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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
34/79

日没とモラトリアムの終わり 6

 草木もない殺伐とした荒野。そこで掴んだ勝利の報酬は、人質として捕らえられていたミヤとユナの救出だった。

 フローレンス製の転送機(カプセル)に閉じ込めていると言っていたが、あんな狭い空間じゃ、足も伸ばせなくてイライラしていることだろう。

「怠惰のスキル拡張現実はのう、望むがままのバーチャルリアリティを作り出すことができるのじゃ」

「なに言ってんのか、わかんね」

「ふふふ、百聞は一見にしかず。マクラもこの力があれば引きこもりになること間違いなし」

 トモリに促されるがまま、カプセルの扉を開ける。

 視界に飛び込んできたのは、壁一面のコミック本だった。

「理想空間作り上げる能力、それが怠惰のスキル、拡張現実よ!」

 お前の理想郷、まんが喫茶かよ……。


 天井まで届かんばかりの書架にギッシリとつまったマンガに気をとられていると、ドリンクバーコーナーでメロンソーダにクリームを乗せるニコニコ顔のミヤと目が合った。

「あ、マクラ」

「なにしてるんだ」

「メロンクリームソーダを作ってる」

「そいつは愉快だな」

「うん。食べたことないから、すごく楽しみ」

「まあ、そんなのはどうでもいい。帰るぞ」

「やだ」

「はぁ?」

「もうちょっと待ってほしい。もうすぐ五部を読み終わるから」

「うるせぇ。さっさとしろ。ユナはなにしてる」

「キングダム読んでる」

「さっさと連れてこい……」

 人の苦労も知らないで、のんきな奴らだ。


「あら、なんか知らないけど、吸血鬼とドラゴンを倒したのね。さすが勇者だわ」

 幼女姿のユナはカプセルから這うように出ると、横並びで出迎えたテリヤムとカルックスに微笑みを浮かべた。

「それにしても意外ね。殺してないなんて」

「俺だって分別くらい弁えてるさ」

「草くらいなら、弾みで殺すかなって思ってたけど、まあよかったわ」

 青くなる祐一郎を無視して、ユナは退屈そうにあくびした。

「それで、これからどうするの?」

「その件に関して、ワタクシから発表があります!」

 荒野に集まる七人の魔族。

 静かな夜だ。

 なんだか妙に絵になったが、

「ひい! ま、マクラ、大量虐殺!」

 約一匹、ゴーレムのミヤは地面で山になる沢山の骨にビビってそれどころではないらしい。

 俺にすがり付いてサキの話を全く聞いていない。

「ワタクシたち八人の留学生は、新生・魔王軍として、魔族の地位向上を目指すのです!」

「む、人数がおかしい。七人の間違いだろ」

「お間抜けですねマクラさん。自分を数に入れ忘れてますわ」

「……」

 ナチュラルにメンバーに加えられている。勘弁してくれ。


 詳しい活動内容と掘り下げは翌日以降に行うという魔王ニフチェリカの宣言を受けて、疲れきった体を癒すため、ザメツブルグで宿をとることにした。

 昨日と同じ宿だ。ダンジョンの攻略賞金で今回は人数分部屋をとることができた。

 さっきまで殺しあった奴らと一つ屋根の下と思うと寒気がするが。

「マクラさん! 温泉に行こうぜ!」

 一人部屋で月を見ながらお酒を嗜んでいたら、祐一郎がノックもせずに部屋に入ってきた。

「草よ……どの面さげて言ってるんだ……」

「昨日の敵は今日の友ってやつなんだぜ!」

「お前、絶対友達いないだろ……」

「そんなことは、どうでもいいんだぜ! さっき魔王達が女湯に行くって言ってたのを聞いたんだぜ! 覗きに行こうぜ!」

「バカか。修学旅行のノリをリアルでやったら犯罪だ。そんなダサい前科持ちにはなりたくない」

「ミヤちゃんの裸、見たくないのかよ!」

「そりゃ見たいよ。でも世間体ってものがあるんだ」

 そんなことよりタバコ吸いたい。ずいぶん長いこと吸ってないし、

 なんて思ってたら肩をポンと叩かれた。

「僕も行くよ」

