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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
20/79

冬の空と継続する悔恨 4

 数分前、ミヤの部屋でしたバカな会話が耳に蘇る。

「聖剣? ゴーレム族が守っていた聖剣を今はマクラが持ってるの?」

 ネクロマンサーを探しに行く前に、自宅にある聖剣を取りに行くと言った俺にミヤは首を傾げて聞いてきた。

「ああ。家の台所にあるからちょっと取ってくる」

 かつて聖剣は、勇者であれば抜けるという伝説とともに、海底神殿の岩に突き刺さっていた。

「なんで台所なんかに……」

「切れ味がいいからトモリがあると便利でな。大根切ったりリンゴの皮を剥いたり……」

「トモリ?」

「あ、聖剣にそういう名前をつけたんだ」

「なんで?」

「いや、なんでって言われても……なんとなく?」

 理由があった。

 一緒に旅をした戦士から教えてもらったのだが、相棒となる剣に、恋人ないし故郷で待っている人の名前をつけるのが、戦士の間の験担ぎなのだそうだ。

「南極二号とかミギーとかそういう名前じゃないのね」

「ぶっとばすぞ」

 名前の由来に気づいたユナがからかって来たので、年甲斐もなく恥ずかしかった。



 家森友利とは恋人だった訳ではない。


 彼女とは同級生だったのだ。

 高校二年生の一学期に転校してきた女子で、他のクラスメートとは異質な雰囲気を醸し出していた。

 真面目すぎず、不真面目すぎず。単純に彼女とはウマがあった。


 目を閉じればいまでも思い出すことが出来る。

『私……もうすぐ死ぬんだよね』

 クーラーの涼風で締め切られた教室。そこに咲いた儚い笑顔が忘れられなくて、俺は手にいれた聖剣を『トモリ』と名付けたのだ。

 あれは、そう、二年前。

 冗談みたいな打ち明け話。視聴率が取れなくて焦ったドラマみたいな展開に開いた口が塞がらなかった。

 人は簡単に死なないと考えていた少年には、受け止めきれない告白だった。

『私がいなくなったらマクラは泣いてくれる?』

『ふざけたこと抜かすなよ』

 喉を震わせ、出たのは軽い罵倒の言葉だった。

『勝手に死なれると困るんだよ』

『そんなこと言われても、生きてることがめんどくさくなっちゃって……』

『甘ったれんな。諦めんな。まだなんか方法があるんだろ』

『手術を受ければ助かるかもしれないけど、成功する可能性は限りなく低いよ』

『受けろよ。少しでも助かる可能性があるなら賭けるべきだろ』

『でも……』

『よし、じゃあわかった』

 あの時、俺は若くて、純粋だった。そして何よりバカだった。

『明日の試合、俺はお前のためにホームランを打つ! そしたら手術を受けてくれ!』

 当時の沢村マクラは不動の四番、部活に燃える高校二年生で、弱小ではあったが、野球部に所属していた。

『絶対に打つ、だから簡単に生きることを諦めるな!』

『本当に?』

『ああ!』

『うん、わかった。約束だよ』

 青空には入道雲が伸び、アブラゼミの鳴き声が響いていた。季節はどこまでも夏だった。


 その日の夕方、俺は異世界に飛ばされた。

 嵐というのはこちらの事情なんてお構い無しにやって来る。

 トモリとの約束が果たされることはなかった。

 ちゃちゃっと世界を救って、こっちの世界に戻ってきたとき、家森友利は死んでいた。


 遺影で微笑む彼女を前に俺は嗚咽を我慢できず、咽び泣いて醜態をさらした。家森友利は手術を受けなかったのだ。

 ただそれだけのこと。

 墓参りなんてできるわけがない。

 ましてやこんな夜中に。クリスマスイブに。幼女同伴で!



