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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、冬、異世界にて
24/79

剣と魔法が支配する 1

 ファンタジー好きの気が知れない。

 いびつな世界観を認めろという方が難しいだろう。

 そもそも、ありもしない空想を当然のように垂れ流す作者の傲慢が気にくわない。

 俺は見たことしか信じないし、妄想に浸るより、現実世界を見つめる方がよっぽど有意義であろう。

 と、考えていた俺の幻想は、二年前のあの日に破れてしまった。



 ズキリ。


 後頭部の痛みが、重い瞼をゆっくりと押し上げた。

「痛っう……」

 ぼやけた視界がクリアになるにつれ、不可解の続きが網膜に飛び込んでくる。

 なんだろう、これは。

 ゆっくりと首を動かす。

 黒い壁、革貼りのソファー、正面に座る制帽を被った男。

 俺は馬車に乗せられていた。

 馬車?

 蹄の音と車輪の音。この揺れはどう考えてもタクシーじゃない。

 ああ、帰ってきてしまったのだ。

 化石燃料がなく自然崇拝が跋扈するファンタジー世界に。


「おはよう。目が覚めたようじゃな」

 朦朧とする意識を繋ぎ止めるように若い澄んだ女の声がした。

「頭は大丈夫かの?」

 乗り心地の悪い馬車は、ガタガタと不規則に揺れている。

「どういう、状況だ?」

 横にトモリが座っていた。

 新幹線のボックスシートみたいな感じた。隣は既知だが、正面に座るのは紺色の制服を着た見知らぬ男だった。

「状況といっても、見たままじゃからの」

「ミヤとユナはどこだ?」

「逃げたよ。妾とマクラは捕まってしまったのじゃ」

「捕ま……」

 腕を重く感じた。両手を眼前に持ってきて、手首に巻かれた鉄の輪を眺める。

 手錠である。

「なんで逮捕された? 悪いことしてないだろ」

「私語は慎め!」

 正面に座るコワモテのオッサンに怒鳴れた。


 刑事ドラマのワンシーンみたいだが、自分がそれに巻き込まれたとなると納得いかない。

「置かれた状況の確認くらいさせてください」

 オッサンは腕組みをしたまま口を開かない。

「無視良くない。泣くぞ。泣き叫ぶぞ?」

「……」

「うあああああああ! 俺は悪くねぇ!」

「静かにしろ! 貴様の対応は王都でもって判断される、処分が下るまではサウレフトの所有物だ。行動は一切制限される」

「……おっしゃる意味がわかんないんだけど」

 トモリの方をチラリと見る。

「草原に到着すると同時に巡視兵に見つかって捕まったんじゃ。許可なき越境は罪らしいぞ」

「なるほど、わかりやすい」

 再び正面を向く。

「なんも悪いことしてないんで解放してください」

「だめだ。異界人の受け入れは国益を左右する最重要案件だ。議会でもって処遇を判断する」

「二年前はそんな法律なかっただろうが」

「二年前だと? まさか貴様、度々こちらに来ているというのか!?」

「俺には黙秘権がある。供述は法廷で不利な証拠として……」

「答えんか!」

「そりゃもう、近所のレンタルビデオ屋に行くくらいの頻度でね」

「なんてことだ。国交を揺るがす重大な案件だぞ……」

 おっさんは震えだした。誰かに会いたくなったのかもしれない。

「あの、質問なんですか、なんでそんな異世界人を目の敵にするんです? そりゃ、難民みたいに数が増えたらアレですけど、めったにあるもんじゃないし」

「何度も来ているのに知らないのか。良いか、異界人は人間離れした高い能力を持つものが多く、先の大戦で活躍した勇者も異界人だったという。考えてもみろ。各国が勇者並の人間兵器を手に入れたらそれだけで一触即発だ」

