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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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冬の空と継続する悔恨 2

 エレベーター内の扉が開くと共に、無機質な機械アナウンスが到着階を知らせた。

 十三階。高級ホテルのような廊下が延びる。

「どうやらこの部屋みたいね」

 鼻をしきりにならしていたユナは四号室の前で足を止めた。

 屋内廊下は暖房が完備され、耳を澄ますと、小さくクラシックが流れているのがわかった。床にはふかふかの絨毯がしかれ、ここでも充分生活できそうだった。

解錠(ヒゴラマケ)!」

 呪文で扉を開けたユナはゆっくりとドアノブを捻った。

「なあ、おい」

「なに?」

 トーンを落として話しかける。

「なんで忍者みたいにコソコソしてんだ? チャイム押して客として招き入れてもらえばいいじゃんか」

「魔族以外の人間がいる可能性があるからよ。こちらの人間に魔族の存在が知られるのはご法度。秩序が乱れるだけで、誰も得しないわ」

 ピカピカなタイルの上で靴を脱ぐ。自動でパッと電気がついたのでビックリしてしまった。

「こんな泥棒みたいなことして信頼関係が築けるとは思えないんだが」

 絶賛不法侵入。ばれたらヤバイ。

「肝っ玉が小さい男ね。本当に勇者なのかしら」

「誰だって警察は怖い」

「正義に違法はつきものよ」

「ヒロイズムとエゴイズムを履き違えんな」

 物音をたてないよう慎重に進み、ユナは一つの扉の前に立ち止まると、指差すことで、俺に合図をした。

 この部屋に魔族がいるらしい。

「開けて」

「お前が開けろよ」

「着替えしてたら気まずいじゃない」

「ああ、なるほどな」

 ドアノブに手をかける。

「って、待て、おかしいだろ。俺が開けようがお前が開けようが気まずいには変わりないだろ。それに女の子のほうが何かあった時、角がたたないし。ほら駅のトイレの清掃は大抵おばさんだろうが」

