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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
35/79

日没とモラトリアムの終わり 7

 午前二時。起きている者は誰もいない。

 ベッドから芋虫のように這い出て、ノソノソと外着に着替える。

 気だるさを圧し殺し、暗闇の中で静かにため息を吐く。

 テリナム・メドクーラから教えてもらった情報によると、異次元同士を繋いだゲートの開放時間は長くて翌日の昼までらしい。


 外套に手を通し、聖剣と荷物を肩から背負う。

 準備が整い、部屋のドアをそっと開ける。

 冷えた空気が漂うホテルの廊下は静寂に支配されていた。

 一つ一つのドアの前を通る度、そこで眠る人達の顔が脳裏によぎる。

 お金と置き手紙を用意したとはいえ、恨まれても仕方ない。罪悪感を苛まれても、俺は自らの歩みを止めることはなかった。


 エントランスは常に開放されている。

 警備員の訝しむような視線を無視し、薄暗いロビーを抜ける。両開きの扉を押し開け、外に出ると、満天の星空が頭上に広がった。

 自然崇拝の賜物だろう。数えきれない星の数に、なぜだか涙が出そうになった。



「何処に行くの、こんな遅くに」

 ドキリとして、振り向くと、石壁に背中をもたれさせた少女が半目で俺の事を睨み付けていた。

「趣味が深夜徘徊なんだ」

「大荷物で? 聖剣まで持って」

「夜中のハイキングも悪くないだろ」

「嘘つき」

 ユナは冷たく言い放つと、俺の右手首をかっぱらうように握りしめた。

「帰るつもりでしょ、日本に」

「……」

 至近距離で輝く瞳の奥には、怒りとともに静かな悲しみが滲んでいる。

「まあ、な」

「誰にもなにも告げずに、逃げるみたいに帰るだなんて、……卑怯よ」

「俺の居場所はここじゃないからな」

「そんなの関係ないじゃない」

 さらにギュッと強く手を握られる。

「ズルいわ。あの娘やトモリを裏切るのね。……アタシも……」

「そういうつもりじゃねぇよ。ただ、異分子が他国の情勢に口出しをするのはナンセンスだろ」

「異分子? 冗談でしょ。あなたはコチラに残るべき人材だわ。誰かを悲しませてまで我を押し通すのは、単なるエゴイズムよ」

 繋がれた手から熱を感じる。

「転送機でザメツブルグに行く前、フローレンスから聞いたんだ」

「なにを……」

「魔王城の最奥に、地下ダンジョンが見つかったそうだ」

「……」

「魔族はまだ滅んでいない。ダンジョン内部には大量のモンスターの生息が確認されている」

 瞳を伏せるユナ。他の留学生に比べて彼女には余裕があった。やはり知っていたらしい。

「皇国サウレフトと軍事国家ノースライトはそれぞれ使節団を編成し、近いうちにダンジョン攻略に乗り出すそうだ」

「人間は嫌いよ。底無しの貪欲さね。土地を奪うだけじゃ満足しないなんて」

「かつての仲間も国家戦略として、探索メンバーに加えられている。当然と言えば当然だが、元・勇者である俺にも参加要請が来ている」

「どうするの、マクラは」

「どうもしない」

「え?」

「罵られてもかまわない。だけど俺は見たくないんだ」

 背中に背負った荷物がずっしりと重くなったような錯覚がした。

「サキと、かつて俺が救った人類が憎しみ合うところなんて……死んでも、見たくない」

「そんなの、無責任よ」

「なんとでも言ってくれ。倒すべき相手がわからないんだ、俺には」

「無責任よ、無責任……」

「だから、帰る。俺はどこにも加担しない。結果も知らないままでいい」

「臆病者!」

「わかってくれ。俺だって……」

 握られた右手首がユナの体温を感じて熱くなる。

「心情的に、味方したい奴だっているよ。だけど、だけどさ、双方の苦悩も、知ってるからさ 」

 勇者は勇気ある者と書く。

 だけど、それはリスクを知らないからこそだ。

 俺はたくさん知ってしまった。

 もう、無邪気にはいられないのだ。

「惨めだけど、なにも出来ないんだ」

「それなら、こっちに……」

 希望を感じさせる澄んだ両眼を輝かせ彼女は俺を見つめてきた。

「……」

 俺は無言で繋がれた右手を掲げる。

「……ごめん、なさい……」

 ユナは力無く俺の手を離した。うつ向いたまま、下唇を噛んで、何も言ってこない。

 小さな涙の粒が石畳に丸い染みを作った。

「そうだ。一つ頼まれてくれないか」

「なによ」

「これ」

 聖剣トモリを肩から外し、ユナに差し出す。

「ミヤに返しておいてくれないか」

 意味がわからない、といったような感じで見られる。クリクリとボタンのような瞳が疑問に光る。

「聖剣は海底神殿にあったもんでな、手にいれるために、俺はたくさんのゴーレムを切ったんだ」

「そう、なの」

「だから、その剣はミヤのだ」

「必ず渡すわ」

 しっかりとユナは俺の手から聖剣を受けとると、力強く頷いた。


 俺たちの間に沈黙が落ちた。町は眠りに包まれている。寝息さえも聞こえない。切なくなるくらいの沈黙だ。

 どうやら頃合いらしい。

「それじゃあ、そろそろ行くよ」

「マクラ、元気で」

 するりと出た言葉は、皮肉屋のユナとは思えないくらい素直な言葉に聞こえた。

 面食らってしまい一瞬だけ呆けてしまったが、やられっぱなしはしょうに合わない。

「やっぱりさ」

「なによ」

「お前って可愛い顔してると思うよ」

「バカ」

 照れ笑いを浮かべたユナと別れ、俺は一人荒野を目指した。



 異世界とを繋ぐゲートは魔王城の広い庭園の一角にあるらしい。

 次元爆弾によって三年周期のタイムスケジュールが狂わせられたので、次に開放されるのはいつになるかわからないとのことだ。


 荒野の星空が暁光に飲み込まれていく。

 目的地にたどり着いたとき、時刻すでに明け方を迎えていた。

 白ずむ東の空を背景に門と呼ぶにふさわしい扉に手をかけた。

 目が眩むような目映い光に包まれる。


 穏やかな越境中、ずっとサキのことを考えていた。


 どうか、幸せになってほしい。

 彼女の幸福を見届けられない、それだけが、こちらの世界の心残りだ。



 日本に戻ってきたとき、まだ空は黒く、時間的には夜だった。

「見えねぇな……星」

 破壊されたオブジェクトの周りには立ち入り禁止のテープが張られ、隔絶とした世界を明確にしていた。瓦礫が散らばる芝生の上で、おぼろ気な月を見上げ、彼女に負けないくらい精一杯、生きようと思った。



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