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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
2/79

別に剣と魔法は支配していない 2

 呼吸の度に、秋の空気が肺を充たした。

 黄昏迫る住宅街に人気はなく、静けさだけが町を包んでいた。

 なので、遠くからでも魔王の娘がすぐにわかった。

 俺が追い付いたとき、彼女は不良に絡まれていた。

 ベタすぎて涙が出てくる。


「協力はできねぇな」

 相手は時代錯誤甚だしいリーゼントのザ・不良って感じの容姿だった。百九十センチはありそうだ。小柄なサキが小動物みたいに見える。

 曲がり角の死角に身を潜め、二人が別れるタイミングを狙うことにした。

「なぜです。魔界の危機に手を取り合うのは、筋というものですわ」

 リーゼントは肩をすくめてサキを睨み付けた。漏れ聞こえる会話から察するにあいつも魔族らしい。

 とてもじゃないが鞄を渡してその場から離れられる雰囲気じゃない。

「かつて地球上には恐竜というドラゴンが栄えていたそうだぜ」

 リーゼントはサキを見下すように睨み付けた。

「恐竜は爬虫類です。ご存じない?」

「あいつらがなぜ滅びたか知ってるか?」

「……説は色々とあります。気候変動や火山噴火、面白いものでは便秘なんてものも……」

「かかっ、恐竜がなぜ滅びたか、答えは簡単、あいつらは鳥頭だったからだ」

「爬虫類ですわ。ご存じない?」

「つまり変化に対応できない種族は滅びるってことよ」

「もしかして、ですけど、あなたはこのまま人間に屈するのが正解だと?」

「そういうこと」

「しんっじられません! 魔族としての誇りはないのですか? オーマイガッですわ!」

「生き延びれば勝ちってなもんよ。魔王の娘ってのは、思っていた以上にバカなんだな。エルキングのジジイの底がしれるってなもんだぜ」

「死者を愚弄するなんて……。賢人と称えられた植物族ともあろうものが……」

「植物族がなんで賢人と謳われたか、オタクは知らねぇみたいだな。俺らの一族の大罪は強欲。悪く言やぁ狡猾ってことよ。本来なら勇者が人間側についた時点で白旗を降るべきだったがよ」

「ワタクシには理解できませんし、理解したくありません。魔族であることに誇りはないのですか?」

「ふん、それじゃあオタクはこれからどうしたらいいと思うんだ?」

 力強い握りこぶしを作りサキは宣言した。

「徹底抗戦です!」

「ひひっ、鳥頭め。答えはどうにか人間側につくことさ」

 空気が殺気に変わる。電線にとまるカラスが鳴き声をあげて、飛んでいった。

「な、なにを考えているんですか。私たちは、同じ、同じ魔族の仲間……ッ」

「オレとお前は同種なだけで別の生き物だ」

「だって、そんな、ワタクシたちは手を取り合って……」

「異種に認められるには、どうしたらいいか、ずっと考えていた……。答えはずっとシンプルだった」

 なんだか様子がおかしい。

 このままでは鞄を渡せず時間だけが過ぎていきそうだ。まずいな。

「反乱分子の首をもって挨拶にいくのさぁ!」

 それは避けなければ!


