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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、春、未来にて
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続 日常生活を侵食する暗殺者たちの行動 3

 自販機で缶コーヒーを買い、少し暖をとってから、口をつける。

 空にはおぼろ月が浮かび、哀れむように俺を照らしている。


 青村紗希。

 生徒会長にして、学園のマドンナ(女子高だけど)。

 学生時代ならばまだしも、いまの俺にとっては高嶺の花だろう。


 走り去っていった先に自宅があるに違いない。

 考えてみれば彼女のプライベートについてなにも知らなかった。

 フラれて当然かもしれないが、せめて誤解は解いておきたい。

「是非もなし」

 飲み干した缶をゴミ箱に捨てて大きく息を吸い込む。夜の空気が肺を充たした。


 サキが走り去った方に歩を進めたら、どでかい博物館のような建物にぶち当たった。

 ほぼほぼ行き止まりだったので、右にいこうか左に行こうか悩んでいたら、入り口のところに表札がかかっているのを見つけた。

『青村』

 俺の実家もそこそこ金持ちだと思っていたけど、こいつは段違いだ。

「ふぅ……」

 落ち着こう。

 なんにも悪いことしてないし、アイツの家族がなんであろうと、思いは変わらない。

 門には黒いインターフォンが備え付けられている。当然カメラ付きだ。

 人指し指を一本立て、ゆっくり、呼吸を整えながら目標に向かって動かす。

 ボタンに指が触れるまでの数秒、なぜだか頭がよく回った。


 ホームステイ。

 留学生の受け入れ先をそう呼ぶのだが、魔界の制度は少し違うらしい。

 幼女のふりしたユナは子供に恵まれない家に潜り込み、トモリ至っては墓までたててもらっていた。

「ん?」

 いくらなんでも留学生の墓までたてるか?

 思考がそこに至るのが少し遅かった。

 俺の指はインターフォンのボタンを押し込んでいた。


 とぅるるるるるるん。

 なんだか、ファンシーな音が響いた。

「はい。青村でございます」

 がちゃりとお屋敷の住人と繋がった。

 若い女の声。サキではない。

「お、……僕、青村紗希さんの友人で沢村といいます。紗希さんはご在宅でしょうか」

「サワムラ、……サマ……少々お待ちください」

 ふつり。と通話が一旦切れる。

 サキの姉、役の人か?

 と、待ち時間で思ったが、老夫婦の家にホームスティしていると言っていたので、家族の人間ではないだろう。

 だとしたら今の女の人は、お手伝いさん?

