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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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冬の空と継続する悔恨 5


 予想外の出来事に、トモリの額に汗の玉が浮かぶ。遠くの席に座る大学生とおぼしき集団のバカ笑いが店内に響いていた。

「な、なんで……」

 彼女の指は激しく震えて、ノートはパタンとテーブルの上に落ちた。

「なんで、妾の名前が、ここに」

 青くなった唇から戸惑いの言葉が漏れる。

「どうしたの?」

 正面に座るユナが平然とした口調で訊ねた。

「決まっておろう! 自分の死が予定に組み込まれておったら誰だってビビる!」

「でもメメはアンデッドだから死ぬことないじゃないの。それって矛盾してない?」

「高魔術を打ち込まれたら蘇生することなくあの世行きじゃ。まだダラダラ生きていていたいのに、折角……折角……」

「あら、そうだったの。……ごめんなさいね」

「え?」

 謎の謝罪を受けてトモリは机の上で開いたままのノートに目線を落とした。

「き、消えとる。さっきまで確かに妾の名があったはずなのに」

「良かったじゃない」

 言ってからアップルパイを頬張るユナ。幸せそうな笑みが浮かぶ。

 先ほどまであったメメント・モリヤーティという名前は、はじめから無かったみたいに消えていた。

「……どういうことじゃ……。ユナっち、お主、まさか」

「んー? グダグダやるの嫌いだから、協力要請を断り、拒否を続けるようなら水魔法を打ち込んで、暴力にものを言わせようかな、って考えたところ」

「……!?」

「次から気を付けるわ」

「恐ろしい子……!」

 白目を剥いてビビるトモリをユナは鼻で笑った。

「魔法じゃなければ、死なないのよね」

「!?」

 トモリの肩がビクリとはねあがる。

「例えば切り刻むとか。あとは殴る蹴るとか」

「いやいや、死ぬよ! 死んだあと生き返るだけじゃから、痛いは痛いよ!」

「ふぅーん……」

 二人はしばし、無言で見つめあった。

 沈黙を破ったのはトモリだった。

「仕方ないのう! 手伝うのじゃ」

「え? 無理しなくていいのよ? 別に強制じゃないし」

「是非手伝わせて欲しいのじゃ。魔王のピンチは見逃せないのじゃ」

「あらそう、悪いわね」

 涼しい顔のユナを見て、こいつだけは敵に回さないようにしようと心に誓った。



 翌日の待ち合わせ場所を決めてから、駅前の噴水広場でトモリと別れる。

 暖房の利いた店内から、寒風吹き荒れる外に出て、俺の帰宅欲求は爆発寸前だ。

 あとは電車に乗って地元駅で降り、家に帰るだけのはず、だった。

「トモリを追いかけるわよ」

「は?」

 自動券売機で電子マネーのチャージをしていたら、ユナが俺の背中に声をかけた。

「いやいや、いくらアイツが極度のめんどくさがり屋であろうと、約束を破るやつではねぇよ」

「違うわよ。別の面で心配してるの」

「なにをだよ。早く帰ろうぜ」

「いくらアタシでも友人を殺そうとは思わないわ」

 静かな湖のような瞳が俺を見つめる。

「嘘つくな。いままで何人の命を奪ってきたんだよ」

「知人の命なら奪えると思うわ、例えばマクラとか」

 北風が唸る。

「……トモリの命を誰が狙うんだ?」

 チャージが終わったので、財布に電子カードを戻し、背後に佇むユナを真正面から見据える。

「……さっき気づいたんだけど」

 ユナは遠くの広場を指差し、

(タメツ)