「おい」

「!?」

 二人分の視線が俺をいぬく。

「鞄」

「は、え……」

 少女の一つとヤンキー男の二つの瞳が同時に俺を見つけ驚きで大きくなる。

「ん」

 彼女は差し出された手と顔とを交互に眺めるだけで、鞄を受けとる気配が無かった。

「ん!」

「あ、ど、どうも……」

 ようやく震える手で鞄を受け取った。

「じゃ」

「う、うん」

 軽い挨拶を交わし早々にその場をあとにする。

 なんだか大変そうだが、知ったこっちゃない。とりあえず彼女には明日の面接を頑張ってほしい。結果はあずかり知らぬところだが。

 爽やかな秋の風が吹き抜けた。

「おいこらちょっと待てや」

 振り向くとオニのような形相をしたリーゼントがすぐ目の前に立っていた。


「なんだ?」

「なんだじゃねぇぞ。コラ、てめぇなにもんだ」

 まるで仁王像のような表情だ。

「忘れ物を届けに来ただけだ」

「オレはてめぇの身分を聞いてるんだ」

 チラリとサキを見る。

 勇者と名乗りたいところだが、揉めそうなので止めといた。

「派遣社員だ」

「は?」

「週五日パック寿司のマグロと酢メシの間にサビを入れる仕事をしている。月給十四万円」

「な、なんだぁ、それ」

 戸惑いの言葉が口から漏れている。どうやら彼は日本社会の非正規雇用率を知らないらしい。

「帰っていいか? 明日も仕事だからな」

「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 リーゼントが拳を振り上げた。

 遅い。

「なっ……」

「なんで殴ろうとしたんだよ。危ないだろ」

 空振りした自らの拳と、数メートルバックステップで下がった俺とを見比べ、男は怒鳴った。

「てめぇ、なにもんだ!」

「派遣社員だ」

「は?」

「週五日、パック寿司の……」

「うるせぇ!!」

 予想外の蹴りが来たので、手で弾いて流れをそらしたら、リーゼントは無様にも背中からアスファルトに落ちた。

「がはっ」

「大丈夫か? すまん、とっさのことでフォローできなかった。でもお前が悪いんだぞ。いきなり暴力をふるおうとするから」

「くっ」

 ガバリと起き上がり、右拳を俺の頬にぶちこもうとしてきたので、仕方なしに背後に回る。

「なっ」

 ポンと肩に手を置くと、思った以上に小気味よい音が住宅街に響いた。混乱し、焦点が定まらぬ瞳が俺を写している。

「ど、どういうことだ。な、なんだ、今の超スピードはッ!?」

「お前いま殴ろうとしたろ?」

「え」

「だから何度も言ってるだろ。暴力をふるうのは止めろ。痛いからな」

「調子に乗るなや!!!」

 人が優しく諭してあげたのに、逆鱗に触れてしまったらしい。

 鬼のような形相になったリーゼントの肌がみるみる緑色に染まっていく。どうやら怒りで人間の姿が保てなくなったらしい。

「おお、すっげぇ……」

 この種族の敵とは何回か戦ったことがある。

「マンドレイクか。デカいな」

 処刑場に生える植物モンスターだ。罪人の血を多く吸い、根が人型になっている。

 誰にも抜かれず年数が経つと目の前の魔族のように自我を持ち、自立するようになるらしい。と、知り合いの魔法使いが言っていた。

「ぶち殺してやるッ!」

 緑色になったリーゼントが右手を鞭のようにしならせると、蔦があっという間に俺の二の腕を捕まえて締め上げていた。

「いてぇよ。止めろよ」

「ぎゃははは、これでてめぇは死んだも同然だ。オレの鞭はお前が枯れるまで吸い上げるのをやめないッ」

「ちっ、めんどくせぇな」

 ポケットからライターを取り出す。タバコ用の百円ライターだが、お金がないのでタバコが買えず、意図せず禁煙中なわけだが、こんなところで役にたつとは思わなかった。

 点火ボタンを押し、赤い火で俺の右手を絞める蔦をあぶった。

「あつっあ!」

 存外緩まったのでするりと腕を取り出す。

「てめぇ! 火炎呪文を使えんのか!?」

