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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
28/79

剣と魔法が支配する 5

 城下町は知らぬ間に不夜城と化し、歓楽街の灯りが眩しい町に変貌していた。

 正門前にある宿屋は最終決戦前夜も休んだ常宿であり、

「始めに断っておくが、健全な宿屋だ」

 けっしてクリスマスだからといって繁盛するホテルなどではない。

「不健全な宿屋ってなんですか?」

 きょとんとした顔で尋ねてくるサキ。純粋なのか清純派きどってんのかわかんなくなる。

「高速道路とか国道とか大きい道路沿いによくある、城みたいなホテルのことだ」

「あー、ワタクシのホームステイ先の近くにもありますわ。夜はピンクにライトアップされて素敵なんです。アチラの世界を攻める際の拠点にしようと考えてました!」

「……そうか。頑張れよ」

 色んなことが起こりすぎて、突っ込む気もしない。



「予約してないんだけど、泊まれます?」

 インと書かれた看板がぶら下がる扉を押しあけ、フロントに声をかける。

「大丈夫ですよ」

 受付の女性はニコニコと笑みを浮かべて、宿帳を開いた。

「よかった。二部屋お願いします」

「二部屋で五千ゴールドになります」

「……あれ、値上げしました?」

 最終決戦前はパーティー全員で泊まっても千ゴールドだったのに。

「一応観光地ですからねぇ。どこの宿屋さんもそれぐらいのお値段だと思いますよ」

 財布を開ける。

 ユナから貰った二千ゴールドしか入っていなかった。

「ちなみに一部屋だといくらですか?」

「お二人でのご利用ですよね? ツインですか? ダブルですか?」

「えーと……」

「ツインが一部屋に二つベッドがあるタイプで三千ゴールド、ダブルだと一部屋に大きなベッドが一つだけでして、二千ゴールドとなります」

「なるほどなるほど」

 相場はわからないが、一つ言える確かなことは、

「まかりませんか?」

 手持ちが足りぬ。

「無理ですね」

「あの……」

「はい?」

「実は、吸血鬼倒したの僕なんです」

「え? ああ、よく見たら勇者様! 私ファンなんです握手してください」

「あ、いいですよ、握手くらい、はい」

「きゃあ、ありがとうございます。感激です!」

「……それで、あの」

「はい?」

「まかりませんか?」

「無理ですね」

「……ダブルで」

「承りました」


 受付も終わり、ロビーのレストランで夕飯を取ることにした。まあ、食事代込みでの値段だと考えれば安い方だろう。問題は所持金が底をついたところだが、宵越の銭を持たないのが勇者の信条、復興のため経済を潤滑に回してやったと高楊子をくわえさせて貰おう。

