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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
33/79

日没とモラトリアムの終わり 4

 満天の星空は高く澄み渡り、長い夜を刺激的なものにしていた。

「まあ、僕の話はいいんだ」

 テリヤムは前屈みになって、地面からナニかを拾い上げた。

 疲れ目で霞んでよく見えない。最近はめっきり視力が落ちた。汚い世界を見たくないがための進化かもしれないが、ひとまず帰ったら眼科にいくことにしよう。

「少しだけメメ……いや、トモリちゃんの話をしようか」

「ねぇ様の?」

 そこに本人がいるのに?

 ちらりとトモリの方を向くと、寂しそうな瞳と目があった。



「メメントの母親は高位なネクロマンサーであり、妖精(バンシー)の一族として魔王エルキングに召し抱えられた」

 突然始まった昔語りに軽く戸惑うが、サキは「ふんふん」と相づちを打ちながら聞いている。順応性高いよね、きみ。

「当然魔王の目的は不滅の法を探ることさ。だけど魔族の体の構造は種族ごとに大きく異なる。天神族の反魂の方法は特殊だった」

「血族をベースにした遺伝子情報の上書き……」

「そう。正式な血統であるニフチェリカ嬢が代替品であるように、トモリちゃんの母親も部品であることに間違いはなかった。だけど超自然的な存在である妖精を手懐けるのは至難の業だ」

「……」

「だから魔王はほぼ無理矢理に子をなしたんだ。自分の思い通りに動かせる駒を作るためにね。それがメメント・モリヤーティ。家森友利さ。ちなみに汚れた彼女の母親は消滅したよ」

「酷い……」

 サキの顔は青く染まった。自分の父親の悪口なんて聞きたくないのだろうに。

「娘メメント・モリヤーティに与えられた任務はただ一つ。魔界の栄光を永遠のものにする。それゆえ向こうの世界に行き、勇者の素質を持つものを徹底的に見張った。ここらへんの事情も君たちは知っているね」

 勇者である俺の召喚妨害に失敗し、魔界は滅ぼされてしまう。人間界の逆転勝利だった。

「彼女は後悔してるんだ。任務を全うできなかったことを」

「ねぇさま……」

「向こうの世界で留学しているなにも知らない魔族の子供たちに手紙を送ったのも悔恨の念からだろう。選択肢をくれたんだ。滅んだ世界に帰るか、故郷がなくなったことに目をつぶってあちらの世界でずっと暮らすか」

「そうだったのですね……」

「僕やカルックスは魔界の再興に乗り気になった」

 ニフチェリカもだ。

「僕らはさっそく魔王復活のための準備を進めた。だけど、トモリちゃんが勇者に見つかるとは思ってなくてね。急遽スケルトンを使って死を演出しようともしたが、全部失敗してしまった。なんとかこっちの世界で当初の予定通り事を進められたのは奇跡に近いね」

 さっきからベラベラこいつは何を言っているんだろう。

「僕らの目的は魔王の復活だ。どんなに性格がアレでも彼の力は強大で魔族再興には絶対に欠かせない。彼のような偉大な力を持つ突然変異はもう二度と現れないだろう。……どうしても復活させたかった」

 一歩前に出てサキとテリヤムとの間の壁になる。

「何が言いたい?」

「ああ、勘違いしないでくれ。もうニフチェリカ嬢のことは諦めたよ。正式な血統である彼女を使えば魔王は間違いなく復活するだろうけど、おっかない守護者がいるからね。だけどさ」

 テリヤムは先程拾い上げた何かを掲げてみせた。

 折れた聖剣の破片だった。

 カルックスの攻撃を受けて砕けた欠片、精霊の加護を失ったただの鉄屑だ。あんなもの拾ってなにがしたい?

「魔王の血をひく代替品は一つじゃないんだ」

「な」

「娘は二人いるだろ」

 慌ててトモリの方を見る。

 彼女の右手はかつて見た時と同じように白い光を神々しく放っていた。

 復活(レ・エガミヨ)。ネクロマンサーの秘術だ。

 復活の呪文。起動状態に入っている。

「魔王は狡猾だ。代替品の代替品くらい用意してるさ。もっとも、正式な手順じゃないぶん成功確率は下がるけどさ」

「てめぇ!」

「健気だと思わないかい? 魂の形を寄せるために口調すら魔王によせるトモリちゃんの健気さを」

 魔王の復活に必要なのは、血統と、彼にトドメをさした武器。

 こないだ言われたばっかりなのに。

 頭に血が昇る。

「マクラさん!」

 どっちだ。

 俺はどっちにいけばいい?