「お待たせいたしました。お嬢様はお加減が優れませんので、申し訳ありませんが日を改めてお越しください」

「あ、いや、そういうわけにも、こっちも顔を見ればそれで……」

 ぷつ。

 切られた。

 インターフォンは再びただのオブジェクトに成り果てる。

「くそっ、あのアマ……」

 悪態をついても仕方ない。

 まあ連絡先は知ってるし、なにも会話は顔を合わせてしかできない訳じゃない。

 ポケットからケータイを取り出し、アドレス帳を開く。

 家族と旧友しか登録されていないので、あ行のサキはすぐに見つかった。


「よっしゃー! ここがターゲットの家かぁ! いえーい!」


 バカっぽい声が町中に響く。

 これから電話するんだから静かにしてくれよ、と苛立ちを孕ませた視線を声がしたほうに送る。

 ずいぶんと変わった格好の女どもだった。

 一人は短い髪を側頭部で二つ結いにし、チャイナ服に似た緑色の道着を着ていた。

 もう一人は水色のローブのようなものを羽織り、宝石が散りばめられた杖を持っている。

「……」

 全くもって悪趣味なコスプレイヤーだ。

「あ」

 視線がぶつかると同時に声をあげる。

「あれ、アンタ、ひょっとして」

「……」

「やっぱそうだぁ! マクラっち!」

 かつての仲間がきらびやかな笑顔を俺に向けた。


「チョー久しぶりじゃん! 奇遇だね!」

 ウェルシュ・ナルセルトラ。

 パーティの主力として活躍した小柄な女の子だ。目に留まらぬ素早さに、細身から繰り出される強烈な一撃で数多くのモンスターを仕留めてきた実績がある。

「まさか、ほんとにマクラ。べ、べつに、あ、会えて嬉しいなんて思ってないんだかね!! 久しぶりなんだから!」

 アリス・ルーベンス。

 ただのツンデレだ。


 その二人が今、魔王の娘、サキの家の前にいる。

 久しぶりの再開を祝してファミレスにでも行きたいところだが、そう上手くいかないだろう。

「で、でも、無事でよかったわ。心配してたんだから。れ、連絡くらい寄越しなさいよね! もうっ」

 アリスは少し吃音の癖がある。

 金髪碧眼に尖った耳を持つエルフの少女だ。

「マクラっちも暗殺者として依頼されてたの?」

 手を振りながらこちらに駆け寄ってくる刺客の二人。

 さて、どうするか。

 どうやら誤解しているらしい。

 いまなら疑われることなく強制送還させることができそうだ。

 無言で思案する俺の前に到着したアリスがエルフ族の特徴である青い瞳を潤わせて訊いてきた。

「アリス達だけでやれるとは思うけど、マクラがどーしてもって言うなら一緒に行動してあげてもいいわよ」

「そうだな。それじゃお願いするか」

「う、嬉しいだなんて思ってないんだからね! ほんとよ!」

 顔を真っ赤にして言われても説得力が生まれない。


 とりあえず、いまは話に乗ってやり、落ち着かせてから説得することにしよう。

 旧友が刺客というのはどうにもやりづらい。

「マクラっちは王様の指令、誰から聞いたの?」

 大雑把なくせに細かいところによく気付くウェルシュが訊いてきた。

「フローに話を聞いたんだ。元勇者としてやはり見逃せる話じゃない」

「も、元じゃないわ!」

 アリスが半ば怒鳴るような語調で言った。

「マクラは今も昔も救国の英雄よ!」

「昔の話だろ」

「今だって未攻略のダンジョンがたくさんあるんだもの! どうして魔王を倒したら別れも告げないで帰っちゃったのよ! 寂しかったんだから、ばかっ!」

 あー、くそ、めんどくせぇ。

「俺にも事情があったんだよ」

 魔王を倒した俺に用はない、てなばかりに王様に疎まれて、ああー、思い出したらあのひげ面を殴りたい。

「でも、でもいいわ! マクラ! 魔王の娘を殺したら、もう一回向こうの世界に行ってアリスたちと暮らしましょう! べ、べつに好きだから、ってわけじゃないんだからね」

「アタシもそれに賛成! マクラ以外の男ってどいつもこいつも骨無しなんだもん。もう一度手合わせさせてよ」

 あはははは、どうだ、サキよ。

 俺は向こうの世界じゃモテモテなのだ。

「……空しくなってきた」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。考えておくよ」

 フラれたばかりの男の気持ちなぞ、若くてキャピキャピしてるお前らには分からないだろう。


 そもそもにして俺にサキを殺す気なんて微塵もない。

 生殺与奪の生活なんて二度とごめんなのだ。

「お前らが暗殺案件に加わるなんて意外だったな」

 真っ向勝負が好きなウェルシュに、エルフ族の末裔で争い事が苦手なアリス。元盗賊とかポチとか、向いてるやつはもっといる。

「少しも意外なんてことないって。アタシは単純に強いやつと戦いたかったから。フローレンスは新しい文化に触れたかったから、アリスはマクラっちに会いたかったから。それだけだよ」

「ちょ、ちょ、ウェルシュ、やめて!」

 慌ただしく口を塞ぐアリス。平和な光景だが、俺はそれをにこやかに見つめている暇はない。

「それで、どうやって魔王の娘を殺そうと思ってるんだ?」

「ふふん。今は別行動をとってるフローが全部調べてくれたわ」

 ウェルシュは懐から、二つ折りの紙を取りだし広げた。

「魔王の娘、ニフチェリカ・マーメルト。通名青村紗希。天神族、高慢の大罪を持つ火属性モンスター。

 鋳型造りで財をなした青村家四代目当主、青村節衛門とウメコの孫娘という設定で潜り込んでいる。両名は現在別府旅行中であり、青村邸はニフチェリカと住み込みの女中一名のみが在宅。

