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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
36/79

少女は踊る、雪の中

 日常は滞りなく流れていく。


 空から女の子が降ってくることも無ければ、許嫁が押し掛けてくることもなく、慎ましく年越しをした俺のもとには二通の年賀状しか届かなかった。

 一枚は妹から。

 もう一枚は家族から、だ。

 成人を期に勘当を解除する旨が記載されていたが、別段日常は変わることはなく、無味乾燥な日々は続いた。

 妹はすごく喜んで何度もアパートに遊びに来たが、解除された理由の一つがお風呂場爆破事件だとは口が裂けても言えないだろう。

 俺の仕業ではないが、放置してたら何をしでかすか、分からないと判断されたらしい。

 世間体を気にするあの人らしい判断だ。



 成人式の日、雪が降った。

 結露が滴るガラスの向こうは白一色だ。

 昨日の夜から降り始めた雪は雑多な町並みを一変させた。

 モノクロの世界。

 綺麗だな、と思うよりも、明日の通勤のことを思い、億劫になる。

「つまんね……」

 正月モードが抜け始めた昼間のバラエティーは退屈極まるものばかりで、下らなくなって電源を落とすと、シンと室内が静まり返った。

 雪が降り積もる音が耳に残る。

 そんな日に外に出るはずもなくゴロゴロと祝日を楽しんでいたら、玄関チャイムが響いた。

 どうやら妹がまた遊びに来たらしい。

 あいつも大概暇人である。

 仕方ないので、重い腰を浮かせて、玄関のドアを開けてやる。



 電線に積もった雪がドサリと落ちた。

 白い息を吐いて、眼帯の少女は柔らかな笑みを浮かべた。

「お久しぶりですね」

「な、え……」

 サキだった。

 紫がかった艶のある長い髪を垂らし、彼女は小さくお辞儀した。

「なん、で、ここに」

 ニフチェリカ・マーメルト。

 魔王の娘だ。


「ミヤのスキル、門戸開放でゲートを開けてもらいました。四年間……期間はそれだけですが、充分です」

「いや、そうじゃなくて、なんで、こっちの世界に」

「社会学を学ぶためです」

「はあ?」

 社交性ないくせに?

「魔王に必要なのは、帝王学、社会学、経済学、心理学……。

 向こうの世界で学ぶより、こちらの世界で学んだほうが効率的だと判断しました」

 こんなに寒いのに制服だ。学校に寄ってきたらしい。今日は祝日なのに、わざわざ、だ。

 サキは学生鞄から茶封筒を取り出すと、ちらりと俺に見せてきた。

「晴輪女子大学……国際社会学部、総合グローバルシヴィライテーション研究学科 の! 入学に必要な書類一式です」

 ともかく長い学部学科名を無視して俺は質問を続けた。

「だと、しても、いいのかよ」

「なにがですか?」

「魔王がこっちの世界に来ちゃって」

「あちらの世界の統治はメメねぇ様とユナオルマさんに預かって貰っております」

「ずいぶんと思いきったな……」

「為すべきことをやりとげたのだから、四年くらいのインターバルは頂いて然るべきです」

「為すべきこと?」

「残った魔族と人間界とで和平交渉を行い、話をまとめてきました。思ったより時間がかかってしまい、こちらの世界に来るのが遅れてしまったのです」

 呆気にとられてしまった。

 隠しダンジョンの奥にどれだけの魔族がいたのか知らないが、彼らを率いて交渉を行うなんて並大抵なことではないだろう。

「お前は、すごいな」

 素直に言葉が滑りでた。

 彼女は柔らかな笑みでそれを受け取り、

「ワタクシたちの未来はここからです」

 力強い瞳が燃えている。

「過去は変えられませんが、未来は変えられます。明日を変えるためにワタクシは今日を変えるのです。無駄な一日なんてありません、みんなを守るために、学ばなくてはならないのです」