「マクラさん、お金は大丈夫なんですか?」

 スパゲッティをフォークに巻き付けながらサキが聞いてきた。

「大丈夫じゃないよ。まあ、明日奴等をボコしたら直ぐに日本に帰るからどうでもいいけどな」

「そのことなんですが……」

 鳶色の瞳が真っ直ぐに俺に向けられる。

「マクラさん、こちらの世界に残る気はありませんか?」

「ない」

「え、即答……」

「魔王を倒したあと仲間にも言われたが、俺がこっちに残ってると色々と角が立つんだ」

 求心力を失った王様の相手なんてしてられないし、お隣の軍事国家ノースライトにつけ狙われる一生なんてごめんだ。

「ワタクシが……」

「ん?」

「ワタクシが保護します」

「ごめん、言ってる意味がわからないんだけど」

「ワタクシは魔王ですわ。ミヤを保護するように勇者も保護します。ですから」

「お断りだな」

「なぜですか。あの、こう言うと語弊があるかもしれませんが、……マクラさんはこちらの世界にいらっしゃった方が幸せになれると思うのです」

「……幸せ、ね」

 弟のススグの顔が脳裏に甦る。

 もう家族との縁もないのだ。

 トモリにすら裏切られ、俺を待っている人なんて、向こうの世界にいるのだろうか。

「そうは言うけどな……。帰らないと、派遣会社に迷惑がかかるし、工場のみんなにも……」

「仕事上のマクラさんの代わりなんていくらでもいます!」

「言っちゃいけないことを簡単に口に出すなよ……」

 俺にだって、分かっていても考えたくないことくらいある。

 なんの味付けもされていない不味いステーキと重なって気分は最悪だ。

「ですが、勇者としての……いえ、わ、ワタクシの友人としてのマクラさんは唯一無二ですわ!」

「悪いが社会の歯車の心には響かない。小市民は小市民並みに生きるだけだ」

「父、魔王エルキングは最強であり、カリスマでした。父を越えた貴方が小市民のはずありません」

「……保護って言ったって、魔界は滅んだんだぞ。何をするつもりだ。後ろ楯がないだろう」

 サキはゆっくりと深く息を吐き、それから続けた。

「こちらの世界に帰ってきて、ワタクシは魔族の立場が著しく低くなっていることを学びました。だから、手伝ってほしいのです」

「何を?」

「もう再興とはいいません。せめて地位を向上させることくらい、許されても良いのではないですか。種族差別を無くし、皆が平等に暮らせる世界を……」

「ふ」

 思わず笑ってしまった。最初よりも目標が高くなっている。野心だけは人一倍で、理想論だと理解していないところが、彼女らしくて素晴らしい。

 サキは不機嫌そうに俺を見た。

「何がおかしいのですか」

「別にバカにしてるわけじゃねぇよ。ただ……」

「ただ?」

 視線をテーブルの上に落とす。

「少し考えさせてほしいだけだ」

 コップに注がれた水を飲む。しっかりと濾過された井戸水だからか、とてもうまかった。



 膨れたお腹をさすりながら、案内された部屋に行く。赤い絨毯が敷かれた廊下を歩き、一番奥のドアを開ける。真っ先に目に飛び込んでくるのは、でかい一つのベッドだった。

「うん。なかなか良い部屋ではありませんか」

「そうかぁ? 狭いだろ」

「魔族向けではありませんが、ワタクシには十分です。ん?」

「どうした」

 荷物を部屋の隅に置いたら、不思議そうな瞳を向けられた。

「ここはワタクシのお部屋でしょ? なぜマクラさんが荷物を置いているのですか?」

「ああ、金がなくてな。俺とお前は同じ部屋」

「はあ!?」

 今まで見たことのない顔で睨み付けられる。

「正気ですか!?」

「俺だって別の部屋にしようとしたよ。でも金がないんだもん」

「ふふふふふざけないでください。結婚前の男女が同じ部屋で寝るなど……」

 フルフルと身体を震わせる。

「不埒ですわ!」

「そうは言っても有り金使って泊まれるのがこの部屋しかなかったんだからしょうがないだろ」

「一つ屋根の下ならまだしも、同じ部屋、しかも同じベッドだなんて」

「いや、すまねぇとは思ってるよ。俺はソファーか床で寝るから勘弁してくれ」

 サキは指を組み、伏し目がちにブツブツ呟いていたが、考えがまとまったらしく、ワントーン高くして続けた。

「わ、ワタクシだって町名を旅人に告げる仕事をしてましたし、少しならお金を出せます。新しく部屋をとりましょう」

「いくら持ってんの?」

「三百ゴールド」

「話にならねぇ」

 そんなはした金、昼飯代になれば御の字だ。

「つか、昨日はどこに泊まったんだ?」

「公園ですわ。星が綺麗なんです」

「ソレってホームレ……」

 まあなにも言うまい。姉妹そろって……。

「お風呂は職を紹介してくれたツアーガイドの方の家で借りました。泊まっていけばと言われたんですが、お風呂を覗かれたんで断りました」

「賢明な判断だな」

「きっとマクラさんも覗くと思うんです」

「覗かねぇよ」

「ご安心ください。仕方ないと割りきってますわ。悪いのは魅了のステータスが高いワタクシなのですから」

「人の話聞けよ。覗かないからな」

 ふんぞり返るサキを見てたら若干イラついた。

「そもそもお前胸ないじゃん、プロポーションだけならミヤの方がだいぶマ……」

 パチン。ビンタされた。

