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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
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剣と魔法が支配する 4


 夜の気配が肌を撫でた。

 空はだんだんと紫を帯び、日暮れが町を覆い隠している。路地裏の常闇も色を濃くし始めていた。

「つまらぬ」

 目的もなくなったので、宿屋を探そうとサキと歩き出した時だ。

「つまらぬのう。茶番じゃ、そんなの」

「トモリ?」

 行き止まりに、憮然とした面持ちの元クラスメートが現れた。

「水はいつになったら届くのじゃ?」

 俺たちがいるのは、室外機なんかを点検出来るように作られた少しだけ開けた空間だ。人一人ぎりぎり通れるくらいの狭い入り口に立った少女は、うろんな視線で俺とサキを見た。

「ああ、悪い忘れてた」

「やれやれ、中途半端じゃのう。なにをなすのも中途半端。魔王の娘も殺さず怨恨だけが残る」

「……まだ乗り物酔いしてんのか?」

「絶好調じゃ。妾は」

 黒毛混じりの金色の髪を掻き上げる、学生の頃の彼女の癖だった。


「さてと」

 そんな普通の接頭で、場面転換を試みないでほしい。なんとなくだけど、嫌な予感がした。

「マクラは邪魔じゃのう。下がっておれ」

「あ? 突然現れてなにわけのわからんことを言ってんだ」

「妾の大罪は怠惰。本当は働きたくないのだが、こればかりはしかたあるまい」

 水平に掲げた彼女の右手がボンヤリと白い光を放つ。照らされたトモリの表情は笑っているようにさえ見えた。

「お、お姉さま……?」

 背後のサキが小さく呟いた。


 おねぇさま?

 姉貴?

 なんでもない単語が、混乱を引き起こす。

 言われてみれば、何処と無く風貌が似ている。

 目尻なんてそっくり。

「生きていらっしゃったのですね!」

 明るい声が路地裏に響く。

「ああ、なんて良い日なのでしょうか! 神に感謝です!」

 クリスマスと同様、魔王が神に感謝するのはおかしい。

 手を打ち付けて喜びを露にするサキをトモリの冷たい瞳だけが見ていた。

「……」

「お姉さま……? お加減が優れないのですか? いつものハツラツさはいずこへ?」

「わかっておろう。妾が現れた本当の理由を」

 サキは冷たく放たれた言葉を受け止め、

「……アァ、アア、そういえば、そうでした……」

 数秒前までの笑顔は一言で枯れてしまった。

「そう、ですわね……気付かないフリをしていたのかもしれません」

「妾はネクロマンサーとしての仕事を全うする。おぬしは代替品(オルタナティブ)としての職務をまっとうせい」

 寒気がした。あやふやなカタカナ語を使いこなすトモリに。

「どういう関係だ?」

「私とネェさまは腹違いの姉妹です」

 トモリは半目になって俺を見つめた。

「魔王エルキングが(めかけ)との間に拵えた子が(わらわ)よ」

「ややこしいな……」

 漢字的に。

「つまりトモリは魔王の二号さんの娘ってことか」

「その通りじゃ。もっとも魔王ともあろうものが、意味もなく子をなすことはせぬ」

 トモリは眉尻をさげた。

「自分が死んだときの保険じゃよ。いや、正確には娘二人とも、復活のための礎じゃがのう」

「学のない俺にもわかるように言ってくれ」

「死んだ魔王の魂を定着させる作業をネクロマンサーの妾にやらせようというのじゃよ。重要な仕事じゃからのう、肉親を使うのは自然な成り行きといえるじゃろう?」

「あー、やっぱアイツ、クズだったか……」

 討伐して良かった。

「ま、そんなどうでも仕事ほったらかして帰ろうぜ。とりあえずミヤとユナを迎えて日本にさ。飯がうまくて治安も良くて、あんな最高な国ないぜ? 年明けのピークに間に合えばいいが」

