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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
3/79

魔王少女は傷つかない 1

 日が沈むのが早くなり、仕事帰りはすっかり夕闇に包まれる。

 アパートの二階の隅に配置された我が家に、家賃六万円の価値はあるかと問われれば首を捻らざるを得ないが、職場から近いので無理矢理にでも納得するしかない。

「遅かったですね」

 いつ設置したのかわからない消火器の横にソイツはいた。廊下を照らす蛍光灯で本を読んでいたらしい。

「あー、お前、えっーと」

「ニフチェリカですわ」

「に、ニフヘ……」

「ニフチェリカ」

「ニ、ニフチ……えーと、なんのようだ?」

「……サキ。青村紗季です。お気軽にサキとお呼びください、マクラさん」

 半目で俺を睨み付け、ため息混じりに口を開いた。魔王を名乗った少女は、相変わらず眼帯をしていた。


「お久し振りです」

 一ヶ月前、安眠を妨害した少女が玄関ドアに寄りかかって俺を待っていたのだ。


 手にしていた文庫本を閉じ、鞄にしまいながら少女は俺を見つめた。

「ご報告があって伺いました」

 スカートのホコリを払いながら、スックと立ち上がると、肩に掛けた鞄に手を突っ込んだ。

 嫌な予感が胸を打つ。

 俺が勇者だと、ばれたのだろうか。

「はい、これ……合格です」

 薄いベージュ色した表彰状みたいな紙には、「清輪女子大学合格証」と書かれている。しょうもな。

「そりゃよかったな」

「……あれ?」

 しかし邪魔だな。

「終わりですか?」

「なにが?」

「いや、合格したんですよ。大学……最高学府です。女子大生ですよ? ピッチピッチです」

「すげーじゃん」

「なんか全然心がこもってなくないですか?」

「そんなこと言われてもな……」

 実際他人事だし。

 というよりも、早く退いてくれないだろうか。ストレートに言うなれば邪魔だ。部屋に入れない。

「心から祝ってるよ。おめでとう」

 最高の作り笑いに、

「ほんとですかー?」

 サキはニタニタと嫌味たらしい微笑みを返し、前屈みになって俺をねめつけた。

 というか冷静になって考えてほしい。近所のおばさんの息子が東大とかそういう話を聞かされてもどうでもいいのに、ましてや一回しか会っていない女の子の進路なんて昨日の天気くらいの興味しかない。

