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勇者は死んだ目をしてる  作者: 上葵
クリア後、秋、現実にて
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魔王と神様のバースデー 5


 静寂が耳を打つ。

 冷たい風がガード下を吹き抜ける。

「あ……」

 消えた。

 青村紗希が目の前で。

 物悲しい冬の空気が凍る。


「て、テリヤムよ! 魔王は!」

「……」

 道玄坂が慌てたように、呆然と空中に右手を投げ出したままのテリヤム・メドクーラに訊ねた。

「どういう、ことだろうね……」

「魔王は無事なのだろう!?」

 乾燥した空気が絶望をもたらす。

 テリヤムの放った魔法、アレは一般の魔術師には伝えられていない秘術に違いない。

 だから、見ただけでは、術の正体が掴めないのだ。

「僕が唱えたのは空間転移(スマビト)だ。命に別状はない。よっぽど運が悪くなければね」

 その言葉をきいて一番安堵しているのは俺だった。

 しかし、世間一般に知られる空間転移(スマビト)は自らの体をワープさせる魔法だ。あそこまで激しい明滅は見たことがない。

「どこにやった?」

 ガグガクの体を無理矢理立たせ、無表情のテリヤムに訊ねる。

「……さあ、どこだと思う?」

「生憎検討もつかない。なんとなくだけど、遊園地とかか?」

「ある意味惜しいかな。正解は城だよ」

「城? まさか、お前……」

「ザメツブルグのね」

 向こうの世界の地名だ。かつての町は彼の父親に牛耳られていた。

「次元を越えたのか……?」

「うん。吸血鬼は空間と時間を支配するものだから」

「なんつう……」

 事も無げにテリヤムは答えたが、次元跳躍魔法ともなると、かなりの上位魔法に分類される。

 俺を向こうの世界に召還した腕利きの宮廷魔術師でさえ、四人がかりだったのだから。

「しかし、困ったことになった。僕としては勇者を城の地下牢 に閉じ込めるつもりだったんだけど、まさか魔王を幽閉することになるとは……。これは由々しき事態かもしれない」

 苦笑いを浮かべる。

「テリヤムよ! それがしらもすぐにザメツブルグに向かおうぞ。魔王に対する無礼を詫びなければ!」

「無理だよ。空間転移(スマビト)は一日一回が限界だ。ましてや、次元跳躍となると二日は待ってほしい。魔力を溜めないといけないからね。しかし……」

 テリヤムは少しだけ悲しそうな目をした。

「カルックス、君は分かっているのか? 事はそう単純じゃないかもしれない。勇者をかばおうとしたあの態度。魔族再興という目的にはそぐわない」

 底冷えした冬の気温が、体温を容赦なく奪っていく。

「計画を修正しよう」

「うぬぅ。し、しかし……」

「まあ、仕方ないさ。当初の目的通り、ニフチェリカ・マーメルトが魔族を率いるに値しない器であれば」

 言いかけて、テリヤムは俺に視線に気が付いた。

「なにを見ているんだい? 僕がイケメンだからってそんな熱い視線を送るのはやめてくれ」

「お前の顔がどうだろうが、知ったこっちゃないが、サキをどうするつもりなのか気になってね」

 夜の闇が俺の問いかけを滲ませる。

「そうだね、それを考えるよりも、とりあえず、今のうちに勇者には止めを刺しておこうかな」

 言うやいなや、掲げた右手がナイフみたいに尖る。

「少し前は城の地下牢に閉じ込めておくことが目的だったけど、生きていられると後後面倒そうだし、ひとまずお別れしとこうか」

「待ってくれ。このままじゃ気になって夜も眠れない」

「永遠の眠りにつくのに、些細なこととじゃないか」

「冥土の土産くらいサービスしてくれよ。手ぶらでいったら、去年死んだ友達にドやされちまう」

「……いいだろう」

 テリヤムは静かに息を付いた。

「血族を媒体として、エルキング・マーメルト王を復活させるのだ」


 魔王の復活。

 かつて俺が滅ぼした魔王エルキングは間違いなく人類にとっての災厄だった。

「魔王の復活を望まない魔族はいないさ。それほどに先代は偉大だった」

 あちらの世界は、事実上、軍事国家ノースライトと皇国サウレフトという二大国の勢力下にあった。

 二国の間に争いは絶えず、俺が皇国サウレフトに召還された際も、百年に渡る冷戦の真っ只中だったのだ。

 魔王を滅ぼすのに必要なことが、人間同士の争いの回避であった。

 冷戦が中断し、二国が強力関係を結ぶほどの驚異が魔族の台頭だったのだ。

「どうやって魔王を復活させるつもりだ?」

 苦労して滅ぼした魔王が今さら甦るなんて冗談じゃない。出来れば阻止したいところだが、この状況でうまくできるだろうか。

「必要なのは媒体だ。魔王の残留魔力を魂に変換し、血族の体に定着させる」

「サキは……」

「彼女の意識は消滅するだろうね。本当に残念で仕方ないよ。せっかくの可愛らしい資源が台無しだ。だけど、仕方がないと割りきるしかないね」

 平然と言ってのける吸血鬼の面を殴ってやりたかった。

「サキはエルキングの娘だろ」

「そうだね。彼女は間違いなく魔王の血統だよ。内包魔力がそっくりだ」

「自我が消滅ってのは、つまり殺すということだぞ。そんなことして、本当にエルキングが喜ぶと思うのか?」

「思う」

 説得の時の常套文句が端的な動詞に跳ね返される。

「お、俺はそうは思わないなぁー」

 反論は酷く滑稽なものになった。

「そもそもニフチェリカ嬢は魔王が滅された時のためのスペアだ。そういう目的で生まれ落ちたんだよ。彼女も代理品としての覚悟はしていたはずだ」

「そんなバカなことがあるか。それに魔王は死ぬ前に、あいつの身を案じて……」

 目を閉じれば、耳に残る魔王の末期の言葉がリフレインする 。

『ニフチェリカ……に』娘の名前を呼ぶ、それ。『……に』?