 俺の派遣先はパック寿司の梱包であり、お正月は祝い事の席ということで需要が著しく高まるのだ。

 狭い路地裏は息苦しく、早々に脱出しようと歩き出したが、俺以外誰一人として動かなった。

「サキ……?」

「ワタクシの使命は魔族の再興ですわ」

「そうか、がんばれよ。応援してる。ひとまず今日は疲れたから宿屋に行こうぜ」

「魔王は魔族を守らねばなりません。未来を作るために必要なのです。みんなの幸せがワタクシの幸せだから……」

「だったら泣きそうな顔すんなよ。さっさと歩け、帰るぞ。いいから、はやく!」

「できません。使命であり、生まれ落ちた意味だから」

 殴りたい。

「マクラ、ニフチェリカのことは妾に任せい」

 トモリが抑揚のない平坦な語調で言った。再会してからの彼女は、変だ。

 めんどくさがりなのは相変わらずだが、昔はこんな殿様みたいな口調じゃなかったし、なによりもっと情があった。

「らしからぬことを言うな……通学路の焼けたアスファルトでのたうち回るミミズを助けてやった心優しい家森友利はどこにいったんだ?」

「好きな人の前だから、良いように見られたかっただけじゃよ」

「は?」

 思考が停止する。

「妾はお主が好きだったんじゃ」

 あの頃と同じ瞳で俺を見つめる。

「え、ちょっと待てよ、このタイミングでそれ言うの?」

「妾の留学の真の目的は勇者候補の見張り……、気づけば好きになっておったんじゃ。純粋で正義感があって頭も良く運動も得意なマクラに……」

 マジで? っていうサキの視線を無視し、俺は叫んだ。

「タイミング違うだろ! もう少し落ち着いてからその話聞くから。さっきまでミミズの話してたんだぞ、ステップアップしすぎだろ」

「勇者の異世界転送阻止に失敗した妾は魔族失格。それなのに、父上が死のリストに名をつられた時、マクラが無事に勇者の職務を成し遂げたことが、……嬉しかったのじゃ」

 トモリは静かに涙を流した。泣きながら言葉を続ける。

 石畳の上に涙の滴が落ちる。

「父上に合わせる顔がない。親不孝者だと思わぬか?」

「……」

「だから、もう一つの仕事だけは、やり遂げてみせる。邪魔をするなマクラ。たとえお主に嫌われようと……」

 空気が震える。トモリの右手に込められた魔力濃度が高まっていく。

「妹を殺すというのか?」

「殺すのではない。上書きじゃ。魔王の意識をニフチェリカ・マーメルトに上書き保存するのじゃよ」

「ニフチェリカの意識はどうなる?」

「消滅」

 サキはびくりと肩を震わせた。

 トモリの手は激しい光を放っていた。

「話にならんな」

「それでも妾はやらねばならぬ! 父が死んで良かったと思った自分を……なかったことにするために!」

 力強い響きを持つ宣言だったが、納得できないことが多すぎて、若干苛立ちを感じた。

「過ぎたことをとやかく言ったって、しょうがないだろ」

「まだ、やり直せる……だって、妾はネクロマンサーだから……」

「親を生き返らせるのに、妹の命を燃やしたら意味ないだろうが」

「……マクラ」

 トモリの手の光がゆっくりと収まっていく。

「おぬし、それほどまでにニフチェリカのことを……」

「バカか?」

「む」

「俺はただ目の前で誰も死んでほしくないだけだ」

「やはりおぬしは変わらぬのう。マクラはマクラじゃ。だからこそ、はっきりさせねばなるまい」

 トモリが空を指差した。

 指の先の狭くて黒い空には、星、月が浮かび、

「甘いね」

 そして、全裸のテリヤム・メドクーラがコウモリのようにパイプに逆さまにぶら下がっていた。


「ひああああああ!」

 ことの成り行きを無言で見守っていたサキが、大声をあげて俺の背中に隠れた。

 どうやら拉致監禁された思い出が軽くフラッシュバックしたらしい。なにより股間からぶら下がるブツが生々しい。デカイのが腹立つ。

「うんうん、やっぱり、かわいい女の子の表情が歪む瞬間は良いね」

「な、な、なんでテリヤムさんが……」

「来ちゃった」

「明確な理由を教えてください!」

「僕とメメントの目的はおんなじなんだ。勇者のことや魔王復活のことを教えてくれたのは彼女だからね」

「ネェ様が……」

「それからボチボチ協力関係を結んでいるんだけど、メメントったら手も握らせてくれないんだよ。酷いと思わないかい?」

「それは当たり前です」

「そっかー」

 ひらりと音もなく地面に着地するテリヤム・メドクーラ。

 狭い路地裏の人口密度が半端ないことになる。少し考えて欲しい。

「そんなことより、なんで裸なんですか?」

空間転移(スマビト)の転移体積を少しでも減らすためだよ。いくら僕だからって無意味に全裸にはならないよ」

 指をパチンと鳴らす。一瞬にして襟が大きく広がったマントを羽織っていた。

「下は裸だけどね」

 どうでもいい報告ありがとう。

「思ったより早くこっちに着いたな」

 サキを隠すように俺は前に出た。

「一人だけの転移なら魔力消費はそこまで多くないからね」

「ドラゴンとかはまだ向こうってことだな」

「なあに、もうすぐこっちに来るさ」

「なに? どうやって」

「メメントがミヤストム嬢の身体から次元転移爆弾を取り出しただろ? アレの精巧なコピーを作ってるところなんだ。あとはトガリ広場で爆発させるだけ」

「子供たちの平和のモニュメントも破壊する気かよ。人間じゃねぇな」

「当たり前だろ。僕らはモンスターなんだから」