「いやぁしかしあの清輪だろ。頭いいな」

 とはいえ俺も社会人。物事を円滑に進めるお世辞くらいは心得ている。

「んふふー。もっと誉めてくれていいんですよ。ワタクシ誉められて伸びるタイプですからね」

「是非キャンパスライフをエンジョイしてくれ」

「もちろんですわ。ミスキャンとかに選ばれちゃったりして。むふふ」

「がんばれ」

 これ見よがしにポケットから家の鍵を取りだすが、見向きもされない。

「やはり合格というのは嬉しいですね。学校も理解してくれてますし、もう少し自分の進路について考えてみることにします」

 微笑みを浮かべるサキによって、秋の宵闇が爽やかなものになる。

 一方俺は鍵をわざとらしくふるって、無言のアピールを行い続けた。

「マクラさんのアドバイスのお陰ですわ。いの一番に伝えたかったのです」

「おおそうか。ありがとな。きみならやれるって信じてたぜ」

 チャラチャラと音をたてて鍵をいじる。

「でもワタクシはやっぱり魔王ですし、このまま大学に行ってもいいのか悩んでいるのです」

 向こうの世界に戻ったって彼女の居場所はない。奪ったのは俺だが、どうすれば良かったかなんて答えは今もわからない。

「たくさん悩めばいいよ。結局どの道を選んだって人は後悔するんだから、気負うことなく前に進めよ。悩んだ先の進路が正解だから」

「マクラさん……」

「あの……」

「はい?」

「……家入りたいんだけど……」

「はっ」

 限界だった。堪えきれず言ってしまった。疲れているのだ。早く足を伸ばしたい。


「失礼しました。そうですよね。立ち話もなんですもの」

 ようやく通じたらしい。さて、夕飯はなにしようか、と、考える俺の目の前で少女はドアノブに軽く触れた。

解錠(ヒゴラマケ)!」

 カチャリと鍵があく。

 解錠呪文なんてそんな使用頻度高くないはずだが、現実世界においては一番のチート能力かもしれない。防犯対策をもっとしっかりしようと心に決める。

「さあ。どうぞ」

「あ、ああ」


 鍵をしまいながら、自室にはいる。玄関で靴を脱いで、すぐ横にあるキッチンの換気扇のスイッチを入れる。タバコでも吸おうか。

「ふむ、相変わらずの瘴気。魔王のしもべが住むに相応しいですわ」

 なに普通にあがりこんでんのこいつ?

「おい」

「? なんですか?」

「遅いから帰れ。こんな時間に男の部屋に上がるなんてバカか?」

「失礼な。ワタクシの賢さのステータスはカンストしてます」

 なんて頭の悪い発言だろうか。

「お気にならなくても、心配ご無用ですわ。お忘れですか? ワタクシは魔王です。いざとなれば相手のハラワタを食らいつくして二度と生き返らなくさせるやることも可能なのです」

「理由になってねぇぞ。家族が心配するから、さっさっと帰れって」

「母は事故で、父は勇者に、腹違いの姉も恐らく人間どもに蹂躙されたことでしょう 」

 そうだった。殺したの俺だった。

 頼むからいきなりシリアスな顔つきになんなよ。

「いまはホームステイしてますが、両親代わりの二人とも老人会の慰安旅行で鬼怒川に行って留守なのです」

「だとしても男の家に上がり込む理由になってねぇぞ。お前ソレ襲われても文句言えねぇからな」

「襲うんですか?」

「いや、俺は襲わないけど……」

「結構」

 すまし顔のままリビングまで歩くと、まるで自分の家でくつろぐかのようにドカっとベッドに腰かけた。

「魔王っぽいポーズ!」

 足を組み、頬杖をつく。

「なにがしたい?」

「ワタクシはまだ新米魔王ですからね。まずはカタチからはいってみようかなと」

 パンツ見えてる。

「お前ほんとに思春期かよ……。俺のモラルゲージが低かったらヤバイことになってるからな」

「なんの話でしょう?」

「ゲームの勇者以上に厚かましいやつだな」

「勇者は嫌いです」

「もういいよめんどくせぇ。コーヒー淹れるけど飲むか?」

「ワインあります? 出来れば赤ワインをグラスで頂きたいんですが……」

「未成年だろバカ」

「やれやれ。お堅いシモベです」

「おい、そういやさっき聞き流したが、シモベってなんだよ」

「え、ちがうのですか?」

 きょとんとした表情で眺められる。

 仮にも世界を救った勇者が何が悲しくて魔王の娘のシモベにならなくちゃならないのか。

「むしろなんでそう思ったんだよ」

「こないだ一緒に祐一郎くんを倒したじゃないですか」

「誰だよ」

「マンドラゴラの祐一郎くんですよ」

「あぁ、そういう名前なのか」

 火炎呪文をお見舞いしたリーゼントの顔が浮かぶ。

「祐一郎くんとはあれからメル友になったんですけど、彼はマクラさんのことをワタクシの側近だと思ってるみたいです」

「事実と違うじゃねぇか。否定しろよ」

「うーん、一応否定したんですけど納得してくれなくて。とりあえず側近ってことにしときました。ワタクシも適任者が現れるまではマクラさんが側近でもいいかなって思いましたし」