「マクラ、どうしたの?」

 隣に佇むユナが心配そうに聞いてきた。

 携帯の頼りないライトに照らされた墓石は、冬の冷気を伴って俺の感傷をイタズラにほじくりかえす。

「いや、なんでもない。寒さで頭がうまく回らないだけだ」

 携帯を持つ手を入れ換える。冷えた右手をポケットにいれて暖め直す。

「これからどうするんだ?」

「アタシの鼻は本人の生活臭を優先的に捉えてしまうの。メメントは近くにいるはずよ」

「いや、そこだろ」

 墓石を指差す。

「死んでんじゃん」

「そこにメメントはいません。眠ってなんかいません」

「は?」

「生きてるはずよ。そういうやつだもの」

 冬なのに、蝉時雨の幻聴がおこる。

「ネクロマンサーはモリヤーティの家業よ。本来の種族は別。彼女は妖精(バンシー)の一族であり、超自然的存在であるから死ぬことはない」

 寒くて凍えてしまいそうだった。

「そんな、バカなことーー」


「ユナっちではないか」

 鼓膜が震えた。

「ちょっと見ないうちに随分と縮んだのう」

「げ」

 静寂を切り裂くような間の抜けた声が墓場に響く。

 瞳孔が開く。喜べばいいのか、不安になればいいのか、憤慨すればいいのか、驚けばいいのかわからない。

 ただ懐かしさに囚われる。

 己は道化か。滑稽じゃないか。

「どうしたのじゃ、アボトキシンでも飲んだのか? ウケる」

 暗くてよく見えないが、あのシルエットは間違いない。

 かつての面影が、目の前にいる。

「それより、こんな夜中に人んチの前でなにをしておるのじゃ? 逢い引きか? 若いのう」

「ちょうどよかったわ。あなたを探してたのよ、メメ」

 名前を呼ばれた少女はめんどくさそうにアクビをした。墓場に灯りは一切なく、暗くて顔はよく見えない。

「えー、その話いまじゃなきゃだめ? ものすっごく眠くてのう。別日にしてはくれんか」

「今じゃなきゃだめ!」

 ユナが語気を荒らげた。

 仕方ないといった風にメメントは頭をポリポリと掻いた。

「ネクロマンサーの力が必要なのよ」

「えー! だるいぃー」

 間延びする声が静けさに支配された墓地に響く。

「そんなつまらん話より恋ばなでもしようではないか。ちなみに、そこの人はユナっちの彼氏かの? カノジョに子どもの格好させるって、えーと、随分とガチな人を好きになったもんじゃな! 大丈夫、愛の形は人それぞれ!」