「いや、ライターだよ。そんなん使うわけないし、見ればわかるだろ」

「なめやがってなめやがってなめやがってなめやがって!!!」

「うるせぇな。ご近所迷惑だろ。それ以上騒ぐと俺もキレるぞ?」

「うるぁぁぁあ!!」

「はぁ……」

 別に余裕ぶる訳じゃないけど、こいつ見てくれだけの雑魚だ。

 大きく拳を振りかぶって襲いかかろうとしている。スキだらけだ。

「は……?」

 正気に戻す意味も込めて、頬をビンタしてやった。

 リーゼントは何をされたのかわからないといった表情で宙を見ている。

「きみ、なんレベだよ?」

「え?」

「俺は53レベ」

 ちなみに魔王を倒したときは41レベル。目の前のマンドラゴラはたぶん20代前半だろう。まあ数値はテキトーだけどつまりそれくらいの実力さがあるってこと。

「わかったら回れ右して帰れ。あんまり世間に迷惑かけんなよ」

「ぐっ……」

 実力差をようやく理解できたらしい。

 悔しそうに下唇を噛んでいたが、俺に襲いかかることはなかった。

 だんだんと元の肌の色に戻るリーゼントを尻目に俺は家に帰ることにした。

 今日は非常に過ごしやすい一日だった。

 遠くのビルの赤い光(航空障害灯というらしい)が、ついたり消えたりしているのでさえクッキリ見える。

 夕暮れ時の空気にはカレーの香りが混じっていて、俺の胃袋を刺激した。

 よし、夕飯はカレーにしよう。


「お、お待ちください!」

 寝起きに聞いた声が響く。

 振り向くと、鞄を両手に持ったサキが鳶色した瞳で俺を見ていた。

「それほどの、実力があって、なお……」

 彼女の言葉が最後まで発せられることはなかった。


「オレを無視すんじゃあ、ねぇえーッ!」

 リーゼントだった。

「なめんなよ! なめんなよ! なめんなよ! なめんなよ! なめんなよ!」

 リーゼントがサキの口を蔦で覆い、ギリギリと締め付けていた。

「んグッ……っ」

 サキは苦悶に顔を歪ませ、必死に絡み付く蔦を外そうとしているが、上手くいかないらしい。柔らかい肢体にみるみる蔦が絡まっていく。

「はは、はっ、テメェが何者かは知らねぇが、この女が大切なら、わかってんだろうな!?」

「別に大切じゃないよ。今日知り合ったばっかだし」

「なまいってんじゃねぇぞ! タコ!」

「もうめんどくさいやつだなぁ。あんまそういうの好きじゃないんだけど」

 俺は人指し指を一本たてた。

「これが(イツア)。初級呪文」

 こっちの世界では魔法が使えない、というわけではない。

 空気中に漂う魔力分子が向こうの世界に比べたら少ないだけで、使おうと思えばいくらでも使える。ただ威力は格段に劣るだけだ。

 リーゼントは俺の人差し指に点るライターと同じくらいの火の揺らぎを見て、脂汗を垂らしたがもう遅い。

「で、これが火炎(イツア・イゴス)。中級呪文」

「な、なぜだ! お前さっき火炎魔法は使えないって!」

「魔法は使えないじゃなくて、使うと疲れるから嫌なんだよ」

 ボッ、音をあげ、野球ボールくらいの炎の塊ができる。

 やっぱり向こうの世界とは比べ物にならないくらい小さい。機械文明の発達とともに自然崇拝(アニミズム)が薄れているからだろうか。

「ぐっ、うぅ……」

 リーゼントが悔しそうに呻いた。

 ほんとは秘密だけど、手のひらに火の玉を作っているのだから、当然俺も熱い。汗だらだらだ。

 魔力を込めれば込めるほど、その熱量は上がっていく。

「やめろ、悪かった! オレの負けだ!」

 最大呪文の準備が整い火球がさらに大きくなってボーリングの球みたいになる。

「負けだって認めんなら何をすべきかわかるだろ?」

「あ、ああ。いま解放する! 悪かったって」

 リーゼントはワタワタとサキの体を締め付ける蔦を解除した。

「かっはっ、ハァハァ」

 解放されたサキは地面に膝から崩れ落ち、苦しそうに項垂れた。大きな傷は無かったが、彼女の頬はトゲか何かで切ったらしい擦り傷が出来ていて、赤い血がポタポタとアスファルトに円を作っていた。