「勝手に決めんな。俺は側近じゃないし、そもそも魔族じゃないから」

「えっ、違うんですか? じゃあなんなんです?」

 勇者。いや、正確には元・勇者。

「えーと」

 って彼女に教えたら八つ裂きの刑になるらしい。

 返り討ちにするのは簡単かも知れないが、一つの戦いに勝利してもまた次の戦いでストレスがたまる、それはごめんだ。俺はただ静かに暮らしたいのだ。

「人、かな」

「ただの人は魔法使えませんよ」

「魔法使える人」

「魔法使いですか?」

「……うん」

「魔法が使えるということは悪魔と契約したということですわ」

「あー、まあそうなる、のかな?」

「ならば魔の者の眷属(けんぞく)ということです」

 悪魔と契約した悪魔法使いを黒魔術。

 精霊と契約した善魔法使いを白魔術。

 前者は人に災いを、

 後者は人に救いをもたらす。

 と、あっちの世界では分類されていた。サキはそれを知らないらしい。というか説明するとぐちゃぐちゃになりそうだったので割愛することにした。


「まあいいや」

 ヤカンを火にかける。

 とりあえずコーヒーを飲んで落ち着くことにしよう。

「ワタクシは合格を伝える以外にもあなたに言いたいことがあって来ました」

 キッチン奥のリビングで、ベッドに腰かけたまま少女が薄く口を開いた。

「ワタクシの学校にも、魔族がいるらしいのです」

「おー、いるな。青村紗季とかいう女が」

「違います。ワタクシのことではありません。別の魔族がいるという話をしているのです」

 厄介ごとが飛び込んできた。

「なんでそれわかったんだよ」

「祐一郎くんの大罪、強欲のスキルです」

「はあ、なにそれ」

「強欲のスキル、情報収集です。ありとあらゆる質問に対し、一部の情報だけで答えを導き出すスキルです」

「すごいな。無敵じゃん」

「知りたがるのも強欲ということでしょうか。答えを導き出すにはピースを手にしていないといけませんが、その代わり一度導き出された答えの的中率は百パーセントです」

「ふぅん。まあ、よかったじゃん。これでまた同族とやらが見つかったんだろ」

「まだですわ」

 サキは強い瞳で俺を見つめた。

「学校にいることがわかったのですが、誰がそうなのかはわからないのです」

「……不思議な状況だな」

「例えるなら、数学の問題で公式はわかるけど、答えが導き出せない状態です」

「待てよ。あんたにはたしか魔力が高いものを見つけ出す能力があっただろ」

「高慢のスキル、魔力探査ですか」

「それで俺を見つけたように学校で使えばいいだろ」

「もちろん発動させましたが、成果が得られなかったのです」

 薄い壁の向こうで隣人の大きな笑い声が聞こえた。少女の後ろにある置き型のデジタル時計を見ると、俺の大好きなバラエティー番組が始まる時間だった。

「ワタクシはいま途方に暮れています」

 そんなこと相談されても困る。

 そもそもこの女は勇者を討伐するために仲間を集めているのだ。ターゲットが俺だって知ったら、どうするのだろうか。

 ヤカンが音をたてて、沸騰の合図を行った。

 コンロの火を止め、コーヒーを淹れる。

 トプトプと気持ちのよい音のあとに、芳醇な香りが立ち込めた。これであとタバコを吸えたら最高なのに、さすがに女子高生の前で一服するのは憚られる。

「はい」

「あ、ありがとうございます」

「とりあえずテレビでも見るべ」

「え?」

 渡されたコーヒーを片手に彼女は戸惑いの表情を浮かべた。



「てか、帰んないの?」

 アクビを噛み殺しながら尋ねる。そろそろご飯にしたいのだが、どうにもセーラー服の少女が邪魔である。

「お願いがあるのです」

「いやだ」

「まだなにも言っていません」

「あんたの願いに対する答えは全部ノーだ」

 二度とあちらの世界に関わり合いにならないと誓ったのだ。

「心が狭いですわね。報酬も与えますのでもう少し検討頂きたいところです」

「ちなみに報酬はなんだ?」

「しかるべき地位」

「早く帰れ」

「でしたら世界の半分でどうでしょう」