 吸血鬼は懐からサーベルを取り出した。細い刃は俺の持つ聖剣のソレよりも長く、湾曲している。

「さて、魔王の意思は聞いただろ? 勇者殿」

「そうだな」

「満場一致でニフチェリカ嬢は魔王復活の媒体になることが決定してるわけだ」

 月明かりを浴びたサーベルの刃が白く光る。

「なのに、それを邪魔するってなると、最早キミのエゴじゃないかな」

「かもな」

 聖剣トモリの鞘を抜く。故郷に残した友達の名を冠した剣だ。もっともその友達は生きてたし、ネクロマンサーとかいうしょうもないモンスターだったが。

 本物のトモリはテリヤムの後ろでジッとサキを見ていた。

「僕には理解できないな。キミがこっちの世界に肩入れする理由も、ちょっとした知り合いの女の子を守ろうとする理由も」

「俺の手が届く範囲くらい、幸せになってほしいだけだ」

「やれやれ、仕方ない。あくまで邪魔するのであれば、僕も容赦はできないな」

「相変わらず喋り好きだな」

「え?」

 一気に間合いをつめる。

 毎度毎度のことながら、こいつらは命の取り合いというのをしたことがないのだろうか。

 ぐだぐだぐだぐだ自分の考えを他人に伝えて、そんな暇があるなら、いかにダメージを与えるか算段たてるほうが、よっぽど有意義だ。

 踏み込みとともに繰り出した一閃をテリヤムは辛うじてサーベルで受け止めた。

「なんて、速……」

 ガギン、と火花を散らして刃がぶつかり合う。つばぜり合いによる痺れが腕に伝わる前に、テリヤムの腹に蹴りを食らわせた。

「ぐっ」

 短い唸り声をあげて背後の壁に叩きつけられるテリヤム。

 憎しみと苦痛に歪む瞳が俺に向けられる。

大旋風(ゼカ・イゴス・ノモ)!」

 すかさず風の最上位呪文で追い討ちをかける。

 精霊の加護が働くので、日本での魔法とは段違いの威力だ。

「ぐああああ!」

 突風の轟音のなか、雄叫びをあげる吸血鬼。

 数秒後、魔法の効力が切れ、路地裏に静寂が戻ってきた。

「理解できたか?」

「……ぐ、つぅ、なんてやつだ」

「とうやら、まだわかってないみたいだな」

 聖剣を横たわるテリヤムの鼻先に突きつける。

「色欲に支配されてるお前なら楽勝と言っただろ」

 だめ押しに刃に(イツア)を纏わせる。

「ふっ、いいだろう、夜の僕に交代……」

「しないでいいよ」

 右手をはね飛ばす。

 黒い霧になるだけだった。

「おっと、核とやらを攻撃しないといけないんだったか。どこにあったっけ、確か、心臓の」

 剣先をずらして、突きで止めをさせるようスタンバイをしていた時だった。

「やめてください!」

 俺に声をかけたのはサキだった。


「テリヤムさんをこれ以上傷付けるというのなら、ワタクシはマクラさんを許しません!」

「現状分かってんのかよ。こいつはお前の命を奪おうとしてんだぞ」

「ワタクシは死ぬのは怖くありません」

 強い意思が込められた瞳だ。

 何を言っても無駄らしい。

「お前が、本当に心の底からそう思っているのなら俺は止めない。勝手に死ねばいい。……最後にほんとうのことだけ聞かせてくれ」

 聖剣を鞘に納める。

「魔王を生き返らせるための、犠牲になっていいのか?」

「……死ぬのは怖く、ありません」

 サキは小さくうつ向いた。

「だけど、死にたくありません。怖いんじゃなくて、生きるのが、楽しくなってしまったから……」

「……決まりだな」

 通路を塞ぐようにして立つトモリに目をやる。

「トモリ」

「……なんじゃ」

「俺はこいつを守る」

「……」

「なんとしてもだ」

「羨ましいのう。ほんとに……」

 悲しそうな目でトモリは俺を見た。

「魔王エルキングの復活(レ・エガミヨ)に必要なのは血族であるニフチェリカ・マーメルトの肉体と彼に止めをさした聖剣じゃ」

「そうか」

「妾は向こうの世界にいるときからずっとおぬしと二人きりになるよう努力してきたが、聖剣を奪うためのスキをマクラはなかなか見せてくれんかった」

「大事なもんだからな」

 普段は台所の下のシンクにしまっていることは内緒にしよう。

「明日のこの時間、アタメス荒野の転送機が落下した場所に来てくれろ。決着をつけようぞ」

「決着もなにも、行くわけないだろうが。俺らになんのメリットがあるんだよ」

「メリットはないが、来なかった時デメリットはあるのう」

「は?」

 わけのわからない虚勢に呆れる俺の下で小さな声がかけられた。

「ミヤストム・ノルウェジアン嬢とユナオルマ・ジョゴデゴス嬢の身柄は僕らが確保している」

「はあ?」

「こういうのを人質というのだろうね」


 あの二人が捕まっているとなると迂闊に手を出せない。

 テリヤムはトモリに引きずられるようにして去っていった。

「あー柔らかい、なんて、素晴らしい感触だ! なんで女の子ってこんなに柔らかいんだろうね! 良い匂いもするし、ここが天国かもしれないね」

「耳元で叫ぶでない、ウツケが、……置いていこうかのう」

 概ね元気そうでなによりだ。

 暗闇に消えた二人を見送ってから俺は服についた埃を叩き落とした。

「さて、宿屋に行くか」

「……」

「なにぼさっと突っ立ってんだ。早くいくぞ」

「……未成年者略取および誘拐罪」

「襲わねぇよ」

 そもそも治外法権だ。適用外に決まってる。

 やっと落ち着ける空間に行けると思うと、早くも徒労感が吹き出した。




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