 なお青村家の血筋は怪物モンスターである可能性が高く、青村節衛門は在日モンスター四世のおそれがあるが詳細は不明」

「手段は? どうやって暗殺するつもりだ?」

「どうやってって、……そんなの決まってるじゃない」

 ウェルシュは拳に強化呪文イタカを宿らせた。

「正面突破!」


「……」

 久々だよ。呆れてものが言えないって状況がね。

「今回の任務なんだっけ?」

「暗殺!」

 華やかな笑顔で言われても、言葉の意味を辞書で引けとしか返事できない。

「しゃあ、テンション上がってきた! いっくぞぉー!」

 入り口の門は固く閉ざされている。

「おい日本の警備会社をなめるなよ」

 このお宅、SEC◯M入ってますよ。

「一回出直そう。作戦を練ろうぜ。奢るから」

 ため息混じりの発言に、準備体操で身体を暖め始めたウェルシュが返事をした。

「どーした、どーした? いつになく弱気じゃん。へい、へーい!」

「警備の人に捕まると言い逃れが出来ないからな。言い訳考えるのもだるいし」


「関係ないわよ」アリスが平然と言った。

「全部吹き飛ばしちゃえば、いいんだから」

 彼女は杖を一回転させ、門に突きつけた。


活火山イナエリア・サツア!」


 魔力の線がアスファルトの地面を走り、爆音とともに青村邸の鉄製の門を紙ペラのように弾き飛ばした。

「な、な……」

 土と火の複合魔法だ。複雑な魔力伝達が必要な最上位魔法を事も無げにアリスは唱えて見せた。

 爆音が閑静な住宅街に残響している。

「な、な、な」

「警備が来るまで何分かかるかしら。十分? 二十分? 彼らが来る前にすべてを終わらせる。マクラが一緒なら間違いないわ」

 俺に弁護士の知り合いはいない。


「よっしゃあああ! とっつげきー!」

 門が瓦礫と化し崩れ落ちると同時にウェルシュが青村邸に突っ込んでいく。

 今回は言い逃れできない。確実に前科がついてしまった。舞い上がる埃に軽く咳き込んでしまう。

 敷地に足を踏み入れる。庭には幾つもの桜が咲き誇り、ユラユラと春風に揺れていた。

 奥ではウェルシュが屋敷の扉に拳を連打している。破壊音が風情と情緒を吹き飛ばしていた。

「おっそいぞぉ! 先に行くよ!」

 蝶番をドアごと吹っ飛ばす。

「待て、落ち着け」

 制止を無視してウェルシュは一気に侵攻を始めた。俺とアリスもそれに続く。

 暗殺と聞いていたのになんて慌ただしい事だろう。

「勘弁してくれよ……」

「マクラ、どうしたの?」

 頭を抱える俺を心配そうにアリスが覗き込んできた。

「修理費がな……あと慰謝料とか」

「そういう雑費は皇国負担よ」

「外貨両替はどこでできるんだよ……」

 高そうなドアが転がっている。

「い、いざとなったら、アリスが全部どうにかしてあげる。お金ならたくさんあるんだからね。ほ、ほんとよ、だからマクラはなんにも心配しないで大丈夫なんだから。や、養うことも、で、できるよ」

 答えになってないし、為替レートという言葉も存在しないだろう。なぜなら、日本国とこいつらの故郷は外交してないからだ。

「うぉおおお! 燃えてきたぁー!」

 青くなる俺とは対称的に気合い十分のウェルシュの雄叫びが響いた。

 赤いカーペットがしかれた大広間の左右には階段があり、エントランスには鎧の置物が飾られている。

「うりゃ! とりゃ!」

 それを破壊しつくさるウェルシュ。

「発狂?」

 生き生きとする少女を指差し、アリスに訊ねる。

「さ迷わぬヨロイってモンスターが最近発見されたの。ウェルシュはそれを警戒してるみたい」

「あれは?」

 今度はミロのヴィーナスのレプリカに殴りかかっている。

「同じく動かぬ石像というモンスターが見つかって、念のためってところかな」

「頭おかしい」

「でも、ウェルシュすごい楽しそう……」

 人んちの物をアレだけ壊せばさぞ気持ちいいことだろう。


「いい加減にしてくれないかしら」


 上階より澄んだ女の声が響いた。

 そちらに視線をやると、紺色のエプロンドレスを纏った長い髪の美人が立っていた。



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