 悩んでいる暇はない。

「くそが!」

 聖剣の欠片さえ回収すれば魔王は復活することは、ないのだ。

 俺はテリヤムに向かって駆け出した。

「亜人族とはいえ、吸血鬼は不死。本職に劣るとはいえネクロマンシーの知識はある。いわば僕も代替品。トモリちゃんもニフチェリカ嬢の代替品。誰かがいなくなれば、代わりの誰かが玉突きのようにやってくる。むなしい世界だ」

「なら、やめちまえ!」

 ジャンプして、テリヤムの体に飛びかかる。間に合う。

「間違えたね」

「は?」

 青白い光が俺の目を射抜いた。

「くっ!?」

空間転移(スマビト)!」

 キン! という金属を打ち付けるような甲高い音がしたかと思えば、彼の姿はそこにはなかった。


 あと一歩のところだったのに。

「このっ!」

 どこに、と悩むより先は決まっていた。

「トモリ!」

 短距離の移動であれば発動は一瞬だ。

 トモリの横に、聖剣の欠片を片手にしたテリヤムの姿を視認する。踵を返して駆け出した。

(イタカ)!」

 ドラゴンとの攻防で魔力があまり残っていない。初級呪文しか唱えられないのがもどかしいが、それでもこの速度なら、止められるだろう。

 早く!

 速く!

 疾く!


『私がいなくなったら、マクラは泣いてくれる?』


 かつて教室で聞いた声がリフレインする。

「ふざけたことをっ!」

 あんな最悪な思いはもう二度としたくない。

 遺影、蝉時雨、草いきれ、一回忌、読経、線香、そんな無力感をかなぐり捨てて、俺は両足を可能限り早く動かした。

「邪魔をするでない!」

「ふべぇ!」

 俺より先に駆け出していたサキが転んだ。

 肝心なときにだらしがないやつだな、と思ったが、違うらしい。

 何かに足をとられたのだ。

復活(レ・エガミヨ)!」

 トモリが放った白い光は荒野の地面に染み渡っていく。

 まさか!