 テリヤムだった。

「女の子の裸を見たいからね。こんなとこに温泉イベントがあるなんて思いもしなかったし」

「お前、夜は色欲を抑えられるんじゃ、なかったのか」

「目の前にミス魔界の裸があるのに、そんなの無理に決まってるじゃないか」

「ミス? 誰だ」

「ユナオルマ嬢だよ。スライム族のナンバーワンボディなんだ」

「お前みたいなバカが多いから、最近はずっと幼女の格好してるってユナが言ってたぞ」

「それはそれで……」

「ロリコンが……」

 バカ二匹に付き合ってられない。

「行くならお前らだけで行け。疲れきっててそんな気分じゃないんだ」

「勇者よ」

「はいぃ!?」

 低い声で声をかけられた。

「行こうぞ、温泉」

 カルックスだった。人の部屋に無断で入るのはやめてほしい。

「いや、俺は内風呂に入る」

「裸の付き合いをしようではないか」

「ガキじゃねぇんだから、お前らだけで行けよ」

「良いではないか。勇者よ。背中の流し合いをしようぞ」

「俺にそんな趣味はない。テリヤムと勝手にイチャイチャしてろ」

「それがしはノーマルだ。灰色である」

「いや、灰色はアウトだから」

 てか、男が四人も一部屋に固まると人口密度が半端ない。息苦しい。

「ナニが小さいのを気にするのは男じゃないよ!」

「黙れテリヤム!」

 イケメンの癖に性格が最悪なんだよ。

「お主にやられた傷が痛むのだ」

「……」

「温泉で傷を癒したいのだ」

 くそう、罪悪感を逆手に取りやがって。

「行くよ。行けばいいんだろ」

「うむ。それでこそ勇者よ」

 厳つい無表情で頷いた。鼻血が垂れていた。どいつこいつも変態ばかりだった。



「それでは作戦を発表する」

 露天風呂だ。昨日は内風呂を使ったので気づかなかったが、素晴らしい施設である。

 腰にタオル一枚巻いたテリヤムは女風呂との敷居の壁を指差し続けた。

「この塀の高さは約三メートル。僕らが三人肩車してようやく届く高さだ」

「三人肩車なんてバランスとれないんだぜ!」

「その通り。だから祐一郎くんがツタで僕らを補助するんだ」

 なんで、こいつらそんなに真剣なんだ。

「次に土台だが、カルックス。一番下は君にお願いしたい」

「うむ。任されよ」

「要の中心は僕がやろう。そして一番上がマクラくん、君だ」

「む、ちょっとまて、テリヤム」

「なんだい?」

「このままでは一番上の勇者しか女体を見れぬぞ」

「はっ!」

 やっぱりバカだ、こいつら。

「順番を変えよう。一番下はカルックス、真ん中が勇者、一番上が僕だ」

「ぬ、ぬぅ! 卑怯だぞ、おぬし! それがしが一番上だ!」

「体重的に無理だよ!」

「それなら俺が一番上がいいんだぜ! 補助なんて嫌なんだぜ!」

 やんややんやと湯煙の中騒ぎまくるモンスターども。

「静まれ」

「な、なんだい、マクラくん、悪いが一番上は譲ら……」

 こんなこともあろうかと用意しておいてよかった。

 俺は手に持ったケイタイを掲げる。

「ムービーだ」

「あなたが神か……!」


 準備は整った。あとはサキたちが来るのを待つばかりである。

 宿をとった時間がかなり遅かったし、今日は平日らしいので宿泊客が少なく、他人に迷惑かけることもない。

 全身をツタで巻かれた三人肩車というシュールリアリズムも、もう間もなく報われるのだ。

 ガラガラガラ……。

 待ちに待った引き戸の音が響き、一糸纏わぬサキ達が露天風呂を楽しもうと入ってくる。

「うっ!」

「こ、後頭部に、嫌な感触が……」

「し、仕方ないだろ」

 テリヤムの文句を無視して、一番最初に入ってきたミヤの裸体に集中する。

 豊満なボディを隠そうともせず、パタパタと露天風呂に走ると、思いっきりジャンプして湯船に飛び込んだ。

 水しぶきとともに跳ねる胸。最高だ。

「こらっ! ミヤ! ちゃんと体を洗ってから入るのです!」

「そんなめんどくさいことやってられない、気持ちいい!」

「ダメです。早く、上がってください!」

 気持ち良さそうに平泳ぎするミヤをサキが注意した。