 明日面接なのに。

「……」

「な、なあ、これでいいだろう? 早くその物騒なものを消してくれ」

「守るわけないだろ、お前みたいなやつとの約束なんて」

「え?」

大火炎(イツア・イゴス・ノモ)!!」

 威力はセーブしてるから、死にはしないだろう。

 放たれた火球はマンドラゴラに当たって、弾けた。

 夕闇に花火が上がるみたいできれいだった。


「うう……」

 焦げたリーゼントは地面に横たわりプスプスと黒い煙をあげていた。

 命を奪っても良かったが、向こうの世界と違いこちらには法律があるし、他人を傷つけるのはこりごりだった。

「さて」

 一時の感情に身を任せ、魔法を使ってしまったが、なんだかんだで生きていて良かった。

「反省したら、強欲なんて捨てて慎ましく生きるんだな」

 横たわるリーゼントに俺は告げて今度こそ帰ることにした。



 夜道を寂しく歩いていると息を切らしたサキが追い付いてきて、俺の袖を軽く握って引き留めた。

「待ってください」

「なに?」

「なんで、助けてくれたんですか?」

 髪が血で頬に貼り付いている。

 街灯がキラキラと白い光で照らしていた。

「……悪い。俺は回復呪文使えないんだ」

「え?」

 言われて気づいたのか、サキは傷口を触り、痛みで眉間にシワをつくった。

「明日、面接だろ?」

「どうしてそれを……」

「鞄に入学願書が入ってるのを見たんだ。だから、届けた」

「酷いです! 他人のプライバシーを、勝手に……」

 一瞬だけ、怒りの表情を浮かべたが、すぐに笑顔になる。

「まったく、……でも、面接はもとから受けるつもりありませんでしたから」

「え、なんで?」

「来年の春には、ワタクシはこちらにいません」

 少しだけ寂しそうに微笑んだ。

「留学は三年間ですから。魔界に帰らなければならないのです。受験して受かったところでワタクシは大学には進めません。無駄なことはしないほうがマシです。面接官の労力も無駄になってしまいますし」

「そういう考え方は好かないな」

「え? なぜですか?」

「よく青春を賭けるって言葉がよくあるけど、俺、あれ嫌いなんだよ」

 かつて俺が賭けていた青春は異世界に塗りつぶされた。まあ、それを抜きにしても。

「人生は長いのに貴重な青春を賭けるのはリスク高いだろ。建設的に生きろよ。部活を頑張る学生を否定するわけじゃないけど、頑張ったあとになにがあるのか考えるべきだと俺は思うよ」

「マクラさんが何をおっしゃりたいのか、ワタクシにはわかりません……」

「あー、もー、なんて言ったらいいか」

 こめかみを掻く。自分の考えが伝えられないもどかしさを誤魔化す時の癖だった。

「とりあえず明日の面接は受けろってこと!」

「なんでですか?」

「例えば将来的に女子大生になるって選択肢が増えるわけだ。でも、このままじゃ達成できるかどうかもわからない目標に踊らされて失敗してしまうかもしれないだろ。ようは保険だよ。大会を優勝し終わったらなにが残るのか考えろってことだ」

 世界を救ったあとはなにがあるのか。

「……よく、わかりませんが」

 答えは俺にもわからなかったが、見上げた夜空にはたくさんの星が輝いていた。

「マクラさんがワタクシの未来を案じてくださっているのは、伝わりました」

 星明かりに照らされた少女の頬は赤く染まっているようにも見えた。あぁ、血で染まってんだから当たり前か。

「明日、受けてみます。せっかく先生方が取り付けてくださった推薦ですし、結果がどうなるかわかりませんが、すべての経験が打倒勇者・魔王復活に繋がっていると思うことにします」

 とりあえず打倒勇者は外して欲しかったが、人の意気込みを邪魔するのは野暮と言うものだ。

「さしあたっては、マクラさん!」

 可愛らしい一つの瞳を猫みたいに薄く開いて、続けた。

「勇者探索もそうですが、一つまたお願いがあります!」

「なんだよ」

「駅まで送っていってください」

 恥ずかしそうに、はにかむ少女をきれいだな、と思った。




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