 葦の原のようにさんざめく沢山の腕。

「言うたじゃろう。アタメス荒野は古戦場のあとじゃと。急拵えでも甦るべき骨はたくさんある」

 ゴボゴボとたくさんの骨が荒野の赤土を掘って現れる。

「朽ちていった無念の魂……、土くれがあれば妾は形にすることができる」

 動く骨格標本、俗称スケルトンだ。

 下級モンスターだが、彼らの力はベースとなった肉体に大きく左右される。

 それに、数が尋常じゃない。

「ねぇさま!」

 倒れたサキが金切り声をあげ、右手をトモリに向けて追いすがっている。

 蘇ったスケルトンの形は様々だ。

 人の骨もあれば、モンスターとおぼしき骨もある。

 そのうちの一つがサキの足首を持って転ばせたのだ。

「おらっ!」

 体力的に初級呪文しか使えないので、いつかみたいに一掃することができない。懐から抜いた聖剣で一体を切りつけた。

 術が解け、ただの骨に戻る。だが、またすぐに別のスケルトンが現れて俺に襲いかかってくる。

「きりが……」

「古戦場じゃからのう。死体さえあれば、妾は寂しくない」

「ふざけんなよ! 俺は嬉しかったんだぞ、お前が生きてて、なのに、バカかよ!」

 骨の隙間で見え隠れする瞳から、大粒の涙がこぼれているのを、確かに俺は確認した。

「どけよ! 邪魔なんだよ!」

 土で汚れた死者の塊は、削っても削っても出現し続けた。

「頼むから、もうやめてくれ!」

 あの頃と同じだ。一歩も前に進めない。

 切り捨てたスケルトンが、もとの骨に戻って地面に落ちる。

 地面は荒野の赤土から、骨の白に塗りつぶされていく。それでも数は減らなかった。減らないし、トモリに近づくための一歩を踏み出すことができない。

「生きることが、めんどうになってのう」

 家賃六万のアパートで寝転びながら、アクビをする、いつもの自分と同じようなことをトモリは言った。


「だから、せめて、燃え尽きたいのじゃ」

「なにいってんだよぉ!」

 叫びも空しく、彼女の心に響くことはない。

「ありがとう」

 届くはずかない声量なのに、たしかに彼女の声を聞いた。

「マクラは生きてね。約束だよ」

 トモリはあの頃と同じ笑顔で静かに涙を流した。


「さぁ、テリヤム。妾は黄泉の世界より父上の魂を引っ張りあげるのに全魔力を使う。お主は聖剣のカケラに反魂魔法を込めて、妾の胸に突き立てい」

「本当にいいんだね?」

「聞くな。決心が鈍るであろう」

「ごめんね」

 テリヤムは聖剣の欠片を掲げると魔力を注ぎ込んだ。白い光に包まれる刃の破片。

 光は徐々に強くなる。

「確率は低いけど、必ず成功させてみせるよ」

「でなければ困る」

 二人の間には、理解しがたい信頼関係が築かれているようだった。

「頼んだぞ。テリヤム・メドクーラ」


 もどかしい。無理をしすぎたのか、全身が震える。それでも俺は聖剣を振るい続けた。

「トモリちゃん、あとは任せて」

「当たり前じゃ。失敗したなどとぬかしたら張り倒すぞ」

 テリヤムが聖剣の欠片を握った右手を掲げた。

 抜き身の刃だ。当然テリヤムの手も切れ、血が滴っている。

 満員電車みたいな沢山の骨に囲まれて、トモリは瞳を閉じた。


蘇生(レ・エガミヨ)!」


 テリヤムは呪文を唱えると同時に、かざした右手を降り下ろした。

「やめろぉぉオオオォォ!」

 スケルトンに阻まれた俺はそれを止めることができなかった。


(イツア)!」


 少女の声とともに、火の玉が空を走り、カラン、と。

「つ」

 テリヤムの手から聖剣が弾かれた。

 骨の隙間を縫うように飛んだ火炎は希望の流星のようにも、思えた。


「な、なんで!」

 足を捕まれ地面に伏せたままのサキは、土で汚れながらも、右手を実の姉に向けたままだった。

 土まみれの顔が必死の形相に歪んでいる。

「メメねぇ様!」

「なんで、邪魔するの!?」

 トモリは怒りを隠そうともせずに、叫んだ。

「ねぇ様に、生きていてほしいからです!」

 サキが打ち出したのは初級の火炎魔法だ。テリヤムの手から聖剣を弾き落としたところで、時間稼ぎにしかならない。

「ねぇさま、お願いです。ワタクシと一緒に、新生魔王軍を設立しましょう!」

 妹の懇願をトモリは冷たい瞳で見下した。

「お主はマクラと共に生きよ。父様の邪魔するのも、手を貸すのも、お主の自由じゃ。じゃが、今、この時、妾の人生を邪魔することは許さぬ」

「父様なんて、いりません。ワタクシはただ、ねぇ様といたいのです! お願いです、ねぇ様、ワタクシのワガママを聞いてください」

「ならぬ。テリヤム。もう一度じゃ」

「……」

 名前を呼ばれたテリヤムは無言で地面に転がる聖剣と、自分の手のひらの傷を見比べていた。

「テリヤム……?」

「……」

「なにを、ぼうっとしておる?」

「……やめようか」

「お、お主っ!?」

「なんだか全部がバカらしく思えてきたよ」

 テリヤムは今まで見せたことがないくらい晴れやかな笑顔をサキに向けた。

「スゴく個人的なことだけど、僕は親父が嫌いでね。親父の上司である魔王もあんまり好きじゃないんだ」

 小さく息をつく。傷付いた手のひらから白い煙が登っている。

「大体、カルックスの言う通りだよ。魔王の復活の為に、生け贄を捧げるのは間違ってるし、」

 地面の上から、ヒョイと聖剣の欠片を拾いあげる。

「僕は女の子が泣いているところを見たくない」

「今さら何を言うておるんじゃ、テリヤム!」

「それにさ、僕らは勇者に負けたんだ」

 テリヤムの手のひらで、カケラがひび割れ、消滅した。

「な、なんてことをっ!」

 

