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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
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剣と魔法が支配する 2


 腹が減っては戦はできぬ。

 メインストリートのレストランで遅い昼食をとることにした。

 自称サウレフトで一番うまい店だそうだが、食大国日本で育った俺には馬のエサのような味だった。


 皇国サウレフト。こちらの世界を支配する二大国の一つだ。

 俺たちが今いるのはサウレフト領の一つであり、皇帝が居を構える、いわば首都のような町である。

「どうやってザメツブルグに行くの? ここからでも遠いよ。南極と北極くらい」

 ミヤがごはんつぶを顎につけながら聞いてきた。

「その件だが、俺に考えがある」

 魔王の娘が転送されたザメツブルグは、今いる場所から真東の、石造りのデカイ城がある城下町だ。魔界との国境線に位置するソコは、休憩なしで歩いても丸一日はかかるだろう。

「知り合いの転送屋にお願いしようと思う」

「転送屋?」

「なんだ知らないのか? ようはワープポイントだ。空間転移(スマビト)を代行でやってくれるんだ。ただ莫大な金がとられるんで一般人は利用できないらしいが」

「マクラ、お金あるの? 僕はあと二百ゴールドしかない」

「勇者権限だ。たまには使わせてもらわないとな」

 この町で転送屋を運営しているのは、かつての俺の仲間である。

 話せばわかってくれるだろう。



「断るに決まってるだろ。バカ」

 つり目がちの目を細めて、フローレンス・メリタはため息混じりに吐き捨てた。

 転送屋が運営される町外れの魔法研究所はフローレンスの自宅を兼ねており、元魔王討伐軍の武器開発隊長が住むにしてはずいぶんと小さな家である。

 訪れたのは数年ぶりだが、相変わらずの辛辣ぶりだ。

「バカとはなんだバカとは。日本の高等教育をバカにすんなよ。俺は俺の働きに対する見返りを求めてるんだ 。ちょっとくらい転送機を使わせてくれたっていいじゃないか」

「いま自分の研究が乗ってきたところでな、勇者にかまけている暇なんてない」

「そこを、なんとか頼む」

「普通に考えろ。タダで転送機を使わせてくれってムシがよすぎるだろ。私も慈善事業でやってるわけじゃないんだ。世の中金だよ。貧乏人に施すギリはない」

「一緒に旅したよしみじゃねぇか」

「再会できて嬉しいが、それとこれとは話が別だ。例外を一つ認めれば、似たようなケースを認めなければならなくなる。めんどいだろ、そんなの」

 栗毛色の長い髪を指でクルクル巻きながら、野暮ったそうに息をはいた。

「歩いていけよ。立派な足がついてるだろ」

「遠い」

「わがままなやつだな」

 発明家として名を轟かせるフローレンスの知識は凄まじい。科学が魔術に淘汰されたこちらの世界にしては珍しいリアリストだ。

「たしかにマクラが居なきゃ世界は救われなかったかもしれない。だが、過去の栄光にすがるのはダサいぞ」

「別にすがってるわけじゃないが……」