「ちょっと考えさせてくれ」

「じゃあ男の世界をマクラさんに、女の世界はワタクシが統治致しますわ」

「だれも得しねぇよ!」

「一部の人たちには好評なんですけどね……」

「せめて俺に女の世界の統治を……」

「ダメですよ。いやらしい」

「くそがぁ……」

 シャワー浴びたいし、そろそろ本気でうっとうしい。

「イエスと言うまでワタクシは帰りません」

「じゃあいいよ。勝手にすれば。俺いまから飯食うけどお前のぶんはないからな」

「ご飯は欲しいです」

「知らねぇよ」

 立ち上がり、キッチンに向かう。鍋に水を注ぎ火にかける。シンクの下にある即席ラーメンを取りだし袋を破いてどんぶりを一人分用意する。

「不健康ですわ」

 いつのまにか隣に立っていたサキがあきれ口調でぼやいた。

「うるせぇ。俺の夕飯は大抵これだ」

「ふーむ」

 両手でカップを持ったサキはコーヒーをゆっくり飲み干した。

「ご馳走さまです。とても不味かったです。お礼に少しばかり魔王の実力をお見せしますわ」

 苛立つことを言いながら、流し台にカップを置き、

「冷蔵庫開けますわよ」

「どうぞご勝手に」

解錠(ヒゴラマケ)!」

「あと別に鍵はかかってないからな」

 カチャリと音がして冷気の風が頬を撫でた。勝手にタンスとか漁るやつらに比べたらましかもしれん。

「ふむ」

 一つの短い唸りのあと、彼女の両手は信じられない速度で中の食材を取りだし始めた。

「卵があれば大分幅が広がりますわね。あ、ネギもある。おお、ニンニク、あとは使えそうなのはカニカマくらいですかね」

「なんだお前。俺のおつまみに手を出すなよ」

「ちょっと退いてください。邪魔です。あとは片栗粉があれば完璧なのですが……あ、あった」

「あ、こら」

 押し出される形で俺は隅に追いやられた。お陰でキッチンの隣にある玄関の靴抜きに片足をついてしまう。

「おい。勝手に人んちの台所で料理を始めようとすんな。常識ってもんを考えろ」

「うるさいです。私語は慎みなさい」

 謎の威圧に負けて言葉を飲み込んでしまう。

 彼女の手際は恐ろしいくらいに良かった。

 独り暮らしするのだから料理を始めようと考えたが、結局自炊するより買った方が早いし安いと切り替えたのは一ヶ月目くらいの頃。

 それ以来使われていなかったフライパンの上で、卵がふんわりと焼かれ、お湯作り専用器具となっていた鍋のなかで麺がパスタのように茹でられている。

「マクラさん、どんぶりを取ってください」

「そこにあるだろ」

「二人分です」

「……はい」


 ポカンとしている間に、サキの手料理は完成していた。

「お口に合うかわかりませんが天津麺ですわ」

 リビングの机に並べられたラーメンは黄金色をしていた。湯気とともに立ち込める香りに腹の虫が刺激される。

 箸を使って卵焼きを崩すと、中からとろっとした餡が出てきた。

「いただきます」

 耐えきれなかった。

 空腹を隠しきれない俺は飢えた猛犬のように麺をすすり、スープを飲み干し、気付けば空になったどんぶりを眺めていた。

「旨かった……旨かったぞ」

「ご満足いただけたようでよかったです」

 ゆっくりと自分の分の麺をすする少女は静かに微笑んだ。

「料理が上手いんだな」

「高慢のスキル、料理上手ですわ」

「そ、そうか」

 なんでもかんでもスキルにすんな。

「つうか、しれっと二人分つくってんじゃねぇよ。寄越せお前のぶん」

「これはワタクシの分です」

「俺んちの食材だから俺のもんだろ」

「治外法権ですわ! ばーかばーか」

「くそがぁ……」

 諦めて器の底にあるネギをつまんで口に運ぶ。

 食い足りない。こいつもしかして依存性のある薬でもいれたんじゃないだろうか。

「……」

 ふと顔をあげるとクリクリとしたビー玉のような瞳と目があった。

「なに?」

「いえ、胃袋は掴めたのだろうか、と思いまして」

「ああ、悔しいが完敗だ。旨かった」

「なるほど」

 サキは人差し指を自分のぷっくりとした下唇に重ねると静かに告げた。