 見えなかった。

 痛みがヒリヒリ上ってくるまで何をされたかわからなかった。

「……」

「なんか言えよ」

 サキの背後にドスぐらいオーラが見えた気がした。

 こんなところで見たことない最高速度の攻撃がでるんかい。

「……先にシャワー浴びてきますわ」

 言い方気を付けろ。

「おう」

 風呂完備の客室だ。膨れっ面のままシャワールームに入っていった。

 俺はやることもなくなったので腹這いでベッドにダイブし、「うひょぉぉーい!」テンションあげあげで、ゴロゴロと回転しながら、久々のベッドを堪能することにした。


 ローラー運動を三往復し終わったところで、明日の準備を始めることにした。

 入り口隅に固めて置いた荷物から、着替えとタオルを出し、持ってきたアイテムの確認に取りかかる。

 まずは聖剣トモリ。

 柄袋から取りだし、鞘から抜いて、灯りに透かす。

「お、ラッキー」

 女神の祝福が届き自動修復機能が働いたお陰で、固いカボチャを両断した時についた傷も元通りになっている。良かった。

 次に確認にしたのは歯ブラシ。やはり食後は歯石が気になる。食べてすぐ歯磨きは歯のエナメルが溶けて良くないと友達が言っていたが、実際は炭酸飲料とかを好んで飲む人に限定されているらしく、調べてみると食後すぐの歯磨きはむしろ歯にいいらしいのだ。というわけで一刻も早く歯を磨きたいのだが、シャワールーム兼洗面所は只今サキによって占拠されているのでしばらく我慢しよう。

 次に確認したのはカミソリ。

 旅人にとって一番大切なのは清潔感であり、無精髭を生やしたままでは町民も気持ちよくタンスを漁らせてくれないので、勇者は常に無駄毛処理に追われるのだ。髭そりのベストなタイミングは起床後十数分後らしいが、今朝はバタバタしてそれどころではなかったので、一刻も早く髭を剃りたいところだが、シャワールーム兼洗面所は只今サキによって占拠されているのでしばらく我慢しよう。

 次に確認したのは上下のスウェット。俺の現状の格好はジーパンにパーカーであり、とてもじゃないがくつろげる格好ではない。なので、一刻も早く風呂に入ってリラックスできる部屋着に着替えたいのだが、シャワールーム兼脱衣場は現状サキによって占拠されているのでしばらく我慢しよう。

「まだかな……」

 女の風呂は長いとよく聞くが、少し長過ぎではないだろうか。

 水音が聞こえなくなってから随分経つし、だんだんと心配になってくる。もしかしたら、……バスタブがあるのか知らないが、気持ちよすぎて眠ってしまったのではないだろうか。

 立ち上がって、シャワールームの扉の前に立つ。

「おい、サキ、大丈夫……」

「マクラさん、タオルくださ……」

 声をかけるのと、ドアが開けられるタイミングが奇跡的に重なった。

「あ」

 小さく開けられたドアの隙間からサキの、……いや皆まで言うまい。

「ッ……」

 火山が噴火する前みたいに震えながら、真っ赤になっていくサキ。

「わ、わる」

(イツア)!」

「あっつ!」

 魔法を食らった。何でもかんでも暴力に訴えかけるのは良くない風潮だと思う。



 なんとか誤解を溶いたあとは、気だるさをシャワーで洗い流し、やることもないので早々に床につくことにした。

 一つのベッドの両端で、背中合わせに横になる。


 ソファーで寝ようとした俺を止めたのはサキだった。

 万全の状態で明日を迎えてほしいのだそうだ。

 といっても、手の届く距離にピチピチの女子高生が寝ていると思うとそれだけで不健全だ。

「淫行条例、淫行条例、淫行条例……」

 内なる欲求を封印呪文で抑える。

「淫行条例、淫行条……あれ、十八歳って法律的にセーフじゃなかったっけ……」

「……マクラさん、ぶつぶつうるさいです……」

「す、すまん」

 いかん、煩悩が溢れだしそうだ。冷静になれ俺、ビークールだ。

「……」

 無心になって惰眠を貪ることにしよう。

「マクラさんはメメねぇ様と知り合いだったんですね」

 こもった声が聞こえてきた。

 サキは気まずさを誤魔化すために会話することを選んだらしい。

「高校の時の同級生で、席が隣でわりかし仲良かったんだ」

「マクラさんにも高校時代があったんですね」

 寝たい。

「そりゃあるさ」

 くすり、と静かな笑い声。

「あの、お願いなんですが、ねぇ様を傷つけないでください」

「……できるだけ、努力するよ」

 窓の外では秋の夜虫が鳴いている。そちらに耳を傾けることで、サキの小さな息遣いを鼓膜の外に追い出すことにした。じゃないと変に心臓が高鳴って眠れない。

 俺は俺が思っていた以上に純情だったらしい。

「ありがとうございます」

「まあ、俺もアイツと仲良かったから、最善を尽くして、いい結果を造るさ」

「あの、ワタクシがお礼を申し上げたのは、それだけじゃありません」

「ん?」

「わざわざこちらの世界に来てくれて、本当に感謝してるんです」

 ベッドに寝ているのであり得ないのだけど、サキがペコリと頭を下げる姿が瞼の裏に浮かんだ気がした。

 ああ。明日も、頑張ろう。

 久しぶりにそんな気持ちになった。




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