「過去の力にすがるより、僕はこれからの魔王を……見ることにしたよ。今さら、だけどね」

 荒野の乾いた風に吹かれて、粉々になった欠片が流れていく。

「あなたに、ついていく」

 癖のない髪が風にふわりと撫でられた。

「我らが魔王。……ニフチェリカ・マーメルト王」

 テリヤムは立て膝をついて、恭しく頭を下げた。

 それを腹這いのままで、サキは一言、

「許す」

 と告げて微笑んだ。


「……妾は」

 トモリは突然の裏切りに、唇を震わせ戸惑っている。

「妾は……どうすれば」

 一人では魔王は復活できない。

 トモリの策略は、テリヤムにより終止符が打たれた。

「なんで、みんな、邪魔をするの……」

 震える声でトモリは小刻みに震えながら膝から崩れ落ちた。


「聞いてください」

「ニフチェリカ……」

「ねぇ様は茶番と笑いましたが、マクラさんとの戦いでワタクシは大きく成長しました。魔王として、妹として、ワタクシは父様を越えてみせます。ですから!」

 サキの足を掴んでいた骨が炎に包まれて、消し炭になる。

 サキはゆっくり、だけど確実に立ち上がると、大きく息を吸って胸をはった。

「力を貸してくださいまし。メメントねぇ様!」


「……」

 うつ向いたまま、トモリは返事をしなかったが、彼女の周りのスケルトンがガラガラと音をたてて崩れ落ちた。

 砂煙をあげて、地面に落ちる骨は、少女の絶望を表しているようだった。

 戦闘の相手を失った俺は聖剣トモリを鞘にしまい、三日月の下の少女を見た。

「強くなったね」

 生気を取り戻した頬を月明かりが照らしていた。

「私にはわからないよ。父様が死んで、どこに行けばいいのか」

 力無い笑顔を妹に向けて、トモリは静かに涙を流した。

「だって私は父様の道具だったから……。何をすればわからないんだよ」

「ワタクシにも、わかりません」

「ならなんで、そんな自信をもって前を見れるの?」

「いまの答えが正解か不正解なんて、わかるのは結局未来の話だからです。何をしても後悔しないためにワタクシは前を向くのです」

 トモリは鼻を小さくならした。

「それでも、私は、私は居なくなった魂たちの責任をとらなくちゃ……」

「まどろっこしい話はなしにしましょう。責任は魔王がとります。ねぇ様の罪も過去も後悔も、すべてがワタクシの持ち物です。ですので、ねぇ様!」

「……」

「ワタクシの仲間になってくださいまし!」

 トモリの瞳に一筋の光が宿る。

「いいよ……」

 顔をあげたトモリは、夏の日、最期に見せた笑顔のままだった。

「妾も主の軍門に下ろうぞ」


 その返答をとびきりの笑顔で受け止めてサキは朗らかな声で「ねぇさま!」とトモリに声をかけた。

「ありがとうございます。二人なら父様を越えられますわ! 仲間も大勢います。ワタクシたちは無敵ですわ!」

 それはただの虚勢に思えた。

 彼女の最終目的はわからなかったが、どう考えても人類の兵力のほうが高い。

 それでも、俺は、彼女たちの敗北を思い浮かべることができなかった。

「ただし真の仲間になるには一つ条件がある」

「条件? なんです?」

 人差し指をピッとたてて、トモリは不敵な笑みを浮かべた。

「妾の持ち物は妾のものじゃ。罪も過去もマクラも妾のもの。それは譲れぬ」

「え?」

「勇者としてネクロマンサーが預かる。よいな?」

「ダメです!」

 望んだ中で一番の解決を迎えたのかどうかは、わからないが、少なくともバッドではないと思う。

 弾んだ声を荒野に響かせ二人は楽しそうに笑いあっている。

 それでいいじゃん。それでいいじゃんか。

 他になにを望むというんだ?


 吹き抜ける風とともに俺は辺りを一週見渡してみた。

 ボコボコの穴が空いた地面に、月明かりに照らされた沢山の骨、横たわるドラゴンに、忘れ去られた祐一郎……。

 なんだかんだで地獄絵図だ。

 それでも姉妹の笑顔は夜空の下、輝いてみえた。




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