「人の話を聞きなさい。マクラはそんなんじゃないわ」

「マクラ? え、沢村……マクラ?」

 家森友利。

 口癖はメンドクサイ、ダルい、カッタルイ。そんな彼女の大罪が怠惰というのも頷ける。

 俺は震える手を水平に掲げ、携帯のライトで人影を照らしてみた。

「ひさし、ぶり、だな」

 隣人が魔物なんて穏やかじゃないと常々思っていた。

 ありえない再会はうわ言のような返事で彩られた。

「あっ、うん。久しぶり、だね。生きて、たんだね」

「お互いに、な」

 気まずい。

 トモリの正体がネクロマンサーとかいう眉唾なモンスターだったことより、なにより、気まずい。

 というか、しゃべり方が変だ。クラスメートだったときは、普通の女子高生みたいな感じで、間違っても昔の殿様みたいな話し方じゃなかったのに。

「……」

 なんだこの空気。

「と、とりあえず、場所変えるべ」

「そ、そうじゃ、……えっと、そうだね。うん」

 こんな辛気くさい墓場なんかで立ち話なんかしたくない。



 苔と土の臭いから離れ、駅前の二十四時間営業のファーストフード店に入った。

 夜には眩しすぎる灯りに照らされたメメント・モリヤーティは確かに俺の知る家森友利だった。

 ご丁寧に母校の制服を着ている。紺色のブレザーだ。

「本当に、懐かしいのう」

 店員の気持ちのいい挨拶に紛れるような声量でトモリは呟いた。

 病的なほど青白い肌に、黒毛混じりの金髪のオカッパ。生活指導の先生に地毛だと半ギレしていた彼女の横顔をいまも思い出す。


「マクラ、あのね、アタシ手持ち五十二円しかないの」

 カウンターの前でユナが俺の袖を軽く引いた。うるうるした瞳でジッと見つめてくる。

「うるせぇ、わかったよ。奢ればいんだろ」

「ビッグバーガーセットとバニラシェイクのLとチーズバーガーの単品とアップルパイ。あとスマイル下さい」

「遠慮しろよ! なんでもかんでもバカスカ食いやがって!」

「失礼ね。椎茸だけは食べられないわ」

「どうでもいいわ!」

 見た目ガキの癖に暴食を司るスライムのユナは大食いだ。

 俺とユナのやり取りをトモリは無言で見ていた。

 ハンバーガーを夕食にするのは学生の時以来であり、正面に座るトモリは既知である。

 二人きりで食べたあの時と同じ店だ。


 トレイに乗ったポテトとコーラ、手に持ったハンバーガーにむしゃぶりつく。冷静に考えるとお昼からなにも食べていなかったので、腹が減ってしょうがなかった。

「知り合いだったの? 縁というのは分からないものね」

 ユナがポテトをくわえながら聞いてきた。

「高校の同級生だ。一学期に転校してきて、席が隣だったから仲良くなったんだ」

「しかし、マクラが謎の失踪期間中向こうの世界に行ってたなんて、驚いたのう。妾はてっきり事故かなにかに巻き込まれたのかと」

 トモリは白い歯を見せて笑った。

「事故っちゃ事故だけどな。魔王を倒してこっちに戻ってきたら、お前死んでるからびっくりしたよ」

「生きてるのがメンドウになったから、死んだフリしたんじゃ。人間関係だるかったし……」

「墓まで用意してか?」

「ホームステイ先の家森さん家の墓なだけじゃ。お墓の裏に地下室作って暮らしとる」

「……それって」

 思ったことをグッと飲み込んだ。

「ホームレスじゃない」

 ユナが平然と言ってのけた。

「ち、違う。ユナっちは冗談がきついのう!」

「人んチのお墓の裏に地下室作って暮らすって相当悪質よね」

「誤解じゃ! 怠慢のスキル、拡張現実で仮想空間を墓裏に作ってるだけじゃ! ホームレスじゃないからの!」

「アナタいま何してんの?」

「毎日楽しく暮らしとる」

「お金どうしてんの? 働いてんの?」

「働くくらいなら死を選ぶ」

「じゃあどうやって暮らしてるのよ?」

「種族スキルの人工冬眠を使って一ヶ月に一回くらいしか動かないようにしとるんじゃ。今日はたまたまエネルギー補給日で外出てたんだけど、戻ってきたら二人がいるからビックリしたのう」