 勇者は逃げたが、魔王は逃げなかった、ただ、それだけのこと。


「それより、マクラさん、早く行きましょう。遅れてしまいますわ」

 白い息をふっと吐き出して彼女は微笑んだ。

「え、なにに?」

「今日は二十歳の誕生日でしょ? 生憎の天気ですが、雪の中のバースディパーティというのも悪くないものです」

「違うぞ」

「え?」

「俺の誕生日は二月十三日だ」

「ええ。ですが、今日は成人式で、あれ?」

「どうした?」

「成人式の日に一斉に歳を重ねる、わけではないのですね」

「当たり前だろ」

「文化の違いですわ。なんだ、じゃあ、急ぐ必要無かったのですね」

「なにがだよ」

「良いのです良いのです」

 よくわからないが、サキはニコニコと笑顔を浮かべた。

「それでは、少し歩きませんか?」


 断る理由はいくらでも思い浮かんだが、それを吐き出す理由は特に思い浮かばなかった。


 荷物を置いて二人で歩く。

 真っ白なキャンパスに新しい足跡をつける度に彼女は嬉しそうに目を細めた。

 セーラー服の上にコートを羽織っているが、膝はむき出しだ。見てるこっちが冷えてくる。

「雪はいいですね」

「そうか?」

「嫌なことを全部覆い隠して。……人の優しさを温かく感じますわ」

「……冷静なときにいまの発言を思い出してみろ。耳まで真っ赤になれるから」

 サキとブラブラ散歩する。

 雪が降りしきる白黒の町並みを眺めながら、マフラーに首を埋める。

 クリスマスの時、並んで歩いたように、二人一緒に。

「マクラさん、公園ですわ」

 これはペンです、みたいなノリでサキは指差した。

「そうだな。公園だな」

「寄りましょう」

「いやだ」

「なぜですか?」

「寄ってなにすんだ」

「……何って……」

「特に思い浮かばないのなら、コンビニで温かい汁粉を買いに行くほうが有意義だ」

「ありますわ。理由くらい」

 少しだけ怒ったように彼女は俺を見た。

「踊りましょう」

「……は?」

「台無しになってしまったクリスマスとマクラさんの成人式のお祝いと誕生日の前祝いですわ」

「悪い、意味がわからない」

「お祝い事がある度、ワタクシの家はよくダンスパーティーを開いたのですよ」

「雅すぎるだろ……」

「高貴ですから」

 そういえばコイツ王族だった。

「ひょっとしてマクラさん、踊れないのですか?」

「ブレイクダンスなら出来るんだが……」

「ワタクシがリードします」

 サキは傘を振りながら閉じた。それをブロック塀に立て掛けて、挑発するような生意気な目線を俺に送ってきた。

 やれやれだ。

 さっきまでドカ降りだったのにいま小康状態だ。

 天気まで彼女の味方らしい。

 並べて傘を立て掛ける。

「マクラさん、お手を」

「いやだ」

「むぅ」

「こういうのは、男がリードするもんだからな」

 そっと手を差し出す。

「姫、お手を」

「……は、はい」

 白くて柔らかな右手をとって、引き寄せる。


 そのまま公園の中央まで行って俺たちはふざけて躍りあった。

 薄く積もった公園の雪に足跡をつけながら、思い思いにリズムを刻む。

 とてもじゃないが人には見せられない。

 恥ずかしくて死にそうだ。

 だけど、白い息を吐き出して踊るサキと目が合う度に、同時に吹き出して、幸せな気持ちになるのだ。

 バカらしいって。

 でも、たまにはいいだろ?

 青春は遠くに行ってしまったけど、もうすぐ二十歳になるんだし、若気の至りくらい笑い飛ばしてくれたって。


 しばらく躍りあって、どちらともなく足を止めた。

 俺たちが足踏みを踏んだ地面は雪と土とが混ざり、お世辞にも綺麗とは言えなくなっていたが、どうせ降り続ける雪が直してくれるのだから、許してほしい。

「桜吹雪みたい、ですね」

 両手を広げて、全身に雪の結晶を浴びながら彼女は目を閉じた。

「ほんものの吹雪だよ」

「この公園には桜の木がたくさん埋まっています。今度はお花見に来ましょう」

「そうだな」

 嬉しそうにサキは笑った。

 雪が降り続ける。

 あまねく罪を隠してくれるように、シンシンと。

 どうせ溶ければいやが上にも思い出すけど、いまは忘れさせてくれ。

「誕生日おめでとうございます」

「だから、今日は成人式なだけだって」

「ふふ」

 鳶色の瞳を細めて髪に薄く積もった雪をそのままに少女は続ける。

「じゃあ、誕生日にはチョコレートケーキを作りますね」

「ああ、ありがとう。ありがたいけど、俺、チョコレートはあんまり好きじゃないんだ、だからできれば別の」

「駄目ですよ、マクラさん。チョコレートじゃなきゃ、意味がないのです」

「ん? なんで?」

「二月十三日ですもの。イヴですけどね」

「どういう意味だ?」

「……内緒です」

 鉛色の雲を見上げる少女は朱に染まり、北風が優しく吹き抜けた。

 暖かい雪の日だった。








以上です。

長くなり申し訳ありませんでした。

次の展開をお風呂場で考えるという行き当たりばったりな作品でしたが、思ったよりは楽しく書けました。

RPGは好きだけどファンタジー小説は読まない、って人が挑戦するとこんな感じになる、という見本の一つにでもしていただければ幸いです。


お暇なときにでもご意見ご感想ご要望いただければと思います。


読了ありがとうございました。



本編は一応終わりになりますが、暇の極みで外伝?的なの書いたんでお時間あるようでしたら是非お目通しよろしくお願いします。





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