「私も暇じゃないんだ。マクラと旅したのは魔界の技術を探るためだって最初に言っただろ。義理を感じてもらっちゃ困る。楽しかったけど、思い出じゃ前に進めないんだ」

 フローレンスは立ち上がると俺が入ってきたばかりの入り口を指差した。

「こちらに戻ってきて一番最初に会いに来たのが私か」

「まあな」

「姫騎士や賢者が会いたがってたぞ。私より先にそっちに顔を出してやれよバカ」

「フローレンス」

 名前を呼ばれて、彼女はビクリと肩を震わせた。

「今から、お願いを脅しに変えるぞ」

「え?」

「今宵も聖剣トモリが血が啜りたいと慟哭しておる」

 鞘から聖剣をわずかに引き抜き、刃に白い光を反射させる。

「やれやれ、強引だな……」

 ニタリと笑うとフローレンスはアゴに人差し指をピタリとつけた。

「マヌクア山脈にいるミミックの銀の歯車を取ってきてくれたら考える」

「なんでもいいからバラバラにしたい気分だ……」

「ふふっ」

 可愛らしい笑みを浮かべてフローレンスは手をパチパチと叩いた。

 こいつとの付き合いはいつもこんな感じだ。

「科学者は弾圧されるものだ。その程度の脅しじゃ私は屈しないぞ」

「オーケー。タダとは言わねぇ。ほら」

 胸ポケットから取り出した黒い携帯をヒョイと彼女に放り投げる。

「ん。なんだ、これ」

「俺の世界の技術が知りたいとか抜かしてだろ。そんなんでよければやるよ」

「ま、まさか、これは、マクラが前に言ってた遠距離通話小型装置(ケータイ)!」

「一世代前のやつだけどな」

 渡したのは買い換えたときに引き取った古い携帯だ。高校時代の思い出がつまった大切なものだが、それだけじゃ前に進めないとは、実に的を得た発言である。

「いいだろう。転送機を使わせてやる。対価として十分だ」

「それじゃ俺をザメツブルグに送ってくれ」

「りょーかい」

 携帯を頬にスリスリと擦り付けながらフローレンスはニコニコと言った。

「じゃあ、いま装置を起動させるからそこに立って。ザメツブルグだったな。地図で座標を確認する」

「ああ、待て。俺だけじゃねぇんだ。転送して欲しいのは」

「ん?」

「いまの旅の仲間だ」

 俺が発言すると同時に木のドアを開けて、ミヤとトモリとユナが恐る恐るといった風に入ってきた。

「よろしくお願いするわ。フローレンスさん」

 ユナが柔らかな語調でフローレンスに会釈した。

「……無理だ」

 それを無表情で受けたフローレンスは俺の方を向いた。

「転送装置が同時に送れるのは二人までだ」

「じゃあ二回にわけて送ってくれ」

「一度転送したらエネルギー充填に半日かかる。それでいいなら、構わないけど」

「そうか」

 後ろを振り返り、三人に視線を合わせる。

「とりあえず俺は先に行く。ついてくるあと一人をお前たちで決めてくれ」

「まあ別に急ぐ旅でもないし、歩くの嫌いだからアタシは二回目でいいわ」

 ユナはヒラヒラと手を降って半歩後ろに下がった。

「急ぐ旅だろ。なにいってんだ」

「転送装置もそうだけど転移魔法(スマビト)もエネルギーを使うの。テリヤムも言ってたでしょ。あいつらがこちらに来るまで最短でも二日かかるわ。まだあと一日猶予がある。焦ることないわ」

