、後ろに跳躍し距離をとった。
「その女、スライム族よ!」
「え、そうなの」
あんだけ戦闘して気がつかないのかよ。
「そういうこと。あなたじゃ話にならないわ」
「くそう。バカにして……。ブスのくせに。ブスブスブスブスブス!」
「口撃も効かないわ。僻みにしか聞こえないもの」
久方ぶりに会った不動院由奈ことユナオルナ・ショゴデゴスはいつもの邪悪な笑みを携えて俺たちを見下ろした。
「アリスの番ね」
ずいっと一歩前にでるアリス。杖を掲げる。
「大火炎!」
運動会の大玉転がしのような火球が少女の目の前に突如として現れた。魔法使いの異名は伊達じゃない。
火系の上位魔法だ。事も無げに唱えてみせたが、ギアチェンジせずにいきなりトップスピードを刻むに等しい。半人前ならオーバーヒートで爆散しているところだろう。
「とりゃあー!」
雄叫びとともに火球はユナの眼前に炸裂した。
「あっぶないわね!」
すんでのところで跳躍してかわす。
物理攻撃無効化中の上級スライスは魔法攻撃に著しく弱くなるのだ。
すまし顔が崩れて、冷や汗を流している。愉快な焦りっぷりに俺は満足だ。
「なかなか素早いけど終わりするわよ」
アリスが手のひらを前につき出す。
「ゼカッ……!」
「待て!」
彼女の腕をつかんで、別方向に向ける。
手のひらから打ち出された高威力の風の塊が大広間の床に当たって弾けた。抉られた床にゾッとする。
「ちょっと! なにするのよ、マクラ!」
「殺すなって言っただろ!」
「あ……ごめんなさい。つい癖で……」
向こうの世界の人間は殺伐としすぎている。
宗教がそうさせるのか知らないが、現代日本で育ってきた俺には共感しがたい世界観だ。
「……」
空中で体制を整えるユナと目があった。
天井に届かんばかりの跳躍だ。弾力性の賜物だろう。同様にスライムは水魔法を得意とする。
俺と同い年になった彼女ならば、百パーセントの力で最大魔法を唱えることができるはずだ。
「大……!」
小さな詠唱が聞こえた。
「……氷結ッ!」
足がつくと同時にユナは魔法を発動させた。
「なっ!」
アリスとウェルシュは体を捻らせて凍てつく空気を避けようとしたが、すんでのところで間に合わなかった。
「な、なんて、威力なの!?」
一気に凍りつく地面。
不意をつかれたアリスが驚愕に唇を震わせた。
それもそうだろう。
この魔法は俺の分もいれて二人分だ。
「くっ」
相乗効果で倍以上の威力となった氷結魔法。いかに歴戦の猛者であろうと食らえばただではすまない。
ユナとの最初の会話で意図はある程度伝えられたと思っていたが、予想以上の成果だ。
全身の関節を凍らされて身動きが取れなくなったウェルシュは憎々しげにユナを睨み付けた。
「この……ッ!」
「ずいぶんと小生意気な口を聞いてくれたわね」
「氷なんてだいっきらいだ! 卑怯だぞ! 殴り合いさせてよ!」
「愚痴愚痴うるさいわ。口を凍らせなかっただけありがたく思いなさい。宝石は何処かしら」
「あ……やめ……」
「ここ?」
「あっ、ひん!」
ボーイッシュなウェルシュが嬌声を上げた。
ユナに胸ぐらをまさぐられて彼女のプライドはズタボロだろう。
「見つからないわ。ここ? ここかしら」
「あ……ちがっ、いや、ぁあ!」
「あった」
「あん!」
ウェルシュから小型魔力供給装置を取り上げたユナはそれをシャンデリアの明かりに透かしてマジマジと眺めた。
「ふぅん、面白いわ。これ自体が魔力を帯びてる。加えて装備者の体内魔力を増幅させる効果があるのね」
「か、返せ!」
すまん。ウェルシュよ。
密かにユナの魔法を手助けした俺だが、ほんとうに申し訳ないと思っている。
変わってしまったのは俺なのだろう。それでも後悔だけはしたくないのだ。
「そう易々と返すわけないじゃない。危険分子の処理のためにわざわざ向こうから来てやったのよ? アナタは捕虜にしてあげる。名前はポチとコロ、どっちがいい?」
「くそー! このデカパイ女め!」
「……捕虜はそっちのエルフだけでいいわ。帰れ」
「あ!」
人差し指と親指で宝石をつまんでいたユナが、それを砕こうと思いっきり力を込めた。
「ん……固ッ!」
ひ弱な力じゃ無理だったみたいだ。
「ぷ。ださっ」
「……」
微かに頬を紅潮させたユナは取り繕った笑顔で嘲笑を受けとめた。
「睡眠」
「ぐぅ……」
気持ちよいいくらい睡眠魔法が決まった。
「さぁて、お次はエルフよ」
「や、やめてよ!」
「ふふふ、久々に服だけ溶かすヤツやろうかしら」
「い、いやぁ!」
青ざめるアリスもウェルシュと同じように嬌声を上げ、すぐに寝息をたてた。