「貴重なホームステイ期間を無駄にしてるわけね」

「他人と関わるのがメンドウなだけじゃ。なんかホームステイ先のお兄さんが妾のこと性的な目で見てきてきしょかったし、ちょうどいいやって思っての。それよりも、さ」

 トモリはぐいと身を乗り出した。

「マクラが勇者というのは、まことか?」

「ああ。不本意ながらな」

「へぇ。まあ昔から正義感強かったからのう」

 しみじみとするトモリの横でユナが信じられないといった目線を送ってくる。

「よくゴミ拾いのボランティアしたり老人ホームの手伝いをしたり、捨て猫の飼い主探しなど放課後は活発に動いておったのう」

「忘れろ。頼むから」

「しかし、今はどうしたのじゃ?」

「なにがだ」

「死んだ魚の目をしてる」

 よく言われる。

「昔はあんなに生き生きしとったのに」

「うるせぇよ」

「妾はネクロマンサーだから死体を結構よく見るんじゃが……瞳の濁りかたがソレらと一緒じゃ」

「地味にショックなこというのやめろ」

「毎日コンビニで水と健康ゼリー飲料を買い、美味しそうに飲んで、休日は自主連か美術館巡りしてたマクラはどこに行ったの?」

「若気のいたりだ」

 というか、あんまり人のせいにしたくないから言わないけど、俺がやさぐれた要因の一つは家森友利の死だ。

 生きてたから良かったなんてそう簡単に思えるもんじゃない。

 望んだ展開が眼前に広がっているはずなのに、なぜだが割りきれない自分がいる。

「昔話に花を咲かすのはそこまでにしましょう」

 ストローから口を離したユナが口許を拭いながら俺とトモリを見渡した。

「テケリ・リ。テケリ・リ」


 深夜に近い時間帯になり、店内は閑散としてきた。カウンターのバイトは楽しそうに雑談に興じている。

 そんな人気のない席で行われたユナの説明は非常に分かりやすかった。トーナメントバトルとかがあったら、いい解説役として活躍できるだろう。

「アタシたちがメメにする要求はただ一つよ。ミヤの心臓に仕込んである爆弾の安全な摘出と発動。アナタならできるでしょ?」

「確かに可能じゃが、やりとうない」

「なんでよ」

「メンドクサイ」

「言うと思ったわ。魔王の一大事なのよ。やる気を出せとまで言わないから協力ぐらいしなさいよね」

「気持ちはあっても体がついていかんのじゃ。ダルくて眠くてめんどくさくてしょうがない」

「メメはいつもそうね。やる気を出せば誰よりも強い魔力を持ってるのに決して表にでようとしないんだもの」

「む、ふふ」

「……なに笑ってんのよ?」

「ユナっち、どんなに怒っても見た目が幼女だから迫力がないのう」

「もう、このバカ!」

 ユナは苛立げにシェイクを一気に飲み干した。

「そもそも、あんたが魔界が滅んだことを留学生に知らせたからこんなことになってのよ」

「妾も魔界の住人じゃからのう。毎日寝てばかりだと脳が腐るし、たまには有意義な活動をするかと頑張ったのじゃ」

「お国の一大事をあんなあっさりとした手紙で知らせるやつがどこにいるのよ」

 あきれ口調のユナ右手で制し、俺は浮かんだ疑問を素直にトモリに投げ掛けた。

「お前が知らせたのか」

「そうじゃが」

「どう、やって……」

「ん? 手紙での。魔界、滅ビタ。ドンマイ。との」

「いや、俺が知りたいのは、どうやって……知ったかだ。お前は魔界が滅んだことをどうやって」

「む? なしてそのようなことを知りたがるのじゃ、マクラ」

 くりくりとしたビー玉のような瞳が俺を映す。

「お前、ひょっとして俺をからかったんじゃないだろうな?」

「ふぇ!?」

 あ、いかん、殺気が漏れちゃった。しまわなきゃ。

「俺が勇者活動をお前の故郷でやっているのを知っていて、こっちの世界で死んだフリをしたのか?」

「そ、それは誤解じゃ。そ、それに、あの時の妾は、マクラと仲良くなって、その……もう少し生きてみようと思っておったんじゃ」

 頬を真っ赤にして項垂れているが、わからない。演技かもしれん。信用してならない。

「だけど、あのあと、お主は失踪するし、急にこっちの世界がつまらなくなってのう」

「だから死んだってのか? ワザワザ心臓の病気だなんて嘘ついて」

「だって、予めそう言っておけば、めんどくさくなった時いつでも逃げられるから……。でも、だけどのう、妾はマクラがいなくならなければ、もう少しだけ、生きてるふりをしようと」

「黙れ」

 怒ってんのか、いまの俺は。

 自分の感情すらよくわからない。

 俺の言葉をうけたトモリは青白い顔をさらに青くして、この世の終わりみたいな表情をした。

「俺が聞いたのは、俺が向こうの世界で生きていること知っていたのか、ということだ」

「し、知らんかった。本当じゃ」

「じゃあ、なんで魔界が滅んだことを知っていたんだ?」

「これじゃあ!」

 口でパンパカパーンと間抜けな効果音を奏でながらトモリは胸ポケットから黒い表紙のボロボロの手帳を取り出し、

「死のノートぉー!」

 スゴいギリギリなことを呟いた。

「なんだそれは」

「よくぞ聞いてくれたのうマクラ、ネクロマンサーの一族に伝わる秘伝の書物の一つじゃ。これには最近死んだ人、これから死ぬ予定の名が死因とともに自動記載されるようになっておる」

「嘘でしょ、本物のマジックアイテムじゃない!」

 ユナが割り込んできた。

「それって、聖櫃に収められていた失われた聖遺物の一つじゃないの」

 人が生活を始めるよりもずっと前、神が生きていた時代の代物。神代の遺跡で発見された箱の中に入っていたと思われるが、盗掘され中身は空っぽだった。

 文献によると失われた中身はそれ自体が高位魔術が組み込まれたアイテムだと考えられる。

 俺の持つ聖剣も聖遺物の一つだったらしい。どうでもいいが。

「ふふふ、内緒じゃよ。妾はこれに魔王の名前、エルキング・マーメルトが載っていることに気が付いて魔界が滅んだことを知ったのじゃ」

「嘘くせぇ」

「ほ、本当じゃ。ほら、現にここに名前が」

 といってページを捲ったが、間違って一番最後のページを開いてしまったらしい。

「え」

 彼女の指がそこで止まった。

「なんで……」

「どうした?」

「なんで妾の名前が……」

 ノートの一番最後のページにはメメント・モリヤーティと記されていた。




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