「なるほどな」

 ユナの横に立つミヤは起動準備に移っている転送機を食い入るように見ていた。

「ぼ、僕も次の機会でいい。真っ暗で高くて狭くて尖ってるみたいに、こ、こわい」

 チキンか。

「妾も次がいいのう。歩くのキラいじゃが未知なるものはもっとキラいじゃ。とりあえず初回は様子見じゃな」

「おい、それじゃあ誰も一回目じゃワープしないじゃねぇかよ。誰でもいいから、一緒に行くぞ」

「……」

 誰も声をあげない。俺は密かに傷ついた。


 結局ジャンケンで負けたのはトモリだった。

 貧乏くじを引かされたみたいに、トモリは不機嫌そうに唇を尖らせている。

「何で妾がこんな目に……。そもそも妾は魔界に帰れればそれでいいのじゃ。魔王がどうだろうが知ったこっちゃない」

 ぶつぶつ文句を言うトモリの独り言に反応したのは、装置の調整を行っていたフローレンスだった。

「魔界? 魔王?」

「ん? なんじゃあ、なにを見ておる」

「もしかして、……あんたら、モンスターか?」

「……」

 目が泳ぎ始める。

「な、なんのことかさっぱりなのじゃー。モンスター? 意味がわからんのじゃー」

「わずかだが闇の波動を感じる。どういうことだ」

「妾はモンスターじゃないのじゃー。仮にモンスターだとしても、モンスターという名の淑女なのじゃー」

 言ってる意味がわからなかった。

「マクラ、どういうことだ?」

 毅然とした表情でフローレンスは俺を睨み付けた。

「モンスターと旅をするなんて正気じゃない」

「内緒にしてたけどモンスター使いに転職したんだ」

「地味なジョブチェンジだな」

「ハローワークで見てもらったら、適正があるって言われて……」

「それなら仕方ないな」

 すべての興味を失ったように機械の調整にもどるフローレンス。チョロい。

「ああ、そうだ」

 ボタンをぽちぽちいじっていたフローレンスは立ち上がると近くにあったタンスの引き出しを開け、中からナニかを、取り出した。

「市販品にちょっと手を加えてみたんだ。よかったら使ってみてくれ。はい」

 差し出されたのは首輪だった。

「モンスターマスターは使役モンスターに調伏首輪をつける決まりになってるんだぞ。特別にやるよ。データも取りたいし」

「これつけるとなんかあんの?」

「乙女の口から言わせんなバカ」

 フローレンスは作業に戻った。

 渡された三つの首輪。

「……」

 どうしようか、数秒悩む。

 とりあえず一番近くにいたユナにつけようとしたら、

「……チッ」

 無言ではたき落とされた。

 ゴミを見るような目で睨まれる。

「……」

「なんか、言えよ」

「……」

 ユナの視線は無言の威圧を持って俺を調伏した。


「準備出来たぞ」

 転送機は想像していたのよりずっと大きかった。

 カプセル状になっており、中にあるものを遠くの別の場所に飛ばすのだそうだ。

「ちなみに聞くが、どういう仕組みになってるんだ?」

「バカに説明してもわかんないだろ。魔法だよ。魔法」

「そういう誤魔化し方は嫌いだな」

「カプセルに入った物体を量子の状態に変換して、送り先で再構築する。量子もつれを利用した情報のテレポートを小規模的に発生させる装置がソレだ」

「なるほどね」

 この国の言葉は相変わらず難しい。

 それにしてもテレポート技術進みすぎだろ。日本で開発されたら利権争いではんぱないことになるぞ。

「……そんなうまくいくの?」

「失敗はめったにないから安心しろ」

「たまにあんのか! ちょっとまて! 絶対の安全を保証しろ!」

「うるさいやつだな。いいからこの書類にサインしろ。ほら」

 誓約書と書かれた紙をペンとともに渡される。

「……」

 転送機によって起こりうるあらゆる損害は自らの責任になる、ということが記されていた。

「おまえ……」

「書き終わったら早く乗れ」

 カプセルにトモリとともに押し込まれる。

 満員電車のような詰め込み具合だ。

「ぎゃあ! セクハラじゃあ!」

「狭いんだからしょうがないだろ!」

 フローレンスは内部のゴタゴタが聞こえないのか、そのまま転送機(カプセル)の扉を閉めた。

「シートベルト絞め忘れるなよ」

「テレポートになんでシートベルトが必要なんだよ!」

 嫌な予感がする。

「よい旅を(ボン・ヴォヤージュ)!」

「おい、なんでフランス語が出た。答えっ……」

 俺が乗せられたカプセルの搭乗部はフロントガラスになっており、外部の状況が確認できるようになっている。

 地響きがした。

 ビリビリと空気が震える。青空が視界に広がる。

 研究所の丸天井が開く音だった。

「嘘だろ……、量子テレポートはどうした……」

「だったらいいなってだけだ」

「お、おい……」

 開いた口が塞がらなかった。

 ガタンと音をたてて移動し始めたカプセルは、コンベアに運ばれ、青い空に延びる発射台に装填されていく。

「アタシたちは別の手段でザメツブルグに行くとするわ」

「それが賢明だな。馬車を手配しよう」

 ユナとフローレンスの会話が遠く彼岸の彼方から聞こえる。

「いってらっしゃい」

 最後に聞いたのは誰の声だったか。

「ぎゃあああえええええええ」

 トモリの叫び声がカプセル内に響く。

 ガラスいっばいに青空が広がった。

 さながらロケットのようだ。

 小さくなっていく地表の風景。

 俺の声にならない叫びはすさまじい重力に押し潰された。



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