「なんでもいいから早く開けてよ」

「くそが」

 仕方ないのでドアノブを捻ってドアを開け放った。


 ぱさりと降ってくる網。

「?」

 頭上から降ってきた網に囚われた。

 漁師が鳥とか魚とかを捕まえるときに放つ狩猟網。それが天井から降ってきて、俺の動きの制限かけている。

「来た!」

 女の子の声がした。

 数回瞬いてから灯りがともる。布団をはね除けて飛び上がる人影。

「捕まえた!」

 光に照され笑顔を振り撒くのは、ゴーレム少女こと、ミヤだった。


「あれ、マクラ」

 ミヤは網にかかった俺を見て、眉をしかめた。

「なんでここに」

「色々と……、いやノックをしないで入ったのも、えーと、事情があってな。そういうお前はクリスマス会はどうした?」

「僕はさっき帰ってきたところ。トラップを仕掛けて寝ようかなって思ったらマクラが来たから驚いている」

「トラップ? この網か? ん、なんだこれ。解けないんだけど」

 謎のシチュエーションに疑問符を投げ掛ける。

「サンタクロースを捕まえる為、形状変化のスキルで作った。奴の持つプレゼントを強奪し、僕が二代目を襲名する」

「そんな残念な使命ねぇよ。早く解いてくれ」

「それはできない。マクラが実はサンタという可能性があるかぎり。正直に話した方がいい。質問は既に拷問に変わっている 」

「どこをどう見たら俺がサンタになるんだよ。ノー髭、ノートナカイ、そんでもってノーマネーだ。子供たちに夢をばらまけるほど生活に余裕なんてねぇんだよ」

「サンタじゃないならなんで僕の家に来たの?」

 痛いところつかれた。

「夜這い?」

「違う」

「僕はいいけど、サキが悲しむと思うよ」

「ちげぇって言ってんだろ。色々とあんだよ」

「夜這いじゃないなら、なに? やっぱり、マクラがサンタクロース? 背の低いサンタクロース?」

 若干気にしてることを……。

「だから、サンタじゃないって、俺は、」

 何て言おうか、舌がうまく続きを発せられなくて困っていた時だ、

「沢村マクラは勇者なの」

 背後にいたユナが静かに声をかけた。


 ミヤの瞳が大きく見開かれる。綺麗な水色をしていた。

「ゆう、しゃ? 勇者? え?」

「……そうです。私が勇者です」

 目をそらしながら認める。

 ミヤの部屋は汚かった。床にはいろんな本が散らばり、ベッドはくしゃくしゃでパジャマが散らばっている。ちなみに今の彼女はジャージだった。

「ほんとに?」

「ああ。異世界に召喚されて人間界を救ったのは間違いなく俺だ」

「マクラが……いや、そんなわけないよ」

「俺もそう思うんだけど事実なんだよなぁ……」

「勇者は英雄だよ? 正義の味方だ。未成年者なのにタバコ吸ったり、派遣や日払いに愚痴を言ったりしないはずだよ」

「なんでやろうなぁ……」

 関東生まれなのに関西弁が出てしまった。


「マクラ、勇者なの? 本当に?」

「うん」

「人助けが趣味で悪を許せないの?」

「別にそういうのはないんだけどなぁ……」

「目の前でおばあちゃんが困ってたら最終面接が控えていようと手助けしちゃうの?」

「いや、面接に行く」

「悪くもない魔界を滅ぼしたの?」

「そうだ、な」

「最低」

「……うん」

 ミヤの瞳が小さくなる。涙はないが、泣き顔をしていた。長い銀色の髪が静かに波立つ。

「僕たちを殺すの?」

「……なんで?」

「勇者は魔物を虐殺するから」

「そんなことしない。俺だってやたらめったらモンスターを殺すわけじゃない」

 経験値とゴールドがあれば別。

「でも、海底神殿のゴーレムは全員切ったんでしょ?」

「彼らが守っていた聖剣が必要だったんだ。殺したくて殺したわけじゃない」

「僕は君が破壊した人たちに育てられたんだよ。蝶よ花よと大切に育てられたんだ」

「……」

「帰る場所を奪ったのは、君だったのか」

「すまない」

 俺は悪くないなんて無責任なことは言えないし、言う気もない。仕方なかったと言って、楽になるわけでもないので、事実は事実として認めるしかない。

「サキは?」

「え?」

「サキはこのことを知っているの?」

「ああ、知っている」

 青村紗希。ニフチェリカ。

 俺の正体を知って涙ぐんだ少女。

「サキは君を許したのか?」

「……わからない。俺にはなにが正しいのかなんて、……」

「僕は君を許すよ」

「え、なんで……」

「ただ一発殴らせて」

「は?」

 腹パンされた。

「ふぐぅ!」

 腹筋に力をいれていなかったので、鳩尾に強烈な一発を食らってしまった。

「な、にを……」

「マクラのことは嫌いじゃないし、僕の大罪は嫉妬、羨んでも恨んではいない」

 俺を包んでいた網がパラパラと解けていく。

「これでチャラ。そうめんのように水に流そう」

「ミヤ……」

「むぅー。あー、マクラ、ごめん。もう一発」

「ふぐぅ!」

 再び腹に強烈な一発をくらう。

「お、おま」

「すっきりした!」

 それならよかったけど。俺は喉まで込み上げてきたものをグッとこらえた。

「さぁ、事情を話して。君が夜這いしにきたのには理由があるんだろ?」

 夜這いちゃうわ。

「アタシが説明するわ」

 ユナが代わりに声をあげた。

「君はマクラのカキタレ」

 こいつどこで日本語覚えたんだろ。


 ユナは事の顛末をミヤに伝えた。

 俺が勇者であること。

 吸血鬼とドラゴンに同時に襲われ、祐一郎の裏切りにより、俺が敗北したこと。

 サキが身代わりで向こうの世界に転送されてしまったこと。

 吸血鬼とドラゴンは魔王を復活させるため、サキを犠牲にしようとしていること。

 それを阻止するため、俺とユナは動き出したこと。

 すべてを聞き届けた時、ミヤは小さく息をついて、ベッドにドスンと腰かけた。

 それにしても、……

 生活感に溢れすぎて汚い部屋だ。掃除したくてウズウズしてくる。

 放りっぱなしの漫画雑誌、ゴミ箱の回りに散らばる紙くず。

「あなたには選択肢が二つあるわ」

 ユナがずいっと前に出て、力強い瞳でミヤを見つめる。

「吸血鬼側につくか。アタシたちの側につくか。あくまでこの協力要請はアタシが個人的に行っているものよ。あなたが向こうにつくと言うのなら止めはしないし、大人しく引き下がるわ。ただし、次会ったときは敵対関係として容赦はしない」

「僕は……」

 ミヤは少し悩んでいるみたいだった。

 俺はタンスの隙間から顔を覗かせる綿ボコリが気になってしょうがなかった。

「いくら許すと口で言っても勇者と行動を共にすると言うことは魔族に対しての裏切りに当たる。それでも魔王の娘、いえ青村紗希を助けたいのなら、アタシの手をとって」

 ユナは小さな手をミヤに差し出した。

「……」

 ミヤは唇を引き結んでジッとユナの差し出された手を見つめていた。

「任せるわ」

「やる」

 ミヤが力強く頷く。

「やるよ。コインの表とか裏とか関係ない。僕はサキの保護下にあるから、保護主がダメだと死んじゃうんだ。助けるために全力を出す。マクラ、ユナ、僕を仲間に入れてくれ」

 手を握ったミヤにユナはにっこり微笑みかけると腕を思いっきり引き寄せて抱き寄せた。

「ええ、もちろんよ! あなたが仲間になってくれるのなら、バカな連中なんて目じゃないわ!」

 突然抱き締められて、少しだけ戸惑いの表情を浮かべたミヤはしどろもどろになりながら、口を開いた。

「それに、こっちには伝説の勇者がついているんだ。マクラがいれば全部片付けてくれる。ね、マクラ!」

「ああ、一掃してやるぜ」

 早速床掃除から始めよう。




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