 街灯に群がる蛾を一匹、魔法(タメツ)で叩き落とした。

「見られてたみたい」

 夜とはいえ、駅前にはたくさんの人がいる。

「見られたらどうすんだよ!」

「ええ、見られてたのよ」

「そんな目立つことすりゃ、見られちまうだろうが!」

「目立っても、目立たなくても、どのみちアタシたちは監視されている」

「噛み合わねぇ!」

 わけのわからないやつだ。幸いにして、ホームに滑り込んできた電車の轟音で、ユナの魔法は目立たず、誰にも見られていないようなので、良かったが。

 静かに安堵する俺の袖をユナは軽く引っ張った。


 広場の街灯。

 地面に転がる死骸に目を落とす。

 いや、

 よくよく見れば蛾ではない。人間の目玉に蝶の羽が生えた醜悪なデザインのモンスターだ。

「人は本質的に他人に興味はないわ。それなのにアイツらはアタシたちの邪魔ばかりをしてくる」

「なんだこのキモいの」

 煙のような黒い靄が上がり、澄んだ空気に死体は溶けた。

「エロ吸血鬼の使い魔のようね。アタシたちの計画は筒抜けだったみたい」

「回りくどい野郎だな」

 布袋を取り、聖剣を外気にさらす。

「敵はどこだ?」


 真冬の深夜は静寂に支配され、生き物の気配は死によって塗りつぶされていた。

 こんな時間に出歩けるのは、用がある人間かアンデッドだけである。

 トモリが眠る寺の前、そこにいくつもの影が列をなしていた。この世ならざる者の集合だ。

「スケルトンね」

「骸骨兵士か」

「意思がなく支配者の命令にだけ従う低級モンスターよ。テリヤムの魔獣召喚みたいね」

 理科室の骸骨標本みたいなモンスターが、寺の入り口にどんどん集まってきている。大作ゲームの発売日前みたいだ。その数ざっと二十。

「ネクロマンサーがアンデッドの骸骨どもに襲われるってなんだよ」

「アタシだってアホらしいと思うわよ。だけどここであいつらを一網打尽にしておかないとメメが殺されちゃうじゃない」

 なんだかんだでこいつは友達を心配しているのだろうか。しかし、……

「まさか。スケルトンだぞ。小学生だって武器持てば勝てる」

 骸骨兵士は雑魚モンスターだ。スライムよりも弱く、筋肉がないから、ちょっとした一撃でバラバラになる。 厄介なのは数だけだが、あれくらいであれば、どうとでもなる。

「……メメの今のレベル、2なの」

「は?」

「体力ゲージは常に赤色よ」

「ミヤより弱ぇ!」

 たぶん六日目の蝉のほうが強い

「なんでそんな弱いんだよ!」

「病弱なのよ」

「元気一杯だったじゃねぇか」

「あの子は生きる死ぬを繰り返す珍しいモンスターなの。総魔力量は変わりないし、記憶もそのままだけど、死ぬ度にレベルはリセットされるし、復活までに時間がかかる」

「だから、死ぬ予定リストに名前が載ってもそこまで焦ってなかったのか」

「死ぬのには慣れてるのかしらね。あの子のことだから」

 慣れてるとかドン引きだわ。

「二年前くらい前は、二センチくらいの段差でつまずいて死んでたわ。その前の年はお餅喉に詰まらせて死んだわね。台風の時は田んぼの様子を見に行ってたし、大雨の次の日は中洲でバーベキューするのが趣味っていってたわ」

「もはや死ぬのが趣味だろ……」

 そんなやつ助ける意味あるのか?

 暗闇のなか、塀を必死に乗り越えようと頑張っているスケルトン達のほうがよっぽど好感がもてる。

 彼らは脳みそないのに、与えられた命令を遂行しようと必死なのだ。

 ん、命令?

「一つ疑問に思ったんだが……」

「なによ」

「俺たちの動向を把握してるなら、トモリを殺すより、ミヤの排除が得策じゃないか?」

「はっ!」

 どうやらユナも気がついてなかったらしい。

「は、早く、ここにいるスケルトンを一掃してミヤのところにいくのよ! マクラ!」

「はいはい」

 聖剣を水平に構え、魔力を込める。

 街灯の灯りを白く反射し、鋭い切っ先に風が宿る。

大旋風(ゼカ・イゴス・ノモ)!」

 幾つもの空洞の眼窩が俺の方を向いたがもう遅い。巻き上がった風に砂がさらわれていくだけだ。

 門を埋め尽くしていた白骨の山は、凍える夜空へ消え失せた。

「ふぅ」

 一息ついて聖剣を鞘に納める。

「や、やっぱりスゴいわね。元・勇者の魔法は」

「ハンバーガー食って魔力も回復したし、精霊の加護を受けてるからな。それに聖剣を触媒にすれば、効率的に魔法を放つことができる。そんなことよりミヤの家まで急ごうぜ」

 ダッシュでミヤのマンションに向かう。

 放課後をエンジョイする小学生並のアクティブさだ。若さという情熱を失った俺の原動力は惰性だけだったが。

 相も変わらず巨大なマンションにたどり着いた俺とユナは息を潜めて、エントランスを覗きこんで見た。

「きっしょ……」

 ユナのぼやきの先に、大量の骸骨がひしめき合っていた。

 マンションのエントランスはさながら満員電車のようにすし詰めだ。

 全員オートロックが突破できなくて途方にくれているらしい。かわいい。

「真面目なやつらね」

 ユナのように暴力にモノを言わせようとしないあたり、こいつらはいい奴等だ。

 聖剣に土魔力を纏わせる。丁寧に一体一体土に返してあげることにした。

 大規模魔法を唱えて自動ドアが壊れたら大変だからだ。

 骸骨を切りながら、俺はずっと明日の算段について頭を巡らせていた。


 まず、派遣会社に連絡して休みをもらわないといけない。

 親戚が亡くなったことにしよう。あとは、えーと、上長と大家にも、しばらく留守にする旨を伝えなくちゃ。

 俺が抜けて工場は正常に稼働できるだろうか。

 自慢じゃないが俺の酢飯の上にワサビを乗せる速度は尋常じゃない。

「……」

 なんて自分を慰めてみる。

 最近のパック寿司はサビヌキが増えてきたのでヤバイ。

 だけど、どう考えても同じ値段でサビアリかサビヌキだったらアリを選んだ方がお得に決まっている。

 世間が俺を待っているのだ。

 できればすぐにこっちに帰りたいがそううまくいくとは思えない。

「まあ、前と違って準備ができるからマシか」

 独り言を呟いたら、ユナが不思議そうな瞳で見つめてきた。



「こんなもんか」

「いやはや見とれるくらい華麗な剣戯ね。あれだけ切ればレベルも上がるんじゃない?」

「いま上がった。少し頭が良くなった」

「おバカな発言ね」

 とりあえずの処理が終了し、家に帰る。

「また明日な。気を付けて帰れよ」

「お互いね」

 あんな子供の姿でうろついて補導されないのだろうか。


 家につくと同時に、布団に潜り、泥のように眠る。

 疲労感が一気に吹き飛んだ。

 夢はみなかった。爆睡だ。

 おかれた状況は最悪に等しかったが、気持ちのよい夜だった。


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