 はたして俺は誉められているのだろうか? どちらかと言うと咎められているみたいだけど。

「まあ、もっともこちらの世界に流れ着いてくる大半が貴様のように無力な子供だがな」

「俺は子供じゃない」

「なんにせよ議会が終わるまで貴様の人権は認められない。いい評価してもらえるように自重するんだな」

 手のひらに視線を落とす。

 手首に巻かれている手錠には魔法除去(マジックバリア)が張られ、触れている限り魔法が使えないように出来ている。

「いい評価してもらえるとどうなるんです?」

「真っ当な職にありつける。もし監察期間に問題を起こしでもしたら一生塀の中か、未開拓エリアの強制労働者だ。わかったら静かに自分の行く末を祈るんだな」

 二十一世紀になに言ってんの、この人。

 聖剣はおっさんの横に立て掛けられていて、いくら勇者といえど状況の打破は難しそうだった。

「ちなみに王都までどれくらいですか?」

「あと五分くらいで正門につく。大人しくしていろ」

「じゃあ、歩いて二十分くらいか」

 立ち上がる。天井に頭をぶつけそうになった。

 脱出が困難なのはレベルが低ければ、の話。今なら余裕のよっちゃんだ。

「マクラ、どうするつもりじゃ?」

 きょとんとした目線でトモリが俺を見上げた。

「出るぞ。準備しろ」

「えー、正気かのう。冷静に考えてみ。衣食住が確保された刑務所の方が暮らしやすいのかもしれぬぞ」

「なに孤独に飢えた独居老人みたいなこと言ってんだ。はやくしろ」

「だがしかし、どうやって?」

 通常の魔法は自身の精神力を使って外部に働きかけるものだが、

(イツア)

 俺の魔法は外部からの働きかけによって発動させることができる。

火炎(イツア・イゴス)!」

 熱線が手首にはめられた手錠を焼き切る。切断面が赤く溶けた鉄輪が床に音をたてて転がった。この程度なら造作もない。自然エネルギーに勝る魔法や科学など存在しないのだから。

「なっ……なんだ、貴様、それは……」

 なお、こちらの世界において、俺の使う魔法は日本でのそれとは段違いになる。なぜなら、

「サラマンダー」

 精霊の加護があるからだ。

 馬車のドアの施錠部分に向かって小さな火球を放つ。

 ぼじゅうううう。という音をたて、氷が溶けるみたいにポッカリと穴が空いた。

「な、な、なんじゃあ、なんつう濃度じゃあ……」

 サラマンダー。トカゲのようの姿をした大精霊で火山に住んでいたところを打倒魔王の旗印のもと契約を交わしたのだ。魔王を退治した後も、他の四大精霊と同じように力を貸してくれている。

「……気絶したか」

 高濃度の魔術にあてられ、巡視兵のオッサンは気を失ったらしい。魔力耐性の低い一般人が精霊を感じることは不可能に近いのだ。

「行くぞ、トモリ」

「……」

 返事はない。

 お前も気絶してどうする。


 トモリと聖剣トモリを小脇に抱えて、馬車のドアを蹴破って外に出る。どうでもいいが、ややこしいので、剣の名前を変えようと思った。

 馬が嘶いて駆けていく。砂煙をたてて、小さくなっていく馬車を尻目に、トモリを道端の倒木にもたれさせる。

「おい、起きろ」

 気を喪っていたトモリに水魔法をぶっかけ、目覚めさせる。

「むぅん……」

 空には昼間の白い月が二つも浮かび、澄んだ秋の空気が俺たちを包み込んでいた。異世界にも金木犀はあるらしい。

「むにゃむにゃもう食べられないよぉ……」

「ベタな寝言いってんじゃねぇよ。起きろ」

 空を飛ぶ鳥は虹色で、身の丈ほどあるキノコが地面から生えている。

「はぁ……」

 相変わらず中途半端な世界観だ。

 馬はいるのに豚はいなくて、インドゾウはいるのに、アフリカゾウはいない。電気はあるけど、ガスはなくて、飛行船はあるけど、自動車はなく、そういう中途半端なところが、好きになれないのだ。