 に?

「に?」

「ん?」

「にっ、てなんだよ」

「なんの話だい?」

「……」

 に、なる。

 だったら、本当に最低だ。

「あのクズ……」

「? よくわからないけど、君は自分のことを心配した方がいいと思うよ。もっともあと数秒の命だけど」

 ああ、そうだ。

 全くもって口惜しい。

 あちらの世界は、……今の俺にはどうすることもできないけど、せめて、魔王の娘くらいは助けて、

「さようなら勇者マクラ。僕は可愛い魔王にお仕えするよ。今の楽しみはそれくらいだ」

 どうでもいい男の言葉が最期に聴く言葉だと思うと空しくてしょうがない。

 ああ、こんなことなら……


 こんなことなら、もっと遊んでおけば良かった。


 目を閉じて死を覚悟した時だった。

大氷結(タメツ・イゴス・ノモ)!!」

 地面が凍った。


 舌足らずな呪文詠唱に、凍りついた吸血鬼の右手。

「ぐっ、これは」

 動きを鈍らせるだけで、即死には至っていない。

「テケリ・リ、テケリ・リ……」

 宵闇を切り裂き、聞こえる呟き。キラキラと輝く氷の結晶の向こうに、

「お腹がすいたわ」

 幼い少女が立っていた。


「ユナオルナ・ショゴデゴス! 貴様、なぜここに!?」

 ドラゴンの怒声が、冷気の風にスカートをはためかせるユナに向けられる。

「人払いの魔法をこんな街中でつかったらいくら鈍感なアタシだって気づくわ。あんたらバカでしょ?」

「スライム族のメギツネめ! 我らの邪魔をするというのか!」

 氷で動きが鈍っているらしい道玄坂が、ニタニタと笑いながら現れたユナを怒鳴り付けた。

 ユナ?

 なぜ、このタイミングで彼女が現れたのだ。

「しかし、その格好はなんだ? なぜ子どもの格好をしている? ミス魔界ナンバーワンのナイスバティはどうしたのだ?」

「黙りなさい脳筋。食事中よ」

「ぐっ、貴様、魔族の身でありながら勇者を助けたのか!?」

 言われて気が付いた。

 ユナの氷魔法の範囲はテリヤムまでて、俺には至っていない。

 現状がわからなくなって来たので、軽く纏める。

 殺されると思ったその瞬間、スライム族の少女が水の最上位魔法でモンスターの動きを止めたのだ。

「魔族のものであるなら、勇者は共通の敵であろう!」

「そうだとしてもアタシにはあの二人がとてもお似合いに見えたのよ」

 ユナの影がトンネルの灯りに照らされ長くのびている。

「気でも違ったか!」

「うるさいわね。アタシの勝手でしょ。それよりも自分の心配でもしたら?」

「ぐっ、貴様、魔力を……」

「暴食のスキル、魔力吸引よ。少しおとなしくしてて。アタシはデカイ筋肉質の男の人って苦手なの」

「なっ……」

 ユナはにっこり微笑むと、ショックで顔面が歪む道玄坂と、無言で彼女を睨み付けるテリヤムの前を優雅な足取りで通りすぎ、俺の腰に手を回した。

「なっ」

 ようは、突然に抱き締められたのだ。

 胸元で少女は小さく呟いた。

「動かないでね」

 ひょいと持ち上がる俺の体。

 およそ少女には似つかわしくない怪力だ。

「見かけによらず、細マッチョなんだな」

「そんなわけないでしょ。暴食のスキル無銭飲食でカルックス・モートレードの能力を一時的に借りてるだけよ。子供でもあなたを持ち運び出来るくらいの力は得られただけよ」

 なんでもかんでもスキルにしたら許される風潮が嫌いだ。

「ずらかるわよ。マクラ。長くはもたないから」

 担ぎ上げられた。細腕からは信じられないパワーだ。

「お前、……なんで?」

「めんどくさいわね。どいつもこいつも男って」

 ガキのくせにずいぶん大人びたことを言うなって思ったが、よくよく考えてみたら同い年だった。

「あとでね」

 ユナは至って普通の速度でその場を離れていく。

「お主、女児の格好でそれがしを嘲るのも大概にしろ」

 小さな背中に眉間にシワよせた道玄坂が語りかける。

「嫌よ。真っ正面から戦って勝ち目なんてあるわけないもの。女子供を殴らないとか言う騎士道精神を忘れないでね」

 ユナに担がれて俺はその場をあとにした。

「うーむ、やっぱり可愛いな」

 吸血鬼の発言が夜の闇に残った。

 そんなことより、俺は奥の方でひっそり氷の彫像になっているマンドラゴラの方が心配だった。




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