 腰に手をあて、仁王立ちする彼女の肢体を眺める。いままで散々メリハリがないとか言ってごめんな。思った以上に女の子らしい体つきしてたんだな、お前。

「テケリ・リ。テケリ・リ。温泉ではしゃぐなんてまだまだ子供ね」

 ユナが手桶を持って流し場に移動していた。当然小学生ボディだ。お前はどうでもいい。

「ユナっちも修学旅行のとき飛び込んでたではないか」

「うっ、その話は忘れてちょうだい」

「むふふ、裸の付き合いというのはいいのう」

 全くもってトモリの意見に賛成だ。高校のときから、お前の体つきはやらしかった。

 眼福である。

「ちゃんと撮れてる?」

 吸血鬼が心配そうに聞いてきた。

「ああ、安心しろ。バッチリだ。盗撮に覗き、非常に罪悪感がうずくが、そんなのぶっ飛ぶいい気分だ」

「おお! 期待持てるね!」

「前科がつかないと思うとなんも怖くないぜ!」

 さすがに盗撮はガチすぎるので、あくまでケータイは持ってるだけだ。そもそもお前ら飛べるだろう、と思ったがアトバイスもしない。独り占めだ。

「いや、バレたらつくよ。前科」

「は?」

「こっちにも法律はあるからね」

「それを早めに言え!」

 叫びすぎたらしい。

水流(タメツ・イゴス)!」

 水の中級呪文が物凄い勢いでこっちに飛んできていた。

 ユナから強烈な一撃。

「うおおお!?」

 肩車していた全員が後ろに倒れた。

 気がついた時、背中から温泉に飛び込んでいた。

 水しぶきが広がり、視界がボヤけると同時に鼻から水が入った。慌てて起き上がり、むせながら、現状を確認する。

「あ、あああああああ!」

「ん?」

 テリヤムがわなわな震えながら、ナニかを指差した。

「俺のケータイ!?」

 水没していた。



 運命というのが決まった先の未来の事をいうのだとしたら、俺たちの選択肢はソレに抗った結果なのかもしれない。

「メメ達には言ってないわ。感謝なさい」

 男四人、全員正座で温泉を出たところのロビーでお説教が始まる。

 湯上がりのユナからはとてもいい匂いがした。

「どうして男ってのは、次から次へとこうなのかしら」

 怒りで本気を出しているのか、大人の姿になっている。

「はい……」

 殊勝な様子でテリヤムは頷いた。

「発案者は誰かしら」

「勇者です……。従わないと殺すって言われて……」

「てめぇこら!」

「黙りなさいマクラ」

「はい……」

「どうせテリヤムでしょ、覗きをやろうだなんてゲスなこと考えるの」

「いや、僕か僕じゃないかといえば僕だけど、僕だってイヤイヤやったところがあって、なんていうか、謎の信号、神からの啓示があって、でもまぁ、いまその話は関係ないんじゃないかな。結局やるかやらないか本人の希望なわけだし、僕は神に従った結果というか」

 バチン。

 気持ちのいい音が響いてテリヤムはビンタされた。

「あんたらみたいなバカがいるから魔界が滅びたのよ」

 それは言い過ぎじゃないかな。

「マクラ、あんたもよ」

 長いまつげをしばたたかせて、この場に俺がいることが意外そうに嘆息した。

 しっとりと濡れた黒い髪に、ほのかに赤みがかった肌。ミス魔界も頷ける豊満なボディバランス。

 ふだん幼女の格好してるのがもったいないくらいの美人だ。

「それはそうと、なんで風呂入ってるときはガキの姿だったんだ?」

「お風呂はいるときは面積小さい方が洗いやすいからよ」

「じゃあなんで、いまは十九歳の体なんだよ」

「子供のままじゃ威厳がないからよ」

「あんまり変わらんぞ」

「はあ?」

「子猫が大きくなろうと結局変わらん。まあ、俺はいまの格好のほうがいいと思うが」

「な……!」

 一気に真っ赤になったかと思うと、俺は頬に鋭い痛みを感じた。

 どうやら俺もビンタされたらしい。

「調子に乗るな!」

 唾を飛ばさんばかりの勢いで怒鳴れた。色々と上機嫌な俺にはどちらかと言うとご褒美だった。



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