「マクラ……む?」

 水滴を前髪から滴らせて、トモリが顔をあげた。

「気を喪っていたんだ。とりあえず皇国に行くぞ。装備を整えたらユナたちと合流し、ザメツブルグを目指す」

 まじでこっちに来てしまった。

 もう二度と関わらないと誓ったのに。

 まあ、いいや、サキを見つけて、さっさと帰ろう。


 皇国サウレフトまでの道のりは、下らない過去の思出話に花を咲かせた。

「斎藤はどうしたのじゃ?」

「バイク事故で死んだぞ」

「三坂は?」

「離岸流にやられた」

「鈴木は?」

「雪の日に転んで亡くなったな」

「三宅さんは?」

「ひったくりを捕まえようとして、刺されたそうだ」

「委員長は?」

「受験ノイローゼで自殺したぞ」

「……あのクラス、呪われておったんじゃないのか?」

「まあ全部嘘だけど」

「なんで騙したのじゃ!?」

「あいつらの未來なんか知るかよ」

 みんなその後幸せに暮らしました、とでも聞けば満足か?

 そんなどうでもいい高校連中の話をしていたら、跳ね橋が見えて来た。


 皇国サウレフトは四方を壁に囲まれた城塞都市である。

 都市をぐるりと囲む壁には堀が作られ、唯一の入り口である城門には跳ね橋がかけられている。

 つまり、都市に入るには橋の中腹で行われている検問を突破しなければならないのだ。

「……」

 適当にやれば通れるだろう、と思っていたが、そこまで甘くないらしい。

「異界人が来ているらしいぞ」

「しかも、かなりの魔力総量をもっているらしいぞ」

「変な服を着た女も一緒だそうだ」

 俺たちの存在は、すっかり噂になっていた。

「なぜだ、すべて上手くいっていたはずなのに、……はっ!」

 しまった、馬車の運転手の口止めを忘れていた。

「やれやれ、どうするかのう」

 トモリはその場でぐるりと一回転し、自身が着ている高校の制服をうつむきがちに確認しながら呟いた。

 そういやコイツの私服を見たこと無いな。

「私服選ぶのダルいからのう」

「心を読むな」

 ともかく今は突破の方法だ。

 かつて皇帝に織田信長の楽市楽座を薦めたのにシカトされた思い出がよみがえる。

「そこ、なにをしている」

 突っ立っていたら、警備とおぼしきオッサンに話しかけられた。今日はオッサン祭りか。

「いい天気だなぁ。と思いまして」

「……」

 あの目、めっちゃ疑ってるよ。

「通行証は持ってるのか?」

「あ、飛行船!」

 見えない飛行船を追いかけて、もと来た道を引き返そうとしたが、腕を捕まれてしまった。

「ちょっと詰め所まで来てもらおうか」

「任意同行ですか? 拒否します!」

「強制だ」

「はい……」

 こちらの世界の住人ではないとバレるのは時間の問題だ、と半ば引き摺られるように簡易テントに向かっていた時だった。

「探したよ、マクラとトモリ。早くいこう。お茶会に遅れてしまう」

 どこで調達したのだろう。狩猟用のローブにブーツをはいたミヤが平然とした面持ちで立っていた。

「放してあげて。アタシの連れよ」

 ついで同じような格好をした隣の女性が口を開いた。

 ん? こいつ、ユナか?

 彼女は元の大人の体型に戻っていた。ボンキュボンの寒気を催すほどの美人だ。由々しき事態である。いいのか? 幼女という大切なアイデンティティが失われている。

「それはできない。いまは厳戒体制だ。異界人が紛れている可能性があるからな。こいつらの格好、向こうの世界の様相だろう」

「頭が固いわね。アタシたち旅芸人なの。通行証ならあるわ。四人分。はい」

 ポンと差し出された紙切れを確認したオッサンは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、悔しそうに、

「通っていいぞ」

 と、俺とトモリを解放した。


「どこで仕入れたんだ?」

 無事に再会できた喜びを分かち合ってから、正門に向かい歩みを進める。

「ミヤが盗賊に襲われそうになってるのを返り討ちにしたのよ。お陰でマネーと服が手に入ったわ」

「もう最悪。男はなんとも汚らわしい生き物である。みんな去勢するか滅んでほしい」

「盗賊のやつら返り討ちにあって驚いてたわ。モンスターにしばらく会ってなかったみたい。やれやれ、真に恐ろしいのは人間かもしれないわね」

 やるせない怖い話のオチみたいなことを呟きながら、皇国サウレフトにたどり着いた。







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