「協力してくださるのでしたら、また作ってさしあげましょう」

「……!」

 心が揺らぐ。

 サキは不敵な笑みを浮かべたあとで、唇を尖らせて、これ見よがし麺をすする。

 麺をゆっくり咀嚼する少女は瞳だけで続きを促す。

「料理を作ってくれるのが報酬だとしたら、条件はなんだ?」

 美味しそうにゴクリと一口を味わったサキが、夜に溶けるような優しい声音で言った。

「学校の魔族を探すのを手伝ってほしいのです」



「魔族を探すね……」

 なるほど。占い師マンドラゴラに教えてもらった情報をもとに、新たな仲間を獲得しようとしているのか。

「お前の学校にいるんだろ?」

「ええ、まだ見ぬ魔族が」

「自分の学校だったら、俺が行く意味ないだろ。そもそも部外者が学校に行くのは難しいし、行ったところで意味はあるのか?」

「こないだの祐一郎くんとの戦いを経てワタクシは成長したのです」

 戦ったのは俺だし、経験値が入るとしたら俺だし、成長するとしたら、やっぱり俺だ。

「交渉というのはまず自分が有利だということをアピールし、相手を威圧するところから始まるのだと」

「ほう」

「マクラさんは顔に似合わずかなりの潜在魔力をお持ちのようですし、相手との交渉役に適任だと判断したのです」

「仮にそうだとしても実際問題俺がお前の学校に行くのは厳しいだろ」

「ガキっぽ……いえ童顔のマクラさんならば、高校生役も違和感ありませんわ。ワタクシの予備の制服をお貸しするので、放課後などに魔族探しを手伝ってほしいのです」

「……てか、待て。待て待て待て、冷静になって考えてみろ。根本的にそれは不可能だぞ」

「なぜですか」

「お前の学校、女子高だろ」

「はっ!?」

 目をカッと見開き、

「盲点ッ!」

 と彼女は叫んだ。賢さのステータスが余りにも低いと俺は思った。



 夜も更けてきた。さすがにこれ以上未成年者と同じ部屋に過ごすのはヤバイ気がしてくる。

「もういいから今日は帰れ」

「失礼な。あなたが帰れ」

「だからここは俺んちだっての」

「……しかし、どうすればよいのでしょうか。魔族が誰かもわからない、マクラさんは学校に来れない、状況は限りなく最悪に近いです」

「知らないって。マンドラゴラにでも相談しとけ」

「とりあえず、着てみます? 制服」

「三面記事になるだけだ」

 しかも、かなり恥ずかしいやつで。

「そうだ!」

 ろくでもない提案がきそうだな。

「来週の土曜日は暇ですか?」

「先に用件をいえ。暇か暇じゃないかはソレによって決まる」

「暇ですよね。このあいだ会ったときは土曜日でしたし」

 くそぅ、俺のシフトが完璧に把握されている。

「これ」

 鞄から一枚のプリントとチケットが差し出される。

「なにこれ、明水祭?」

「文化祭ですわ」

「はあ?」

「特別に招待いたします」

「なにが悲しくてこの年で高校の文化祭に行かないといけないんだよ!」

 不完全な青春をへた俺にとって学校は憂鬱の象徴でしかない。

「女子高の文化祭ですよ?」

「……ッ!」

「インターネットオークションじゃ、万単位の取引が行われてるらしいですわ。世の中には変態が多いんですね」

「俺は変態じゃないからな」

「さあそれはわかりませんがお暇でしたら、是非お越しください。あんまり期待はしていませんが、お待ちしております」

 サキはやおら立ち上がり、俺を見下すように告げた。

「当日は礼服でお越しください。格式というものが問われますから」

「行かねぇぞ、俺」

「新しい魔族が見つかるまでの契約ですわ。来てくださればワタクシのクラスのたこ焼きをプレゼントいたします。美味しさは保証いたしますわ」

「……食費が浮くなら仕方ない」

 女子高生か。失われた青春が取り戻せるかもしれない。

 サキは養豚場の豚を見るような冷たい目付きで、帰宅の途についた。

 俺の手元には夜の風と一枚のチケットが残された。さて。



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